ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー   作:五河 緑

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 前回から大変長い期間が開いてしまいました。これからも不定期になると思いますが、お付き合い願いたいと思います。


天使炎上編IX

 金魚鉢 キリヲVS賢生

 

 「「ヴェルンドシステム、起動」」

 

 〈模造天使〉の感情が暴走したことで引き起こされた吹雪によって雪に覆われた浜辺で二人の男が互いに武器を手に対峙していた。

 一人は、血で濡れたシャツを着た黒髪の少年。手にしているのは、白い外装の片刃刀。最新鋭の科学技術によって現代に蘇った古の聖剣を携え、体内に膨大な霊力を生み出す小型精霊炉を埋め込んだ魔義化歩兵ーー九重キリヲ。

 もう一人は、白衣を纏った白髪の初老の男。純白にコーティングされた単発式マスケット銃を構えている。マスケット銃の銃身からは、本来人の目には見えない筈の霊力が肉眼で視認できるほどの濃度で溢れ出していた。キリヲが持っている物と同じ小型精霊炉を内蔵したマスケット銃を手にする宮廷魔術師ーー叶瀬賢生。

 同じ精霊炉を持つ二人が決着を付けるべく、戦いを始めようとしていた。

 

 「終わらせてやる………」

 

 キリヲの両足を包む人工皮膚とズボンの布地が焼け落ちて白銀のメタリックな義足が露わになる。赤と黒にコーティングされた右腕の義手が駆動音を発し、霊力を流し込まれた聖剣〈フラガラッハ〉の刃が白いオーラを纏う。

 

 「………やってみるがいい」

 

 言い終わると同時に賢生は、マスケット銃の引き金を引く。

 銃口に銃火光が煌めき、銃身に内蔵された精霊炉の霊力で加速された弾頭が撃ち出される。

 

 「……………っ!」

 

 一度放たれた銃弾を目で捉えることはできない。本来なら、銃口の射線にいる時に引き金を引かれた時点で銃弾を避けることは不可能だ。

 だが、銃弾の着弾場所とタイミングを予め知っていた場合は、その限りではない。

 

 キンッ!

 

 賢生が引き金を引く前に、放たれる銃弾の弾道と着弾のタイミングを右目の義眼で予想していたキリヲは、霊力で加速された凶弾を避けることなく真正面から刀で両断する。

 音速を超える速度で迫ってくる直径十ミリ未満の弾頭を正確に斬って、弾く。

 まさしく神業と呼ぶに相応しい芸当だった。

 

 キンッ、キンッ、キンッ

 

 「……………俺に銃は効かないぞ」

 

 続いて放たれた三発の銃弾を流れる様な動作で斬り、弾き、打ち払ってキリヲは鋭い視線を賢生に向ける。

 義眼の予測機能に対する全面的な信頼とガルドシュに仕込まれた、銃火器が主力兵器の戦場でも通用する剣術がキリヲに揺るぎない自負を与えていた。

 

 「…………確かに少々分が悪いな」

 

 賢生も義眼による擬似的な未来予測が行える。先程は、その能力と不意打ちがキリヲの胸に銃弾を撃ち込ませることを成功させたが、仕組みが相手にばれた上に不意打ちではない、この状況でキリヲに弾を当てるのは至難の技だ。

 銃火器は、炸薬で鉛弾を撃ち出して音速を超える攻撃を行うことが出来る。それは一度狙いを定められて放たれれば、人間に対処できるものではない。秒速340メートルを超える速さの前に人間のなせることはないからだ。

 故に現代の主要兵器になり得ているのだが、銃火器にも難点はある。それは、攻撃可能な範囲が銃口の直線上しか無いことである。

 本来ならば、こんなものは銃を不利にさせる要素などになり得ないのだが、銃弾のスピードーーすなわち、音速を超える速さの世界についてこれる存在が敵に回った時、この難点は浮き彫りになる。

 直線上にしか進めない銃弾。それを迎え撃つのは、有効射程範囲を縦横無尽に舞う刀剣。

 未来を予測し、弾の到達するタイミングを完全に把握していれば単調な前進しかできない銃弾など芸のない突き技と大差なかった。

 

 「貴様の予測した未来を予測して発砲のタイミングを変えても、その未来をもう一度貴様が読み取る…………。終わりのない鼬ごっこだな」

 

 「……………終わりなら来る。お前の弾が尽きるか、俺の刃がお前に届けばゲームセットだ」

 

 賢生の銃弾を弾きながらキリヲは、徐々にだが確実に前進していた。

 

 「……………ならば、少し芸風を変えるとしよう」

 

 白衣のポケットに収納されている残りの弾数を指で数えながら賢生は、マスケット銃を構え直す。

 

 ダンッ

 

 銃火光と共に放たれた凶弾は、空気を切って直進してキリヲの立っている位置の右側を通過していった。

 

 (外した………?)

 

 意図の読めない発砲に怪訝そうな表情を浮かべるキリヲ。

 

 「どこを狙ってーー」

 

 そこまで口にした所でキリヲは、唐突に口を閉ざして思いっきり身体を左に逸らした。

 チッ、と音を立てて数秒前に賢生が放った銃弾がキリヲの背後から飛来して左肩を掠めていった。

 

 (予知があと一秒でも遅れてたらヤバかった………。でも、何で後ろから弾がーー)

 

 有り得ない方向から飛んできた銃弾に驚愕に目を見開きながらキリヲは背後を振り返る。

 目に入って来たのは、賢生達が乗ってきた高速艇。その外壁が数秒前に賢生が撃った銃弾が当たった衝撃で凹んでいた。

 貫通したのではなく、凹んでいたのだ。

 

 「跳弾か………」

 

