ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー 作:五河 緑
それと前回、次で天使炎上編終わらせると言いましたが、また一話にまとめられませんでした。(毎度毎度、本当にすいません)
金魚鉢
「行くぞ」
キリヲがそう口にすると同時にその場にいる全員が各々の得物を手に駆け出す。
一番最初に動いたのは、夏音ーー〈模造天使〉だった。
「Kyriiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!」
人ならざる声の絶叫と同時に高次元から流入してくる神気を纏う翼から、光り輝く無数の霊力の剣を撃ち出す。
彗星のように光の軌跡を描いて降り注ぐ剣を睨みつけ、真正面から迎え撃つのは全身に高濃度の魔力を纏う世界最強の吸血鬼ーー暁古城だ。
古城の身体から群青色の魔力が蜃気楼のように揺らめきながら溢れ出す。
雷を司る〈獅子の黄金〉でも衝撃波を操る〈双角の深緋〉のものでもない、新たな眷獣の力だ。
「〈模造天使〉の剣が効いていないだと………?」
古城から放たれる魔力に触れた〈模造天使〉の剣が消えるのを目にして賢生が怪訝そうな表情を浮かべる。
その間にもキリヲを先頭に雪菜達も武器を手に賢生に迫ってくる。
「援護します!」
キリヲの〈フラガラッハ〉、雪菜の〈雪霞狼〉、ジリオラの〈ロサ・ゾンビメイカー〉、近接武器を持つ三人が前衛に立ち、呪式弾が装填された〈アラード〉を構えたラ・フォリアが三人の後方から援護射撃を行う。
膨大な魔力が封じられた呪式弾の威力は、大口径ライフルにも引けを取らない。凄まじい運動エネルギーを持つ銃弾が地面に突き刺さり、衝撃で土煙が上がる。
「くっ……」
足元に呪式弾を撃ち込まれたことにより、賢生の側に立っていたベアトリス、ロウ、〈白狐〉がそれぞれ別の方向に退避する。
「敵がバラけた。各個撃破で行くぞ」
別々の方向に移動して孤立したベアトリス達を尻目にキリヲがそう言うと雪菜とジリオラも無言で頷き、それぞれの敵に向かっていく。
「片付けたら、援護に向かいます!」
「死ぬんじゃないわよ」
離れ際に言い残す二人にキリヲも無言で頷いて返答する。
「やってくれたわね………このメス豚がぁ!」
賢生達から引き離されたベアトリスが、自身に向かってくるジリオラを目にして激昂したように叫ぶ。
ベアトリスの手に握られている〈蛇紅羅〉の矛先が軟体動物の触手のように蠢いてジリオラに襲いかかる。
「百年も生きていない小娘が舐めた口きいてくれるわね」
迫りくる変幻自在の槍先を、茨の鞭の形をした〈ロサ・ゾンビメイカー〉で打ち払う。
意思を持つ武器を従える第三真祖の血族同士の戦いの始まりだった。
「さて、本家の実力………見せてもらおうかしら」
矛先が二股に別れた霊槍〈乙型呪装双叉槍〉を構えながら〈白狐〉が仮面の下で静かに笑みを浮かべる。
それに対峙するのは、あらゆる異能を打ち消す武神具〈雪霞狼〉を構える獅子王機関の剣巫ーー姫柊雪菜。
「………っ!」
「………はっ!」
ほぼ同時に二人とも動き出し、金属質な造りの槍が互いに相手の身体を貫こうと空中で幾度も交差して火花を散らす。
互いに同じ流派の技を極めた巫女、剣巫と六刃神官の雌雄を決する戦いの火蓋が切って落とされた。
「おお、始まったな」
ベアトリスと〈白狐〉が戦闘を始めるのを見てロウも獣人化して膨らんだ筋肉に力を込めて臨戦態勢を整える。
「…………俺の相手はあんたか?」
白銀の刀を構えながら駆けてくるキリヲにロウが問い掛ける。
しかしーー。
「………………」
ロウの問に答えることもなく、キリヲは義足の力を発動して一気に距離を詰め、勢いを落とさずにロウの頭上を飛び越えていった。
急速に遠ざかっていくキリヲに一瞬、目を奪われたロウに声をかける者がいた。
「いいえ、貴方の相手はわたくしです」
ロウの問に対する答えは全く予想していない方向から返ってきたのだ。
