ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー   作:五河 緑

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 初投稿です。温かく見守ってください。楽しんでいただけたら幸いです。


聖者の右腕編
聖者の右腕編Ⅰ


 暗闇の中。

 

 

 ジャラッと鎖が垂れる音が響いた。

それが、自分の左手の枷に繋がれている物だと言うことを少年は、ボンヤリと考えていた。

 

 「今日……何日だっけ……」

 

 うろ覚えの記憶を辿りながら自分をこの檻にぶち込んだ奴が最後に顔を見せた日を思い出す。

 

 「…………………………」

 

 

 

 あまりに昔過ぎて思い出せない。

 とりあえず、365日より前なのは確かだ。

 

 「ヤバ…………時間の間隔無くなってきた。……いつの間に1年たったんだ」

 

 少年は、誰に聞かせる訳でもなく、ポツリと呟いた。

 

 

 ここに、入れられて随分と長い時間が過ぎていった。

 この〈監獄結界〉で。

 

 コツン……コツン……コツン

 

 どこか遠くから周期的な音が聞こえてきた。

 自分の出している音ではない。

 この檻の外からだ。

 〈監獄結界〉の中。そして、少年のいる檻の外。

 そんな所にいるやつは1人しかいない。

 

 「……生きているか、小僧」

 

 壁に背中を預けて座り込む少年に檻の格子の向こうから声が掛けられる。

 そこには、優しさや気遣いと呼べるものは一切無く、ただ無情さと冷たさだけを含んでいた。

 

 「…………」

 「生きているなら、返事くらいしろ」

 

 少年が顔を上げると、そこには黒のゴスロリに身を包んだ少女が立っていた。

 本人曰く年齢は26のはずだが、これでは小学生でも通用するだろう。

 だが、その瞳に浮かんでいる冷ややかな眼差しは、数多の死線を越えてきた強者のそれであり、外見相応の愛らしさなどは微塵も無かった。

 

 彼女こそがこの牢獄、〈監獄結界〉の看守であり支配者だ。悪魔に魂を売り渡し、その代償で強大すぎる力を手に入れた存在。

 欧州の魔族を恐怖のドン底に叩き落とした断罪者。

 

 〈空隙の魔女〉南宮那月。

 

 数秒、空中で少年と彼女の視線が交差する。

 やがてーー。

 

 

 「…………何の用だよ」

 

 吐き捨てるように少年は言った。

 そんな、少年に南宮那月は依然として見下すような目付きで見下ろしたまま口を開いた。

 

 「簡潔に言おう。貴様をここから出してやる」

 

 ピクリと少年の肩が動いた。

 そして、ゆっくりと立ち上がると格子の前にまで歩いていき、近距離で南宮那月の顔を見つめた。

 

 「……本気か?」

 「嗚呼。本気だとも。……だが、条件がある。それが呑めないなら、この話は無しだ」

 

 南宮那月は、右手に持つレースのついた扇子で少年の額をコツンと叩いた。

 

 「……条件?」

 

 少年は、僅かに警戒心を強めた声音で問い返した。あの南宮那月が持ち掛けてきた取り引きだ。決してまともな内容では無いのだろう。

 そんなことは、少年にも分かっていた。故に格子から1歩下がって警戒しながら南宮那月の言葉に耳を傾けた。

 

 「……最近、絃神島に妙な輩が忍び込んでな」

 「妙な輩……?」

 「そうだ。ここ数日で魔族を襲いまくっている。標的の選び方も統一性がない厄介な奴だ。アイランドガードと攻魔局が捜査してるが足取りが掴めん。仮に見つけられたとしても、それ相応の被害は覚悟しなくてはならなくてな」

 

 そこで一旦言葉を切り、南宮那月は右手の扇子で左手の平をパチンと打って少年に向き直った。

 

 「そこで、その正体不明の連中の排除を任せられる奴を探している」

 「……それが、俺ってことか?」

 

 怪訝そうな表情で問い掛ける少年に南宮那月は、それに対して微笑を浮かべた。

 

