ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー   作:五河 緑

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 すいません、更新遅れました。


聖者の右腕編Ⅵ

 

 「大丈夫ですか、先輩?」

 

 起き上がって、自分の身体の具合を動かしながら確認していた古城に雪菜が心配そうに声をかける。

 今の古城が身に纏っているのは、血濡れていて、布地が破れたパーカーだ。この格好だけでも、十分に危険な目に会ったと推測できる。

 実際、彼は、つい先程まで死んでいた。比喩表現などではなく、本当に大量の血を流し、心肺が停止して生物としての死を迎えたのだ。

 そして、蘇生した。

 肉体の中に流れる神々に呪われた血が、世界の理に反して、一度死んだ古城を蘇らせたのだ。

 決して死を許さない第四真祖の力が古城を生かしていた。

 だが、雪菜が古城に気遣うような話し掛けているのは、古城が蘇ったら直後だからではない。

 確かに、最初は一度死んでしまった古城の身を心配していたが、何食わぬ顔で蘇った様子と、その後の思い出すのも恥ずかしい吸血行為によって身体の方は、完全に力を取り戻していた。

 だが、どんなに体が元気になっても心は別だ。

 雪菜が心配しているのは、そんな古城の精神面に関するものだった。

 九重キリヲ。最近知り合ったばかりの古城の友人が犯罪者だったという事実を知り、複雑な感情が渦巻いている古城の心情が、雪菜にとって何よりも心配だった。

 

 「……なあ、姫柊。あのオッサンの言っていたことは、本当なのか?」

 

 普段よりもトーンの低い声で問いかける古城。

 それに、雪菜は恐る恐る答える。

 

 「九重先輩のことは、分かりません。国際指名手配と言っていましたが彼の名前は、わたしも聞いたことがありません。……ただ、ジリオラ先生。ジリオラ・ギラルティの方は、わたしも聞いたことがあります」

 「犯罪者として?」

 「はい。そうです」

 

 頭の片隅にあった情報を思い返しながら、雪菜は話を進める。

 

 「彼女が王族までも手に掛けた大量殺人の犯人なのは有名な話ですし、逮捕後もヒスパニアの魔族収容所で大事件を起こしたと聞いています。彼女は、間違いなく一級の犯罪者です。本来なら、刑務所から出られはずがないんです。そんな、彼女と行動を共にしている九重先輩も恐らく……」

 「……同じく、犯罪者……て、ことか……」

 

 呟くように言う古城に雪菜は、無言で頷く。

 

 「………………」

 

 無言で拳を握りしめる古城。

 蘇るのは、キリヲと過ごした時間。

 友と言うには、あまりにも短すぎる時間だったが、それでも、古城の記憶の中のキリヲは人を殺すような人間には見えなかった。那月の知り合いであり、古城の体質のことも知っていた彼は、古城にとって、初めて隠し事をしなくてもいい友人になれるかもしれない人物だった。

 そんな、キリヲが古城の受け入れることのできない殺人と言う悪行に手を染めていたことが少なくないショックを古城に与えていた。

 

 「……なにか、理由があったのかもしれません」

 「え?」

 

 押し黙ってしまった古城に声をかける雪菜。

 

 「九重先輩が犯罪者である可能性は……高いかもしれませんが、ひょっとしたら何かやむを得ない事情があったのかもしれません。わたしにも九重先輩が悪人だとは思えません。ですから……」

 

 古城を励ますように雪菜が言葉を紡ぐ。

 

 「確かめてみましょう。九重先輩に会って」

 「……ああ。そうだな」

 

 雪菜の言葉に一筋の希望を見つけたかのように顔を上げる古城。

 そうだ。まだ、キリヲが犯罪者だって決まった訳ではない。たとえ、犯罪者だったとしてもキリヲが罪を犯した理由を古城は知らない。ならば、確かめよう。

 心の中で、自分に言い聞かせると、古城は雪菜の方に顔を向ける。

 

 「行くぞ、姫柊」

 「はい、先輩!」

 

 ***

 

 キーストーンゲート、エントランスホール。

 

 「撃て!撃て!これ以上、奴等を先に進ませるなっ!」

 

 絃神島、中央に位置するキーストーンゲート。

 その入口であるエントランスホールにて、特区警備隊による対侵入者迎撃戦が展開されていた。

 横一列に並んだ銃口が一斉に入口ゲート向けて眩いばかりの銃火光を迸らせて、対魔族用弾を吐き出し続ける。

 

 「実につまらない歓迎ですね」

 

 入口ゲート、特区警備隊の攻撃座標に立つオイスタッハがため息混じりに吐き捨てる。

 本来、人体など数秒でひき肉に変える威力を持っている銃弾は、オイスタッハの肌にかすり傷一つ付けることなく弾かれていく。

 

