Jack the Ripper ~解体聖母~   作:-Msk-

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毎日更新四日目。
BoBはこれで終わります。
次話でストックが切れるので、更新頻度が少し少なく――ならないように気合を入れます。

それではどうぞ。



GGO:04

 ジャックの投げた鎖の端と端――クナイになっている部分がそれぞれ左右のビルに突き刺さる。

 

 まるで防犯用のレーザーのように張り巡られた鎖は、見方を変えればステルベンを決して逃さない檻のようにも見える。

 

 

「舞台は整った」

 

 

 ジャックによって静かに放たれたその言葉は、驚くほど綺麗に響く。

 

 

「――お前を殺す」

 

 

 そう言った次の瞬間、ジャックはステルベンの目の前に現れた。

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 

 シノンはキリトと砂漠にある洞窟の中で一悶着した後、ジャックがあの場に残ったことを聞いてすぐに戻ることを提案した。

 

 理由としてはジャックを心配してというのが大半だが、ジャックがあのステルベンとどのように戦うのかが気になったのだ。

 

 メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)を使っていたからとはいえ、自分が成すすべなくスタンさせられた相手。そんな相手とあのジャックの戦いだ。気にならない方がおかしい。

 

 ジャックと死銃(デス・ガン)に気づかれたらまずいという理由で、バギーを使わないで走って廃墟都市に戻っているのだが、どうも二人の空気が固い。

 

 シノンはあまり気にしている様子はないのだが、キリトが何かを考え込んでいるような仕草をするせいで、シノンが話しかけることをためらっている状態だ。

 

 

「なぁシノン。一つ聞きたいことがあるんだ」

「なにかしら?」

 

 

 ようやく沈黙を破ったキリトに、シノンは少しだけ顔を緩ませる。

 

 

「あのジャックってプレイヤーはいったい何者なんだ?」

「……というと?」

 

 

 シノンは少しどもってしまう。それはキリトの固い表情を見てしまったからだ。

 

 死銃(デス・ガン)のことを考察していたときと同じような表情――警戒心からくる硬い表情をしているのだ。

 

 

「前にあいつとは二つ前にやっていたゲームで見たような気がするって言っただろ?」

「あ――」

 

 

 シノンは気づいてしまった。

 

 キリトが二つ前にやっていたゲーム、それは洞窟内で聞いたことが真実だとすればSAOだ。

 

 ゲーム内でHPがゼロになれば、現実世界で実際に死んでしまうデスゲーム。その中にジャックがいたという事実を、改めて突き付けられてしまった。

 

 

「ジャックがSAOにいたとする。あれほど腕があるプレイヤーなら、最前線――攻略組にいてもおかしくない。そして俺は攻略組にいるやつの顔、名前、プレイスタイルは全て覚えてる。それでもあいつの顔と名前が出てこないんだ……」

 

 

 つまりは。

 

 ジャックは攻略組で戦っていなかったのにあの力量ということ。そして人を殺すのに長けたプレイスタイル。

 

 もしかすると――

 

 

「もしかして、あいつはSAOでレッドギルドにいたんじゃないか……?」

「――っ!!」

 

 

 わかってはいた。

 

 ジャックが初めてGGOに来たときから、やけにPKが上手いと感じていた。

 

 でも、だけど。

 

 それがSAOでのレッドギルド――つまりは人殺しからくるものだとは思いたくなかった。

 

 どんなに否定しようが、キリトの言った言葉はほんの数パーセントの可能性を導きだしている。

 

 彼を人殺しだとは思いたくない。だから、そのためにも。

 

 

「……まず、彼がSAO生還者(サバイバー)かどうかもわからないわ」

「そう、か」

「でも」

「でも?」

「わからないなら直接本人に聞けばいいでしょ?」

 

 

 シノンの言葉にキリトの表情が固まる。

 

 

「なに驚いてんのよ。あいつとは仲いいし、別にこそこそ調べなくても大丈夫よ」

「でもなぁ……」

「心配ないわよ。きっと」

「そうか……」

 