 「そうだ。何かあっても問題にならない囚人なら、戦力が未知数な敵とぶつけても良いと思ってな。貴様ら、〈監獄結界〉の囚人なら実力の方も問題無いだろうからな」

 「…………『貴様ら』、てことは俺以外にもこの取り引きを受けている奴がいるってことか?」

 「ああ。そうだ。他の囚人と協力して絃神島の侵入者を確保しろ。その期間は、仮釈放としてある程度の自由はくれてやる」

 

 ふんっ、と鼻で笑いながら南宮那月はレース付きの扇子を少年の顔に向けた。

 

 「さあ、どうする。この取り引き、応じるか?」

 

 …………。

 少年は、しばしの間、目の前の少女を見つめた後、ゆっくりと息を吐き出した。

 

 「……分かったよ。その話、乗った。早く、ここから出してくれ」

 「ふんっ、契約成立だな」

 

 南宮那月がそう言った瞬間、一瞬の燐光と共に周囲の景色が一変した。

 先程まで居た薄暗い牢獄から、夜景の光が眩しいくらいの街を見下ろせる高層ビルの屋上に。

 空間転移魔術だ。

 本来なら、大規模な儀式や術式が必要になるはずだが、それを息をするかのように使う南宮那月に、改めてその強大さを意識せずにはいられなかった。

 そして、その小さな魔女の隣に立つもう1つの人影に視線を向けた。

 女だ。菫色の髪を結っていて、ビキニの様な物の上に黒い上着を羽織っただけの扇情的な格好。

 そして、淡く紅色に光る眼光と唇の端から僅かに覗く牙が彼女が吸血鬼であることを示していた。

 

 「ジリオラ・ギラルティ……か?」

 

 過去の記憶を掘り返して浮かんだ名前を口にする。

 

 「あらぁ、まだわたしの名前を覚えてる人がいたんだぁ」

 「……あれだけの事をしておいて簡単に記憶から薄れるわけ無いだろう」

 

 上機嫌そうに笑うジリオラに南宮那月が蔑みを含んだ声音で声で言う。

 南宮那月の言う通りだ。

 少年の記憶が確かなら、この女吸血鬼は数々の猟奇的な事件を起こした一級の犯罪者だったはずだ。

 本来なら、絶対に檻から出されることなど無いのだが……。

 

 「そいつが、他の取り引き相手か?南宮那月」

 「そうだ。こいつとお前の2人で、やってもらう」

 

 眼下に広がる夜景を見据えたまま南宮那月は、言った。

 そんな南宮那月にジリオラが、んー、と伸びをしながら声を掛ける。

 

 「で、そこの坊やはどちら様?」

 

 蠱惑的な視線を横目に少年を見る。

 

 「アルディギアで馬鹿をやった小僧だ。戦力になるか微妙な所だから、あまり期待しない方がいいぞ」

 「ふーん……アルディギアねぇ。なんかあったかしら?」

 

 ジリオラが手を顎に当てて考える素振りをしている間に南宮那月が何もない空間から細長い物を取り出した。

 

 「小僧、戦闘にはこれを使え」

 

 取り出したのは、剣道で使われる竹刀袋に入れられた棒状の物だった。

 少年は、それを受け取って中身を確認した。

 そこに入っていたのは、黒い鞘に納められた鍔の無い片刃刀だった。鞘から少し抜いてみると、それが柄から刀身までが真っ黒に染められているのが分かる。

 

 「エンチャントウェポンか……」

 「貴様が以前使っていた物と比べたら柔すぎる代物だからな。あまり、乱暴には扱うなよ」

 

 まあいいか、と片刃刀を鞘に戻して竹刀袋で包んだ。

 

 「貴様らの部屋も用意してある。携帯もわたしが用意したものを使え。生活の費用もわたしが出す。いいか、勝手なことは一切するな。何か問題の1つでも起こしてみろ。即座に〈監獄結界〉に引き戻してやる」

 

 脅す様にドスの効いた声を発する南宮那月に、おお怖い怖い、とジリオラが肩をすくめた。

 

 「……それと、1つ言い忘れたが、わたしは教師だ。日中は、わたしの目が届く彩海学園に居てもらうぞ」

 

 その一言に少年は、ピクリと眉を上げて反応した。

 