 「くそっ!なんだ、あの眷獣はっ!?」

 

 オイスタッハの横に付き従うように立つ、人工生命体ーーアスタルテが出す眷獣、半透明な顔無しの巨人〈薔薇の指先〉に阻まれて、特区警備隊の放った銃弾は、ことごとく弾かれていった。

 

 「化け物めっ!グレネード、撃てっ!」

 

 自動小銃の22口径弾では、埒が明かないと悟った特区警備隊の隊長は、後方に待機していた部下に指示を出す。

 回転弾層式大型重火器に専用の弾頭を装填した特区警備隊隊員が、前方に立ち塞がるアスタルテの〈薔薇の指先〉に標準を合わせて、引き金を引く。40口径の対魔族弾頭が撃ち出されて放物線を描きながら〈薔薇の指先〉に直撃する。

 立ち込める煙幕の向こう側に力尽きて地に伏す二人の襲撃者の姿を予想していた特区警備隊の隊長は、依然、健在な姿で微動だにしない二つの人影を見て、愕然とする。

 

 「相手との実力の差も測れないとは……。アスタルテ。彼らに慈悲を」

 「命令受諾。執行せよ〈薔薇の指先〉」

 

 攻撃を全て凌がれ、打つ手のなくなった特区警備隊に〈薔薇の指先〉の拳が襲いかかる。

 プレートを仕込んだ防弾ベストは、隊員の身を守る役目を果たすことなく、圧倒的な衝撃の前に砕け散る。無論、その下にあった肉体も肋骨が砕ける音と赤い鮮血を撒き散らしながら吹き飛んでいく。

 

 「馬鹿な……っ!」

 「遅すぎます」

 

 圧倒的な力に理不尽に蹴散らされていく部下達を見て、目を見開く隊長を肉薄したオイスタッハがその手に握る戦斧を降り下ろしていく。

 バギャッ。

 奇怪な音と共に宙を舞う己の血潮と臓物が彼の見る最後の光景になった。

 

 「……行きますよ、アスタルテ。至宝は、この先です」

 

 たった今、自分が斬った相手の亡骸に目を向けることもなく、オイスタッハは、

キーストーンゲートの奥に向けて歩みを進める。アスタルテも眷獣を展開したまま、彼に追従する。

 彼らの通った後に、動ける者は一人もいなかった。

 

 ***

 

 ガゴンッ。

 鈍い音を立ててキーストーンゲートの最奥を塞ぐ門が破られる。

 人の力を遥かに凌ぐアスタルテの〈薔薇の指先〉が力に任せて無理矢理、抉じ開けたのだ。

 門の先の広場を抜けて、部屋の中央にある一際大きな柱にオイスタッハとアスタルテは近づいていく。

 そして。

 

 「おお……ようやく………ようやくここまで……我らの聖堂より簒奪された不朽体……これをようやく信徒たちの元に……。この時をどれほど待ち焦がれたことか……」

 

 部屋の中央、絃神島を支える要石を前にしてオイスタッハは、涙を流して全身を支配する歓喜の衝動を露にする。

 この要石こそがオイスタッハの目的だった。要石に使われたかつての聖人の遺骸。ロタリンギア西欧教会より、不当に略奪されたこの聖遺物を取り戻すことがオイスタッハの悲願だったのだ。

 なんとしてでも取り戻す。たとえ、その結果、この島に住む住民が皆死に絶えようと、そんなことは些細なことだ。

 オイスタッハは、歓喜の表情を一転させ、聖遺物を奪われたことに対する憎しみと復讐を遂げることの残虐性の表情を顔に張り付ける。

 

 「アスタルテ!その力をもって、我らの至宝を奪還しなさいっ!」

 「命令確認。ただし、命令の前提条件に誤認があります。故に命令の再選択を要求します」

 「なにっ!?」

 

 アスタルテの返答に表情を険しくするオイスタッハ。そんな、彼の背中に聞こえるはずのない声が投げ掛けられた。

 

 「悪いな、オッサン。その命令は、キャンセルしてもらうぜ」

 「第四真祖……」

 

 オイスタッハ達が入ってきた入口から現れた古城の姿を目にし、オイスタッハは表情を固くする。

 

 「……確かに殺したはずですが?」

 「悪いな……。あれくらいじゃ、死ねないんだよ」

 「……忌々しい魔族め」

 

 古城の言葉にオイスタッハが吐き捨てるように言う。

 

 「なあ、オッサン。これが、あんたの目的なんだろ?……要石の素材。聖遺物、だったか?」

 「……ええ。いかにも。我らより簒奪されし、至宝です。どんな手を使ってでも取り戻します」

 

 憎々しげに言うオイスタッハに雪菜が声を張り上げる。

 