視線を前に戻すと、そこには〈アラード〉の銃口を自身に向けている銀髪の少女ーーラ・フォリアの姿があった。
「お姫様が相手か………いいね」
「貴方に喜ばれても全く嬉しくないですね」
ニヤニヤと品のない笑みを浮かべるロウにラ・フォリアも不快感を表すように目つきを鋭くさせる。
ロウが鋭利な爪を構えて飛びかかると同時に、ラ・フォリアも〈アラード〉の引き金を躊躇うことなく引き絞る。
一国の姫君と野獣の決闘が始まった瞬間だった。
(……………叶瀬は古城に任せて大丈夫そうだな)
キリヲ達からは少し離れた場所で、互いに神気と魔力で凌ぎを削りあっている古城と夏音を横目に胸中で呟くとキリヲは、〈フラガラッハ〉を振りかぶって残された最後の敵ーー賢生に斬りかかる。
「…………………」
「…………………」
キリヲも賢生も口を開くことはない。語ることなど無いと言った様子で互いに武器の矛先を相手に向ける。
キリヲの〈フラガラッハ〉を賢生がマスケット銃の銃身で受け止めた。
武器を隔ててキリヲは賢生の顔を睨みつける。
零距離で交差する二人の視線。義眼の能力を発動させて瞳の光彩が変色するのは同時だった。
「終わらせてやる……………」
「…………やってみるがいい」
同じ精霊炉を持つ者同士の潰し合いの始まりだ。
金魚鉢の浜辺に集った者達の、一人の少女を賭けた死闘は熾烈を極めていった。
***
金魚鉢 ラ・フォリアvsロウ
ダンッダンッ
ラ・フォリアが引き金を引く度に豪華な装飾を施された単発式拳銃〈アラード〉の銃身が上に跳ね、銃口火と共に14mm口径の銃弾が撃ち出される。薬莢の中の炸薬が破裂し、膨大な魔力を内包した呪式弾が空を切って直進して標的の腸に食らいつこうとする。
狙いは、全身灰色の狼人間に変身した獣人種ロウ・キリシマ。
獣人特有の筋力を活かして、音速を超えて飛来する銃弾を避けて雪の降り積もった浜辺を疾駆していた。
「ははっ、当たんねーな!」
小馬鹿にするように言いながらロウは、ラ・フォリアへと距離を詰めていく。
無論、ラ・フォリアも近づけるつもりは毛頭ない。
遠距離武器である銃火機の最大の利点は、相手の攻撃範囲外から致命傷を与えられることだ。
接近さえされなければ、筋力的に男性より劣るラ・フォリアでも十分に勝機がある。
「…………次は当てます」
挑発するように言いながらこちらに向かって疾走してくるロウの顔面に狙いを定めて引き金を引く。
だが、獣人の反射神経の前では銃弾も意味をなさない。頭を逸らして弾をかわすと、スピードを緩めずに鋭い爪をラ・フォリアに突き立てようと振り上げる。
「…………っ!」
銃身内部に残る空薬莢を排斥すると、素早く新しい呪式弾を装填して今度は接近してくるロウの足元に向かって撃ち込む。
「おっと!?」
顔面を狙われた直後で、意識が頭部に集中していたロウは突然足元に撃ち込こまれた銃弾に反応できず驚いて足を止めた。
「ここっ………!」
一瞬、動きを止めたロウの隙を見逃さずにラ・フォリアはすかさず呪式弾を肩に向けて撃ち出す。
「…………ぐっ!」
全身の筋肉をバネのように使って上半身を捻り、呪式弾を避けるロウ。
轟音と共に放たれた弾は、ロウの肩をかすっただけだった。
「くそっ!」
肩から流れ出る鮮血を目にして悪態をつき、ロウは跳ぶように後方へと下がる。
距離をとったロウ目掛けて、再びラ・フォリアが呪式弾を装填した〈アラード〉の銃口を向けた。
だが、呪式弾の脅威はロウも十分に理解している。
ラ・フォリアが引き金に指をかけるより速く〈アラード〉の射線から逃れるように駆け出していた。
「流石に速いですね…………」
獣人特有の強力な身体能力を駆使して浜辺を疾走するロウ。獣人が変身した状態でフルスピードを出せば車の走行速度と変わらない速度が出せる。瞬足が自慢の豹種なら、並みの車よりも遥かに速く走れる。