 「学校に俺達なんかが居ても大丈夫なのか?」

 「そこは、考えてある。気にするな」

 

 彼女がそう言う以上、問題は無いのだろう。

 少年は、それ以上の追求を止めて再び口を閉ざした。

 

 「では、移動するぞ」

 

 南宮那月が空間転移の魔法を発動させようとする。

 その時。

 

 「ねえ、待ちなさいよ。まだ、坊やの名前を聞いてないんだけど?」

 

 問いかけてきたジリオラに少年は、億劫そうに口を開けて自らの名を口にした。

 

 「キリヲだ。九重キリヲ」

 

 黒髪碧眼の少年は、無愛想にそう呟いた。

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 彩海学園

 

 「はぁ……」

 

 

 高等部の教室で白いパーカーを羽織った少年、暁古城は心底疲れたようにため息を漏らした。

 そんな彼の手には、ピンク色の柄がプリントされた女物の財布が握られていた。

 

 「どーするよ、これ?」

 

 思わず独り言が出てしまう。この持ち物の持ち主は、判明している。だから、今朝中等部の教員の元まで行って預けようとしたが、生憎とお目当ての教員は不在。

 持ち物の内容的に他の人物に預けるわけにもいかずに、こうして今も持っているわけだ。

 こうなると、後は本人を見つけて手渡すくらいしか手がないのだが、古城としては、これ以上あの中等部の少女と顔を会わせたいとは思えなかった。

 

 「……あれは、流石になぁ」

 

 先日、古城が遭遇した財布の主は、古城が今まで必死に隠してきた古城の正体ーー世界最強の吸血鬼、第四真祖であることを知っており、それどころか何やら物騒な槍を持ち出してくる始末だった。

 彼女の正体は知らないが、きっとまともな分類では無いだろう。何より、自らの正体を知っている人物にこれ以上会いたいとは思えなかった。

 

 「なーに、死にそうな顔してため息ついてんのよ」

 

 思考回路が出口無き迷走に走っていると背後から女子生徒に声を掛けられた。

 藍羽浅葱ーー古城のクラスメイトであり、絃神島の管理公社に雇われるほどの凄腕ハッカーだ。

 

 「そうだぜ、朝から気ぃ滅入るモン見せんなよ」

 

 その隣には、髪が逆立ってツンツン頭になっており、首にヘッドホンをかけた男子生徒ーー矢瀬基樹。浅葱と同じく古城の親しい友人の1人だった。

 

 「ああ?悪りぃ。なんでもねねーよ」

 

 2人の友人が来たのに気付き、古城は拾い物の財布をズボンのポケットにねじ込んだ。

 

 「なによ?いつもに増して覇気が無いわね?昨日なんかあった?」

 

 怪訝そうに聞いてくる浅葱の一言にドキリしつつ、極力冷静を装って首を横に振る。

 

 「な、なんもねーよ。うん……なんも、無かった」

 

 まさか、魔族と攻魔師の戦闘に巻き込まれた挙げ句、その攻魔師の槍を殴って弾いてきたなんて口が裂けても言えないだろう。

 少なくとも、友人たちには正体を隠している古城には。

 

 「おい、さっさと席につけ。ホームルーム始めるぞ」

 

 古城が浅葱に、苦笑いを浮かべている間に、いつの間にか教室に来ていた担任の教師ーー南宮那月が不機嫌そうに言い放った。

 齢26(自称)外見年齢10代前半の担任教師の機嫌が悪化しないうちに、古城たちは自らの席に戻った。

 それを確認した所で那月が口を開く。

 

 「よし……全員いるな。まずは、今日からこのクラスに編入することになった転校生を紹介する」

 

 途端にざわめくクラス。

 転入?このタイミングで?男かな?女かな?美人来いっ!絶対、イケメンよ!

