ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー 作:五河 緑
戦王の使者編Ⅰ
絃神島、港湾地区 倉庫街。
深夜、夜の帳が降りて辺りはすっかり闇に包まれた倉庫街の中を鮮血を垂らす傷を押さえながら黒豹の獣人の男は、駆け抜けていた。
「くそっ!くそっ!人間共め、よくもやってくれたなっ!」
取引は、順調だった。
潜伏先であるこの絃神島に拠点を置いている小さな犯罪組織に絃神島内での拠点と計画の要になってくる例の兵器を隠すための倉庫を用意させる。それが、彼に与えられた任務だった。金も用意し、交渉相手も了承してそれで取引は完了のはずだった。
そこに突然、特区警備隊が押し寄せてきたのである。
獣人の目と鼻を潰す専用の催涙ガス弾と銀イリジウム弾による360度全方位からの一斉射撃。
初撃で決着はついていた。
仲間は倒れ、取引相手の組織の連中も応戦することなく制圧されていった。
交渉相手だった人間を咄嗟に盾にして銃弾を防いだお陰で致命傷は免れたが、腹部に数発被弾していた。正直、あとどれ程走れるか分からない。
「おのれ……よくも、同志達を……」
やっとの思いで逃げ切り、襲われた倉庫が見える場所まで来ると追手が来てないのを確認し、彼はポケットから小型のスイッチを取り出しながら呻いた。
彼が握っているのは遠隔操作型爆薬のリモコン。万が一交渉が決裂した時のために用意していたもので、倉庫に仕掛けてある500gもの爆薬を起爆することができる。
当初の予定とは使う相手が違うが、これがあれば同志の仇である倉庫にいる特区警備隊を全員吹き飛ばすこともできるだろう。
「同志達の恨みだっ!思い知れ、人間!」
躊躇うことなく手元のリモコンのスイッチを押す。
そして、目の前に広がるであろう光景を想像して残虐な笑みを浮かべる。
しかし。
「……なぜだ!なぜ、爆破しないっ!?」
いつまで経っても倉庫で爆発が起きる様子がない。
試しに何度もリモコンのスイッチを押すが、やはり爆発が起きることはなかった。
「今時、暗号化処理もされていないアナログ起爆装置か……」
突然現れた銀鎖が獣人の男の手から起爆装置であるリモコンを奪い取った。
奪い取ったリモコンを手の上で転がして弄っているのは黒いゴシック調のドレスに身を包んだ幼い顔立ちの少女。夜なのにも関わらず日傘をさし、音もなく忽然と獣人の男の背後に現れていた。
「貴様……攻魔師か。どうやって追い付いた」
手負いと言えど獣人種。中でも俊敏性に長けた豹人の一族。だが、目の前の少女は追い付いてきた。その事実がこの少女の存在をより一層不気味にさせていた。
「貴様こそ、このわたしから逃げ切れると本気で思っていたのか?思い上がりも甚だしいな、野良猫」
「なんだと……っ!」
嘲るような声で言う少女に獣人の男は、怒りを滲ませた声を発しながら飛びかかる。
両手の指の先から生える鋭利な爪が少女の体を捉えたと思った瞬間、少女の姿は視界から消えていた。
「察するに黒死皇派、クリストフ・ガルドシュの部下といったところか……」
少女の声は、獣人の男の背後から聞こえていた。
「空間転位の魔術……!貴様、空隙の魔女……南宮那月か!?」
目にも留まらず、瞬時に背後へと移動した少女に獣人の男は驚愕に目を見開いて振り返る。
「ふん、後は任せたぞ」
「はいはい……」
獣人の男の言葉に返答をすることもなく、空隙の魔女ーー南宮那月は自身の後ろに控えていた男に声をかける。
いつの間にか現れていた黒髪の少年は、那月の言葉に面倒くさそうに返事をしながら背負っていた竹刀袋に入れていた刀を取り出す。
白と銀の機械質にコーティングされた近代的なフォルムの刀。
現代の最先端科学によって修復された古の聖剣〈フラガラッハ〉だ。
「攻魔師風情が……舐めるなっ!」