前傾姿勢を維持したまま野生の獣の如く駆けるロウもおよそ時速百二十キロ近い速度を出していた。
「…………………」
その高速移動体に照準を合わせてゆっくりと身体の角度を変えるラ・フォリア。
脇を締めて両足を前後に短い感覚で開き、銃のグリップを握る右手に添えるように左手を置く。スタンダードな拳銃射撃の構えを取って左目を瞑り狙いを定める。
(……………………弾はこれが最後)
疾走を続けるロウより少し先の位置ーー数秒後の予測到達地点に照準を合わせる。
呼吸を止めて、一瞬だけ腕に伝わる鼓動が生み出した振動を限りなく零にする。
慎重にタイミングを合わせて、勢いよく引き金を引く。
ダンッ
放たれた呪式弾が時速百キロ以上の高速で移動するロウをーー。
「ガハッ!?」
ーー正確に撃ち抜いた。
腹部に呪式弾が直撃して大量に吹き出た血を目の当たりにしたロウは、震える手で溢れ出した血液を掬う。
「こ……の………女ァ!!」
人間を上回る硬度を持つ腹筋を収縮させて無理矢理銃創を塞いだロウは、激昂したように腕を振り上げてラ・フォリア目掛けて突進する。
「まだ、動くのですか………!?」
銃弾を受けても倒れずに向かってくるロウにラ・フォリアが驚いたように数歩下がって距離を取ろうとするが、数メートルの距離など獣人種のロウには一秒とかからずに詰めることができた。
「ぐっ!?」
ラ・フォリアに肉薄したロウは、ラ・フォリアの白く細い首を掴むと勢いよく地面に引き倒した。
「……………まったく、大したことモンだよ。走ってる獣人に当ててくるなんてな」
下に組み敷いたラ・フォリアを見下ろしながらロウが感心したように言う。
実際、一定以上の速度を出している移動体に銃弾を当てるには、かなり高度な技術が要求される。戦場でもそう簡単には、お目にかかれない。
一方でラ・フォリアも余裕を損なわない様子で優雅に微笑みながら返事を返す。
「キリヲに………沢山教えてもらいましたからね」
「へえ?お姫様と個人レッスンか、羨ましいね」
ラ・フォリアの言葉に、ロウが獰猛な笑みを浮かべながら首を掴んでいる腕に力を込めようとする。
「………………彼から教わったのは射撃だけではありませんよ」
「あ?」
ラ・フォリアの言葉に怪訝そうに表情を歪めるロウ。
その次の瞬間ーー。
「ハッ!」
グサッ
ラ・フォリアは、仰向けの状態のまま右手に握っている〈アラード〉の銃身に着装された銃剣を思いっきりロウの顔面に突き立てた。
「ぎゃああ!?」
不意打ちを食らったロウは、血の吹き出す顔面を手で覆いながら飛び退いた。
ロウの手が首から離れると、すかさずラ・フォリアは上体を起こして立ち上がり銃剣の切っ先をロウへと向けて、静かに目を伏せる。
「我が身に宿れ、神々の娘。豊穣の象徴。二匹の猫の戦車。勝利をもたらし、死を運ぶものよ!」
厳かな声音でラ・フォリアの詠唱が成されると、眩い光がラ・フォリアの体内から湧き出てくる。
現出した光は腕を伝い、〈アラード〉の銃剣を覆っていく。
光が銃剣を覆う頃には、〈アラード〉は刃渡り二メートル以上の光の剣へと姿を変えていた。
「ヴェルンド………システム!?」
掠れた声で言うロウの目は驚愕に見開かれている。
「今は、わたくし自身が精霊炉です。……………精霊の加護を受けた我が一太刀、受けてみなさい!」
〈アラード〉を振りかぶったラ・フォリアが鋭い視線を向けながら吼える。
その目に浮かぶ怒りの感情は、飛空艇で命を落とした家臣達を想ってのものだ。
彼らの無念を晴らすべく、ラ・フォリアは光の剣をロウに向けて振り抜く。
「ハアッ!」
流麗な動作で宙に十字を描くように振られた〈アラード〉。
ロウの胴体を目にも留まらぬ速さで切り裂いた。
「馬鹿な…………剣術だと………!?」
洗練された動きで光の剣を操るラ・フォリアにロウが驚愕に満ちた声で呟いた。
「………………彼から教わったのは、射撃だけではないと言ったはずですよ」
最後にそう言うとラ・フォリアは、ロウへの感心を失いその場を後にした。
