ちなみにサブタイトルがアホみたいだけど、ふざけてるわけじゃない。本当です。
「──あの、ミラルドさん」
「なんだ」
「・・・俺・・・今日一日ずっとこの状態なんすか」
「部屋の中なら好きに行動していいと言ったはずだが」
「・・・・・・いやこの部屋で何をしろと」
宮殿にあるイェーガーズの会議室で、タツミは目を泳がせながら小さく呟いた。冷たいうえに硬い椅子は非常に居心地が悪いが、それ以上にこの広い部屋に無愛想な彼と二人きりということが居心地が悪い。
タツミの斜め前に座ったミラルドは彼の呟きを聞き、報告書に羽ペンを走らせる手を一度止めて、何を思ったかタツミに分厚い本を二冊ほど押し付ける。
「暇なら読め」
ミラルドはそう一言告げてから、また報告書に目を落とした。わざわざ紙袋に入っていたあたり、彼なりに気を使ってタツミの暇つぶしように持ってきてくれたのだろうか。
タツミは体を動かすことが好きなので読書は得意ではないが、それより何もしないでジッとしている方が嫌いだ。大人しく本に手を伸ばして恐る恐るページをめくる。
──そして数分とたたずに勢いよく本を閉じて、ミラルドに突き返した。
「なんだ」
「・・・っこれ、そっ・・・そういう本なんすか」
「そういう、とは?」
タツミには少々桃色の表現が多いように思えた。御年十六歳のタツミからするとまだ手を出せない表現で埋め尽くされてる。
対照的に御年二十三歳のミラルドはタツミから突き返された本をパラパラとめくり、至極冷静に「ああ」と納得したように呟いた。
「官能小説だな」
「ミラルドさんがそういうの好きなのは・・・その、意外というか・・・」
「いや、俺も今初めて読んだ。これは借り物だ」
誰から、とは恐ろしくて聞けなかった。
ちなみに本当のところ、これは随分前にノウケン将軍から「これでお前も女に興味を持て」と渡されたものだ。渡されてから読んだことは一度も無かったが、ノウケンの性格からしてまともな本ではないと踏んでいたのでセリューの目に届かないように保管していた。
「あの、今思ったんですけど」
「ああ」
「俺の昼飯とかって、その・・・」
ノウケンが異民族討伐から帰ってきたら返すか、なんて考えながら本を紙袋に戻しているとタツミがそう声をかけてきた。何故彼はミラルドと話す時だけビクビクしているのか。ミラルドはエスデス軍きっての温厚派で有名だというのに。
──ぎゅるるる
・・・と、そこでタツミの腹が盛大に自己主張してくる。朝食はしっかり食べたが、タツミは食べ盛りの男子。二時過ぎまで我慢はしてみたが、いい加減限界だった。
セリューがこの場に居れば昼ぴったりに昼食が出てくるだろうが、ミラルドは基本一人だと朝夜に携帯食糧しか食べない。人呼んで『エスデス軍の残飯処理隊隊長』。
空気が凍った。タツミは俯いて固まり、ミラルドはペンを置いて眉を寄せる。
「・・・外に出すことは出来ない。エスデスの命令だ」
一気にタツミの表情が絶望に染まる。
自分は敵の本陣で餓死をするのか。何とも愚かだ。田舎で待っている皆よ、先逝く不幸をお許しください。
涙を流して空を仰いだタツミを白けた目で見て、ミラルドは静かに立ち上がった。
面倒だが、今日一日ワガママ上司のお陰でミラルドはタツミのお目付け役兼お世話係なのだ。
「俺が作ったものでいいなら、食わせてやる」
「!!」
全力で頷きながらタツミは何故こんなことになったか、今朝の自分に思いを馳せた。
(──なんでこんなことになったんだっけなあ・・・)
■ ■ ■
時は半日遡り。
イェーガーズ初任務の後は各自宮殿や帝都にある自宅へ帰り、明日は早速ではあるが休みとなった。
というのも、どうやらエスデスが大臣にイェーガーズ各メンバーの報告とタツミという恋の相手が見つかったことを伝えに行くらしい。なら、自分もいない事だし初の大仕事をこなした皆を休ませてやろうという、エスデスの気遣いだ。セリューはもっと悪を倒したい、と不満気だったが。
だが、ここで問題になるのがタツミだ。
タツミはそもそもエスデスと恋仲になることに対して乗り気じゃない。誰もいない会議室にポツンと残したら、十中八九脱走するだろう。宮殿内には数々に罠が仕掛けてあるため脱出は不可能だろうが、その罠にかかってタツミが死んでいても困る。