 「貴方の要求は、筋が通っています。こんな、手段に出なくても、聖域条約で供儀建材の使用は禁止されている現代なら、法的手段に訴えて取り戻すこともーー」

 「法的手段に訴える?馬鹿馬鹿しい!」

 

 雪菜が言い終わる前にオイスタッハが言葉を返す。

 

 「肉親を踏みにじられて怒りを感じないとでも思っているのですかっ!?話になりません。我々は、なんとしてでも至宝を取り戻し、この地に蔓延る咎人共に裁きをくだしますっ!」

 「……結局、こうなるのかよ」

 

 激昂するオイスタッハに古城が諦めるように溜め息をつく。

 

 「でも、忘れてないかオッサン。俺は、あんたに胴体をぶった切られた借りがあるんだぜ?まずは、こいつのケリをつけてもらうぞ。……ここから先は、俺の喧嘩だ!」

 「いいえ、先輩。私たちの喧嘩です!」

 

 古城が魔力を雷撃に変えて迸らせ、雪菜が雪霞狼を構える。

 その直後。

 

 「いや、古城。そいつは、俺の獲物だ」

 「なんとか、間に合ったみたいねぇ」

 

 さらに、二つの人影がこの場に加わった。

 真白き刀を携えた黒髪の少年、九重キリヲ。そして、第三真祖の血を継ぐ氏族の姫、ジリオラ・ギラルティ。

 世に拒絶された咎人の二人だった。

 

 「キリヲ!ジリオラ先生!」

 

 古城が二人の突然の登場に驚きの声を上げる。

 

 「……やはり、来ましたか。薄汚い罪人共め」

 「悪いな、殲教師。南宮那月との契約により、お前を捕らえる。今度は、逃がさないぞ」

 

 吐き捨てるように言うオイスタッハを真っ直ぐ見据えて、キリヲが手に持つ刀を機械質な鞘から抜き放ち、切っ先を向けて言う。

 

 「ふん。貴殿方のような犯罪者に我らを止める資格などないと思いませんか?我ら以上に罪深き殺戮と言う大罪を犯した貴方が。違いますか?」

 

 嘲るように言うオイスタッハ。

 古城も、キリヲの過去と真実を知るべくオイスタッハの問を受けたキリヲに目を向ける。

 

 「……ああ、そうだ。確かに俺は、罪を犯した。多くの人間を斬って、ここに立っている」

 

 キリヲの答えに古城の表情が固まる。

 

 「そんな、貴方がわたしを止めると?」

 「そうだ」

 「それが、償いになるとでも思っているのですか?」

 

 オイスタッハの言葉にキリヲは、首を横に振る。

 

 「……いや、こんなことが償いになるなんて思っていない。どんなに、善行を積んだって俺の罪が帳消しになるわけじゃない」

 

 キリヲは、どこか遠くを見るような目で言葉を紡いでいく。

 

 「俺は、あの日の事から逃げたりしない」

 

 あの日。キリヲが小国、アルディギア王国で起こした大量殺戮を行った日。

 当時、アルディギアでは一部の王宮魔導技師を中心により引き起こされたクーデターが勃発していた。

 国軍の一部も加担し、国民の三割もクーデターに加わっていた。挙げ句の果てには、本来、王族を警護するはずの聖環騎士団の半数までもが王族の敵に回ってしまっていた。

 その時、傭兵として雇われていたキリヲは、国軍側に加勢して戦闘に参加していた。

 だが。

 当時のクーデターでアルディギア王国第一王女、ラ・フォリア・リハヴィンが反王政側の攻撃を受けて、重症を負った。彼女と浅からぬ仲だったキリヲは、怒り狂い、徹底的に反王政側を攻撃した。

 それは、反王政側が降伏を表明し、クーデターに終止符が打たれた後にも行われた。

 戦略的価値のない攻撃。人道的観点から禁忌とされる虐殺。明らかな過剰殺戮ーーオーバーキルだった。

 

 「俺は、決して許されない罪を犯した」

 

 刀を握るキリヲの右腕。その表皮が剥がれていく。現れるのは、白い機械質な腕。

 

 「永遠に償うことなんてできない」

 

 続いて、キリヲの両足の表皮も剥がれていく。同時に足を覆っていたズボンの布地も焼け落ちていく。右腕同様に白くコーティングされたメタリックな機械の足が露になる。

 

 「だが、償い続ける。たとえ、許されなくても、償い続ける」

 

 キリヲの両目の瞳の色が変わる。右目は、翡翠色に、左目は赤色に光彩が変色する。

 

 「俺は、弱者を守るためだけに剣を取る。それが、俺の贖罪だ」

 

 機械的にコーティングされた刀〈フラガラッハ〉を構えるキリヲ。その右腕、両足は白と銀に彩られた金属質な義肢であり、それぞれで色の違う両目は義眼だった。

 