 

 よし、と気合を入れて廃墟都市に立ち並ぶビルを見据えて立ち止まる。

 

 

「さぁ、行きましょう」

「あぁ!」

 

 

 二人は廃墟都市へと舞い戻った。

 

 そこで二人が目にしたのは――

 

 

「うそ……でしょ……」

「おいおい……」

 

 

 ――鎖を足場にして中央無尽に駆けまわり、一方的に死銃(デス・ガン)を嬲っているジャックの姿だった。

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 

 狩場を作り上げたジャックの雰囲気が変わる。

 

 今までも容赦はなかった。それこそ、ステルベンと同等かそれ以上に。

 

 どこかに慈悲というか人間らしさが見え隠れしていた。だからその隙をついて殺してやろうとステルベンは思っていた。

 

 だが今はどうだろうか。

 

 その人間らしさは一切姿を見せず、まるで殺人兵器(キリング・マシン)のように表情は無い。

 

 立ち姿、雰囲気、武器の構え方。その全てが人を殺すのに最適化されたものだ。

 

 

「――此よりは地獄」

 

 

 コツコツとブーツの踵で地面を鳴らす。

 

 

「――俺たちは炎、雨、力」

 

 

 ジャキリとナイフ同士が擦れ合う音が響く。

 

 

「――殺戮をここに……!」

 

 

 瞬間、ジャックの姿が視界から消える。

 

 彼を探そうとステルベンは辺りを見回すが、姿を捉えることができない。それでも彼を探す手がかりは残っている。

 

 チャリチャリと僅かに成る鎖だ。

 

 空中に張り巡られた鎖をジャックが足場にした時に僅かに軋む。その音が唯一の手がかり。

 

 だがその軋む音があまりにも連続で響くものだからそう簡単には探し出せない。

 

 ――もうその時点で勝敗は決していた。

 

 

「ぐ、あ――」

 

 

 上下左右、ありとあらゆる方向からステルベンは切りつけられる。

 

 まるで鎌鼬(かまいたち)のように攻撃を繰り出すジャックに、ステルベンはどうにかしてカウンターを繰り出そうとエストックを振るう。

 

 だが、それは、あまりにも無意味だった。

 

 刺突され、向かってくるエストックを指で挟んで手首を捻りほんの少し行先を変えるという作業で避けて見せた。

 

 

「この、化物、が――!」

 

 

 それはステルベンの予想を超えたジャックからの攻撃に対する悪態。

 

 だがジャックの表情は一切変わらない。

 

 ただ目の前にいる敵を殺すという目的を達するために体の動きを最適化してそれ通りに動かしていく。

 

 鎖から鎖へ跳躍を繰り返すことによって成立する市街地での立体高速戦闘。

 

 ここまで有利に戦えるのならなぜ誰もやらないのかと思う者もるだろう。

 

 簡単な話だ。――誰もできないのだ。

 

 もともとこの戦闘スタイルには必要な要素が最低でも三つある。

 

 一つ、AGI(俊敏性)極振りの能力構成(ビルド)

 

 二つ、人類最高峰の空間把握能力。

 

 三つ、自分の体の最大行動範囲の完全掌握。

 

 この三つを用意できれば、一応は再現することができる。

 

 AGI極振りの能力構成(ビルド)の素早さを活かし、空間把握能力で自分が空中で今どのような状態にいるのかを把握し、自分の腕が、手が握った武器の有効範囲に敵が存在するギリギリのところを見極める。

 

 これができればほぼ完成。あとは訓練あるのみ。ここから先は根気と努力がものを言う世界だ。

 

 ジャックには根気も努力もあった。――いや、()()()()()()()()()()()

 

 彼が生き残るにはこれを覚えなければいけなかった。覚えなければ――死んでいた。

 

 生存本能から生み出されたこの立体高速戦闘は、ジャックの唯一無二のもの。それを真似るのは結局のところ、不可能に近いということだ。

 