そこでタツミの監視役として置かれたのが、家事万能系副将軍ミラルドだ。
当初は、なら私も残る、とセリューも会議室に居るはずだったのだが、ミラルドの説得によりクロメと二人でウィンドウショッピングという結果になった。イェーガーズには女性が二人だけなんだから仲良くしておけ、という兄らしい考えだ。
そうして、朝からエスデスが帰ってくるまでずっと広い会議室にミラルドとふたりきりという奇妙な状態になってしまった。
■ ■ ■
「・・・うまい」
ミラルドの作ったカルボナーラを口いっぱいに頬張りながら、タツミは目を輝かせた。ガツガツと皿からものすごい速さでパスタがなくなっていく。ここまでくると作り手冥利に尽きるというものだが、「うまい」と絶賛するタツミに対してミラルドは「そうか」の一言しか言わない。
あっという間に完食。カラン、とフォークを置いて満足そうに腹をさするタツミは、ようやく書き終えた報告書をまとめるミラルドを見て、はてと首を傾げた。
「ミラルドさんは何も食べないんすか」
「俺は朝食べた」
「いやそれは関係ないだろ・・・」
朝食と昼食は別物なのだから、何の理由にもなっていないんだが。一瞬そう思うが、本人が言うならそれでいいのだろう。きっとミラルドは少食なのだ。
腹も満たせた事だし、エスデスが帰ってくるまでおそらくあと数時間。さて何をして時間を潰そうか。
いっそ昼寝でもするか。・・・でも敵の本陣で堂々と寝るのもな・・・。いやもうミラルドの作った飯を食った時点で敵もクソも無いような・・・。
うんうん唸りながら葛藤していると、ふと、頭に名案が浮かんだ。
(・・・ひょっとして、今がこの人を説得するチャンスか?)
昨日は結局、夜も遅かったからエスデスを説得する暇もなく問答無用で抱き枕にされて寝てしまった。彼女には今夜言うとして、ミラルドには今が絶好のチャンスだろう。室内には他に人はいない。今言わずしていつ言うのだ。
「あの!ミラルドさん!」
「なんだ」
彼も報告書を書き終えていた。きっと今なら話を聞いてくれる。今日一日ミラルドと接して思ったが、彼は感情を他人に分かりやすく表現することが苦手なだけで、きっと根は善良な人間だ。
「──ミラルドさんは、なんで帝国で働いてるんすか」
「・・・それはお前が何故鍛冶屋で働いてるのかと聞くのと、同じ事だろう」
ミラルドは突然の質問に驚いた素振りも見せず、僅かに口を閉ざした後アッサリと言った。
「俺にはそれくらいしか出来なくて、それが一番手っ取り早いからだ。大した理由なんて無い」
給料が多いしな、とミラルドは小さく付け足した。
きっと彼もそう易易と語れるような、幸せな生い立ちをしていないのだろう。むしろ、今の帝国は幸せな者を探す方が難しい。
タツミは悩む。ナイトレイド所属ということは教えられないが、ミラルドを革命軍に寝返らせるには、安易な嘘では意味がない。ならば、真実を全てではなく、少しだけ話せばいい。
「・・・俺には、幼馴染みが二人いたんです。大事な奴らで、すげーいい奴らでした」
サヨにイエヤス。二人共掛け替えのない友人だった。でも、彼らを説明するにはその全てが過去形になる。二人はもうこの世にいない。サヨはくだらない理由で拷問の果てに命尽き果て、イエヤスは猛毒に身を侵され。
──タツミが駆けつけた時には、もう全てが遅くて。
「二人共、死にました。アイツらなんも、なんもしてねえのに。顔も知らなかったような貴族に、苦しめられて、殺されたんです」
鼻の奥がツンとして視界がぼやけてくる。だって、ずっと一緒だと思っていたのに。こんな、最期も看取れずに。
ぐしぐしと涙に濡れる目元を拭って、せめてこの気持ちがミラルドの心に届くように──、
「──だから何なんだ?」
届く、ように──。
「・・・は?」
「だから何なんだ、と言った。お前はそれを俺に言って何をどうしてほしいんだ?」
馬鹿にしていたり、タツミを煽っている訳でもない。彼は本当に分からないという顔で、タツミは口から間抜けな音がでるのを感じた。