 「あれは……魔義化歩兵《ソーサリスソルジャー》」

 

 オイスタッハが片眼鏡でキリヲを分析しながら呟いた。

 

 「へえ?それが、貴方の能力なのね……。通りで人間の癖に身体能力が高いはずだわ」

 

 ジリオラも初めて見るキリヲの義肢を露にした姿に感嘆したような声を漏らした。

 自らの思いを口にしたキリヲは、古城の方に顔を向ける。

 

 「古城……。黙ってて、すまない。だけど、今は協力させてくれ。俺の力を、人を殺すこと以外に使いたいんだ」

 

 キリヲの言葉を聞いた古城は、数秒ほど黙った後、キリヲに向き直り言葉を発した。

 

 「当たり前だっ!キリヲ、お前の過去に何があったか俺は、知らない。でも、お前が誰かを守るために戦うって言うなら、俺はお前を信じる!ここからは、俺たちの喧嘩だっ!」

 「……ありがとう、古城」

 

 古城に向けて、キリヲがポツリと呟くように言う。

 

 「戯れ言をっ!アスタルテ!」

 「命令受諾。執行せよ〈薔薇の指先〉」

 

 アスタルテの攻撃により、戦いの火蓋が切られた。先手必勝と言わんばかりにアスタルテの放つ〈薔薇の指先〉の拳がキリヲめがけて飛んでいく。

 

 「悪いが、前回みたいに刀が折れたりはしないぞ?」

 

 〈薔薇の指先〉の拳を刀の刃で真正面から受け止める。火花を散らして、周囲に激突のインパクト音が響き渡る。

 ぶつかった衝撃でキリヲもアスタルテも数歩バックステップを踏む。

 

 「攻守交代だ。行くぞ」

 

 刀を構え直したキリヲがアスタルテ目掛けて駆け出す。

 白銀の義足が大地を踏み鳴らし、高速で一気にアスタルテに肉薄する。

 そのスピードは、獣人種を優に超えていた。

 

 「あの、義足は……空間跳躍かっ!」

 

 キリヲの義足の解析をしたオイスタッハが叫ぶ。

 魔義化歩兵は、身体の一部を魔具に置き換えることにより、超人的な力を得た者の総称だ。身体を構成する魔具一つ一つに魔術的効果がある。

 キリヲの義足の魔具が持つ能力は、〈空間跳躍〉。能力の内容はシンプルだ。移動時に、出発点と到着点の間にある空間を省略できるのだ。

 もちろん、南耶那月の空間転移の様に間の空間的距離を零に省略して瞬間移動なんて真似はできない。

 せいぜい、歩数を省略できるほどだ。三歩進んだだけで本来の九歩分を移動しているような感じである。

 だが、それでも常人と比べたら凄まじいスピードを出していることになる。

 この〈空間跳躍〉を使って、キリヲはアスタルテに接近し、刀をアスタルテが放っている〈薔薇の指先〉に叩きつける。

 甲高い音と共に火花が散る。

 

 「確かに凄まじい速度ですがその程度、神格震動波を纏った〈薔薇の指先〉の敵ではありません」

 

 魔義化歩兵の義肢の力を解放したことにより、爆発的な速度で斬りつけたキリヲの刀は、膨大な運動エネルギーと威力を纏ってアスタルテに襲いかかるが、〈薔薇の指先〉によってアスタルテにダメージは通らない。

 

 「……相変わらず固いな。良い眷獣だ」

 

 攻撃を弾かれたキリヲは、素直に感心したようにアスタルテに称賛の声を投げ掛ける。

 

 「……以前よりもアップグレードしています。貴方の攻撃は、わたしには通じません」

 

 淡々と答えるアスタルテ。その言葉には、自身の力に対する確固たる自負があった。

 そんな、アスタルテを真正面から見返してキリヲも言い放つ。

 

 「それなら、こっちも本気でいく」

 

 刀を正眼に構え直したキリヲの身体の中で霊力が爆発的に高まっていく。

 

 「これほどの霊力……本当に人間なのですか……?」

 

 オイスタッハが人間離れした霊力を放出するキリヲに怪訝そうに顔を歪める。

 巫女を代表に人間の中でも膨大な霊力を持つ者は存在する。だが、その様な人間は希少な存在であり、キリヲの持つ霊力は最高位の霊格を持つアルディギア王家の血筋に匹敵するものだった。

 

 「……まさか、霊力を高める魔具を身体の中に仕込んでいるのですか?」

 「いや、こいつは魔具とは少し違う」

 

 オイスタッハの推測をキリヲは、静かに否定し、自分の胸部ーー心臓の真上に当たる場所に左手を当てる。

 

 「ヴェルンド・システム、起動」

 