 跳弾。銃弾が硬質な物に当たって跳ね返り、別方向に飛んでいく現象。

 多くの場合は、アクシデントとして認識されている現象だ。警察や軍も跳弾を恐れて銃火器が使えなくなる場合がある。

 極稀にこの跳弾を利用して死角にいる目標を狙撃できる射手が存在するが、それでも並外れた集中力と綿密な角度の計算が必要になる。

 賢生が見せたような立ち姿勢で撃って成功させるのは、本来ならばあり得ない。

 

 「義眼の未来予測があれば、弾の跳ね返る角度を瞬時に予想するのも容易い」

 

 次弾を装填しながら賢生が言う。

 つまり、予想したのだ。義眼の未来予知を使って。

 弾がどの角度でどこに当たればどこに跳ね返るのかを寸分違わず予測した。

 文字通り未来を知る者にしかできない芸当。

 

 「さて、何発避けられるかな?」

 

 その言葉と共に賢生が引き金を引く。そして、流れるような動作で次の弾を装填して再度引き金を引く。炸薬が弾けた反動で跳ねる銃身を押さえ込み新たな弾を薬室に入れて更に撃つ。

 目にも留まらぬ速さで発砲、装填を繰り返して無数の弾丸を撒き散らす。

 連続で放たれた銃弾が高速艇の外壁や浜辺に散乱する岩礁に当たって跳ね返り、ありとあらゆる方向からキリヲ目掛けて殺到する。

 

 「くそっ!」

 

 キリヲは、身体をコマのように回転させて、360度全方位から襲い掛かってくる凶弾を刀身で斬り落としていく。

 だが、数が多すぎた。

 全ての弾を防ぐことは出来ず、数発の銃弾がキリヲの腕を、脇腹を、肩を貫いていく。

 

 「がっ………!」

 

 堪らず片膝を地面につくキリヲ。

 被弾した部分から血がドクドクと流れ出る。

 だが、賢生の猛攻は終わらない。更に放たれた十数発の銃弾が跳弾を繰り返して、手傷を負ったキリヲに迫る。

 

 「あの娘は……………夏音は、もうすぐ完全になれる。痛みも苦しみもない完璧な存在に……っ!」

 

 引き金を引きながら言葉を紡ぐ賢生の目には、狂気に近い光が宿っていた。

 

 「貴様等に邪魔などさせんっ!」

 

 「………っ!」

 

 浜辺を前転するように移動しながらキリヲは、迫り来る銃弾を避け続ける。

 

 「そんな……………ことが、娘の幸せになると本気で思ってるのか!?」

 

 激痛を訴える腹部を押さえながら、キリヲは〈フラガラッハ〉の柄を握り締めて立ち上がる。

 

 「そうだ!あの娘から家族を、幸福を、全てを奪ったこの世界から解放することで、あの娘を救う!」

 

 引き金を引き続けながら、賢生は自らの想いを叫ぶ。

 

 「俺も家族を失った!何もかも奪われた!……………それでも、そんな事を望んだりしないぞ!」

 

 「貴様と夏音を………………一緒にするなっ!」

 

 激昂したように賢生は、更に数十発の弾を撃ち出す。

 義眼によって完璧に計算された跳弾をキリヲは、同じく義眼で着弾のタイミングを正確に読み取って弾き続ける。

 

 「この…………クソ親がっ!」

 

 キリヲもこれ以上語ることに意味はないと悟ったのか、賢生を仕留めるべく〈フラガラッハ〉の切っ先を突き付けて突進する。

 

 「突っ込んでくるとは…………愚かなっ!」

 

 自らに急接近してくるキリヲを止めようと賢生も発砲を続ける。

 飛び交う凶弾がキリヲの身体を掠め、貫くが、突進を止めるには至らない。

 どれほどの傷を負おうが構わずに突っ込んでくる。

 

 (ならばっ………)

 

 賢生は、跳弾による攻撃を一旦止めて直にキリヲに狙いを定める。

 こちらに突進してくるキリヲに狙いを定めて、引き金を引く。

 何の変哲もない正面射撃。

 キリヲも難なく銃弾を斬り落とす。

 だがーー。

 

 (………………予測通り)

 

 これこそ、賢生が予測した光景。

 正面から飛来した銃弾を防ぎ、剣を振り切った直後、数秒前に放たれた銃弾が跳弾を繰り返した末のこの瞬間にキリヲの右側頭部に迫る。

 剣を振り抜いているキリヲにこの凶弾を防ぐ手立てはない。

 義眼が予側した通りの光景が目の前に再現されていくことに賢生は、笑みを浮かべる。

 しかし、その次の瞬間ーー。

 

 「……………っ、らあっ!」

 

 ガアァンッ

 

 賢生が予想した光景。跳弾がキリヲの右側頭部を貫く未来が来ることはなかった。

 キリヲは、振り抜いた〈フラガラッハ〉を握る右手を放して、右側から飛んできた銃弾を上腕部でガードしたのだ。

 銃弾はキリヲの義手に当たり、そこで止まった。頭部には一切の外傷無し。

 

 「馬鹿な………!?」

 

 しかし、精霊炉を内蔵したマスケット銃によって放たれた弾丸を直に受け止めた義手は、ビシッと音を立ててガラスの様に砕けていった。

 その光景を目にして、一度は驚愕に目を見開いていた賢生の表情に余裕が戻る。

 

 「腕を無くしたか………どちらにせよ、これでもう銃弾を防ぐことはーー」

 

 だが、賢生の予想はまたしても裏切られることになる。

 

 「なっ!?」

 

 飛来した銃弾を受けて砕けたキリヲの義手が、まるで時間を巻き戻すかのように周囲の金属の残骸を吸収して再生したのだ。

 

 「元素変換………………!?まさかっ!その義手は………〈ナラクヴェーラ〉と同じ………!?」

 

