───帝国軍において、もっと言うならばエスデス軍において、ミラルド・ユビキタスという男は極めて異端な存在だった。
まず何がおかしいって、戦いを好まない。これだけで戦闘狂の集まりとも言える、エスデス軍では信じられない事である。
いつだって彼は味方の兵が、相手をいたぶる様子を遠目から眺め、制止を促すこともそれに嬉々として参加することもしない。ただ、不気味なまでの無表情でぼんやりと遠くを見ているだけだ。
が、しかし。彼が善良な人間であるかと聞かれれば、そういう訳でもない。そもそもの話、まともな精神を持った者は今の腐りきった帝国で副将軍になんてなれやしないだろう。つまり帝国に仕えている時点で、彼も頭のネジが数本行方を眩ませてしまっているのだ。
生き埋めをしろと言われれば、泣きじゃくる赤子も平気で穴へ突き落とすし、惨い見せしめをしろと言われ、敵兵の骨を1本ずつ金槌で砕いたことだってある。
そこまでは普通だ。
否、普通ではないのだが、あの軍では普通でないことが普通なのだ。
異常なのは、彼がその全てを作業の様にこなしていることである。嫌悪に顔を歪めるでもなく、恍惚の笑みをうかべるでもなく、淡々と。それがあたりまえのように。
実際、人を痛めつけることで、喜びを感じるタイプのエスデス軍では物凄く浮いている。
もっとも、だからといって彼が軍で疎まれた存在かと言われると、そんなこともない。
むしろ逆だ。
これが意外と尊敬されているのである。不思議なことに。
つまりは、
「あんなことを顔色一つ変えずに行うなんて・・・流石すぎる・・・」
「ミラルドさんまじかっけえ!」
という意見である。
ごく稀に、
「踏まれたい・・・」
こんなふうに新たな扉を開く者もいるが、まあ今話す内容でもあるまい。
まとめると、ミラルド・ユビキタスは意外にも部下から好かれているのである。
■ ■ ■ ■
「ミーラさーん。なにしてんですかあ」
場所は北の異民族、要塞都市。
足下に広がる、ポッカリと空いた大きな穴。中には顔に絶望の色を塗りたくった、大量の人々。青年は近くに腰を下ろし、それらを見下ろす。
ふいに後ろから聞き覚えのある声に名を呼ばれ、ミラルドはゆったりと顔を上げる。
声の主は、金髪の小柄な少年。『三獣士』と呼ばれ、ミラルドとともにエスデス軍で敬われている三人のうちの一人だ。
「見てる」
「いやだから、何をですか」
いつものことではあるのだが、説明が足りない。何かを見ていることくらい分かっている。何を見ているか聞いているのだ。
ミラルドは少年の顔を見ないまま、少しだけ詳しく答えることにする。
「生き埋めをしろと言われただろう。だから、ここにいたら根性のある奴は登って来るかと」
「ふうん。それで?登って来たんですか?」
「一人」
「アハハ、命知らずー」
表情筋がいっさい動かないミラルドとは違い、少年はケタケタと愉快そうに笑う。ミラルドには何が楽しいのか理解できない。
「どうしたんですか、そいつ」
「予想以上に頑張るから、腕ごと切り落とした」
「おおー!さすがあ!」
チラリ、と横目で見るとパチパチと手を叩き、過剰な反応をする少年がいる。やはり、ミラルドには何が楽しいのか理解できなかった。
「副将ー、探しましたけど、やっぱ生き残りはもういないっすわ」
兵士に声掛けられたため、ミラルドは少年──、ニャウとの会話を一旦止めて立ち上がる。
「そうか。じゃあもう埋めてしまおう。エスデスは?」
「向こうで、北の勇者と遊んでます。副将の指示でやっていいそうです」
彼女が勝手な上司なのは、もはや今更なので気にする必要はない。
これから行うのは、北の異民族の生き埋め処刑。地面に穴をあけ、民は大方そこへ落としている。
後は、もうひたすら土を被せるだけだ。
流石に人の手でやるのは骨が折れるので、調教した危険種を使うが。
その場は他の兵士に任せると、ミラルドはエスデスを呼びに行く。北の異民族の討伐も終わったことだし、帝都に帰れる。
即ち、妹に会える。
「兄ちゃん、もうすぐ帰れるよ。セリュー」
帝国最強の一角が、帝都へ帰還する。
吉と出るか、凶と出るか、まだ誰にも分からない。
終わらせ方が微妙ですみません。
思いつかなかった・・・