ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー   作:五河 緑

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戦王の使者編Ⅳ

 彩海学園 屋上

 

 「あら、第四真祖と昨日会った………舞威媛だったかしら?二人ともこんなところで何してるの?」

 

 古城の眷獣の暴走により半壊状態になった屋上にやって来たジリオラが、屋上の真ん中で並んで正座している古城と紗矢華の姿を目にして愉快そうに訊ねた。

 

 「なんか凄い魔力を感じたから様子を見に来たんだけど……やっぱり貴方だったのね第四真祖」

 

 古城は気まずそうに顔をそらして口を開く。

 

 「……学校でもそんな格好するんですね、ジリオラ先生」

 「今日はわたしの授業ないからね」

 

 基本的に学校で講師として活動している時のジリオラの格好は黒一色の女性用スーツなのだが、今日はいつも通りの下着の上に黒いコートを羽織っただけの格好だった。

 露出が多い割りに足の大半を二ーソックスで隠しているのが余計に妖艶さを醸し出していた。

 

 「……ねえ、第四変態真祖」

 「人に変な名前を勝手につけるなっ!」

 

 突然の紗矢華の謂れのない中傷に古城が抗議の声を上げる。

 だが、紗矢華は気にせず話を進める。

 

 「なんで貴方、ジリオラ・ギラルティなんかと仲良く話してるの?」

 

 紗矢華は敵意を含んだ冷たいな眼差しをジリオラに向ける。

 

 「知らないかもしれないから言っておくけど、この女は犯罪者よ。それも、非戦闘員を対象に虐殺を行った殺人犯なのよ」

 

 紗矢華の口から出てくる言葉をジリオラは涼しい顔で聞き流す。敵意に満ちた視線も大して堪えた様子もなく、平然と立っている。

 このような糾弾はジリオラも慣れていた。

 警察から、攻魔師から、殺した人間の遺族から。時に暴力を伴って浴びせられた糾弾の声。

 多くの罪を犯して生きてきたジリオラには珍しくもないものだった。

 

 「〈カルタス劇場の惨劇〉と呼ばれていて、小国の王子を筆頭に王族を全員皆殺しにしたような危険な女なのよ!?」

 

 ジリオラを指差して声を張り上げる紗矢華。そんな紗矢華にジリオラは苦笑混じりに言葉を返す。

 

 「……一応、あれは向こうから仕掛けてきたのよ?正当防衛としてカウントしてくれないかしら?」

 「あれだけの人数を殺しておいて白々しい……」

 

 苦笑いを浮かべるジリオラを鋭い目付きで睨んだまま紗矢華が低く唸る。

 

 「……まあ、二人とも落ち着けよ。ジリオラ先生が犯罪者だってのは俺も知ってるし。今は那月ちゃんや俺達の味方だってのも理解してるよ」

 

 険悪な空気を漂わせる二人の間に古城が入って仲裁する。

 

 「……まったく。こんな危険な犯罪者を側に置いとくなんて、やっぱり雪菜を任せるわけにはいかないわね」

 

 紗矢華は不愉快そうに首を横に振ってそう言い放った。

 ジリオラに対する敵意を納めるつもりはないようだった。

 

 「なあ、いい加減にーー」

 

 辺りを包む険悪な雰囲気に耐えきれなくなった古城が再び仲裁に入るべく声を上げようとした直後だった。

 ズゥン、と鈍い音を立てて空気の振動が伝わってきた。

 

 「なんだ!?」

 「あれを見て!ヘリがっ……」

 

 音の正体を測りかねた古城が狼狽えたような声を上げると紗矢華は校舎から離れた場所に建っているビルから上る煙を指差した。

 ビルには墜落したと思わしきヘリが突っ込んでおり、黒い煙を空に向かって上げていた。

 

 「まさかっ、黒死皇派か!?」

 

 絃神島は航空戦力を保有していない。

 つまり、今撃墜された武装ヘリは特区警備隊のものではないのだ。

 恐らく、外部から非公式に持ち込まれたもの。武装テロ集団〈黒死皇派〉が用意したものだと推測するのにさほど時間はかからなかった。

 

 「もう、始まっているのか……」

 