 数週間前、ガルドシュ率いる〈黒死皇派〉との戦いでキリヲは義手を一度破壊されていた。

 その時に義手を直すのに使った素材がナラクヴェーラの生体金属だった。

 その能力は、自動学習による耐性強化と元素変換による無限再生。

 たとえ、砕けたとしても何度でも周囲の物を吸収して修復される。

 

 「人の求める救いを……………勝手に決めるなっ!」

 

 遂に賢生の目の前にまで迫ったキリヲは、〈フラガラッハ〉を振り上げて大上段の構えから一気に振り下ろす。

 だが、賢生も剣を阻むためにマスケット銃の銃身で〈フラガラッハ〉の刃を受け止める。

 体内の精霊炉から霊力を流し込まれた〈フラガラッハ〉と内蔵された精霊炉の霊力を纏うマスケット銃が眩い光を迸らせてせめぎ合う。

 だが、やがてその拮抗も終わりを告げる。

 押し込まれる刃に耐えきれなくなったマスケット銃の銃身が砕けたのだ。

 そして、マスケット銃との鍔迫り合いで無理な力を込められた〈フラガラッハ〉は、刀身を罅割れながらも賢生の身体に一太刀の傷を刻み込んだ。

 

 「………………がぁっ!?」

 

 賢生の右肩を切り裂いた直後、〈フラガラッハ〉も流し込まれる膨大な霊力に耐えきれなくなったのか、音を立てて刀身が砕け散った。

 だが、既に戦いの決着はついていた。

 右肩から鮮血を吹き出して、賢生の身体は仰向けにゆっくりと倒れていった。

 

 「………………死ぬんじゃないぞ。お前が死んだって叶瀬の幸せにはならない。生きてもう一度、自分の娘と話し合うんだ。………………お前には、その義務がある」

 

 倒れた賢生にそういい残すと、キリヲは刀身の折れた〈フラガラッハ〉を手に夏音のいる方向に目を向ける。

 

 白銀の〈模造天使〉と世界最強の吸血鬼〈第四真祖〉。この二者の死闘がそこでは繰り広げられていた。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 金魚鉢 古城VS夏音

 

 眩い光を纏った天使の双翼から撃ち出されて宙を乱舞する無数の光剣。

 膨大な霊力を内包し、当たれば並みの魔族を瞬時に蒸発させるほどの威力を秘めている。

 だがーー。

 

 「辛いか、叶瀬」

 

 光剣を振り撒く〈模造天使〉と対峙するのは、獰猛に牙をむく世界最強の吸血鬼ーー〈第四真祖〉暁古城だ。

 古城の周囲を群青色の魔力のオーラが包み込む。

 ドーム状に広がっていく古城の魔力に触れた途端、〈模造天使〉の放った光剣は、跡形もなく消滅した。まるで、最初からそこには何もなかったかのように。

 

 「辛いよな、叶瀬!お前は、誰よりも優しい奴だった。捨てられた猫たちを見ても、猫を捨てた無責任な奴らを責めたりもしなかった!そんなお前が、誰かを傷付けて幸せになんてなれるはずないよな」

 

 人ならざる声で絶叫を迸らせる〈模造天使〉に古城は、慈しむように言葉を紡ぐ。

 

 「もし、神と呼ばれている連中が傲慢で偏狭で残酷で、お前を自分の気に入らないものを滅ぼす道具にしようとしているなら………………俺がお前をそこからひきずりおろしてやる!」

 

 深紅の瞳が仮初めの天使を射止め、血に宿る怪物が首を擡げる。

 

 「〈焔光の夜伯〉の血脈を継ぎし者、暁古城が汝の枷を解き放つ!疾く在れ三番目の眷獣〈龍蛇の水銀〉!」

 

 古城の左腕が鮮血を吹き出し、血霧が形を成して膨大なる力となる。

 現れたのは、銀の鱗を持つ双頭の竜。

 

 「こいつで………お前を人間に戻す!」

 

 古城の言葉と共に銀の双頭竜が雄叫びを迸らせて、〈模造天使〉に襲い掛かる。

 

 「klryyyyyyyyyyyyyyyyyyy!」

 

 〈模造天使〉も反撃しようと翼から光剣を撃ちまくる。

 だが、その全てが双頭竜に触れた瞬間、存在そのものを掻き消されていた。

 そして、銀の双頭竜は〈模造天使〉に迫るとその二つの顎で翼に食らいつく。

 〈模造天使〉は、素早く旋回してその凶牙から逃れようとするが、蒼き牙が〈模造天使〉の左翼を捉えて無惨にも引きちぎられた。

 古城が新たに従えた眷獣〈龍蛇の水銀〉。その能力は、全ての次元ごと物体を消滅させること。〈第四真祖〉の持つ眷獣の中でも破格の凶悪さを持つものだった。

 

 「よしっ、あと一枚!」

 

 片翼を失い、高次元との接続の証だった眩い光のオーラも失った〈模造天使〉に更なる追い討ちをかけようと古城が眷獣に指示を出そうとした瞬間だった。

 

 「kiryyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!」

 

 最後の力を振り絞るように〈模造天使〉が残った右の翼を広げ、莫大な霊力と共に人ならざる絶叫を迸らせた。

 数時間前、この浜辺に巻き起こした吹雪と同じものだった。

 〈模造天使〉の素体となった叶瀬夏音の感情が具現化したものだ。

 突如、巻き起こされた吹雪に古城も怯み、眷獣も攻撃の手を止めていた。その隙に、〈模造天使〉の姿は吹雪に呑まれて見えなくなっていく。

 

 「くそ、こんなもの……………まとめて食い尽くしてーー」

 

 「ダメです!先輩!」

 