 その立体高速戦闘を持ち出されてしまえば、ステルベンに成す術はなかった。

 

 

 

✝ ✝ ✝ 

 

 

 

 シノンは目の前で繰り広げられる一方的な殺戮ショーを呆然と眺めていた。

 

 まだまだ他にプレイヤーがいるにもかかわらず、棒立ちして眺めていた。

 

 まず、自分を狙い撃ちしたあの死銃(デス・ガン)を相手に今の今まで戦闘が長引いていること。

 

 次に、先ほどまではなかった鎖で形成されたジャングル。

 

 最後に、鎖を足場に目に映らない速度で死銃(デス・ガン)を切り付けて一方的に攻撃していること。

 

 これだけのことをされたら棒立ちするに決まっている。

 

 現に隣にいるキリトだって呆然と眺めている。

 

 

「し、シノン……」

「な、なによ。どうかした?」

 

 

 恐る恐ると言った様子で声をかけてきたキリトにシノンはどもってしまう。

 

 

「あいつは……あいつは()()()()()()()()()()()()

「え――?」

 

 

 キリトから放たれた言葉の意味が一瞬、わからなくなる。

 

 SAOで最前線を張っていたキリトが攻略組でもレッドでもないと言った。

 

 それなのにあの戦闘能力。シノンは、ますますジャックのことがわからなくなってしまった。

 

 

「――でも」

「でも……?」

「あいつの戦闘スタイルは一度だけ見たことがある」

「――っ!?」

 

 

 それは何よりも吉報だった。

 

 たった一度、されど一度。

 

 一度だけ、それも見ただけ。共闘はしていないが、見たことがあると言った。

 

 シノンは問いただしたい気持ちを必死に抑えて、キリトの言葉に耳を傾けた。

 

 

「あれは確か……そうだ。第1層の地下迷宮。その最深にあるコンソールを守る番人――ザ・フェイタルサイズと戦っていた」

「第1層ってことはゲームが始まったばかり頃なの?」

「違う。俺が第1層地下迷宮に行ったのは最前線が第70層を超えた辺りだ。だからMobが第60層並みなのに少し驚いていた。でもザ・フェイタルサイズはそんなもんじゃなかった」

 

 

 ごくりと生唾を飲み込むような感覚が襲う。

 

 

「ザ・フェイタルサイズは第90層クラスのモンスターだった」

「90層!? それって絶対に勝てないじゃない!?」

「そうだよ……。だからこそ俺は驚いたんだ」

「……どういうこと?」

「あいつは――たった一人でザ・フェイタルサイズと渡り合って、最後には勝って見せたんだ」

「――っ!?」

 

 

 驚くほかなかった。

 

 自分の知らないジャックがまさかそんなに化物じみていたなんて。

 

 でもこれで説明がつくこともある。

 

 彼がまだGGOに来てばかりの頃の異常な強さ。

 

 百戦錬磨の戦士のような戦いっぷり。

 

 銃を使わずナイフのみで戦う戦闘スタイル。

 

 ジャックのよく分からない強さの根元がほんの少しだけだけどわかったような気がする。

 

 今はそれがわかっただけでもいい。

 

 少しでも知れたので良しとしよう。

 

 まぁ、まだ同一人物と決まったわけではないのだけれども。

 

 だからこそシノンには引っかかることが一つあった。

 

 

「仮にジャックとその人が同一人物だとして、どうして彼はSAOで攻略組にいなかったのかしら」

「……確かにそう言われてみればそうだ。死ぬのが怖いからってこともないだろうし、あれだけの戦闘力もある」

 

 

 死ぬのが怖ければ圏内から出ることなくガタガタ震えてるだけの木偶になる。

 

 そいつにはソロでやっていくには充分過ぎる戦闘力もある。

 

 それなのに攻略組では見かけない。

 

 可能性を複数考えた挙句、シノンは一つの結論に至る。

 

 