 既に始まっているであろう特区警備隊と黒死皇派の戦闘を遠目に目の当たりにして古城は戦慄で体が僅かに震えた。

 先程、雪菜宛に届いたキリヲからのメッセージで〈黒死皇派〉が用意していた古代兵器ナラクヴェーラの存在と直に那月が特区警備隊を引き連れてサブフロートに潜伏していた黒死皇派を殲滅しに行ったのは、知っていた。

 

 「あの方向は……サブフロート。十中八九、黒死皇派ね。キリヲに伝えておいた方がいいかしら」

 「キリヲなら、さっき姫柊たちと保健室に行った」

 

 ジリオラの呟いた言葉に古城が立ち上がりながら返事をする。

 那月には待機を命じられているが、先程のガルドシュの名を聞いた時に浮かべていた表情から察するにキリヲが素直に指示に従う可能性は低いとジリオラは考えていた。

 

 「俺達も行こう」

 

 屋上を後にしたジリオラを古城と紗矢華も追いかけてくる。

 数分前に古城が眷獣を暴走させた影響でほとんどの人影のなくなった校舎を駆け抜けて、最短ルートで保健室へと向かう。

 校舎の一階に到着し保健室まで後十数メートルの場所まで来た時、唐突にジリオラが足を止めて顔をしかめる。

 

 「これは………血の臭い?」

 

 一言呟くと再び走りだし、保健室に駆け込む。

 

 「これは……」

 「お前は……アスタルテ!?」

 

 保健室の中には、床を赤く染めている血溜まりに横たわるアスタルテと、キリヲの得物である〈フラガラッハ〉が抜き身の状態で放置されているだけだった。

 

 「一体なにがっ!?」

 

 血を流して蒼白な顔になったアスタルテに古城が駆け寄る。

 古城達の接近で意識を取り戻したアスタルテが僅かに目を開いて言葉を紡ぐ。

 

 「……報告……しま……す。現在時刻より十二分前……クリストフ・ガルドシュを……名乗る男が校内に……侵入……藍羽浅葱……姫柊雪菜……暁凪沙……九重キリヲを拉致していきまし……た。……申し訳ありません。……わたしは……守れなかった……」

 「出血が酷いわ。すぐに手当てしないと」

 

 震える声で報告を続けるアスタルテを抱き起こして保健室のベッドに寝かせる紗矢華。

 着ている服がアスタルテの人工血液で汚れることを気にすることもなく負傷箇所を確認していく。

 

 「治療なんて出来るのか?」

 「獅子王機関の舞威媛の専門は呪詛と暗殺。人の生と死には詳しいのよ」

 

 古城の疑問に答えた紗矢華はアスタルテをうつ伏せにして白い肌が覗く背中に、太股に巻いたホルスターから取り出した針を突き刺していく。

 

 「お、おいっ」

 「大丈夫よ。針治療みたいなものだから」

 

 神経を集中させるように針をゆっくりと一本ずつアスタルテの背中に刺していく。

 さっそく治療の効果が出てきたのか、アスタルテの傷から流れ出ていた血が止まっていた。

 しかし。

 

 「……なによ、これ」

 「どうかしたのか?」

 

 治療の効果を見るために容態を確認していた紗矢華がアスタルテの顔色を見て震える声を漏らした。

 

 「血が……無くなってる。明らかに出血した分より多い量の血液が体内から消失している……」

 「血が消えてるって…………吸血鬼の仕業ってことか?」

 

 紗矢華の言葉に古城が思わず声を上げる。

 

 「いいえ、違うわ。吸血鬼特有の噛み跡がない。……なにか別の特殊な攻撃によるものよ」

 

 アスタルテの全身に歯形がないことを素早く確認したジリオラが古城の言葉を否定する。

 

 「……どちらにせよ、このままじゃ失血死するわね」

 

 アスタルテに歩み寄りながら自らの手首を犬歯で噛み切るジリオラ。破れた肌から血が滲み出る手首をアスタルテの口に押し付ける。

 流れ出た血が口から入りアスタルテの体内に吸収されていく。アスタルテも目を閉じたまま無意識にジリオラの手首に吸い付き、血を吸いとっていく。

 