 目の前に発生した吹雪ごと〈模造天使〉を〈龍蛇の水銀〉に攻撃させようとした古城を戦いが終わって駆け付けた雪菜が止めに入る。

 

 「こんな闇雲な状態で眷獣を放ったりしたら、夏音ちゃんにも当ててしまいます!」

 

 「くっ……………!」

 

 雪菜の言葉に思わず古城も思いとどまる。

 だが、その間にも吹雪は勢いを増していく。この吹雪自体も〈模造天使〉の霊力の影響を受けているらしく、魔族である古城は己の体が僅かにだが、確実にダメージを受けているのを感じた。

 

 「二人とも危ないわよ、下がって!」

 

 雪菜同様に戦いが終わってやってきたジリオラが古城と雪菜を両脇に抱えて、吹雪から距離を取るために後方に下がった。

 そこには、戦闘を終えたラ・フォリアの姿もあった。

 

 「くそっ、どうするんだ!近づけないぞ!?」

 

 「……………………っ!」

 

 悲痛そうな古城の叫びに雪菜も思わず言葉を詰まらせる。

 その時ーー。

 

 「俺がやる…………」

 

 聞こえてきたのは、聞き慣れた声。

 現れたのは、全身に無数の傷を刻み折れた刀を握り締めた〈聖剣遣い〉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 金魚鉢

 

 「俺がやる……………」

 

 全身の至る所から鮮血を滴らせながらキリヲが古城の横に並ぶ様に立つ。

 一歩歩くごとに吹き出た血が足元を覆う雪原に赤い斑点を残していく。

 

 「九重先輩…………そんな身体じゃ………」

 

 キリヲの満身創痍な様相に雪菜が顔を蒼白にして口元を手で覆う。

 

 「大丈夫だ………まだ………」

 

 雪菜の声に耳を貸すことなく、足を引きずるようにして前に進むキリヲの肩を古城が力強く掴んで引き止める。

 

 「馬鹿、止せっ!そんなことしたら………本当に死んじまうかもしれないんだぞ!?」

 

 「………………………かもな」

 

 死ぬかもしれない、と言う古城の言葉にキリヲは力無く微笑んで返答する。

 

 「だったら、俺が…………!」

 

 「ダメだ」

 

 代わりに自分が行く、と言い出そうとした古城の言葉をキリヲが遮った。

 

 「どうしてだよっ!?俺ならどんなに傷付いても大丈夫だ!俺が行くべきだろっ!?」

 

 尚も自分が行くべきだと言い張る古城の肩に両手を置いてキリヲは口を開く。

 

 「ダメだ。…………お前の眷獣は、小回りが効かないだろ?視界の悪い吹雪の中で叶瀬の翼だけを狙えるのか?今の叶瀬は、高次元に居ない。体に当たったりしたら、それでお終いなんだぞ」

 

 「………………っ」

 

 キリヲの言葉に古城は、悔しそうに歯をかみしめる。

 

 「……………姫柊やラ・フォリアじゃこの吹雪の中を通って叶瀬まで辿り着けない」

 

 刻一刻と勢いを強めていく吹雪を横目にキリヲは言葉を続ける。

 

 「でも、俺の義足なら空間跳躍で一気に吹雪を突っ切れる。だから…………………俺が行く」

 

 言い終わると再び吹雪に向けて歩みを進めるキリヲ。

 

 「でも、九重先輩!貴方の刀は……………」

 

 「……………………」

 

 雪菜の叫びにキリヲも立ち止まって右手に握る刀身が半ばで折れた〈フラガラッハ〉を見下ろす。

 確かに今の〈フラガラッハ〉では夏音を止めることは出来ないだろう。

 あの世の摂理を越えようとしている天使の翼を滅するには、〈フラガラッハ〉のような相応の力を持つ武神具でなければならない。

 〈フラガラッハ〉が使えない現状で、それに当てはまるのはーー。

 

 「姫柊………………。〈雪霞狼〉を貸してくれ」

 

 「えっ!?」

 

 突然のキリヲの要求に雪菜は、間の抜けた声を上げた。

 しかし、キリヲに差し出された〈フラガラッハ〉の残骸を恐る恐る受け取ると、きつく握っていた〈雪霞狼〉をゆっくりとキリヲに差し出した。

 

 「でも…………九重先輩……………使えるんですか?」

 

 高神の杜でも言われたが、〈雪霞狼〉は使い手を選ぶ。同期の中で〈雪霞狼〉の適合者は雪菜だけだった。故に〈第四真祖〉の監視役に選ばれたのだ。

 適合者でもないキリヲが霊力の調整も無しに、ぶっつけ本番で使いこなせるような安い代物ではない。

 

 「俺だって霊媒としては、それなりに上質だぞ?…………試してみる価値はある」

 

 有無を言わせないキリヲの様子に雪菜も仕方なく〈雪霞狼〉を掴んでいた手を放す。

 銀色の霊槍を受け取ったキリヲは、その柄をしっかりと握り締めた。

 〈雪霞狼〉を受け取った瞬間、槍の内部から凄まじい量の霊気が柄を握っている義手を通して体内に流れ込んできた。

 

 (なるほど…………これは、ヤバいな…………)

 

 流し込まれてくる霊気を感じながらキリヲは冷や汗を流していた。

 槍が正当な持ち主以外に使われることを不快に感じているかのように荒々しく霊気をキリヲの身体に注ぎ込んでいた。

 

 (噂には聞いていたが……………やっぱり、〈メトセラの末裔〉以外は主として認めてくれないか。でも、これは……………)

 

 身体の中に感じる奇妙な感覚にキリヲは、顔をしかめた。

 自分が〈雪霞狼〉と適合できていないのは感覚で分かる。適合者でもないにも関わらずに強力な武神具を使えば凄まじい反動が返ってくるのは分かっていた。正直な所、内臓の一つか二つがズタズタになる位は覚悟していた。

 しかしーー。

 

 (これは、適合失敗の反動と言うより………………〈雪霞狼〉自体の副作用みたいなものか……………)

 

 体内に進入してきた霊気が凄まじい勢いで自分の身体を作り替えているのが分かった。

 より高次元な存在ーー〈模造天使〉のような別の何かに。

 恐らく、この作用は適合者である雪菜にも及んでいるのだろう。

 

 (姫柊は、この〈雪霞狼〉の副作用に気付いているのか?)

