ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー 作:五河 緑
サブフロート
機能を停止し、完全に沈黙した女王機のコックピットの中から人影が出てくる。
「……やってくれたな」
赤い刃を持つ刀、妖刀〈血斬り〉を持ったガルドシュだ。
「……ナラクヴェーラは、もう使えない。終わりだ、ガルドシュ」
キリヲは刀の切っ先をガルドシュに向けて言い放つが、ガルドシュの顔に諦めの表情は浮かばない。
「まだだ。まだ、お前がいる。ヴェルンドシステムを持つお前がいれば〈忘却の戦王〉とも渡り合える!」
ミシミシと音を立ててガルドシュの体が獅子頭の獣人へと変わっていく。
ガルドシュの顔に浮かんでいる表情は、狂気と呼ぶのがふさわしい気がした。
「あいつ、まだ続ける気か!?」
未だ戦意を失わないガルドシュに古城が信じられないと言わんばかりに声を上げる。
「九重キリヲを仲間にするつもり?あいつ、獣人優位主義者じゃなかったの!?」
紗矢華の言葉にキリヲの肩がピクリと震えた。
「………あいつはもう、戦う理由と目的が逆転してるんだ」
ポツリと呟くキリヲ。
思えば元戦王領域の軍人であり、人間であるキリヲを拾ったりしたガルドシュは歴とした獣人優位主義者ではなかったのかもしれない。
「…………あいつが欲しいのは獣人優位の世界じゃない。ただ、戦い続ける理由が欲しいんだ」
「そんなことの為に……」
キリヲの言葉に雪菜が信じられないものを見るような目でガルドシュを見る。
「……ガルドシュも俺と同じ戦争孤児だ。生まれた時から戦いが身近にあって、周りの奴は戦うことを強要してくる。戦いの中でだけ自分の存在を認めてもらえる」
淡々と、表情を変えることもなくキリヲは言葉を紡いでいく。
「……もう、戦いの中でしか自分の存在価値が見つけられないんだ。……昔の俺みたいに」
自分に戦うこと以外の生き方を教えてくれたアルディギアの少女に出会う前の自分の姿を思い返しながらキリヲは言葉を発した。
「古城、姫柊。あいつの相手は俺がやる。手を出さないでくれ」
「キリヲ……」
〈フラガラッハ〉を握りしめてガルドシュの方へと歩み出るキリヲの背中を見て古城が掠れる声で名前を呟く。
「……ようやく、お前を迎えに来ることができた。八年も待ったぞ」
「もう終わらせよう。ガルドシュ」
キリヲとガルドシュが互いに刀を構える。
二人の間に一瞬、沈黙が降りる。
「ふっ!」
「……っ!」
両者の間にある距離はおよそ十メートル。その程度の距離を二人が詰めるのに一秒とかからない。
地面が僅かに陥没するほど強く蹴って前に出る。獣人の筋力と鋼の義肢が生む運動エネルギーによって目にも留まらぬ速度でぶりかり合う両者。
互いに積み重ねてきた剣技の全てをぶつけるべく刀を振り続ける。
「ハハッ!やはり、剣客はいいなっ!予想以上だぞ、キリヲ!」
自分と同じレベルまで剣の腕を向上させたキリヲにガルドシュが歓喜の表情を浮かべる。
ヴァトラーと同じく、強者と戦うことを悦んでいる者の顔だった。
(太刀筋を目で追いかけても間に合わない。読むんだ、刹那の未来を。一瞬先の剣を)
キリヲの右目が高速演算でガルドシュの動きを予測して、次にとるであろう行動の予想を弾き出していく。
網膜に投影された予測の結果を基に、必要最小限の動きでガルドシュの剣を避け、捌いていく。
相手の攻撃を捌ききれれば反撃のチャンスもまわってくる。
自らの顔面目掛けて振り下ろされた刀身を自らの刀で横に弾き、逆にガルドシュの胴体目掛けて袈裟斬りを放つ。
「ふんっ!」
無論、ガルドシュも素人ではない。キリヲの反撃を確認すると攻撃を中断して刀を引き寄せ、振り下ろされる刀身を弾き返し、再びキリヲに切りかかる。
互いに相手の剣を弾いて斬り返す攻防が十数回ほど繰り返される。
だが、これほどの高速の応酬が繰り返されれば体の方にも影響が出てくる。
人智を超えた速度で剣を振るい続けた結果、ガルドシュの腕部の筋肉は限界を迎えつつあった。いくら、獣人種と言っても高齢のガルドシュは全盛期の頃ほど強くはない。肉体の衰えには抗いようがなかった。
一方でキリヲは、相手に近づくための脚も剣を振るための腕も機械だ。筋肉のように持久面での限界と言うものがない。
(……ここだ!)