 その一言によってキリヲの身体の中で高まっていた霊力がさらに上昇し、溢れる霊力が白銀のオーラとなって刀〈フラガラッハ〉の刃を包み込む。

 

 「ヴェルンド・システムの擬似聖剣!?馬鹿なっ!それは、専用の精霊炉がなければ使えないはずです!」

 

 ヴェルンド・システム。アルディギア王国が誇る秘奥兵器。精霊炉に高位の精霊を降ろすことによって、その加護を受けた聖剣を精製することができる。

 威力は、絶大だが大型の精製炉を積んだ戦艦の援護がなければ使用できない欠点を抱えている。

 

 「精霊炉なら、ここにあるよ」

 

 キリヲは、自信の胸をトントンと叩く。

 

 「まさか、小型化した精霊炉を体内に埋め込んでいるとでも言うのですかっ!?」

 

 魔義化歩兵は、身体の内部の臓器を魔具に置き換えることもある。キリヲは、その応用で開発途中の試作品である小型精霊炉を体内に埋め込んでいた。

 これによりアルディギア王家の女系と同じ、外部の精霊炉の支援なしでヴェルンド・システムを使用することができた。

 そして、精霊の霊力を流されたことによって遥か古代の遺物であり、劣化して力を失っていた聖剣〈フラガラッハ〉がその力を取り戻し、刀身に秘めている機能を再起動させる。

 古の時代に失われた、正真正銘の聖剣の再臨だった。

 

 「さあ、この前のリベンジだ」

 

 〈フラガラッハ〉を振りかぶり、再び〈薔薇の指先〉に斬撃を放つ。

 あらゆる障壁を貫き、決して癒えぬ傷を刻み付ける聖剣〈フラガラッハ〉がその本来の力を発揮して〈薔薇の指先〉に襲いかかる。

 今度は、攻撃が貫通しアスタルテも苦痛に顔をしかめる。

 監獄結界より解き放たれし、聖剣遣いの反撃の始まりだった。

 

 ***

 

 「あれが……九重先輩の力……」

 

 ヴェルンド・システムを発動させて聖剣を振るい、〈薔薇の指先〉に挑みかかるキリヲを見て雪菜がポツリと呟く。

 

 「はい、二人ともちょっと下がって。危ないわよ」

 

 キリヲとアスタルテの戦いに見入っていた雪菜と古城をジリオラが下がらせる。

 

 「あいつの使っているヴェルンド・システム。あれは、ヤバイわね。わたし達、魔族が食らったら一発でアウトよ」

 

 古城の襟首をつかんでさらに一歩下がらせてからジリオラが言う。

 

 「さて、貴方の相手はわたしで良いかしら?」

 「ジリオラ・ギラルティ……」

 

 戦斧を構えるオイスタッハの前にジリオラが立ち塞がる。

 

 「援護します!」

 「あら、ありがと。剣巫」

 

 後ろから、雪霞狼を構えて雪菜が飛び出してくる。

 

 「〈ロサ・ゾンビメイカー〉!」

 

 深紅の燐光を放つ蕀の鞭が出現し、ジリオラの手に収まる。

 

 「魔族風情がっ!」

 「思い知れ、殲教師!」

 

 ジリオラの鞭とオイスタッハの戦斧が交差し、火花を散らす。

 

 「確かに貴女の〈ロサ・ゾンビメイカー〉は強力な眷獣ですが、単純な攻撃力はそれほど高くはありませんね。〈要塞の衣〉で眷獣の支配を拒むわたしには、脅威になり得ません!」

 「祓魔の鎧……面倒なものを……」

 

 オイスタッハの鎧が放つ閃光を受けてジリオラが不快そうに顔をしかめる。

 

 「雪霞狼!」

 

 〈要塞の衣〉の光でジリオラがオイスタッハから距離をとった瞬間、入れ替わるように雪菜が攻撃に出る。

 

 「巫女と魔族が手を組むのですか!」

 

 雪霞狼がオイスタッハの〈要塞の衣〉を穿ち、鎧の閃光が弱まる。

 

 「行きなさい、〈毒針たち《アグイホン》〉!」

 

 〈要塞の衣〉の光が弱まった隙を逃さず、ジリオラが新たな眷獣を召喚する。

 ジリオラの左手から吹き出た血霧が無数の蜂に姿を変える。

 ジリオラの従える二体目の眷獣、猛毒を持つ蜂〈毒針たち〉。ジリオラの大量殺戮を実現させた群生眷獣だった。、

 無数の凶針がオイスタッハに襲いかかる。

 

 「小癪なっ!」

 

 だが、オイスタッハも一方的にやられているわけではない。巨大な戦斧を振るい、〈毒針たち〉を追い払い、反撃と言わんばかりにジリオラに斬りかかる。

 