 

 心配そうにこちらを見つめている雪菜を横目にキリヲは、怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

 「……………なんとか、大丈夫そうだ」

 

 あんまり長時間持ってたらマズいけど、と小声で付け加えながらキリヲは〈雪霞狼〉の切っ先を吹雪に向けて臨戦態勢を整えていた。

 

 「キリヲ!」

 

 〈雪霞狼〉を携えて吹雪に踏み込もうとしたキリヲを呼び止める声が高らかに響いた。

 今まで事の成り行きを見守っていた銀髪の王女ーーラ・フォリアだ。

 

 「………………必ず、生きて帰ってきて下さい」

 

 「……………………………………約束するよ」

 

 安心させるようにキリヲが優し気に微笑むと、ラ・フォリアは哀愁を含んだ表情を浮かべた。

 

 「二年前にも貴方は、同じ約束をして……………………帰って来なかった………」

 

 ラ・フォリアが浮かべているのは悔恨と喪失に対する恐怖の表情だった。

 そんなラ・フォリアを数秒程見つめた後、キリヲはゆっくりとラ・フォリアへと歩み寄り、目の前まで来ると勢い良く抱き締めた。

 

 「もう…………嘘はつかない。何が何でも、生き残ってみせる。他の誰でもない……………………ラ・フォリアのために。…………もう一度だけ、信じてくれるか?」

 

 「………………………」

 

 キリヲの言葉にラ・フォリアは返事を返すことなく、キリヲの肩に顔を埋めたまま小さく一度頷いた。

 

 「………………行ってくる」

 

 最後にそう言うとキリヲは、ラ・フォリアから体を離して振り返ることなく〈雪霞狼〉を構え、吹雪の中に駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 吹雪の中 叶瀬夏音

 

 ーーもう嫌だ。やめて。

 

 左翼が喰い千切られた銀髪の天使が全身と心を苛む激痛に悶えながら空中で顔を覆っていた。

 

 ーーお父さんも暁お兄さんもキリヲさんも……………もうやめて…………。

 

 わたしの身体を作り替えて、この世から離れた遠い何処かに連れて行こうとした父。

 わたしの翼を壊してわたしを人に引き戻そうとしてくれた暁お兄さん。

 

 ーーわたしは、もう消えてしまいたいのに…………。

 

 同じ境遇の天使にされた娘達を傷つけた罪悪感と幼い頃の事故で唯一生き残ってしまった後悔で心は、もう限界だった。

 だから、父の実験はある種の救いでもあった。

 自らの罪を贖うために、この身を苛む苦しみから解放されるために、こことは違う遥か彼方の別の場所に消えてしまいたかった。

 

 ーーそれなのに……………。

 

 暁お兄さんも雪菜ちゃんも…………キリヲさんもこんな罪深い天使を人に戻そうと必死に戦っている。

 ボロボロに傷付いて、それでもわたしを責めもせずに、わたしの居場所を作ろうと足掻き続けている。

 彼らの声が、想いが、心地良くて自分の罪を忘れそうになる。

 もう赦されることはないと思っていたわたしの心が居場所と安らぎを求めて揺らいでしまう。

 罪深い自分の魂を罰したい想いと安らぎと幸せを求めてしまう想いがわたしの中でグルグルと渦巻く。

 二つの想いが互いに互いを引き裂こうとして、わたしの心はーー。

 

 ーーもう……………もう、壊れてしまいそう。

 

 再び張り裂けるような痛みが胸に走って、声にならない悲鳴を上げる。

 それに呼応して周囲に吹き荒れる吹雪も強さを増す。

 吹雪が極限まで強まり、ついに心が感じている苦痛さえもが薄れかけたその時だった。

 

 「叶瀬!」

 

 決して聞こえるはずのない声が、居るはずのない人影が消えかけていた意識を引き止めた。

 

 ーーキリヲさん………どうして………。

 

 吹雪の向こうから現れた黒髪の少年を真っ直ぐ見据えて掠れる声で問い掛ける。

 

 「行くなっ!叶瀬!戻ってこい!」

 

 血塗れの身体を引き摺って必死に左手を伸ばしてくる。

 

 ーーキリヲさん………ダメなんです。わたしは、もう……………戻れない。戻っちゃいけない。

 

 わたしの悲痛に満ちた声に彼の足が止まる。

 その場で立ち止まり、わたしの目を見つめてくる。

 

 ーーたくさん傷付けた。たくさん死んだ。みんないなくなった。全部…………全部、わたしのせいで………。

 

 「…………………」

 

 わたしの懺悔に彼は何も言わずに、ただこちらを見据えていた。

 背中に残っている片翼が、思い起こされたわたしの罪を責めるように輝きを増していく。

 

 ーーわたしは…………わたしは、赦されちゃいけないんです。わたしが消えてしまえば、全部……………。

 

 「ふざけんなっ!」

 

 わたしを連れて行こうとする翼の輝きに身を委ねようとした瞬間、彼の鋭い声が聞こえた。

 

 ーー……………………。

 

 学校や教会で見せてくれた優しい微笑みではない。

 本気で怒っている。

 消え逝くわたしに本気で怒りを抱いている表情だった。

 

 「そうやって、逃げるのか!?自分の傷付けたものも、犯した罪も忘れて楽になるつもりか!?」

 

 ーーっ!違いますっ!わたしは、自分の罪を償うために……………!