左目の義眼がガルドシュの全身の筋肉の運動を解析した結果、右半身が筋力の限界で運動速度が落ちていることを発見する。
その隙をつくべくキリヲは、左から剣を叩き込んでいく。
弱っている部分を集中的に狙われたガルドシュは防御にまわる回数が増えていく。
そして、遂に決定打が入る。
「ぐあっ!?」
キリヲの〈フラガラッハ〉がガルドシュの〈血斬り〉の刀身を潜り抜けて胴体に横一文字の刀傷を負わせる。
キリヲの〈フラガラッハ〉の刀身は、ヴェルンドシステムによって精霊の加護を受けている。これは、魔族であるガルドシュにとっては致命的だ。
いつもならすぐに塞がるはずの傷が再生しない。
「……なるほど、ヴェルンドシステムか。確かに強力だな」
傷口から大量に溢れ出る血液を眺めながら言うガルドシュ。その顔には、焦りなどと言うものはなかった。むしろ、余裕の色さえある。
「だが、キリヲ。お前もその力を代償無しで使えるわけではなさそうだな」
その言葉が終わると同時に、キリヲが負傷もしていないのに吐血した。
体を折り曲げて地面に大量の血液を吐き出す。
「アルディギア王家の人間でもないお前が精霊の力を直接体に降ろすなど本来ならあり得ぬからな」
ガルドシュの言葉通り、キリヲはヴェルンドシステムをノーリスクで使えるわけではなかった。
先天的な精霊遣いでもないキリヲは本来、精霊との相性はそれほど良くはないのだ。それを後天的に体に埋め込んだ精霊炉で、無理矢理体に縛り付けている。
当然、長く使えば拒絶反応が出てくる。
せいぜい十分が連続使用の限界だろう。
「……馬鹿言うな。まだまだ、余裕だよ」
だが、キリヲは精霊炉を止めようとはしない。獰猛な笑みを浮かべると更に自身の霊力を高めていく。
限界を訴えるキリヲの肉体が激痛を伴って反応を返してくる。
「ククッ、良いぞ。そうこなくてはなっ!」
ガルドシュも戦意を失う様子など見せず、高らかに吼える。
二人の剣客の戦いは次の局面に入ろうとしていた。
***
サブフロート
「……速すぎてまったく見えなかったぞ」
目の前で繰り広げられている攻防を目にして古城がポツリと呟く。古城は元々運動神経はいいし、動体視力も普通よりはいい方だった。第四真祖になってからは身体能力も五感も飛躍的に上昇し、更に良くなっている。
だが、そんな古城の目でも今の応酬は速すぎてよく分からなかった。
「……雪菜。どこまで見えた?」
「…………九重先輩がガルドシュの剣を弾いて防いだところまでです。……紗矢華さんは?」
真剣な面持ちの紗矢華の問に雪菜が冷や汗を流しながら答えた。
そして、雪菜の問い返しに紗矢華は静かに返答する。
「九重キリヲがガルドシュの剣を弾いた後に袈裟斬りを放ったところまでよ。……そこから先は、わたしにも見えなかった」
同じ剣を使っている紗矢華ですらそこまでしか見えなかったと言う事実に雪菜も戦慄を禁じ得ない。
「まったく、暑苦しい連中だ」
空間転移で古城達の側に現れたのは、黒いドレスに身を包んだ魔女ーー南宮那月だ。
那月は、互いに剣をぶつけ合っているキリヲとガルドシュを野蛮な獣でも見るような目で眺めている。
「一応言っておくけど手出し無用だそうよ、南宮那月」
ジリオラが腕組をしたまま那月に告げる。
「……分かっている。わたしも、あの親子喧嘩に口を出すほど野暮ではない。気の済むまでやらせてやるさ」
呆れ果てたと言いたげに肩をすくめる那月。
その間にもキリヲとガルドシュの戦いは続いていた。
「しぶといにも程があるぞ、クソ親父!」
「甘ったれたことをぬかすなガキ!なんだ?もう息切れか!?」
鍔迫り合いをしながら互いに怒鳴り合うキリヲとガルドシュ。キリヲは精霊炉の長時間使用で肉体に限界が来ており、身体中から出血している。ガルドシュは、先程腹に受けた傷から血が絶えず溢れており足元に赤い水溜まりを作っている。
そしてなにより。
「……笑ってるし。理解できないわ、ああいうの」
口元に歪んだ獰猛な笑みを浮かべているキリヲとガルドシュを見て呆れたように呟くジリオラに那月も同意するように頷く。