視線の先にあるのは依然、強敵との激闘を繰り広げる仲間達の姿だった。
***
金魚鉢 ジリオラvsベアトリス
血に宿る魔力で構成された深紅の鞭と槍が空中で何度もぶつかり合う。
「ほらほら、どうしたぁメス豚ァ!」
獰猛に口の端を吊り上げて笑うベアトリス。
彼女の持つ槍の形をした眷獣〈蛇紅羅〉は、矛先の形状を変幻自在に変えることができる。
ジリオラが振るう鞭〈ロサ・ゾンビメイカー〉の複雑な動きにも槍先を触手のような形に変えて対応していた。
「………………意外といい反応ね」
他者を支配するという強力な能力を持つ〈ロサ・ゾンビメイカー〉だが、攻撃力自体はあまり高くない。
無論、吸血鬼の従える眷獣である以上、並みの武器よりは破壊力があるが攻撃に特化した同じ眷獣が相手では少々分が悪かった。
だが、この事はジリオラ自身もよく理解している。
故に……。
「ハッ!」
身体を回転させて遠心力をも利用した独特な動きで鞭を操り、ベアトリスにあらゆる死角を突く攻撃を繰り出していく。
システマと呼ばれるロシアの軍隊格闘技に鞭を使った技が存在する。
ジリオラが使っているのは、その応用だった。眷獣自体の攻撃力の低さをカバーするために格闘技を戦いに組み込んでいるのだ。
「この………なんだ、この動き!?」
視覚の外から飛んでくる鞭、腰を落とした姿勢の動きによる巧みな回避、武芸が成すあらゆる要素がジリオラに有利な戦局を作り上げていた。
本来、吸血鬼は格闘術など学ばない。必要がないからだ。
眷獣というより強力な武器を持つ吸血鬼にとって、非力な人間が考えた戦闘術などは学ぶに値しなかった。
………だが、その弊害こそがベアトリスをこの状況に追い込んでいた。
「…………その槍、全自動で動いているみたいね」
今までの攻防でジリオラは、ベアトリスの従えている眷獣〈蛇紅羅〉の特性を見抜いていた。
軟体動物のように槍先を複数の触手に枝分かれさせてそれぞれ別の動きで襲ってくる。
ジリオラが放つ鞭の一撃も、〈蛇紅羅〉がベアトリスの意思とは関係なく対応しているのだ。
「宿主が強いわけではないのなら、手はいくらでもあるわ」
〈蛇紅羅〉の槍先を弾き返したジリオラは、空いている左手を掲げて魔力を迸らせる。
宙に霧が吹き出し、空中で無数の蜂に姿を変える。
「行きなさい〈毒針たち〉!」
一匹一匹が即効性の致死毒を持つ群生眷獣が群をなしてベアトリスに襲いかかる。
夥しい数の蜂に流石のベアトリスも引きつった表情で数歩後ろに下がる。
(………これで終わりね)
勝利を確信して静かに笑みを浮かべるジリオラ。
だが、その確信は見事に裏切られることになる。
ビュンッ
空を切る音が響き、ベアトリスに集っていた〈毒針たち〉が赤い槍によって打ち払われていた。
普通なら到底対応しきれない量の蜂を〈蛇紅羅〉が宿主であるベアトリスの意思を無視して縦横無尽に動き回り、叩き落としているのだ。
「………………いい眷獣を持っているじゃない」
全ての蜂を叩き伏せた〈蛇紅羅〉に視線を向けながらジリオラが言う。
それに気をよくしたのか、ベアトリスが高らかに笑い声を上げる。
「は、ははっ、見たか!これが、わたしの力だ!」
(強いのは、眷獣の方だけでしょう………)
〈蛇紅羅〉を掲げて笑うベアトリスにジリオラが呆れたような視線を向ける。
だが、それに気付かずベアトリスは更にヒートアップした様子で声を張り上げる。
「テメェなんかが勝てるかよ、この婆ァ!」
ピキッ。
『婆』と言う単語がベアトリスの口から出た瞬間、思わずジリオラの動きが止まった。
表情も凍りついたように固定されて動かない。
「……………婆?」
わたしが?とジリオラは訪ね返す。
「そうだよ、この阿婆擦れクソ婆ァ!その不細工な顔面、串刺しにして遊んでやるから覚悟しな!」
ベアトリスの聞くに耐えない罵倒が終わってもジリオラの身体は身動き一つしていなかった。
ーー不細工?
