北方征伐も終わり、数週間の休暇に入っていたミラルドは上司のエスデスに呼び出され、渋々宮殿へやって来ていた。
将軍、副将軍など軍の幹部に位置する者は宮殿内に自室が用意される。当然ミラルドの部屋もあるにはあるのだが、彼の場合帝都に自宅があり、最愛の妹が自分の帰りを心待ちにしているのでそこは使われていない。
一方、エスデスは宮殿で暮らしており、呼び出す場所は勿論彼女のいる宮殿。
用事があるならお前が俺のもとまで来い、と言いたい気持ちをぐっと堪えて対面の席に腰を下ろした時だった。
感情が表れにくい、ミラルドの目を丸くさせる出来事が伝えられたのは。
「──三獣士が殺された?」
思わず、エスデスの言葉を復唱する。
三獣士といえば、エスデス軍の中軸とまで言われる帝具使いの猛者達だ。
油断や慢心でそう易々と殺される連中ではない。
出来るとしたら、帝都を蔓延る同じ帝具使いの殺し屋達。
奴らは革命軍と繋がっているという噂もある。帝国の帝具使いを殺すことに、なんら不思議はない。
「『ナイトレイド』、か」
「おそらくな。まったく・・・、困った部下共だ。そもそも、お前が素直に行っていればこんなことにはならなかったろうが」
彼女は優雅に紅茶の入ったカップを傾け、軽くミラルドを睨む。それだけで一般の兵なら気絶ものだが、目の前の彼は何処吹く風と涼しい顔をしている。
三獣士に与えた仕事は『大臣に反抗する恐れがある文官殺し』。これは本来、エスデスがミラルドに命じた仕事であった。
それを面倒くさいと断ったミラルドの代わりとして、三獣士が向かったのだ。
まさかそれで死ぬとはミラルドも思っていなかったが。
しかし、困ったことになった。心の中で眉を寄せる。
「・・・俺の仕事が増えるな」
いざという時の、仕事押し付け役がいなくなったのは中々に痛い。こんなことになるぐらいだったら、最初から自分が行けば良かった。
部下が死んだというのに顔色一つ変えないあたりがいかにも彼らしい。
「で、だ。三獣士の穴を埋める為に、帝具使いのみの部隊を結成することにした。・・・まあ、ナイトレイドの殲滅が目的だな」
「それで?」
「当然、お前もそこに配属する予定だ」
「・・・だろうな」
一つ溜め息をつく。ナイトレイドの名は有名だが、中でも帝具、村雨の使い手『アカメ』は特に危険視されている。
剣の腕もさることながら、何より問題はその能力。切り傷一つで相手を死に至らすと言われる呪いの刀は、非常に厄介だ。出来ることなら戦いたくはない。
「私がいないときはミラが指揮を取るんだぞ。しっかりしてくれ」
そう言って、エスデスは資料の束をミラルドに寄越す。目を通すと、数名の名前と使用する帝具について書かれていた。おそらくは、配属されるメンバーの情報だろう。
一番下まで読み流し、そこで彼は固まったように動きを止めた。
無意識のうちに手に力が入っていたようで、ぐしゃりと紙が悲鳴を上げる。
「──エスデス、これはどういう事だ」
資料の一番下に書かれた名前は、間違いなく『セリュー・ユビキタス』であった。
ミラルドの低い声にエスデスは怯えた素振りも見せず、「どうもこうも」とあっけらかんと言ってのける。
「お前の妹も、貴重な帝具使いだ。それも生物型。ナイトレイドとの戦いにきっと役に立つだろう」
「・・・ふざけているのか」
「ふざけているように見えるか?」
セリューをそんな危険な場所に送り込める訳がない、ミラルドの瞳に僅かな殺意が宿った。エスデスはそれに気付かないふりをして続ける。
「本人も乗り気らしい。安全な鳥籠に閉じ込めておくことが、愛情とは限らないと思うがな」
「・・・お前に、何が分かる」
「分からんな、何も。分かりたいとも思わん」
険悪な雰囲気が流れる。主に生み出しているのはミラルドだが。エスデスはむしろ上機嫌そうに口元に弧を描いている。戦闘狂の彼女にとって、ここで彼が怒って殴りかかってくるならば願ったり叶ったり。
根が温厚、というか面倒くさがりな彼に限って、そんなことはないと思うが。
「そもそも、大臣が決めたことだ。異論は認められん」
「・・・」
「・・・お前も同じ配属だし、多少セリューを優先する行動は認めよう。何より私がいる。面倒は見てやる」
長い時間黙りこくっていたミラルドは、その言葉に嫌々ではあったが、了承を示した。
セリュー本人も望んでいた、ということがミラルドの背を押したのだろう。
「話はもう終わりか」
「ああ」
かたん、音を鳴らして椅子から立ち上がり、短く言葉を交わしてから扉へ向かう。そこで彼はドアノブに手を掛けて、思い出したように言う。
「エスデス、一つ頼みがある」
「ほう?言ってみるといい。頼まれてやるかは分からんがな」
首だけで後ろを振り返り、琥珀色の瞳に深い何かがうつる。どこまでも無表情な顔からは何の感情も読めない。
否、何も考えていないのかもしれない。彼にとって、妹以外のことは全てどうでもいいのだから。
「ナイトレイドの『シェーレ』という女は、俺に殺させてくれ」
彼の心を占めるのはたった一人、セリュー・ユビキタスのみ。
──だからこそ、ミラルドは妹を傷つけた者を許さない。
それが何者であろうと。
何を考えていようと。
絶対に。
無表情という仮面の下で、黒い激情が渦巻いていた。
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亀更新なうえ、大した文も書けないんですが、完結までお付き合い頂けると幸いです。