Jack the Ripper ~解体聖母~   作:-Msk-

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お久しぶりです。


ALO_MR:05

 スリーピング・ナイツにアスナを加えたメンバーは、無事にボスを倒すことに成功した。――という情報を耳に入れたジャックは、いよいよ迫ったその時に備えていた。

 

 月日は流れ、現在は三月。桜がちらほらと咲き始めた今日この頃。

 

 スリーピング・ナイツにアスナを加えたメンバーがボスの攻略に成功してからというもの、アスナはユウキの身体の状態を知って今まで以上に彼女と一緒にいることが多くなった。

 

 そのおかげで、ジャックはユウキに例の話をすることができずにいた。しかし、それをネガティブに受け入れることなく、次なる一手を考え、静かに行動に移している。

 

 彼女と接触ができない間は、シノンと一緒にGGOを楽しんでいた。

 

 久しぶりの血と硝煙が香る世界はいつも以上にジャックの心を引きつけ、彼らしくない行動をさせてしまったのはまた別の話だ。

 

 そして現在。

 

 ジャックとシノンは再びALOに戻ってきていた。

 

 場所は二人のプライベートハウス。キリトたちも知らない秘密の隠れ家。

 

 二人がALOに戻ってきた理由は、ユウキが一時的に復活したのに加えて統一デュエルトーナメントの開催があるからだ。

 

 統一デュエルトーナメント。

 

 種族を問わずに誰もが参加することが可能。一対一のデュエルのみで行われるトーナメントであり、ALO最強を決める戦いである。

 

 今回で四回目の開催となる統一デュエルトーナメントに、キリトやユウキが参加するのだ。

 

 これを聞いたジャックは、ユウキと接触するラストチャンスだと思いALOへの復帰を決意。ジャックがALOに戻るならと、シノンも戻ってきたのだ。

 

 ジャックは特に統一デュエルトーナメントに出ようとはしていない。

 

 もともと彼の戦闘スタイルは暗殺であり、わざわざ人前で力を振るう必要もない。

 

 何より、彼がALOをやる一番の目的は、戦闘モーションのデータのバリエーションを増やすこと。SAOで不可能だったことができるALOで、さらなる進化に繋げるための素材を集めるため。

 

 よって、ジャックが統一デュエルトーナメントに出場しない。そして彼が参加しないのであればシノンも参加しない。

 

 彼女に関しては、主装備が弓というのがネックだ。

 

 超遠距離から身を隠しての一撃には長けているが、互いの姿を確認できている状況での一対一であるデュエルではそれも影に潜めてしまう。旨味を生かせない戦いを態々するほど彼女も馬鹿ではなかった。

 

 

「ジャックは誰が優勝すると思う?」

 

 

 ソファに座り、リラックスした体勢のシノンは紅茶の入ったカップを口につけた。

 

 

「何もなければユウキが勝つんじゃないか?」

「キリトが二刀流を使っても?」

「うん」

「……言い切ったわね」

 

 

 シノンの苦笑いをして、ベッドで横になっているジャックをチラりと見た。

 

 

「キリトは確かに強いけど成長しない。でもユウキは凄い勢いで成長する」

「キリトも出会ったときに比べれば強くなったと思うけど?」

「初めて会った時からどれだけの時間が経ったよ。時給で計算すると圧倒的にユウキが勝つし」

 

 

 取り付く島もないとは正にこのことだろう。

 

 残念ながらジャックは事実を素直に言っているだけなので、そこまで深く考えて言っているわけではない。

 

 

「キリトはゲーマーなんだよ」

「……どういう意味?」

 

 

 シノンは怪訝そうにジャックの言葉に眉をひそめた。

 

 

「キリトはALOというゲームを遊んでいる。でもユウキはALOで生きている」

「……つまりどういうこと?」

「あはは……。少しは自分で考えなよ」

「考えても何を言っているかわからないから聞いてるのよ」

 

 

 いつの間にかソファからベッドの横まで移動していたシノンは、ジャックの両頬をむっちりと挟み込んで自分のほうへ無理やり向けた。

 

 そしてもにゅもにゅといじり倒した。

 

 

「や、やめ、やめろぉ!」

「いいから言いなさい!」

「わ、わかったから頬をこねくり回すのをやめろぉ!」

 

 

 ふふん、と満足げな表情のシノンは両手をジャックの頬から話、脇の下に手を入れて持ち上げる。そしてくるりと体を回転させて、ジャックを後ろから抱え込むような体勢に移る。