確かに旧き世代の吸血鬼である以上、年齢をカウントしていけば数字三桁にはなってしまう。だが、外見年齢は二十代で止まっているし何より職業柄、美貌を損なわない努力を惜しんだことはない。
体型は娼婦時代のものを維持しているし、髪と肌のケアは毎日欠かさず二時間はかけてやっている。
化粧の仕方も心得ているつもりだし、そもそも娼婦をしていた頃から王族の男共が大金積んででも抱かせてくれと頭を下げに来るくらいの美貌を持ち合わせていたつもりだ。
美貌は、ジリオラにとって血統と同じくらい誇るべきものであったしアイデンティティの一つと言っても過言ではなかった。
…………他にも美に対するジリオラの執着を語ればキリがないが、要するに何が言いたいかと言うとーー。
「…………………絶対ぶっ殺す。まともな死に方ができると思わないことね」
獰猛な笑みがジリオラの顔に浮かび上がる。
「抜かせ、この売女ァ!」
ベアトリスの声に呼応して〈蛇紅羅〉が枝分かれした槍先を伸ばしてジリオラに殺到する。
だが、槍が肉の身体を貫いた感触がベアトリスに伝ってくることはなかった。
「なっ!?霧化!?」
薄紅色の霧に姿を変えたジリオラに思わず声を張り上げるベアトリス。
霧化すれば大抵の物理攻撃は吸血鬼に対して意味をなさなくなる。
吸血鬼が戦闘で不利を悟った時に使う奥の手だ。
「まさか、逃げるつもりっ!?」
ベアトリスが驚愕に満ちた表情を浮かべる。
しかし、霧に姿を変えたジリオラはベアトリスが予想していた動きとは全く別の行動に出た。
逃げるのではなく、霧になったままベアトリスに近付いていったのだ。
「なっ!?」
赤い霧に包まれたベアトリスが困惑したように声を上げる。
やがて霧に包まれて視界を完全に奪われた時、ジリオラの攻撃が始まった。
「カハッ………!?」
霧化を解除したジリオラは現出した瞬間、目の前のベアトリスの身体に腕を絡みつかせる。
手足を固定し、腕を使って首を背後から締め上げたのだ。
完全な不意打ち。本来、逃げるために使われる霧化を用いた奇襲だった。
立った状態でベアトリスの身体を拘束したジリオラは、赤く艶やかに濡れる唇をベアトリスの首筋に寄せていく。
ズズッと吸血鬼特有の長い牙がベアトリスの首筋に埋まっていった。
そしてそのまま一気に頸動脈を流れる血液を吸い上げる。
「な、何を……………放せっ!?」
ベアトリスは身体を捻って無理矢理ジリオラの拘束から抜け出す。
強引に牙を抜かれた首筋が大きく裂けて血が溢れ出ていたが、気にする余裕はなかった。
目の前のジリオラは、口の端に付いた血を舌で舐め上げながら妖艶に微笑んでいた。
「…………このクソ女ァ!全身穴だらけにしてやるっ!」
血を吸われたことに対する羞恥と怒りでベアトリスの顔面は真っ赤だった。
だが、ジリオラが浮かべているのは余裕の表情。焦る様子は微塵もなかった。
まるで、もう勝負はついているとでも言うように。
「穴だらけ?どうやってするつもりかしら?」
「何を言って………?」
ジリオラの物言いに怪訝そうに表情を歪めていたベアトリスだが、直後に異変に気付いた。
「なっ!?どうしてっ!?」
ベアトリスの手から〈蛇紅羅〉が消えていた。それどころか、魔力を放出しても〈蛇紅羅〉が顕現しない。
眷獣の支配権が消えていた。
「お前…………まさか…………」
震える声で言いながらジリオラに視線を向けるベアトリス。
その視線の先ではジリオラが右手を掲げている姿があった。
ジリオラの体内の魔力が血霧となって腕から吹き出す。
やがて、血霧は一振りの赤い槍へと姿を変えた。
「悪くないわね、この眷獣。これからは、わたしが有効に使ってあげるから安心なさって」