激昂した獣人の男が再度、爪を向けて突っ込んでくるが黒髪の少年ーーキリヲは、冷静に刀を正眼に構えてそれを迎え撃つ。
獣人の脚力によって爆発的な加速を生み、凄まじい速度で突進してくるが、左右の目の光彩が翡翠色と赤色に変色したキリヲの義眼は、正確に獣人の男の動きを捉え、刀の有効射程範囲に入った瞬間、キリヲは目にも止まらぬ速さで刀を振り抜いていた。
「ガッ……ハッ……」
左脇腹から右胸にかけて一筋の刀傷を受けた獣人の男は、口から少量の血を吹き出してその場に倒れた。
「終わったぞ」
「……殺してないだろうな?」
〈フラガラッハ〉を鞘に納めて振り返るキリヲに那月が目を細めて言う。
「仮にも獣人種だ。これくらいじゃ、死なないだろ」
「……まあ、いい。尋問は特区警備隊の連中に任せるか」
キリヲの言葉に那月もそれ以上追及することもなく、再び倒れた獣人の男に視線を向ける。
「しかし、黒死皇派か……。やはり、あの男がこの島に来ていると考えるべきか……」
脳裏に浮かんだ一人の男の顔を思い起こしながら那月が警戒心を含んだ声で呟いた。
そして、背後にいるキリヲの方へと視線を戻す。
「……この後、用事でもあるのか?」
刀をしまい、スマホを出して着信していたメッセージに目を通していたキリヲに那月が怪訝そうな表情をする。
「ああ。古城の家で晩飯をご馳走してもらうことになっていてな。妹さんが鍋料理を用意してるんだと」
「……そうか」
いつもに増して嬉しそうに微笑を顔に浮かべているキリヲを見て那月も薄く微笑み、言葉を紡ぐ。
「ちゃんと高校生らしいことをしているみたいだな。意外だったぞ」
そう言って那月は振り返ってキリヲに背を向ける。
空間転位魔術の術式を起動させる那月の顔は、どこか嬉しそうにも見えた。
「さて、わたしももう帰るか。明日の授業の準備もしなければならないからな」
そう呟いて那月は、真夜中の倉庫街から音もなくその姿を消した。
***
彩海学園 一学年 教室
「はあぁ!?ちょ、ちょっとこれどういうことよ!?」
朝のホームルーム前の教室の中に女子生徒のこえが響き渡っていた。
教室の黒板に書かれていた事項を目にして女子生徒ーー浅葱は目を見開いて驚いていた。
黒板に書かれていたのは……。
バドミントン混合ダブルス:暁古城&藍羽浅葱
「な、なんでわたしが古城と組まなきゃならないのよ!?」
「今年からそういう規定になったのよ。シングル減らしてミックスダブルス増やすって」
浅葱に答えたのは、築島倫だ。浅葱の古い友人でもある倫は驚愕に目を見開いている浅葱に淡々と事情を説明する。
そんな、倫に浅葱は詰め寄る。
「そんなこと聞いてるんじゃないの!なんでわたしと古城かって話!」
「だって好きって言ってたじゃない」
「は、はあぁぁ!?」
「……バドミントン」
「……………………」
倫の言葉に顔を赤らめる浅葱。
そんな浅葱を見ながらキリヲが呟いた。
「……なあ、これは一体何の騒ぎだ?」
「球技大会だよ。クラス全員参加の奴」
キリヲの質問に古城が端的に答える。
「あっ、九重くん転校してきたばっかりだものね。前の学校ではなかった?」
「あぁ……うん、なかったな」
つい最近まで学校に行くどころか独房に投獄されていたなんて口が裂けても言えないのでキリヲは、曖昧に笑って誤魔化した。
「それで、古城と浅葱が一緒にバドミントンで参加するのか?」
「そうみたいだな。……まあ、いいか。バドミントンならそこそこ楽しめそうだし」
顔を赤くしている浅葱とは対照的に古城は何食わぬ顔でバドミントンの混合ダブルスに参加することに同意していた。
「九重くんは、何か得意な球技とかある?」
「……いや、球技とかはあんまりやったことないな」
「何か出たい競技とかは?」
「それもよく分からないから、そっちで決めてほしいな」