 「させません!」

 

 ジリオラを守るべく、オイスタッハの戦斧を雪菜の雪霞狼が受け止める。

 

 「敵の攻撃は、わたしが防ぎます!今の内に彼を拘束してください!」

 「分かってるわよ、任せなさい!」

 

 オイスタッハの戦斧を雪菜の雪霞狼が受け止め、ジリオラの〈ロサ・ゾンビメイカー〉が蛇の如くオイスタッハに襲いかかる。

 獅子王機関の〈剣巫〉と魔導犯罪者〈惨劇の歌姫〉の共闘がここに成された。

 

 ***

 

 「執行せよ〈薔薇の指先〉」

 

 宿主であるアスタルテの命を受けて、人工眷獣〈薔薇の指先〉の拳がキリヲに向けて連続で繰り出される。

 しかし、その拳は一つもキリヲを捉えることはできない。

 放たれる拳の全てがキリヲに直撃する直前に紙一重で回避される。

 

 「大した威力だな。だけど、狙いが丸分かりだ」

 

 〈薔薇の指先〉の拳の動きを目で追いながらキリヲが言う。

 キリヲの右目ーー翡翠色の瞳を持つ義眼は、魔義化歩兵を強化する魔具である。

 その能力は、〈未来視〉だ。

 獅子王機関の剣巫が持つ、刹那の未来を視る霊視と同等の能力だった。

 これにより、〈薔薇の指先〉の動きを先読みして攻撃を避けていた。

 だが、アスタルテも自分の攻撃が予見され、回避されていることに気付く。

 故に攻撃量を増やしてキリヲを圧倒していく。

 予測されてしまうなら、その予測を上回る量の攻撃を浴びさせればいい。

 アスタルテは、物量戦で勝機を掴もうとする。

 

 『いいか、キリヲ。確かに機械は、わたし達を強くしてくれる。だが、どんなに機械が有能でも使い手が無能では話にならない。機械に頼り過ぎるな。自分の頭で考えろ。機械に使われるような奴になるな』 

 

 キリヲの脳裏に、かつてキリヲに魔義化歩兵としての戦い方を教えてくれた師の言葉が蘇る。

 

 (機械に頼り過ぎるな、か。分かってるよ……アンジェリカ)

 

 このまま、〈薔薇の指先〉の動きを予見して避け続けても物量戦に切り替えたアスタルテに攻撃を当てることはできない。

 

 (ならば、打って出る)

 

 手にしている刀を大上段に構え、アスタルテの放つ〈薔薇の指先〉の拳を迎え撃つ。

 人工眷獣の持つ圧倒的な力によって繰り出される拳を真正面から刀で弾き返す。

 

 「ッ!?」

 

 周囲に爆発音にも似た衝撃音が走り、アスタルテは僅かに怯む素振りを見せて数歩後ろに下がる。

 

 「ここだっ!」

 

 乾坤一擲。

 一瞬、攻撃の手が緩んだ隙を見逃さずキリヲは一気にアスタルテとの距離を積める。

 義足の〈空間跳躍〉の能力を発動し、接近した時に発生した加速エネルギーを刀の刃に乗せて〈薔薇の指先〉に叩きつける。

 

 「アァッ!!」

 

 眷獣の受けたダメージのフィードバックを受けてアスタルテが悲鳴をあげる。

 肉体に掛かる負荷に耐えきれず宿主のアスタルテは、動きを止めるが自己防衛本能を発揮させる〈薔薇の指先〉は構わずキリヲに反撃しようと拳を振り上げる。

 だが、その攻撃を妨げるものがあった。

 

 「させるかよっ!」

 

 〈薔薇の指先〉の拳に横から飛んできた雷が直撃し、キリヲへの攻撃を防ぐ。

 

 「古城!」

 「キリヲ!俺も手を貸すぞ!」

 

 キリヲの横に降り立った古城は、右腕を掲げて高らかに吠える。

 

 「〈焔光の夜伯〉の血脈を継ぎし者、暁古城が汝の枷を解き放つ!疾く在れきやがれ、五番目の眷獣〈獅子の黄金《レグルス・アウルム》〉!」

 

 荒れ狂う暴虐、天災にも匹敵する雷の塊が獅子の形を象って顕現する。

 現れた雷光の獅子は、アスタルテの〈薔薇の指先〉にその牙を向けて飛びかかる。

 

 『グオオオオオォッ!』

 

 〈薔薇の指先〉に直撃した〈獅子の黄金〉の牙が雷を迸らせて、〈薔薇の指先〉に確実なダメージを与えていく。

 本来、あらゆる魔力を弾き返す〈薔薇の指先〉が纏っていた神格震動波はキリヲの刀ーー〈フラガラッハ〉によって裂かれ、〈獅子の黄金〉を防ぐことなく、その雷撃を宿主であるアスタルテに通した。