上機嫌な様子で槍を指でなぞっていくジリオラ。
同族喰い。
吸血鬼がもっとも恐れる事象だ。血を飲み、血脈に宿る眷獣の支配権や人格そのものを吸収する行為。
ジリオラは、同族喰いを行って〈蛇紅羅〉の支配権を奪ったのだ。
〈蛇紅羅〉は早くも新しい主人を認めたのか、大人しく従っている。
「お前…………わたしから、眷獣の支配権を…………奪ったのか!?」
驚愕と絶望に目を見開くベアトリス。
だが、そんなベアトリスにジリオラが向ける表情は憐れみではない。
無抵抗な獲物に止めを刺す捕食者の笑みだ。
「確か……………顔面を串刺しにする、だったかしら?」
ジリオラの手の中で〈蛇紅羅〉が蠢く。
眷獣を失ったベアトリスに抵抗する手立てはない。
「精々、自分の眷獣との最後の戯れを楽しみなさい」
冷酷にジリオラが言い放つと同時に〈蛇紅羅〉の槍先がベアトリスに殺到する。
そこにあるのは、ただ一方的な蹂躙だった。
***
金魚鉢 雪菜vs〈白狐〉
「〈雪霞狼〉!」
獅子王機関が開発した神格振動波を制御する秘奥兵器〈雪霞狼〉の切っ先を勢いよく〈白狐〉に突き出す雪菜。
対する〈白狐〉も太史局が誇る対魔獣兵器の霊槍〈乙型呪装双叉槍〉で雪菜の攻撃を受け止める。
二振りの槍が互いに連続で突き出され、相手の使い手を仕留めようと金属質な矛先を鈍い銀色に光らせていた。
「ハアッ!」
剣巫として並ならぬ才覚を持つ雪菜は、霊視を使って一手先の戦局を読んで最善手を選んでいく。
息もつかせないほどの連続攻撃を叩き込んでいく。
〈白狐〉の方が体格的には勝っていたが、常に最善の一手を選び取って戦いを進める雪菜に次第に押されていく。
「…………顔だけが取り柄の乳臭いお子様だと思っていたけれど、流石は第四真祖の監視役ね」
雪菜の連続攻撃を捌ききれずに負った二の腕の切り傷から流れる血の雫に目を向けて、〈白狐〉が感心したように言う。
仮面で表情は見えないが、声音から察してこの状況を楽しんでいるように雪菜には感じ取れた。
血を流すことを、戦うことを楽しんでいるのだ。
その事実に雪菜は、冷や汗を禁じ得なかった。
「………………なぜ、太史局がメイガスクラフトに協力を?」
同じ国家機関であるはずの太史局の思惑が見定められず、雪菜は怪訝そうな表情を浮かべて〈白狐〉に訊ねた。
「…………連中の研究が吸血鬼の真祖と聖剣遣いを殺し得るものだからよ」
「狙いは暁先輩と九重先輩ですか!?」
〈白狐〉の出した返答に雪菜は、思わず声を上げた。
「……………二人を狙う理由は?」
「それは、上の事情よ」
この問に答える気はなさそうだった。
〈雪霞狼〉の槍先を向けたまま、雪菜は苦し紛れに口を開く。
「………………退いてはくれませんか?」
同じ国家機関の攻魔師として争いは避けたいと意思表示をするが、返ってきたのは仮面の下から聞こえてくる嘲笑うような口調の言葉だけだった。
「悪いけど、それを決める権限はわたしには無いわ。…………それに、これは個人的な話になるけど、たとえ任務でなくてもわたしはずっと殺したいと思っていたのよね、あの男を」
それが最後の言葉だった。
言い終わると同時に〈白狐〉は、地面を蹴って加速する。
間合いを一気に詰めて二股の槍先が連続で雪菜に襲いかかる。
「無駄ですっ!貴女の槍は既に見切っています!」
〈白狐〉の槍を全て裁ききって、高らかに吼える雪菜。
〈白狐〉もこれ以上の同じ攻撃は意味がないと判断したのか、再び距離を取って槍を構え直す。
数秒ほど二人の間に沈黙が流れた。
(確かに強いけど…………霊視の精度はわたしの方が上。このまま凌ぎきってみせる)