 様々な声がクラスのあちこちから飛び交う。

 

 「おい、入ってこい」

 

 騒ぐクラスメイトを横目に那月は、教室のドアに向かって言葉を発する。

 数秒後、ガラッとドアが開いて1人の少年がクラスに入ってくる。

 

 「……自己紹介でもしろ」

 

 教壇の前まで来た転入生に那月が高圧的に言う。

 

 「……九重キリヲです。よろしく」

 

 教壇の前に立つ、黒髪碧眼の少年は黒い竹刀袋を背負ったまま腰を折って頭を下げた。

 

 「ふん。随分と味気ないな。……まあ、いい。席は、あそこだ。分からないことは、隣の暁にでも聞け。もっとも、あれも中々にアホだからな。なんでも、鵜呑みにしない方がいいぞ」

 

 地味に古城の事を罵倒しながら那月が古城の隣の席を扇子で指す。

 その席と古城を数秒見てから、キリヲは那月に向かって口を開いた。

 

 「おい、那月ーー」

 

 バチンッ!

 

 「先生をつけろ。愚か者め」

 「………………先生」

 

 那月の扇子による一撃を食らってヒリヒリと痛む額を押さえながら憎々しげに言葉を紡ぐ。

 

 「『暁』って、あの『暁』なのか?那月……先生が言ってたーー」

 

 バチンッ

 

 「そうだ。その暁だ。分かったらこれ以上無駄口叩いてないでさっさと席につけ」

 

 頭部に2発目を食らったキリヲは、心底恨めしげに那月を睨み付けてから、示された席である古城の隣に腰を下ろした。

 

 「よろしくな。暁古城だ」

 「よろしく」

 

 屈託ない笑顔で右手を差し出す古城にキリヲもその手を掴んだ。

 

 「なあ、さっき那月ちゃんと何話してたんだ?」

 

 自己紹介が終わった後、教壇の前で二人で何やらコソコソとやり取りをしていたのが古城は少し気になっていた。

 

 「『暁古城』の話をしてた」

 「俺かよっ!?」

 

 思わぬ所で噂の対象になっていたことに思わず声を上げる。

 

 「ああ。中々アホな奴だって聞いてる」

 

 真顔で転入してきたばかりのキリヲにそう言われて、軽傷とは言えない傷を心に負う古城。

 

 「ああ。それ那月ちゃんが当たってる、こいつホントに頭悪いのよ。まさに勉強出来ないアホって感じ」

 

 古城の後ろの席にいた浅葱が古城の頭をコツコツとつつきながら言う。

 

 「あ、わたしは浅葱。藍羽浅葱。よろしくね」

 

 ニコッと微笑む金髪の少女にキリヲも軽く会釈をした後に古城に向き直った。

 

 「勉強出来ないアホか……。なら、俺と同じだな」

 

 爽やかとも言える笑顔でそう言うキリヲに思いっきり古城は、脱力した。

 

 「妙な所で親近感持たれちまった……」

 

 ガックリ肩を落とす古城をドンマイと言いながら前に座っていた基樹が慰めていた。

 

 「なんだか、面白いのが来たな。俺は、矢瀬基樹だ。基樹でいいぞ」

 

 誰にでも明るく接する級友と挨拶を交わしている転入生を見て、古城は、これなら直ぐにクラスに馴染めるだろうと、少しホッとした心境だった。

 

 「おい、馬鹿共。そろそろ静かにしろ。転入生とは別に新しい講師も入ることになった。……おい、入ってこい」

 

 那月が再度、教室のドアに向かって声を掛けると、入ってきたのは、菫色の髪の女だった。服装は、いかにも新任教師が着そうなスーツ。

 

 「英語の講師をさせる。ジリオラ・ギラルティだ。しばらく、読解の授業はこいつに任せるから、そのつもりでいておけ」

 

 那月は、無愛想にそう言い放つと、さっさと授業の準備を始めだした。

 

 「新しい講師も来たのか……」

 「なんで、あいつが講師なんだよ……」

 

 特に興味を示さない古城の横でキリヲは、ボソッと呟いていた。

 しかし、そんな中で浅葱だけが顎に手を当てて考える素振りをしていた。

 

 「ジリオラ……ジリオラ・ギラルティ……。なんだっけ?どっかで聞いたような……?」

 

 必死に記憶を掘り返そうとしていた。

 

 「よし、授業を始めるぞ」

 

 那月の一言で、取り敢えず浅葱も思考を打ち切り、目の前の教壇に意識を向けた。どうやら、さっそく新任講師が教鞭を取るようだ。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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