倫の質問に答えていくキリヲの顔は嬉しそうに少し綻んでいた。生まれて初めて参加する学校行事に少なからずワクワクしていたのは本人も気づいてはいなかった。
「じゃあ、バドミントンのシングルスがいいんじゃないか?やり方は、俺と浅葱が一緒に練習しながら教えるし」
「古城、バドミントンを教えてくれるのか?」
「ああ。任せとけ。でも、俺もそんなに上手い訳じゃないから、あんまり期待するなよ」
そんな感じでキリヲも同意して参加競技がバドミントンのシングルスに決まろうとしていた。
その時、キリヲにバドミントンを教えると言い出した古城に倫が呆れ果てたように声をかける。
「……ねえ、混合ダブルスで浅葱とペアにした意味分かってる?」
「意味?なんかあるのか?」
真顔で聞き返す古城に倫、矢瀬、浅葱が疲れたようにため息をつく。
「……いいよ、倫。分かってたことだから」
諦めたように言う浅葱に倫と矢瀬が同情の眼差しを向ける。
「じゃあ、わたしと古城がダブルスでキリヲがシングルスね。今日の放課後から練習するわよ」
そう言う浅葱の声は、どこか吹っ切れていた。
放課後 体育館
午後の授業も全て終わり、当初の予定通りキリヲと古城は体操着に着替えて体育館に来ていた。
そして、激しく後悔していた。
「……浅葱が嫌がってた理由はこれか」
目の前に広がっている光景。
バドミントン混合ダブルス参加者達。全ペア男女の組み合わせで、その距離感は何か近い。ちょっと、近すぎるんじゃないかってくらい近い。
そんな彼らの回りの雰囲気は当然の如く桃色一色。
キリヲと古城は、着替え中の浅葱より先に体育館に来ていた。この桃色の体育館に。男二人でこの桃色空間にいることで生じる居心地の悪さは、語るまでもないだろう。
「……浅葱がくるまで外で待ってようぜ」
「……そうだな」
居心地の悪さに耐えきれず体育館からの一時退却を提案してきた古城にキリヲも反対などすることもなく同意した。
投獄生活を送っていて世間に疎くても、この体育館の雰囲気が他とは違うのだと言うことぐらいは分かる。
「やっぱり適当に理由つけて帰ればよかったかぁ。……でもそんなことしたら浅葱がうるさそうだし……」
体育館の中を見てからすっかりテンションが下がりきった古城は、自動販売機でジュースを買いながら呟いた。
「キリヲも、ああ言うの好きじゃなかっただろ?」
「……まあ、好きではないな」
確かにあの男女が中睦まじくしている空間は、キリヲにとっても居心地の良い場所とは言えなかった。
「……っ!」
古城の言葉に頷きながら答えていたキリヲの動きが一瞬、硬直したように止まった。
「古城」
「ん?」
「伏せろ」
そう言うと同時にキリヲは古城の襟首を掴んで地面に引き倒した。
力任せに引っ張られて古城は盛大に転倒する。
その直後、古城のすぐそばにあったベンチが破裂するように砕け散った。
「なっ!?」
「狙撃か……」
驚愕に目を見開く古城とは対照にキリヲは冷静に狙撃の着弾点であるベンチの残骸に目を向ける。
「矢……?」
ベンチのあった場所には狙撃使われ、ベンチを貫通したであろう銀色の矢が突き刺さっていた。
「一体なにが……」
「次が来るぞ」
キリヲは、古城を突飛ばし同時に自身も後方に向かって跳ぶ。
二人の立っていた場所にさらに数本の銀の矢が突き刺さる。
「……厄介だな」
立て続けに放たれた矢を見てキリヲは表情を崩さぬまま悪態をついた。
銃に比べて威力と連射性で劣る弓矢が持っているメリットの一つは銃声がしないところだ。
特に敵の位置を特定しにくい市街地での狙撃戦ではそのメリットの価値は大きい。
キリヲも矢が飛んできた方向から大体の位置は把握できたが、銃声と銃火光がないので詳しい狙撃手の居場所は分からずにいた。
だが、厄介事はまだ続く。
『グルルルッ』