 「簡単な輸血よ。吸血鬼の血だから直接飲んでも力になるはず……」

 

 血を飲んだことでアスタルテの顔色が回復したのを確認したジリオラがアスタルテの口から手首を静かに離す。

 

 「……犯罪者が人命救助なんて、珍しいこともあるものね」

 

 一連のジリオラの救命措置を見ていた紗矢華が目を細めて言う。

 

 「この子を死なせたら後でわたしが南宮那月に殺されちゃうわよ」

 

 噛み切った手首の傷が塞がるのを見ながらジリオラが言った。

 

 「……結局、自分のためってわけね」

 「ええ、そうよ。否定はしないわ」

 

 ジリオラと紗矢華の間で見えない火花が散ったような気がした古城だった。

 

 「ところで、キリヲも連れていかれたの?」

 「……肯定。ミスター 九重も応戦しましたが、クリストフ・ガルドシュを名乗る男により制圧されていました。彼は腕を……」

 

 アスタルテの視線の先にあったのは保健室の床に転がる白銀の外装で覆われた義手。魔義化歩兵であるキリヲが持つ機械の腕だった。

 

 「……どうやら、かなり厄介な相手みたいね……クリストフ・ガルドシュ」

 

 義手を拾い上げて呟いたジリオラの声は誰の耳に入ることもなく虚空に消えていった。

 

 ***

 

 薄暗い室内

 

 「……ねえ、ここどこだと思う?」

 

 クリストフ・ガルドシュ率いる黒死皇派に拉致されてこの部屋に連れてこられた浅葱が同じく拉致されてきた雪菜に訊ねた。

 

 「移動は十分程でした。それほど、学校から離れた場所ではないと思うのですが……」

 

 雪菜は、部屋の壁にもたれ掛かるようにして意識を失っている二人の人物に目を向ける。

 魔族の襲撃によって恐慌状態に陥りショックで気絶した凪沙と腕を切り落とされ、ガルドシュに腹部を殴打されて昏倒したキリヲだ。

 

 「まったく……何がどうなってるのよ……」

 

 浅葱が頭を抱えながら呟く。

 その視線の先には右腕を失ったキリヲの姿があった。

 

 「……キリヲ、大丈夫なの?出血とか」

 「九重先輩の右腕は義手です。切断による身体への直接的なダメージはないはずです」

 

 雪菜の説明を受けて浅葱は表情を曇らせる。

 

 「これも、関係あるのかな。……キリヲの過去と」

 「えっ?」

 

 浅葱の放った一言に雪菜が驚きの声を上げる。

 

 「あんたは、知ってるの?その……キリヲが犯罪者だって……」

 「藍羽先輩もご存じだったのですか?」

 

 浅葱を古城のクラスメイトとしか認識していなかった雪菜は、浅葱がキリヲの秘密を知っていたことに驚愕していた。

 

 「……この前、キリヲが転校してきた時に一緒に講師として来た先生がいたんだけど、その先生の名前に聞き覚えがあってね。……ジリオラ・ギラルティ。ちょっと調べてみたらすぐに分かったわ。凶悪犯罪者と同一の人物だって……。それで、気になって一緒に来たキリヲのことも調べてみたの。そしたら……」

 

 一旦、言葉を切る浅葱。雪菜は黙ってその話を聞いていた。

 

 「……アルディギアの犯罪者リストに一致するデータがあった。収監されたのは絃神島の刑務所だって書かれていたから、本人だと思ったのよ」

 

 話を語り終えた浅葱は、唇を噛んで押し黙った。

 

 「……最初は通報しようかとも考えた。でも、何も悪いことしない感じだったし……古城とも、あんなに仲良くしてたから……出来なかった……」

 「藍羽先輩……」

 

 自らの葛藤を独白する浅葱に雪菜が遠慮気味に声をかける。

 

 「……九重先輩とジリオラ先生のことは南宮先生が把握しています。二人は今、南宮先生の攻魔師としての仕事を手伝うのを条件に仮釈放されていると聞いています。……ですから、藍羽先輩が心配する必要は……ありません」