 

 彼から目をそらして必死に叫ぶ。

 だがーー。

 

 「俺を見ろ、叶瀬!」

 

 彼の言葉にわたしは、恐る恐る視線を戻す。

 そこにあるのは、金属製の義肢で血塗れの身体を支え、白銀の槍を携えた彼の姿だ。

 彼が傷付いて傷付けてきた過去を物語る傷だらけの姿。

 

 「俺も人を傷付けた!たくさん、たくさん、たくさん傷付けた!何人も殺した!」

 

 耳に響くのは、彼の慟哭。自らの罪を曝す悲痛な叫び。

 

 「何度も楽になりたいと思った!全て捨てて、終わらせて楽になってしまいたいと思った!でも、そんなのダメなんだよ……………!」

 

 絞り出すように叫ぶ彼の言葉が翼に委ねていたわたしの身体を連れ戻そうとする。

 

 「俺を待っていてくれる人がいるから…………俺に罪を贖って欲しいと願ってくれる人がいるから…………………」

 

 ガチャッ

 彼の握る白銀の槍が金属音を立てて刃を展開する。

 

 「俺は……………俺達は、目を背けちゃダメなんだ!自分の罪に、手を差し伸べてくれる人に、償うために生きることにっ!」

 

 彼の義足が地面を蹴る。

 鮮血を撒き散らしながら彼の身体が宙に舞い、わたしと同じ目線の高さにまで来る。

 

 「それが俺達………………罪人の贖罪だ」

 

 振り上げられた白銀の槍が振り下ろされる。

 

 ーーわたしは、わたしを待っていてくれる人の元に行ってもいいんですか……………?

 

 荒れ狂う吹雪を切り裂いて銀槍がわたしの片翼に迫る。

 

 ーーわたしは、償うために、赦されるために生きてもいいんですか…………………?

 

 「……………………ああ。どれほど多くの声がお前を責め立てても、俺だけはお前を赦し続ける。だから……………」

 

 銀槍が翼に突き刺さる。

 

 「だから、生きろっ!夏音!」

 

 ビキッ

 槍先が食い込み、翼に罅が入る。

 膨大な霊気を纏う銀槍が青白い光を発する。

 

 (………………本来の主じゃない俺に使われることが不快なのは分かってる。でも、今だけでいい。力を貸してくれ、〈雪霞狼〉!)

 

 心の中で懇願しながら、〈雪霞狼〉を握る手に力を込めて祝詞を唱える。

 

 「戦乙女の守護者たる聖剣遣いが願い奉る!破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

 あらゆる術式を掻き消す神格振動波が〈雪霞狼〉を包み、残された〈模造天使〉の片翼を跡形もなく消滅させる。

 

 パアァンッ

 

 翼が消滅すると同時に辺りに吹き荒れていた吹雪も掻き消されるように吹き飛んで消失した。

 そして、吹雪の中心地だった場所に立っているのは銀槍を手に、かつて天使だった銀髪の少女を抱える一人の少年の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 金魚鉢

 

 〈模造天使〉が巻き起こした吹雪が止んで、数分前には想像も出来なかったほどの穏やかさが戻った小さな無人島の浜辺。

 そこには、空隙の魔女ーー南宮那月の連絡を受けて駆け付けた沿岸警備隊の救助艇とヘリコプターが結集していた。

 沿岸警備隊救命班は、ラ・フォリアとジリオラに半殺しにされたロウとベアトリスを担架に乗せてヘリに引き上げていた。

 自動小銃で武装した隊員は、逃亡したと報告された太史局の六刃神官〈白狐〉の捜索のために散開して金魚鉢を探り始めていた。

 そして、浜辺に停泊している救助艇の一隻。そのデッキには銀色の髪を潮風になびかせているラ・フォリアの姿があった。

 側には、那月と共に金魚鉢に来た紗耶香が護衛として付き添っている。

 そして、向かい合うように立っているのは、満身創痍の黒髪の少年、九重キリヲだ。

 

 「わたくしは、一度〈絃神島〉の医療センターに向かいます。墜落した飛空挺の生存者がいるそうなので」

 

 「叶瀬はどうなる?」

 

 優雅に微笑んで言葉を紡ぐラ・フォリアにキリヲは、未だに浜辺で救命班の手当てを受けている意識の無い夏音に目を向けて言う。

 

 「ご心配なく。彼女には、最高の医療設備を用意します。天使化の経緯や事情もわたくしの方から説明をしておきますから」

 

 「……………そうか」

 

 慈しむような表情を浮かべるラ・フォリアにキリヲも安堵したように表情を和らげる。

 

 「…………………」

 「…………………」

 

 そして、数秒程どちらも何も言わない空白の時間が流れた。

 波の音と沿岸警備隊の喧騒だけが耳に入ってくる。

 だが、やがて……。

 

 「……………キリヲは、どうするのですか?」

 

 ラ・フォリアが優しげな口調で聞いてくる。

 だが、キリヲはその問に答えず沈黙を保っている。

 

 「……………アルディギアに戻ってきてはくれないのですか?」

 

 「………………悪い、それはできない」

 

 ゆっくりと首を横に振って拒絶の意を示すキリヲ。

 そんなキリヲにラ・フォリアは、悲しげな微笑みを浮かべて口を開く。

 

 「……………お父様にはわたくしが説明します。お母様も………もう、貴方を赦しておられますし、それにユスティナも喜んでくれます」

 