 

 満足気なシノンとは裏腹に、ジャックはあきれたようにため息を吐いた。

 

 

「ユウキのプライバシー的な問題もあるから全部を説明することはできないけど、ユウキはリアルにいる時間よりもALOにいる時間のほうが長い。ユウキは仮想現実の世界で生きていると言ってもいいぐらいの長い間、ALOだけじゃないかもしれないけど、仮想現実にいる」

「あなたと似たような理由で?」

 

 

 じっ、とシノンはジャックを見つめる。

 

 

「まぁそんな感じ。ALOの世界をゲームの世界と思っているか、それとも本当の世界――僕たちで言うリアル、現実世界だと思って過ごすか。これは大きな違いだと思うよ」

「そうなの?」

「やっぱり現実世界とこの世界では少しずつ何かが違うんだよ。あくまでもこの世界は現実世界を数値化して似せているだけ。近似値にはなれても、全く同じにはなれない」

 

 

 ジャックの頭にシノンの頬が触れる。

 

 

「何より真剣さが違う」

 

 

 シノンが頬ずりを止める。

 

 

「――と、僕はそう思うよ」

 

 

 ジャックがシノンに体重をかける。それをシノンも黙って支え、抱きしめる力を少し強くした。

 

 ドクドクと、彼女の心音が聞こえる。

 

 生きている証が耳に、体に響く。

 

 とても安心する音だ。

 

 

「本当に勿体無い……」

 

 

 蚊の鳴くような声で発せられた言葉は、しっかりとシノンに聞こえていた。 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 統一デュエルトーナメントはジャックの予想通りユウキの優勝で幕を下ろした。

 

 決勝はユウキ対キリト。

 

 キリトは二刀流を使わないまま戦いに挑み、ユウキの作り上げた彼女の魂とも呼べるソードスキル――マザーズ・ロザリオによって倒された。

 

 統一デュエルトーナメントを優勝したことによって、ユウキはALOで最強の二文字を手に入れた。

 

 しかし、それはもうすぐそこまで迫ってきている。

 

 彼女の体は限界寸前だ。

 

 いつ旅立ってしまってもおかしくないような綱渡りの状態だ。

 

 それでも彼女は生きている。

 

 あと()()だけやり残したことがあるから。

 

 

「よし! これでオッケー!」

 

 

 だからユウキは彼にメッセージを送る。

 

 

「受けてくれるといいなー!」

 

 

 ――最後のお願い。

 

 件名にそう添えて。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ジャックの前方、約10m地点。そこにユウキは立っていた。

 

 右手にあるのは、ここまで苦楽を共にした相棒。

 

 彼女は、唯一負けた相手との最後の戦いに臨んでいた。

 

 辺りにはアスナとその仲間たち。そして自身が所属していたギルドである、『スリーピング・ナイツ』のメンバーたちが二人を囲むように立っている。

 

 それが自分が一人ではないということを教えてくれる。

 

 

「デュエルを受けてくれてありがとう!」

 

 

 精一杯の笑顔で。

 

 精一杯の大声で。

 

 今の自分の素直な気持ちを彼に届ける。

 

 これが最後のわがままだから。

 

 それに答えてくれた彼に感謝を込めて。

 

 

「――さいっしょから全力で行くよ!」

 

 

 己の持つ全てを使って彼に、ジャックに勝ちたい。その思いが言葉の端々から感じられる。

 

 クルクルと右手で愛剣を持て遊び、構える。

 

 それを見たジャックも、身に纏う空気を変化させた。

 

 

「アレは使わない。でも、僕が今まで積み重ねてきた全てを出し切るつもりだ」

 

 

 ジャックの返答を聞いたユウキは軽く身震いをする。

 

 それはほんの少しの恐怖と、これから始まる戦いへの期待からくるものだった。

 

 恐らく――いや、確実に人生最後の戦いになるこの一戦。自らの持つ全てを使ってでも勝ちたいという気持ちにつられ、彼女の表情がほんの僅かだが好戦的なものへと変わる。

 

 

「それじゃあ――始めよっか!」

 

 

 ユウキの宣言と共に、カウントが始まる。

 

 10――両者が武器を鞘から取り出し、ユウキは片手剣を、ジャックはナイフを両手に構える。

 

 9――ユウキの表情が楽しそうに晴れる。

 

 8――ジャックの口元がほんの少しつり上がる。

 

 7――ユウキの体から無駄な力が抜ける。

 