魔獣の相手を専門としているだけあって筋力、持久力、一撃の重さは〈白狐〉に軍配が上がっていた。
しかし、巫女としての能力が人並みはずれている雪菜の方が遥かに上手だった。
このまま、〈白狐〉の攻撃を全て捌いて戦意を折ろうと雪菜が決意を固めると、視界に映っている〈白狐〉が槍の構えを解き、石突きを地面に突き立てて槍を縦に構えなおした。
「このままでは、埒が明かないわね。…………こっちも本気でいかせてもらうわ」
次の瞬間、〈白狐〉の体内で練られていた呪力が外に溢れ出し、菫色のオーラとなって〈白狐〉の全身と槍を包み込んだ。
「我が影は霧にして霧にあらず、刃にして刃にあらず。斬れば夢幻の如し。帝哭は災禍を奏でんーー」
詠唱と共に〈白狐〉の身体を包む呪力は力を増加させ、槍の刃を包む霊気は刃物のように鋭さを帯びていく。
「霧豹双月!」
〈乙型呪装双叉槍〉から不可視の刃となった呪力が鎌鼬のように放たれる。
「くっ………!」
呪力の刃を雪菜は辛うじて〈雪霞狼〉で防ぐ。
だが、〈白狐〉の攻撃はまだ終わっていない。
「黒雷!」
身体能力強化の呪術を発動させた〈白狐〉は、先程とは比べものにもならない程のスピードで雪菜に迫り高速で槍を放っていく。
「…………………っ!」
雪菜は、〈乙型呪装双叉槍〉の槍先を〈雪霞狼〉で防ぎながら後方に下がっていく。
完全に防戦一方だった。
「ほら、どうしたの?その程度なのかしらっ!?」
高ぶった声で言いながら〈白狐〉は、雪菜に致命打を入れようと槍を振り続ける。
〈白狐〉の攻撃を凌ぎながら雪菜は、状況を冷静に分析する。
相手の武器、戦闘スタイル、闘争心理ーー。
(戦いの中で熱くなるタイプ………だったらーー)
意を決したように大きく息を吸うと、雪菜は〈白狐〉の槍を弾いて後方に大きく跳び下がる。
そして、距離を取った状態から〈白狐〉も予想できなかった攻撃を放った。
「ハアッ!」
投げ槍の要領で大きく振りかぶった〈雪霞狼〉を思いっきり〈白狐〉目掛けて投げつけたのだ。
ビュンと風を切る音が鳴り響き、〈雪霞狼〉は〈白狐〉に向けて直進していく。
「武器を捨てるなんて、気でも触れた!?」
呪術によって人並み以上の身体能力と反射神経を持つ〈白狐〉は、飛来してきた〈雪霞狼〉を意図もたやすく弾き飛ばした。
しかし〈雪霞狼〉を防ぐ瞬間、僅かな時間だが〈白狐〉の注意が雪菜から外れて飛んできた〈雪霞狼〉に移った。
その隙を見逃さずに雪菜は一気に〈白狐〉への距離を詰める。
腰を落とし、前傾姿勢を維持して〈白狐〉の懐に一気に飛び込む。
だがーー。
「そんなフェイントに掛かるとでも?」
接近してきた雪菜を知覚した〈白狐〉は頭上で一度大きく〈乙型呪装双叉槍〉を振り回すと、近距離の相手に備えた構えを取り、雪菜の胸を狙って槍を突き出した。
武器を持っていない雪菜にその一撃を防ぐ手立ては無く、〈乙型呪装双叉槍〉の槍先は吸い込まれるように雪菜の胸部に突き刺さっていく。
勝った、と〈白狐〉が口に出そうとした次の瞬間だった。
「なっ!?」
人体に刺さる手応えのなさと、雪菜の姿が蜃気楼のように揺らめいて消えたことに〈白狐〉は驚愕に目を見開いた。
「しまった、幻術ーー!」
最初に投げた〈雪霞狼〉はフェイク。本命は、その後の幻術による分身。二重のフェイントだった。
自分のミスに気付いた〈白狐〉が慌てて背後を振り返るが、回り込んでいた雪菜の戦闘態勢は既に整っている。
「若雷!」
雪菜の肘が渾身の力を込めて〈白狐〉の脇腹に突き刺さる。
呪力を纏った一撃が入り、〈白狐〉の体は車に撥ねられたように吹き飛ぶ。
すかさず、雪菜が後を追い二撃目を放つ。
「鳴雷!」
吹き飛ばされて地面を二度ほどバウンドした〈白狐〉の腹部に空中で呪力を込めた膝蹴りを叩き込む。