 どうにか引き留めようとラ・フォリアは、言葉を続ける。だが、キリヲの表情が変わることはなかった。

 

 「…………たとえ、親父さん達が赦しても他の連中がいい顔をしないだろう。俺は恨まれて当然のことをした。………いくら逆賊でも同じ騎士団の人間を斬ったんだ。陰で恨みを募らせてる奴は少なくない」

 

 キリヲの顔に浮かぶのは諦観の表情だった。

 

 「それと、あの忍者オタク…………………ユスティナには、謝っといてくれ」

 

 脳裏に浮かんだ愉快な女騎士の顔に一瞬だけキリヲの表情も和らいだ。

 

 「それに…………今の俺は、〈監獄結界〉の囚人だ。この島を離れる訳にはいかない。あの女が許さないだろ」

 

 「キリヲ……………」

 

 どうやっても聞き入れてくれないと分かった瞬間、ラ・フォリアの表情は目に見えて悲しげになっていた。

 そんなラ・フォリアにキリヲは、困ったような笑みを浮かべて頭を撫でる。

 

 「これでお別れじゃない。………………今度は、ちゃんと電話するよ」

 

 「………………約束ですよ?」

 

 「ああ。約束だ」

 

 頭を撫でられたラ・フォリアは、はにかむ様な表情を浮かべた後、悪戯っぽい笑みを浮かべてキリヲの首に両手を回した。

 そして、そのまま自らの唇をキリヲの唇にそっと重ねた。

 キリヲも抵抗する気は無いらしく、ラ・フォリアにされるがままに身を委ねて唇を重ね合っていた。

 そのままの体勢で数秒間。身動き一つせず、当たりに僅かな水音だけが響いていた。

 さて、こうなると一番焦るのは、ラ・フォリアの側に待機していた紗耶香である。

 ラ・フォリアがキスを始めた辺りから表情が凍りつき、口は文句を言いたいのだろうがテンパって言葉が出ず、パクパクと動いているだけだった。

 

 「ふふっ、待っていますよ」

 

 やがて、二人の唇が離れるとラ・フォリアは上機嫌そうに微笑んで救命挺の船室に足を運び始めた。

 

 「お、王女……………衆目がありますから御自重ください……………」

 

 船室に引っ込んだラ・フォリアの後を紗耶香が慌ただしく追いかけていった。

 

 「ふんっ、受刑者の分際で昼間っから女と乳繰り合うとは良い度胸だな」

 

 ラ・フォリアと紗耶香が消え、デッキに一人残されたキリヲに不機嫌そうに声をかけたのは、〈監獄結界〉の看守ーー南宮那月だ。

 

 「これくらい、大目に見ろよ」

 

 キリヲは、ぶっきらぼうに那月に言い返す。

 そんな態度が気に入らないのか、那月は扇子でキリヲし背中をバシッと一度叩く。

 

 「…………まあ、勝手にわたしの監視下から離れた事と言い、今回の貴様の行動に文句は山ほどあるが〈仮面憑き〉の事件を解決したことで不問にしておいてやる。感謝しろ」

 

 傷口を叩かれて地味に大きなダメージを負ったキリヲは那月に不満そうな視線を向けるが、今回の単独行動を不問にするというのは、願ったりなので口は噤んでおく。

 

 「………………それで、これから俺達をどうするんだ?〈監獄結界〉に戻すか?」

 

 キリヲがそう言うと那月は、表情を変えずに言葉を返す。

 

 「貴様は、どうしたい?まだ、檻の中に戻りたいのか?」

 

 逆に問われた那月の言葉にキリヲは、思わず言葉が詰まる。

 

 「俺は……………」

 

 「……………まあ、いい。どの道、貴様は一度病院送りだ。その後の事は、いずれ考えれば良い。……………丁度、貴様等にも休暇を出そうと思っていた所だ。もうすぐ、波朧院フェスタだからな」

 

 「波朧院フェスタ?」

 

 聞き慣れない言葉にキリヲが思わず聞き返す。

 

 「魔族特区の祭りだ。そこで学生らしく騒いで楽しんでこい」

 

 那月の言葉にキリヲは、複雑そうな表情を浮かべて金魚鉢の浜辺に視線を向けた。

 視線の先には、古城、雪菜、ジリオラの姿がある。

 

 「楽しむ…………………か」

 

 その言葉を反芻しながらキリヲは、これから来るであろう日々に想いを馳せた。

 

 世界最強の吸血鬼〈第四真祖〉と監獄結界の囚人〈聖剣遣い〉の日々はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 監獄結界

 

 「さて…………傷の方はもう良いのか?宮廷魔術師」

 

 薄暗い官房。冷たい鉄格子を介して南宮那月は、投獄者ーー叶瀬賢生と向き合っていた。

 

 「……………………」

 

 賢生は、那月の問には答えずに無言のまま目を伏せていた。

 そんな賢生に構わず那月は、言葉を続ける。

 

 「今回の〈仮面憑き〉………………貴様は、〈模造天使〉と呼んでいたな。その欠陥兵器の実験騒動で発生した被害がどの程度のものか知りたいか?」

 

 見下すような視線を向けながら那月は、嗜虐的な口調で言い放つ。

 賢生は、相変わらず沈黙を保ったままだ。

 

 「建造物を含む大量の器物破損。大多数の負傷者に未成年者を使った違法な人体実験。聖域条約の倫理項目に違反する製品の生産。……………常識的に考えて貴様は、一生檻の中だ。おまけに管理公社の連中もお前の身柄を欲しがっている」

 

 「…………………」

 

 「このままでは、愛する貴様の娘には金輪際会えなくなるだろうな」

 

 那月がそう言うと、賢生はゆっくりと顔を上げて口を開いた。

 

 「………………構わん。あの娘は、わたしなどいなくとも生きていける」

 