飛んできた矢が形を変え、金属質な獣へと変貌していた。
撃ち込まれた矢が全て変形し、鋼の獣がキリヲと古城を取り囲む。
「……何なんだ、コイツら」
古城が全身に魔力の雷を纏わせて呟く。そんな古城の前にキリヲは立って竹刀袋の中にしまってある〈フラガラッハ〉を抜き放つ。
「古城、下がってろ。俺がやる」
「俺もーー」
「ダメだ。……古城が戦ったら学校が消し飛ぶだろ」
「うっ……」
キリヲの一言で古城も押し黙る。ちなみにキリヲも以前、呪詛を使った副作用として倉庫街を呪毒で汚染したことがあるのだが、完全に棚に上げていた。
『グラアッ!』
そんなやり取りをしていたキリヲに鋼の獣は容赦なく飛びかかる。
だが、横から飛んできた銀の一閃が鋼の獣を止めた。
雪霞狼だ。
「先輩!」
チアリーダーの衣装を身に纏った雪菜が雪霞狼を携えてキリヲ達の横に立つ。
「九重先輩、これは一体!?」
「式神だ。術者は近くにいないみたいだから、各個撃破でいくぞ。……あと、一応狙撃に気を付けろ。今は止まってるが、さっきまで撃ってきてた」
キリヲは雪菜に手早く状況を説明する。雪菜もキリヲの言葉に一度頷き、目の前の敵に意識を戻す。
「半分任せていいか?」
「構いません。すぐに片付けて九重先輩の援護に向かいます」
「大した自信だな」
それだけ言葉をかわすと、キリヲと雪菜は互いに飛び出してそれぞれ式神に刀と槍を振るう。
キリヲの振るう〈フラガラッハ〉は目にも留まらぬ速さで式神を次々に切り伏せていく。
「若雷!」
雪菜も襲いかかってくる式神を雪霞狼で貫き、呪力を込めた掌底を叩き込んで吹き飛ばす。
ほんの数分で決着はつき、式神は全て破壊されていた。
「八雷神法……獅子王機関の対魔族近接戦闘術か。良い腕してるな」
「……ありがとうございます」
キリヲの賞賛に雪菜は複雑そうな表情をする。
犯罪者であるキリヲに一瞬で技を見破られて誉められるのは少々納得のいくところではないが、この前の絃神島に攻めてきた殲教師との一戦で見せられたキリヲの剣の腕は、剣士ではない雪菜にも他の者を遥かに凌駕するレベルに達しているのは分かった。それだけの強さを持つ者に腕を誉められるのは、素直に嬉しい。
「結局、何だったんだコイツら……」
「あれは、式神です。本来は遠方にいる相手に書状を届けたりするもので、こんなに攻撃的ではないはずなんですけど……」
「書状を届ける?問答無用で攻撃してきたぞ?」
「ええ。ですから、少しおかしいと思ったんです」
古城の言葉に雪菜が顎に手を当てて思案する。
そんな、二人にキリヲが式神の残骸から拾ってきた物を差し出す。
「どうやら、もう少し厄介事が続くみたいだな」
キリヲが持っていたのは二枚の便箋。豪華な装飾を施されたものだった。
「一枚は、第四真祖……古城宛だ。もう一枚は、俺宛てみたいだ」
「……っ!その刻印!まさか……」
便箋の封を見て雪菜が声を上げる。
キリヲも疲れたようにため息をつく。
「……どう見ても、厄介な事になりそうだろ?」
「……そうですね」
便箋の刻印を見て表情を曇らせるキリヲと雪菜に古城が怪訝そうに訊ねる。
「知ってるのか?」
「アルデアル公…………ディミトリエ・ヴァトラーだ」
その名前を言うキリヲの顔はこれ以上無いと言いたいくらいに嫌そうだった。
「そんな、ヤバイ奴なのか?」
「会ったことはない。……ただ、ろくな噂を聞いたことがない」
そう言ってしぼらく便箋を見つめた後、キリヲは便箋の一枚を古城に手渡して校舎に向かって歩き始めた。
「南宮那月のところに行ってくる。……古城、浅葱に謝っといてくれ」
古城と雪菜に背を向けたキリヲは便箋の中身である手紙を確認した。
その内容を読んで、キリヲは更に気の滅入る思いをすることになる。
『船上パーティーへの招待。なお、パーティーにはパートナー同伴で出席すること』