「何なんだって・・・」
「お前の幼馴染みは、
そんなことは分かっている。今度はタツミが困惑する番だった。彼が何を言っているのか、タツミはまったくわからない。
「お前の大切な人間が死んだ話に、俺は興味がない」
タツミは膝の上で思わず拳を握った。喜び、ではない。
タツミはどこかで期待していたのだ。ミラルドは本当は帝国に仕えているのが嫌で、でも逃げ出せずに副将軍なんて位置についているのだと。だが、違った。彼はおそらく──何も考えていない。民のことはもちろん、革命軍や帝国についても。
タツミは悲しみがひいて、逆に別の感情が渦巻くのを感じた。
エスデス軍が何をしてきたか、ミラルドが何をしてきたか。彼が居なければ生きていた命が、どれだけあったか。それだけ殺していて何をのうのうとこの男は抜かしている。
「──お前のッ、お前のせいで!何人死んだか、分かってるのかぁ!!」
溜め込んだ感情が爆発して、タツミはミラルドの胸倉を掴んでいた。掴んだことによって乱れた彼の襟から白磁のような肌が見える。
タツミは今ここに自分の剣が無いことに、心底安心した。きっと腰に吊るしていたら、自分は彼に斬りかかっていただろうから。
「騒ぐな、やかましい」
その気になれば無理やりタツミの手を離させることも出来るだろうが、ミラルドはそれを実行しようとはせず、なすがままだ。
タツミは暗殺者として、未熟だ。それは自分が一番分かっている。事実、敵の言葉でこうも簡単に冷静さをなくし、激情する。
だからこそ、彼は気がついていなかった。
──会議室のドアが開いたことに。
カチリ、冷たい金属がタツミの後頭部に当てられた。悪寒がずるずる身体に絡みつき、熱くなった頭が一気に冷えていく。
「──セリュー。大丈夫だから、何もしなくていい」
「・・・どうして」
「殺したら、エスデスに叱られるぞ」
一拍おいて、冷たい感覚が離れる。同時にミラルドの手がタツミの手首を掴み無理やり引き剥がされた。
襟を直しながら立ち上がったミラルドは、タツミには目もくれずに、可愛らしい私服とミスマッチなトンファーのような銃を握った妹に歩み寄った。
ぽふぽふと頭を撫でられながら、セリューはタツミを睨みつけた。
「次、同じことしたら悪と見なして処分します」
──結局、その日エスデスが帰ってくるまでタツミは一度も口を開かなかった。
■ ■ ■
「・・・私、あの子嫌い」
あれから程なくして、エスデスが戻ってきて無事ミラルドの監視役は終わりを迎えた。
家に着いて、ソファーに腰を下ろしたミラルドが夕飯のメニューを考えていると、隣に膝を抱えて座ったセリューがいきなりそう言った。
ここで何故、と聞くほどミラルドも鈍くはない。自分のことを心配していたのだろう。それくらいは分かっていた。
「あの子・・・タツミくんは殴ろうとしてたよ。お兄ちゃんのこと」
「知ってる」
「・・・どうして、タツミくんはあんなに怒ってたの」
「俺の言葉が気に入らなかったらしい」
「・・・どうして、何もしなかったの」
「止める価値を感じなかった」
怒りでフルフルと震えるセリューをミラルドは後ろから抱きしめて自分の方へ引き寄せた。
セリューはミラルドの腕の中でもぞもぞと位置を変えて、ちょうど彼と対面するように膝の上に横座りする。
「お兄ちゃんが私のことを心配してくれるのと同じくらい、私もお兄ちゃんのこと心配してるんだよ」
「分かってる」
「うそ、分かってないもん」
口元を尖らせてミラルドの胸に擦り寄る。ミラルドは腕に収まる小柄な妹を見て、より強く抱きしめた。
「俺は、セリューの方が心配だが」
「どこが?」
「・・・男はみんな狼さんだって、昔教えただろう」
パチパチと目を瞬いてから、セリューはふっと吹き出して笑った。予想の斜め上をいく答えだったのだ。
「ふふ。じゃあ、その理論だとお兄ちゃんも狼さんなの?」
「ああ」
耳元にかかるミラルドの吐息がくすぐったくて、何とも言い難い甘美な疼きが身体を支配する。
「──お前を守る狼さんだ」
ああ、この感情はなんて言うんだろう。
5000字ピッタリです。
休みのうちに出来たらもう一話投稿するかも。