八年ぶりに再開した親子同然のあの二人が水入らずで喧嘩をするのはひょっとしたら本人達にとっては楽しいことなのかもしれない。
人によっては微笑ましい光景と思うこともあるだろう。だが、全身血まみれになっているのを見ると、どうポジティブに見てもバイオレンスでスプラッターな光景にしか見えない。
少なくともこの場にいる全員には理解の及ばない世界だった。
一人を除いて。
「いやぁ、いいね。ボクも混ざりたくなっちゃうよ」
今まで静かに傍観していた白いタキシードに身を包んだ吸血鬼ーーディミトリエ・ヴァトラーが声を弾ませながら前に歩み出てくる。
ーー空気読めないのが出てきた。
那月とジリオラが共通で考えていたことだった。
「……〈蛇遣い〉。まさかと思うが余計なことをしたりしないだろうな?」
「………………勿論だよ」
爽やかな笑顔で言い切るヴァトラー。だが、答えるまでの間が異様に長かった。
流石にヴァトラーも自分に向かってきていない相手に攻撃をするつもりはないようだった。外交使節として来ている以上、ある程度の節度は守っているつもりなのだろう。
(……早く決着をつけろ、九重キリヲ。〈蛇遣い〉の我慢にも限界があるぞ)
早期決着を願わずにはいられない那月だった。
***
サブフロート
体内の血が足りなくなってきているのを感じる。〈フラガラッハ〉を握る生身の左手に力が入らなくなってきていた。
体中にある刀傷から出血した血や精霊炉の過剰使用による吐血だけじゃない。
ガルドシュの刀、妖刀〈血斬り〉の持つ血液簒奪能力によってキリヲは出血の酷いガルドシュ以上に血を失っていた。
「……なんだか、昔を思い出すな」
ガルドシュが刀を正眼に構えたままポツリと呟いた。その呟きにキリヲは思わず苦笑する。
「……そうだな。俺は、こうやってあんたに剣術を仕込まれた」
思い出すのは戦王領域での日々。いつも戦争で生きるのに必死だった毎日。
「…………やはり、わたしと共に来てはくれないのか?」
「何度も言わせるな。断る」
未練がましく言ってくるガルドシュをキリヲは一蹴する。
「……分かっているだろう?我々には戦うこしか出来ない。兵器と同じだ。戦うこと以外に何も出来ない」
ガルドシュの言葉にキリヲは数秒ほど口を閉ざし押し黙る。
沈黙の中、ガルドシュの瞳を見つめた後にゆっくりと口を開く。
「……確かにそうだな。戦い以外で俺は誰の役にも立てない」
「だったらーー」
キリヲの答えを聞いてガルドシュが声を張り上げるが、他ならぬキリヲがそれを遮る。
「でも、もう誰彼構わず傷つけるのは……嫌なんだ。それなら、たった一人でもいいから誰かを守るために戦いたい」
ガルドシュの顔を真っ直ぐ見据えてキリヲは言い放つ。
ガルドシュは、しばらく黙った後に口を開く。
「……お前は見つけたのか?その守りたい人間を」
ガルドシュの言葉に口を閉ざすキリヲ。脳裏に映るのは守りきれなかった自らの大切な人。銀色の髪を赤く染め、血を流す一人の少女。
「……見つけた。でも、守れなかった。だからーー」
〈フラガラッハ〉を構え直しながらキリヲが声を張り上げる。
「この島で出会った守りたい人達を守る。今度こそ。そのために戦う」
覚悟を決めたキリヲの顔を見てガルドシュも刀を鞘に戻して居合いの構えをとる。
「……ならば、守って見せろ。わたしは当初の予定通り、お前を連れて帰る。どんな手を使ってでもな!」
臨戦態勢を整えた二人の間に一陣の風が吹く。
「……そろそろ体も限界だ。次で決める」
キリヲが最後の力を振り絞って霊力を刀身に集中させながら言う。
「……」
「……」
限界まで張り詰めた空気。
地面を蹴ったのは同時だった。
「壱の太刀ーー」
「ヴェルンドシステム………全開!」
ガルドシュの〈血斬り〉の赤い刃が鞘の鯉口と擦れ、火花を散らしながら刀身を露にしていく。
キリヲの体内に埋め込まれた精霊炉から霊力が溢れだし、〈フラガラッハ〉の刀身を白銀のオーラで包み込む。
互いに肉薄し刀身の有効射程に入った瞬間、ほぼ同時に剣を振り抜く。
「ーー蟒蛇!」
「〈フラガラッハ〉!」
すれ違い際に刀で相手を斬りつける。