 諦観の表情を浮かべる賢生に那月は、上機嫌そうに笑みを浮かべる。

 

 「だが、会いたくない訳ではないだろう?……………わたしが力添えをすれば、会えなくもないかもしれんな」

 

 「………………………何が言いたい?」

 

 どことなく挑発的な那月の物言いに賢生の表情が不快そうに歪む。

 

 「簡単な話だ。………………わたしと取り引きしないか?このままいけば貴様の身柄は、管理公社に引き取られて一生娘に会うことはない。だが、わたしの提案に乗れば貴様の身柄は、わたしが預かり娘にも会わせてやる」

 

 「…………………………わたしに何をしろと?」

 

 賢生の言葉に那月は、嬉々として言葉を続ける。

 

 「貴様の持つ知識は、かなりの価値がある。……………だが、それ以上に貴様の戦闘能力もわたしは評価している。わたしが貴様に求めるのは、その戦う力だ」

 

 那月の言葉を聞いた賢生は、怪訝そうな表情を浮かべた。

 

 「戦力………………………その様子だと他の魔導犯罪者にも声をかけているようだな」

 

 賢生の脳裏に浮かんだのは、九重キリヲとジリオラ・ギラルティの姿だった。

 話から察するに、この取引を受けている犯罪者は更にいるように思えた。

 

 「…………………まあ、否定はしない」

 

 「犯罪者を集めて何をするつもりだ……………?新たな犯罪組織でも立ち上げるつもりか?」

 

 攻魔師である南宮那月がやることとは、考えにくいが那月の行っていることが不可解なのは事実だった。

 だが、賢生の言葉を聞いた那月は愉快そうな笑みを浮かべたまま首を横に振っていた。

 

 「組織か……………違うな。ユニットではなくスクワッドだ。犯罪者のみで構成する私兵部隊を作ろうと考えている」

 

 「部隊……………?」

 

 「貴様には、それに加わる資格があると判断した。後は、貴様の承諾だけだ。………………さあ、どうする?」

 

 これは、きっと悪魔の取引なのだろう。この契約の先にあるのは、間違いなく流血だ。それも大勢の。

 だが、そこには同時に娘の姿もある。

 

 「……………………わたしはーー」

 

 囁くような賢生の返答を聞き、那月は満足そうに頷くと空間転移で陽炎のように、その場から姿を掻き消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 絃神島某所 妃崎 霧葉

 

 夜の帳が降りようとも一向に静けさを見せる気配のない魔族が住まう島。

 その中の通りの一つに彼女はいた。

 顔につけていた〈白狐〉の仮面は外し、得物である霊槍は背中に下げているカメラケースに収納してある。

 手にしているスマートフォンには、太史局からのメールが表示されていた。

 内容は、次の任務についてだ。

 目的は変わらず、〈第四真祖〉と〈聖剣遣い〉の抹殺。

 次の協力者はーー。

 

 『LCO』

 

 「……………………」

 

 世界的にも有名な魔導犯罪組織だ。

 こんな連中と協力するあたり、太史局も余程切羽詰まっていると見ていいのかもしれなかった。

 だが、今の彼女にとってそんな事は、どうでもよかった。

 

 「兄さん…………」

 

 十年以上、想い続けてきた実の兄。

 彼の歩んできた轍を調べ、彼の所属していた組織を調べ、彼の経歴から犯罪歴まで念入りに調べてきた末に遂に再び合間見えることができた。

 実際に彼を見て、遂に今までの努力が報われると思った。彼が去っていったあの時に受けた仕打ちの報いを受けさせてやると思うと心が高ぶった。

 だが、その一方で……………。

 

 「………………………兄さん」

 

 どこかで期待していたのかもしれない。

 仮面を付けていたしても、十年以上顔を見ていなかったとしても、……………わたしが死んだと思っていたとしても。

 声で、雰囲気で、それとも何か目に見えない絆の様な繋がりで彼がわたしだと気付いてくれるんじゃないかと。

 わたしの存在に気付いて、この胸に抱えている澱みのような想いを癒やしてくれるのではないかと………。

 

 だけど……………。

 

 「兄さん……………わたしの事……………分からなかった………」

 

 それどころか、目の前で彼が始終気にかけていたのは、銀色の髪を持つ異国の王女。

 こちらの事など見向きもせずに。

 

 「……………許さない。絶対に………許さない………」

 

 気付けば低い怨念に満ちた声が口から零れ出ていた。

 そして、同時に透明な雫が頬を濡らしていた。

 

 「必ず………思い出させて…………償わせる…………」

 

 再び〈白狐〉の仮面を被る。

 

 殺意と憎悪に燃える瞳を仮面から覗かせ、〈白狐〉は夜の街を歩んでいく。

 自らの復讐を遂げるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 監獄結界 最奥部

 

 空隙の魔女が看守を務める、異空間に存在する魔導犯罪者専用の刑務所。

 その最奥部に存在する独房の中で彼女は、静かに笑みを浮かべていた。

 

 「星の配列が整った………………時は来たぞ、那月」

 

 黒の和服に身を包んだ女は、鎖に繋がれた己の手を頭上に掲げて言葉を紡ぐ。

 

 「そう言えば……………あの少年…………」

 

 女の脳裏に浮かんだのは、つい数週間前までこの刑務所に収監されていた一人の少年の姿だった。

 

 「お前は、もう決めたのか…………?我と那月……………否。犯罪者と攻魔師、どちらにつくのか」

 

 妖艶に女は、微笑む。

 

 「…………………決めろ。もう、宴は始まるぞ」

 

 暗い檻の中で女ーー書架の魔女は、孤独に嗤い続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 やっと天使炎上編終わりました~(ホント長かった)
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