 

 「終わりだ」

 

 〈獅子の黄金〉の一撃を受けて完全に沈黙した〈薔薇の指先〉にキリヲが止めを刺すべく、刀を振り降ろす。

 体内に埋め込んだ精霊炉の霊力を流され、限界以上の力を引き出された聖剣〈フラガラッハ〉の斬撃は、〈薔薇の指先〉を完全に消し去った。

 眷獣が受けたダメージの影響を受けたアスタルテは、力を使い果たしその場に倒れ込む。

 

 「そんな、馬鹿な……アスタルテの〈薔薇の指先〉が……」

 

 自らの目的を達成する要だったアスタルテが倒れた光景を驚愕に満ちた様子で目を見開いていた。

 

 「これで、終わりよ」

 

 アスタルテの倒れる姿に目を奪われたオイスタッハにジリオラが〈ロサ・ゾンビメイカー〉を振るう。

 深紅の燐光を放つ鞭が直撃し、鎧が陥没しオイスタッハは要石の中にある聖遺物に無念そうに手を伸ばしながら意識を失った。

 キーストーンゲート、最奥部で行われた戦闘の幕切れだった。

 

 ***

 

 「……これでよし」

 

 戦闘が終わった後の静けさが漂うキーストーンゲートの最奥部で古城は、アスタルテの首筋に埋めていた牙を引き抜いて立ち上がった。

 

 「まったく……いやらしいんですから」

 

 〈薔薇の指先〉を宿したことによって寿命が残りわずかだったアスタルテを血の従者にすることで救った古城を雪菜が呆れた表情で見つめながら言った。

 

 「なんとか、勝てたわね。どうよ?島を救ったヒーローになった気分は?」

 

 茶化すように言ってくるジリオラにキリヲが鬱陶しそうに答える。

 

 「やめてくれ。俺もお前もそんなのじゃない。俺たちは、悪党だろ?」

 「手厳しいわねぇ。まあ、間違ってないけど」

 

 キリヲの返答に愉快そうに笑うジリオラ。そんな、ジリオラの笑顔を見てキリヲもつられるように頬を緩めて笑みを浮かべた。

 その時。

 

 「よくやった貴様ら。ご苦労だったな」

 

 突如、声が響き渡り何もない虚空から現れた無数の銀鎖がキリヲとジリオラを縛り上げる。

 手や足、胴や首までもがんじ絡めに拘束した鎖を操るのは、空隙の魔女ーー南宮那月だ。

 

 「貴様らの役目もここまでだ。監獄結界に戻ってもらうぞ」

 

 鎖で縛り上げた二人の前に空間転位で現れた那月がキリヲ達に冷徹な眼差しを向けながら言う。

 

 「おい、那月ちゃん!どういうことだよ!」

 「ん?暁か。お前もご苦労だったな」

 

 突然現れた担任の暴挙に古城は、思わず声を上げる。

 

 「なんで、キリヲ達にこんなことするんだよ!?」

 

 抗議する古城に那月は冷たく言い返す。

 

 「なんだ、暁。知らないのか?こいつらは、元々犯罪者でわたしが檻に閉じ込めておいた連中だ。今回は、特別に任せたい仕事があったから外に出していたが、それも片付いたからな。これ以上、野放しにするつもりはない」

 

 那月が言っているのは、正論だ。だが、そんなことでは古城は納得しない。

 

 「そんなのあんまりだろ!?キリヲ達だってーー」

 「古城」

 

 だが、古城が言い終わる前に他ならぬキリヲが古城を止めた。

 

 「いいんだ。……俺達は人殺しだ」

 「そんなっ」

 「古城。外にいられた時間、俺は楽しかったよ。もう、十分だ。本来いるべき場所に戻るよ」

 

 どこか、諦めたような淡い笑みを浮かべるキリヲに古城もなにも言えなくなる。

 次の瞬間、拘束したキリヲとジリオラを連れて那月は空間転位でこの場から消えていた。

 後に残された古城と雪菜。

 静寂が支配したキーストーンゲートの最奥部で二人は、無言で拳を握りしめた。

 

 ***

 

 監獄結界。

 

 「おい、九重キリヲ」

 「……なんの用だよ」

 

 枷に繋がれたままキリヲは鉄格子の向こう側にいる看守に不快そうに返事をする。

 

 「あんなに外に出たがっていたのに、あっさりと戻ったから驚いたぞ。……外は楽しくなかったのか?」

 

 那月の問いにキリヲは数秒ほど考え込む。

 

 「……外の生活は楽しかったよ。……ただ、やっぱり俺のいる場所じゃないって思っただけだ」

 「……そうか」

 