 6――ジャックが目を瞑る。

 

 5――互いに体が一時停止する。

 

 4――ユウキが瞬きをする。

 

 3――ジャックの両腕がだらりと垂れ下がる。

 

 2――片手剣を握るユウキの手に力が入る。

 

 1――ジャックの目が開く。

 

 0――二人がその場から弾かれるように走り出した。

 

 先手を取ったのはユウキだった。

 

 地面を這うようにジャックへ近づき、体の後ろに隠すように構えられた片手剣が彼女の頭のすぐ左側から飛び出す。

 

 片手剣のありえない登場の仕方に一瞬だがジャックの動きが止まる。しかし、そこは彼の変態的な第六感によって紙一重でよける。

 

 ――ピシッ

 

 赤いポリゴンエフェクトがジャックの左頬から飛び散る。それを見たジャックは、わずかに目を見開く。

 

 当たった。

 

 いや、掠った。

 

 ワンテンポ遅れたとはいえ、紙一重で避けられたと思った攻撃が掠ったのだ。

 

 ユウキの気分が高揚する。

 

 自分が強くなった、速くなったと確信する。

 

 ジャックの意表を付けたと小さな喜びが生まれる。しかし、すぐにその喜びを押し込めて戦いに集中する。

 

 ソードスキルを使うことは許されない。

 

 使えば彼のカウンターの餌食になってしまうから。

 

 この戦いで頼りになるのは今まで自分が積み重ねてきた技のみ。

 

 だからこそ、ユウキは楽しくて仕方がなかった。

 

 彼女にはこの戦いにおいて、一つだけ秘策があった。

 

 今まで一度も使ってこなかった奥の手のようなもの。

 

 子供だましと言われればそれまでだが、それでも何もやらないよりはマシだと、奥の手を使うタイミングを計る。

 

 

「せいっ!」

 

 

 気合を入れて片手剣を振ってみたり。

 

 

「やぁっ!」

 

 

 ジャックのカウンター攻撃をさらにカウンターで返したり。

 

 初めて戦った時とは違うやり取り。

 

 彼が攻撃を避けるだけではなく、攻撃をしてきている。

 

 

「へへっ!」

 

 

 思わず笑みがこぼれる。

 

 ジャックが自分を敵として認識しているのが嬉しいのだ。

 

 ユウキの笑みを見た彼の動きがワンテンポ速くなる。

 

 それに負けじとユウキの動きも速くなる。

 

 決着の時は刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ジャックはユウキの動きが格段に良くなっていることに気づいた。

 

 初めてデュエルをしたその日から、一回りどころか二回りほど戦闘センスに磨きがかかっていたのだ。

 

 デュエル開始直後の一撃。それをよけきることができず、頬にかすってしまった。

 

 それだけでも驚愕もので、ジャックのギアを一段階上げるには充分すぎた。

 

 ユウキの成長具合を確かめることから、早期決着へとシフトさせる。

 

 攻撃には全てカウンターを返し、自分からも隙を見て攻撃する。しかしそれはユウキのカウンターによって決定打にはならない。

 

 化物、というのがジャックの率直な感想だった。

 

 こんな短期間でここまで戦えるようになるものかと驚き、さらに戦いに集中する。

 

 ユウキが負けられない戦いというのと同じように、ジャックも負けるわけにはいかないのだ。

 

 ギアを一段上げる。

 

 右手に持っていたナイフをユウキの頭部に向かって投げる。ユウキはそれを難なく弾き、背後から迫ったジャックを片手剣で薙ぎ払うように攻撃する。

 

 眼前に迫る片手剣を上半身を無理やり反らすことによって避けたジャックは、そのまま膝から崩れ落ちしゃがみ込んで屈伸運動を移用して弾かれるようにユウキへ迫る。

 

 一直線に伸ばされたナイフの目標はユウキの首――ではなく右腕。

 

 

「――ッ!?」

 

 

 予想外だったのか、ユウキの表情が驚きに染まり、すぐにニヤリと笑った。

 

 笑った意味をすぐに察知したジャックは、伸ばした腕を巻き込むように体を捻り、腕をクロスさせる。

 

 次の瞬間、ユウキの蹴りが腕とぶつかる。

 

 競り負けたのはジャックだ。

 

 クロスした腕が解かれ、背中から無防備に地面に倒れていく。

 

 地面へ落ちていく彼を目掛けてユウキの片手剣が振るわれる。

 