 「那月ちゃんが?……なら大丈夫ね」

 

 雪菜の言葉に疲れたように返事をする浅葱。

 

 「……人って分からないものよね。最近の古城は何か様子がおかしいし、突然やって来た転校生は犯罪者だし……あんたも何か隠してるんでしょ?」

 「それは……」

 

 浅葱の質問に雪菜が言い淀んだ直後だった。

 

 「藍羽浅葱というのは、君かな?」

 

 今まで閉ざされていた部屋のドアが開かれ、軍服に身を包み腰に日本刀を下げた男ーークリストフ・ガルドシュが室内に入ってきた。

 

 「……わたしに一体何の用よ」

 「君は、自分がどれ程有名なのか自覚が足りないようだな」

 

 無愛想に返事をする浅葱にガルドシュが微笑を浮かべながら言葉を発し、手に持っていた一冊の本を浅葱に向かって放り投げた。

 

 「我々の雇った技術者に君の名を知らない者はいなかったよ」

 「何これ?……〈スーヴェレンⅨ〉のマニュアル?」

 

 驚きに目を見開きながら本を拾う浅葱。

 

 「君が使っているスーパーコンピューターと同型機の最新型だそうだな。この部屋の奥にあるそいつを使ってナラクヴェーラの制御コマンドを解析してもらいたい」

 「……ナラクヴェーラ?」

 「我々の用意した古代兵器だよ。昨夜、君に送ったものはあれの起動コマンドだ」

 

 ガルドシュの言葉に浅葱が不快そうに顔をしかめる。

 

 「昨日、つまんないパズルを送りつけてきたのはあんた達だったのね……」

 「ハハッ、つまらないパズルか。言っておくが、我々は君の言うあのつまらないパズルを百五十人を超えるハッカー達に送ったのだが、解けたのは君一人だけだ。それも、三時間足らずでな。その腕を見込んで頼みたいのだ。残りのコマンドの解析をな」

 

 浅葱の言葉に愉快そうに笑うガルドシュ。

 そんなガルドシュに、浅葱は鋭い視線を向ける。

 

 「……テロリストに協力すると本気で思ってるの?」

 

 挑発的な言葉を発する浅葱だが、ガルドシュは全く動じない。

 

 「残念だが、君は我々に協力する以外の選択肢はないのだよ」

 「はあ?何を言ってるの?」

 「これが何か分かるか?五十四枚あるナラクヴェーラのコマンドが記された石板の内の一枚だ。君が解読してくれた。〈始まりの言葉〉。ナラクヴェーラの起動コマンドだ」

 

 ガルドシュの要領を得ない物言いに浅葱はますます混乱する。

 

 「それが何だって言うのよ?起動したってコントロールができないんじゃ…………あっ」

 「そうだ。我々は起動することしかできない。ナラクヴェーラが街を破壊しようが人を焼こうが止めることはできないのだよ。理解していただけたかな?」

 「卑怯よ……」

 

 余裕の笑みを浮かべるガルドシュに浅葱が唇を噛んで睨み付ける。

 

 「……急いだ方がいい。ナラクヴェーラは、もう起動させている。市街地への被害の規模は君の努力次第になるだろう」

 

 言い終わるとガルドシュは背を向けて部屋の外に足を進める。

 

 「解析が終わればキリヲ以外……君達三人は解放すると約束しよう」

 「……なぜ、九重先輩だけを?」

 

 ガルドシュの言葉に雪菜が怪訝そうに聞き返す。

 ガルドシュは足を止めると振り返り、気を失ったままのキリヲに視線を向けて答えた。

 

 「彼がわたしの目的だからだよ。我々がこの島に来た目的の一つは彼を迎えに来ることだったからな」

 

 そう言い放つと今度こそガルドシュは部屋を後にした。

 

 「あいつ、〈スーヴェレンⅨ〉はこの部屋の奥って言ってたわよね」

 

 ガルドシュが出ていくのを見送ると浅葱は声を張り上げて部屋の奥にある最新型スーパーコンピューターに向かって行った。

 古代兵器による市街地の破壊。そのカウントダウンが開始された。

 

 ***

 

 絃神島 サブフロート前

 