「ガハッ………」
〈白狐〉は受け身もとれずに地面に落下していき、金魚鉢の浜辺に転がった。
浜辺に両手をついて震える体を起こす〈白狐〉を見下ろして雪菜が口を開く。
「…………………確かに貴女は強いです。わたしとは比べものにならない程に。でも、貴女の戦い方は、所詮獣を相手に想定したものです。対人戦で重要視される駆け引きを用いた戦闘の経験がまるで無い。おまけに貴女は、戦いを楽しんでいる。戦いが長引くほど熱くなって周りが見えなくなっていました。…………だから、わたしの作った下手な幻術にも引っかかった」
対魔獣戦のエキスパートである六刃神官は、他の攻魔師と比べて各段に力が強く、耐久力もある。普段から魔獣を相手にしている六刃神官が力技で戦えば並大抵の相手には負けない。だが、その一方で複雑な戦術を組み込んだ戦闘に関しては素人同然だった。
更に戦いの中で〈白狐〉の持つ戦闘狂と言う悪癖を見切っていた。
雪菜は、その六刃神官の弱点と〈白狐〉の悪癖に活路を見出したのだ。
「…………流石は本家ね」
震える足に力を込めて立ち上がる〈白狐〉。
(あれだけの技を受けて、まだ立てるなんて…………)
予想を上回る程のタフさに雪菜は唖然とした。
〈乙型呪装双叉槍〉を手に立ち上がった〈白狐〉は、この場を後にすべく雪菜に背を向けた。
「悪いけど、今日のところは退かせてもらうわ。…………また今度、続きをしましょう」
別の場所で行われていた戦闘が終わり、地に伏しているベアトリスとロウの姿を横目にそう言う〈白狐〉。
「逃がすとでも?」
拳を握りしめて鋭い目つきを向ける雪菜。
だがーー。
「……………ふん」
〈白狐〉は小さく鼻を鳴らして黒いセーラー服から呪符を数枚取り出すと、空中に放り投げた。
呪符は空中で無数のカラスに姿を変える。
式神による目くらましだった。
「………っ、待ってください!」
目の前に展開されたカラスの群れの向こうに姿を消そうとする〈白狐〉に、雪菜は思わず声を張り上げていた。
「…………教えてください。貴女が言っていた『任務でなくとも殺したい』というのは、どういう意味ですか?」
雪菜の問い掛けに、立ち去ろうとしていた〈白狐〉の足が唐突に止まった。
「………………貴女の言う『殺したい男』と言うのは?」
古城とキリヲの殺害が太史局の命令だと〈白狐〉は言っていた。
では、彼女の言う殺したい『男』と言うのは、どちらの事を言っているのだろうか。
長い沈黙の後、〈白狐〉はゆっくりと雪菜の方へと振り返り、顔に付けている狐の面を左手で僅かにずらす。
覗いた左半分の顔は、女の雪菜から見てもゾッとする程に美しく見えた。細められた色素の薄い目を雪菜に向けて〈白狐〉は、紅色の唇を震わせて問に対する答えを口にする。
「……………九重キリヲに伝えなさい。どんなに善人ぶっても、一度犯した過去の過ちは絶対になくならない。必ず報いを受ける、と」
キリヲ。その名を口にした瞬間、〈白狐〉の表情が歪んだ。
怒りと憎悪に歪んだ顔だった。
「九重先輩に…………?貴女は、一体ーー」
再び問を投げ掛けようとする雪菜だが、〈白狐〉は今度こそ式神の群れの向こうへと駆けていき、姿を消してしまった。
追跡しようとも考えたが、古城やキリヲの戦闘がまだ続いていることを思い出して、雪菜は〈白狐〉の去って行った方向に背を向けた。
視線の先では、まだ戦いが続いていた。
〈第四真祖〉と〈模造天使〉、〈聖剣遣い〉と〈宮廷魔術師〉。二つの死闘が未だに続いていた。
一人の少女を賭けた戦い、その決着は近かった。
次回で必ず、天使炎上編を完結させようと思っています。どうか、お付き合いください。