 重力に従って落ちてくれば、そのまま片手剣の餌食になる。

 

 片手剣との距離僅か数センチ。

 

 そこでジャックはピタリと落下を止めた。

 

 予想外の出来事に体勢が崩れるユウキ。彼女を目掛けて掌底が撃ち込まれる。

 

 掌底をまともにくらったユウキは一瞬動きが止まる。

 

 そのチャンスを逃すジャックではない。動きが止まったタイミングに合わせてナイフで首を狩りに行く。

 

 硬直から溶けた彼女は、首に迫るナイフを紙一重で避ける。そしてナイフの握られている手を片手剣の柄頭で叩く。

 

 ジャックの手からナイフが零れ落ちるが、地面に落ちていくナイフの柄頭をユウキに向かって蹴り飛ばした。

 

 回転せず一直線に飛んできたナイフを片手剣で払い飛ばしたユウキは、体を回転させながらジャックに向かって片手剣を突き出す。

 

 その片手剣を白刃取りの要領で指で挟もうとするが異変に気付く。次の瞬間、片手剣が赤色のエフェクトを放つ。

 

 

「――ッ!」

 

 

 珍しくジャックが驚く。

 

 予備動作が全くない、今までとは違うソードスキルの発動方法に戸惑ったのだ。

 

 しかしそこで動きを止める彼ではない。

 

 片手剣の動きを受け流すように、剣の軌道に合わせてナイフを滑らせる。

 

 追撃が来ると思いきや、エフェクトを纏った攻撃は一度だけ。

 

 単発のソードスキルと判断したジャックは、ユウキの懐の潜り込む。そして視界の端にわずかに映った紫色のエフェクトを見て動きを加速させた。

 

 

「――いくよ」

 

 

 短く、冷静に。

 

 ユウキは宣言した。

 

 11連撃のOSS――『マザーズ・ロザリオ』が発動された。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 都内某喫茶店、ボックス席。そこに菊岡と透夜は向かい合うように座っていた。

 

 

「……残念だったね」

 

 

 菊岡は本当に残念そうにつぶやいた。

 

 

「うん……」

 

 

 心なしか寂しそうな声音で透夜は返し、続けた。

 

 

「ユウキが参加してくれればすごい結果が残ったと思うよ」

 

 

 しかし、ユウキには二度と会うことができない。

 

 

「まさかキミに勝つとは思わなかったよ」

「僕は最強でも無敵でもない。ちょっと特殊な環境に身を置いただけの一般人だからね。負けるときは負けるさ」

 

 

 透夜の返しに菊岡は苦笑いを返す。

 

 コーヒーを一口飲むと、顔を引き締めた。

 

 

「透夜くん、次の舞台が決まったよ」

「……」

 

 

 菊岡の言葉に透夜は反応しない。

 

 右手でつまんだカップを口元に運び、程よい温度まで冷めたダージリンを飲む。

 

 ソーサ―にゆっくりとカップが置かれ、カチリと音が鳴る。

 

 

「オーディナル・スケール、というゲームが近々発表される」

「……」

「オーグマーというウェアラブル端末を使用して、AR空間上の敵を現実世界で倒すゲームだ」

 

 

 にやり、と菊岡が笑う。

 

 

「いよいよだね」

「……」

「どうしたんだい? そんな不機嫌そうな顔をして」

 

 

 意地悪く菊岡が笑う。

 

 

「もっと嬉しそうにしていいじゃないか」

「……何だか面倒なことが起きそうでさ」

「あはは、そんなことはないさ。――きっと」

 

 

 バツが悪そうに菊岡が笑う。

 

 

「それじゃあ行こうか」

「……了解」

 

 

 席から立ちあがった透夜は、どこか寂しげに体を揺れていた。




夏コミ受かりました。
一日目(金)東N47aのTYPE-MOONエリアです。
サークルカットは自分が描いたので低クオリティですが、頒布予定の小説のイラストはプロに頼む予定なので天と地ほどの差が現れます。
ツイッターにて頒布物のアンケートを取っていますので、よろしければお答えお願いします。↓からアンケートへ飛べます。
https://twitter.com/kmkkm_novel/status/1005108211215577090

半年以上更新しなかった言い訳は、明日中に活動報告にあげると思います。
気になる人だけ見に行ってください。

そしていよいよ次章から本編であるオーディナル・スケール編開始します。
夏コミの原稿と並行して書くので更新速度はあまり期待しないでください。
でも頑張ります。
モチベマックスなので。

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