 絃神島の心臓部メガフロートと新設されたサブフロートを繋ぐ仮設桟橋。その入り口は現在、特区警備隊が配備した装甲車によって塞がれていた。

 タクシーに乗り込んでここまでやって来た古城、紗矢華、ジリオラの三人はこの封鎖によって足止めを食らっていた。

 

 「……やっぱり、封鎖されてるよな」

 

 雪菜の雪霞狼が入ったギターケースを背負った古城が疲れたように目の前の道を塞ぐ特区警備隊の姿を見て呟く。

 

 「ねえ、暁古城。あんた、吸血鬼の真祖なんでしょう?魅了の力とかであいつら退かしなさいよ」

 「ふざけんな、そんなことできるか!」

 

 紗矢華の無茶な要求に古城が思わず抗議の声を張り上げる。

 

 「俺が使える眷獣は一体だけなんだよ。……姫柊の血を吸ってようやく宿主と認めさせたんだ」

 「じゃあ、雪菜はそのために……」

 

 古城の言葉に紗矢華がショックを受けたように口元を押さえる。

 

 「ジリオラ先生はできないんですか?」

 

 同じ吸血鬼であるジリオラの力に頼ろうとする古城。

 ジリオラは、顎に手を当てて数秒ほど考える素振りをした後。

 

 「まあ、わたしの眷獣なら操れないことはないけど……」

 「できるんですか!?」

 「……ただ、わたしに操られると脳髄とか神経系に後遺症が残る可能性があるのよねぇ」

 

 手もとに〈ロサ・ゾンビメイカー〉を召喚するジリオラ。その凶悪そうな蕀の鞭を目の当たりにして古城が顔をひきつらせる。

 

 「やっぱ、やめましょう」

 

 ジリオラが特区警備隊の隊員を操って退けるという計画は一瞬で消えた。

 

 「やっぱり、アレしかないか……」

 

 諦めるように呟くと古城はサブフロートが見える岸まで足を進める。

 

 「何をするつもり?」

 「まあ、見てろ。煌坂、動くなよ」

 

 そう言うと古城は紗矢華を抱き上げた。所謂、お姫様抱っこ状態だ。

 無論、持ち上げられた紗矢華は顔を真っ赤にしてジタバタと暴れる。

 

 「ちょ、ちょっと!」

 「大人しくしてろ!暴れるな!」

 

 吸血鬼の力を解放して筋力を底上げした古城は、対岸のサブフロートに向けて思いっきり海の上をジャンプする。

 距離は十数メートル。人間では到底飛び越えられる距離ではないが、吸血鬼としての筋力を持つ古城はその距離を軽々と飛び越えていた。

 

 「こ、こんなのノーカンだからっ!」

 「何の話だよっ!?」

 

 飛び越えた先でもお姫様抱っこの状態で言い合う二人を見て、霧化して海を渡ったジリオラが微笑ましそうに見つめながら口を開く。

 

 「貴方達、仲が良いわね」

 「「良くないっ!」」

 

 当の本人達は全力で否定しているが。

 

 「手出し無用だと言っておいた筈だが?ジリオラ・ギラルティ」

 

 サブフロートに渡った三人を待っていたのは黒いドレスに身を包んだ魔女、南宮那月だった。

 

 「ちょっと不味いことになってるわよ。キリヲと剣巫を含む生徒四人が黒死皇派に拉致されている。あと、貴女の可愛いメイドも重傷よ」

 「ちっ、……これも貴様の予定通りか?〈蛇遣い〉!」

 

 舌打ちをしながら倉庫の屋根の上にいる男を睨み付ける那月。

 那月の視線の先にいるのは白いタキシードに身を包んだ金髪碧眼の吸血鬼ーーディミトリエ・ヴァトラーだ。

 

 「ハハハッ、予定?なんのコトかな?ボクは、ガルドシュに船を乗っ取られて命辛々逃げてきたんだよ」

 「とぼける気か……」

 

 ヴァトラーの言葉に那月が更に苛立った声音で呟く。

 