人間の動体視力では捉えられない速度で駆け抜け、止まったのは刀を振り抜いた後だった。
刀を振り抜いた後、しばらく二人とも動かない。
キリヲは刀を振り下ろした状態で、ガルドシュは下段から斬り上げたように刀を振り上げた状態でそれぞれ固まっていた。
「………なるほど、守るために戦うか。強いわけだ……」
刀を振り抜いた状態でガルドシュが愉快そうに呟く。
「……見事だ」
次の瞬間、ガルドシュの肩から血が吹き出す。
続いて獣人化した巨体がグラリと揺れて地面に倒れ込む。
「………いつか、あんたも見つけるさ。守りたい人を」
〈フラガラッハ〉を一振りして刃についた血を払いながらキリヲはガルドシュに向けて呟いた。
八年の時を越えて再び相見えた親代わりとの決着だった。
***
監獄結界
薄暗い檻の中にいる男にこの監獄の主、南宮那月は声を投げ掛ける。
「……クリストフ・ガルドシュ。貴様に話がある」
その言葉に鉄格子の向こうで鎖に繋がれて座っていた軍服の男ーークリストフ・ガルドシュが顔を僅かに上げた。
「なんだ、敗戦の将を笑いに来たのか?空隙の魔女よ」
自虐的な笑みを浮かべるガルドシュに那月は言葉を続ける。
「貴様に契約の提案をしに来た」
「……契約?」
那月の言葉にガルドシュが怪訝そうに顔をしかめる。
「わたしの手駒となれ。代わりに貴様の要望を聞こう」
「……また、随分とストレートな提案だな。それは、この檻から出てお前の私兵になれということか?」
ガルドシュの問に那月は表情を動かすことなく答える。
「そう認識してもらって構わない。……無論、今すぐ貴様を外に出すつもりはない。いずれ、時が来たらわたしの方から声をかけよう。その時にわたしの力となって戦え」
那月の言ったことにガルドシュは唖然とした表情を浮かべる。
「……犯罪者を使って何をするつもりだ?何を企んでいる?」
ガルドシュの問に那月は答えない。ただ、不適な笑みを浮かべて檻に背を向ける。
「ゆっくり考えるといい。良い返事を期待している」
そう言い残すと那月の姿は音もなくガルドシュの視界から消え失せた。
***
絃神島 病院 入院棟
「……まったく、無茶をするな。少しは自分の体を労ったらどうなんだ?」
「余計なお世話だ」
病室のベッドに体を横たえたまま無愛想に返事をするキリヲ。その返答を聞いてベッドの側に立っていた那月は、疲れきったように溜め息をつく。
今のキリヲは全身の刀傷を塞ぐため包帯でぐるぐる巻きにされ、ミイラのような様相になっていた。
「……で、今日は何の用だ?見ての通り、絶対安静でな。監獄結界にぶち込むなら今度にしてくれ」
「犯罪者風情が随分と偉そうな口をきくな……。まあいい、悪いが今回も契約の延長の話をしに来た」
那月の言葉にキリヲが怪訝そうに顔をしかめる。
「……またか?」
キリヲの言葉に小さく頷くと那月は、持ってきていたA4のプリント用紙の束をキリヲに渡す。
「黒死皇派が片付いたと思ったら、次はこいつだ」
那月の言葉に耳を傾けながら資料のプリントを読み進めていくキリヲ。
「〈仮面憑き〉か……」
資料に記されている正体不明の存在に関する情報。それがキリヲに渡された資料の中身だった。
「……引き受けてくれるか?」
那月の問にキリヲは数秒ほど考え込む素振りをする。
「……分かった、引き受ける。まだ敵の正体が不明だから何とも言えないが、倒せそうなら倒してみよう」
キリヲはプリントの束と共に那月に返事を返した。
那月は受け取ったプリントを鞄の中に仕舞うと、今度は携帯電話を取り出してキリヲに突きつけてきた。
「仮釈放中なら連絡の一つくらい寄越せと腹黒王女がうるさくてな。一言くらい何か言ってやれ」
だが、キリヲは携帯電話を受け取ろうとせず布団を被り直す。
「断る。いつも、言ってるが俺にあいつと話す資格なんてない」
「意地を張るのもいい加減にしろ。わたしが迷惑してるんだ」
「絶対嫌だね」
那月が無理矢理にでも携帯電話を渡そうとするが、キリヲも頑なに受け取ろうとしない。
その直後だった。
「もう、先輩は本当に嫌らしい人ですね」
「いや、だから、あれは俺じゃなくて……」