 キリヲの言葉に那月は、特になにも言わず頷くだけだった。

 

 「……その手に持ってるのは何だ?」

 

 キリヲは、那月が左手に持っていた数枚のハガキに目を向けた。

 

 「貴様の保釈願いだ。この前の戦闘で結構広まっていたぞ、貴様の噂」

 「保釈願いって、俺のことを外に出したい奴なんかいるのか?」

 

 自嘲気味に笑うキリヲ。

 

 「腕は確かだからな。結構いるぞ。貴様を雇いたい連中はな。……まあ、CSAにいる貴様の師匠からは来てないがな」

 「アンジェリカは、別れた弟子を気にするような奴じゃない」

 

 記憶の中の冷徹な表情を浮かべている師の顔を思い出す。

 

 「……まあ、お前が気にするのはこの二つだろう」

 

 そう言ってハガキの束から二枚のハガキを取り出す那月。その内の一枚は、豪華な装飾を施された気品のあるものだった。

 

 「アルディギアの腹黒王女からだ」

 「ラ・フォリアか……」

 「なんだ、見ないのか?」

 

 ハガキを受け取ろうとしないキリヲに那月が怪訝そうな表情をする。

 

 「俺に見る資格はない」

 「相変わらず自罰的だな。だが、こいつは受け取れ」

 

 那月は、呆れたような表情で豪華な装飾の便箋をしまい、もう一枚の方を差し出す。

 先程のとは違い簡素な封筒だった。

 

 「……誰からだ?」

 「貴様のよく知る人物からだ」

 

 那月の言葉に不可解そうな表情をしながらも封筒を受け取ったキリヲは、その差出人の名を見て目を見開いた。

 

 「……魔族狩りの犯人が捕まった以上、貴様をこれ以上外に出しておくつもりはなかったが、そいつを見て気が変わった。九重キリヲ。今日は、契約の延長を提案しに来た。あの男が来るとなれば貴様の力が必要になるかもしれん。ジリオラ・ギラルティにも声をかけてきたところだ」

 

 那月の提案をキリヲは、手元の封筒に目を向けたまま聞いていた。

 

 「どうだ、わたしとの契約を続けるか?」

 

 キリヲは、ゆっくりと顔を上げる。

 

 「……ああ、頼む」

 

 その返事を聞いて那月は満足そうに頷いてキリヲと一緒に空間転位を行った。

 

 キリヲの握っていた封筒。

 そこに書かれていた差出人の名はーー。

 

 『クリストフ・ガルドシュ』

 

 ***

 

 彩海学園。

 

 昼食時であまり人影のない中庭で古城は、ベンチに座ってぼんやりと空を眺めていた。

 

 「あの……先輩、大丈夫ですか?」

 

 心ここにあらずといったようすの古城に雪菜が不安そうに声をかける。

 

 「……今度、学校の中を案内するって約束してたんだ……キリヲと」

 

 キリヲと一緒に雪菜と話をした日、途中で中断してしまったキリヲの学校案内を別の日にやると約束していた古城は、もうその約束が果たせないことを思って悲痛そうな表情をする。

 

 「先輩……」

 「キリヲは、確かに犯罪者なのかもしれなれないけど……でも、あいつはそんな悪い奴じゃーー」

 「先輩……!」

 

 耐えきれず薄く涙を浮かべる古城に雪菜も気遣うようにその肩に両手を添える。

 そんな、涙を流さずにはいられない雰囲気がその場を包んだ瞬間。

 

 「あら、暁くんに姫柊さん。この前は、助かったわぁ。もう、怪我は大丈夫なの?」

 「へ?」

 「はい?」

 

 突然、目の前に現れた女教師らしいスーツ姿のジリオラに二人は目を丸くした。

 

 「じ、ジリオラ先生!?どうして、ここに……」

 「九重先輩と一緒に南宮先生に連れて行かれたはずじゃ……」

 

 ジリオラは、薄く微笑みながら言葉を紡ぐ。

 

 「あぁ、まあ色々あってね。もう少し、外に出ていることになったのよ」

 「じゃあ、キリヲも……?」

 

 大きく頷いてジリオラは、答える。

 

 「勿論、一緒に来てるわよ。さっき教室で見かけたけど……」

 

 それを聞いた瞬間、古城は走り出していた。

 止まることなく、階段をかけ昇り教室のドアを勢いよく開ける。

 

 「キリヲ!」

 「あ、古城」

 

 竹刀袋を背負った黒髪の少年を目にして古城は不覚にも少し泣いてしまった。

 

 世界最強の吸血鬼〈第四真祖〉と監獄結界の囚人〈聖剣遣い〉の日々はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 聖者の右腕編は、これで終了です。
 次回からは、戦王の使者編になります。
 これからも、よろしくお願いします。
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