 「そんなことより、早くキミ達の部隊を撤退させた方がいいんじゃないかな?」

 「なに?」

 「特区警備隊はおびき寄せられたのさ。新しい兵器の標的にするためにね。……彼らが何を手に入れるためにこの島に来たか忘れた訳じゃないだろう?」

 

 怪訝そうな顔をする那月にヴァトラーが得意そうに答える。

 その直後、特区警備隊と黒死皇派が交戦していたサブフロート中心部から赤い閃光が迸った。

 閃光はビルを貫き、直撃した特区警備隊の装甲車を一撃で吹き飛ばす。

 

 「あれは、まさか……!」

 

 倒壊したビルを乗り越えて爆煙の向こうから姿を表したのは赤と黒にカラーリングされた装甲で全身を包んだ鋼の化け物。甲殻類を彷彿させるようなフォルムをした巨大な機械の怪物だった。

 

 「ナラクヴェーラ……」

 

 古の時代に失われた神々の兵器。その完全復活だった。

 

 ***

 

 薄暗い室内(オシアナスグレイブ船内)

 

 テロリストの依頼という名の脅迫を受けた浅葱がナラクヴェーラの制御コマンド解析のためにスーパーコンピューター〈スーヴェレンⅨ〉に向かった数分後。

 

 「うっ………………ここは……?」

 

 薄暗い室内で意識を取り戻したキリヲは軽く目眩を起こしながら周囲を確認していた。

 

 「九重先輩!目が覚めましたか!?」

 

 上体を起こしたキリヲに雪菜が歩み寄る。

 

 「……ここは?ガルドシュの奴はどうなった?他のみんなは……」

 「九重先輩、落ち着いてください。ガルドシュはここにはいません。藍羽先輩と凪沙ちゃんも一緒に連れてこられてますけど特に怪我とかもしてないですし、テロリストに乱暴されてもいません」

 

 一気に捲し立てるキリヲに雪菜が一つ一つ返事をしていく。

 雪菜の言葉を聞いてキリヲは少し安心したように深く息をはいた。

 

 「……そうか。安心しろ、ガルドシュは捕虜や非戦闘員に手を出すような下種じゃない」

 

 キリヲの言葉に雪菜が怪訝そうに表情を曇らせる。

 

 「……ガルドシュと知り合いだったんですね」

 「……………………………まあな」

 

 長い沈黙の後にキリヲはポツリと一言、雪菜の言葉に返事をした。

 

 「……彼とは、どういった関係で?」

 

 雪菜の問にキリヲは話すべきかどうか迷うように顔をしかめて数秒ほど考え込む。

 だが、やがて決心がついたように口を開いて話し出した。

 

 「……俺の両親は、戦王領域在住の日本人だった」

 「戦王領域出身だったんですか?」

 

 キリヲの言葉に雪菜が少し驚いたように目を見開いた。

 欧州に位置する夜の帝国に住む日本人というのはそれだけ物珍しいものでもあった。

 

 「ああ。……だけど、俺が五歳の時に住んでいた街がテロリストと国軍の交戦地帯になってな。吸血鬼の眷獣の攻撃に巻き込まれて両親とはそこで死別した」

 

 キリヲは悲痛そうな表情をすることもなく淡々と己の両親の死を語っていた。

 

 「生き残った俺と……双子の妹は親もなく、そのまま紛争地域をさまよった」

 「妹さんがいらしたんですか?」

 

 初めて聞くキリヲの家族構成に雪菜が驚きの声をあげた。

 

 「ああ、霧葉って名前なんだけど………でも、妹ともその後すぐに離ればなれになった。また、戦闘に巻き込まれてな。負傷して死にかけた俺を拾った物好きがあの男……ガルドシュだ」

 

 遠い昔を思い出すように語るキリヲに雪菜が問い掛ける。

 

 「……妹さんはどちらに?」

 「戦王領域の国軍に保護されて日本に送還されたって聞いてる。……もっとも、無事に日本に辿り着けた保証もないけどな」

 

 キリヲの目の奥にあるのは諦めの思いだった。

 

 「……探そうとは思わないんですか?」

 「もう、十年以上前の話だ。たとえ生きていたとしても、俺のことなんて覚えてないだろ。……それに、殺人犯の兄貴に会いに来られたって向こうも迷惑だろうしな」

 「………………そうですか」

 