病室のドアが開いて古城と雪菜が部屋に入ってきた。
雪菜は怒ったように頬を膨らませていて、古城は鼻に鼻血を止めるためのものと思われるティッシュが突っ込んである。
「九重先輩、大丈夫ですか?聞いてくださいよ、暁先輩が藍羽先輩の病室で鼻血出したんですよ。まったく、二人で何してたんだか……」
「だから、あれは浅葱が…………て、キリヲ!?お前、大丈夫か!?なんか、ミイラみたいになってるぞ!?」
雪菜に弁解していた古城がキリヲを見た瞬間、その有り様に驚きの声をあげていた。
不機嫌そうな雪菜の様子と古城の言い訳をする様子から何があったかはキリヲにも何となく予想はついた。
「ふん、命拾いしたな」
白けたと言った様子で那月は、キリヲに携帯電話を押し付けるのを諦めて病室のドアへと向かっていった。
病室を出る直前に思い出したように立ち止まる那月。
「そういえば、九重キリヲ。貴様、ジリオラ・ギラルティに血を吸わせたそうだな?念のために検査を受けておけ」
それだけ言うと今度こそ那月は、病室から出ていった。
だが、今の話を聞いていた古城が反応する。
「えっ!?キリヲとジリオラ先生ってそんな関係だったのか!?」
「そんな関係ってどんな関係だよ……」
この後、キリヲは古城の誤解を解くために小一時間ほど言い訳をすることになる。そしてその直後、今度は古城が紗矢華との吸血行為に関する尋問を雪菜から受けることになるのだった。
世界最強の吸血鬼〈第四真祖〉と監獄結界の囚人〈聖剣遣い〉の日々はまだまだ続く。
***
本土 都内某所 ビジネスホテル
東京都内に位置する一つのビジネスホテルの一室のベッドに一人の少女が腰掛けていた。
黒い長髪。黒い瞳。黒いセーラー服。
黒という色で統一された少女は、一度大きく伸びをすると立ち上がり、備え付けの浴室へと向かう。
先日まで気温の低い地方に行っていたこともあり、早くシャワーを浴びて体を温めたいと考えていた。
浴室のドアを開き、後は服を脱いでお湯を浴びるだけとなった時に来客を知らせるチャイムの音が響いた。
シャワーを浴びることを妨害され、少し不機嫌そうな表情をしながら少女は部屋の出入り口まで向かう。
「妃崎霧葉。太史局だ」
ドアを開けるとサングラスをかけたスーツ姿の男が室内に入ってきた。
少女ーー霧葉は不機嫌そうに口を開く。
「任務明けで疲れているのだけれど?」
しかし、男の方は霧葉の不機嫌さに気付くこともなく室内に上がり込む。
「東北に出現した大型魔獣の処分だったか?」
男の言葉に不適に微笑む霧葉。
「少し厄介な能力を持っていたけれど、伝承に記されているほど強くはなかったわね」
「ほう」
霧葉の物言いに男は感心したように声を漏らした。
「それで、何の用かしら?」
霧葉に急かされて男は思い出したように持っていた鞄から数枚の資料を霧葉に手渡す。
「頼まれていた例の奴の情報だ」
男の言葉に霧葉は目を見開くと、引ったくるように男の手から資料を取り上げた。
そして、そこに記されている名前と添付された顔写真を見て笑みを深める。
「……それにしても、変な奴だな。なぜ、犯罪者の情報なんて欲しがる?」
「ちょっと、訳ありなのよ」
男の言葉に資料から目を離さずに返事をする霧葉。
一通り資料に目を通した後、満足そうに顔を上げると口を開く。
「シャワーを浴びたいから、そろそろ帰ってもらっても良いかしら?」
「ん?ああ、すまん。失礼する」
男は手早く荷物をまとめると部屋の出入り口であるドアに向かう。
「また何か続報があったら知らせる」
「ええ、頼むわ」
男はそう言い残すと部屋を後にした。
再び一人になった霧葉は、もう一度受け取った資料に目を向ける。
「やっと…………やっと、見つけたわ」
資料に記されていた名前は『九重キリヲ』。
「すぐに殺してあげるから待っていてね………………兄さん」
窓の外に広がる夜空を見上げて霧葉は、口の端をつり上げて笑う。
その目には、確かな殺意が宿っていた。
最後に少しだけ霧葉出しました。(ちょっと怖い娘になっちゃってますけど……)
次回から天使炎上編です。やっとメインヒロインが出てきます!