 無機質に語るキリヲに雪菜もそれ以上なにも言わなかった。

 

 「俺を拾ったガルドシュは、紛争地域で生き残る術を俺に教えてくれた。剣術もその内の一つだ。あいつは、三年間俺の父親の代わりをしてくれたんだ」

 

 キリヲの生い立ちとガルドシュとの出会いの話を雪菜は食い入るように聞いていた。

 

 「ガルドシュに拾われた三年後、俺は右手と両足、それに両目を失う大怪我を負った。当時、黒死皇派と対戦王領域共同戦線を張っていたCSAに、俺を治療するためにガルドシュは俺の身柄を引き渡した」

 

 黒死皇派のガルドシュの元を離れ、CSA に引き取られたキリヲはその二年後、アルディギア王国に身を移し大事件を起こすのだが、キリヲはこの場でその事を語りはしなかった。

 

 「これが、俺とガルドシュの関係だ。……まあ、親代わりで剣の師匠ってところだな」

 

 ガルドシュとの関係を語り終えたキリヲは口を閉ざし、再び室内に静寂が訪れた。

 

 ***

 

 絃神島 サブフロート

 

 「〈摩那斯〉!〈優鉢羅〉!」

 

 サブフロート上に建つ倉庫の屋根の上でヴァトラーが己の魔力を迸らせながら、血の中に巣食う眷獣を二体召喚する。

 黒蛇と青い蛇。二体とも竜と言っても過言ではないほどに巨大だった。

 さらに。

 

 「なっ!?合体した!?」

 

 古城が驚愕に目を見開く。

 ヴァトラーの放った二体の眷獣は空中で絡み合うように結び付き、一体の大蛇と姿を変えていた。

 

 「……二体の眷獣を合成したか」

 「相変わらず鬱陶しい真似を……」

 

 那月とジリオラが忌々しそうに表情を歪める。

 

 「さて。始めようかな」

 

 ヴァトラーが己の眷獣に攻撃を命じようとした直後だった。

 

 「おい、ヴァトラー!お前は手を出すな。アイツは俺が相手をする!」

 「ちょっ!?暁古城!?」

 

 同じ吸血鬼としてヴァトラーの眷獣が真祖である己に匹敵する魔力と破壊力を持つものだと感じた古城はヴァトラーの攻撃を止めに入った。

 ヴァトラーに任せたりしたら、それこそ絃神島が沈みかねない。そう思う古城だった。

 

 「他人の獲物を取るのは礼儀としてどうかと思うよ?」

 「それを言うなら、他人の縄張りに入り込んで好き勝手やってるあんたの方が礼儀知らずだろ!?」

 

 優雅な笑みを浮かべているヴァトラーに古城は一歩も退く気はなかった。

 

 「俺がくたばるまで引っ込んでろ!」

 「ふむ、そう言われると返すことばもないね。……分かった。なら、君に敬意を表して気兼ねなく戦えるようにしてあげよう」

 

 納得したように頷いたヴァトラーが指を一度鳴らすと、召喚された合成眷獣が魔力の塊を口から炎のように吐き出した。

 轟音を立ててサブフロートとメインフロートを繋ぐ桟橋が合成眷獣の魔力によって消し飛ばされる。

 

 「サブフロートが……」

 

 サブフロートがメインフロートから引き離されて洋上に流れ出すのを見て、紗矢華が掠れるような声で呟いた。

 

 「第四真祖、わたしはキリヲ達を迎えに行くけど、ここは任せていいかしら?」

 「ああ、構わない。行ってくれ。浅葱達を頼む」

 

 そう言うと古城は、前方のナラクヴェーラ目掛けて駆け出した。

 

 「掴まれ、ジリオラ・ギラルティ。跳ぶぞ」

 

 那月がそう言うと、菫色の魔力の粒子が現出し、空間転移の魔術によってジリオラと那月の姿は音もなくこの場から消え失せた。

 

 神々の古代兵器と世界最強の吸血鬼の戦いの火蓋が切って落とされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回で恐らく戦王の使者編は最後になると思います。
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