「あ……。もしかしてキリトが気づいていなかっただけとかない? ほら、ジャックって基本的に顔を隠してるじゃない?」

「俺もその線は考えたさ。でも戦闘スタイルが特殊過ぎるからわかるはずなんだよなぁ」

「なるほど……」

 

 

 ナイフの二刀流で戦う特殊な戦闘スタイルだからこそ見間違うはずがない。

 

 再び悩み込んでしまう二人だったが、シノンがハッとして言う。

 

 

「ナイフを、使ってなかった……?」

「どういうことだ、シノン」

 

 

 あまりにも突拍子のない考えにキリトが詰め寄る様に問う。

 

 

「いえ、その、単純な考えなんだけど。――ジャックはSAOでナイフ以外の武器を使っていたんじゃないかなって」

「……そうか。そういうことか!」

「何か心当たりでもあるのかしら?」

「――ある。メインに死神が持っているような大鎌を装備して、サブにナイフを使っていたプレイヤーがたった一人だけいた」

 

 

 ごくりと二人は生唾を飲み込む。

 

 

「そいつは俺たち攻略組が第73層のボスを攻略をしようと部屋に入ったときに先にたった一人で入っていた。そしてたった一人でボスを倒して、大鎌を肩に担いで嗤っていた」

「そ、そのプレイヤーの名前は……?」

 

 

 恐る恐るキリトに尋ねるシノン。

 

 開かれたキリトの口は、錆びたブリキの玩具のようにぎこちなく動いた。

 

 

「――ジャック・ザ・リッパー」

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 

 ジャックは既に飽きていた。

 

 ステルベンがやけに強そうな雰囲気を出していたから本気を出したら一方的な虐殺ショーになってしまったし、もしかしたら火事場の馬鹿力が発動するかもしれないという淡い期待をしたのだがそれも綺麗に外れてしまった。

 

 故に彼はあっけなく、まるで呼吸をするかのようにステルベンの首を狩り取った。

 

 それはもう鮮やかだった。

 

 今まで通りに、すれ違いざまに軽く挙動を変えて、軽く首を狩り取って見せた。

 

 あまりにも呆気ない決着に元凶であるジャック自身も少し戸惑ってしまうが、ここは戦場だということを思い出して直ぐに思考を入れ替えた。

 

 なぜならまだ気配が二つほど近くにあるから。

 

 腕を振ってビルの壁に突き刺さるクナイを無理やり引き抜いて鎖を回収したジャックは、すぐに気配がある反対の方向へ走り出そうと一歩を踏み出した。

 

 だがその瞬間、

 

 

「待って!」

 

 

 聞き覚えのある少女の声が耳に届く。

 

 次に出そうとしていた二歩目を無理やり止めて振り向いたその先には、やはり見知った相手である少女がいた。

 

 水色の髪にところどころ露出した肌が妙に艶めかしい戦闘服に身を包んだ少女――シノンだ。

 

 

「あぁ、キミか。どうした? ここは戦場だぞ。出会ったら最後、誰が相手だろうが死ぬまで容赦はしない。だがまぁ、キミと俺の仲だ。その『待って』に免じて待ってあげよう」

 

 

 両手でナイフを弄びながらそう答えると、シノンは半歩後ずさった。それでもシノンとジャックの距離はほんの数m。ジャックの射程圏内だ。

 

 恐らく恐怖からとったその行動だが、彼は別に気にしてはない。

 

 ショックだとか、残念だとか、そういう類の感情は抱かなかった。

 

 なぜならここは戦場。ふとしたことが原因で身近な人物が恐ろしくなることはいくらでもあるのだ。

 

 

「……もう私たち三人しか参加者は残ってないの。それで提案があるのだけれど……いいかしら?」

「いいよ」

「じゃあ――こういうことで」

 

 

 ジャックとキリトはシノンからプレゼントをもらった。

 

 それはキィキィと音を発する球体――言ってしまえばグレネードだ。

 

 キリトは受け取ったグレネードをまじまじと見て固まってしまったが、ジャックは違った。

 

 グレネードを受け取った瞬間、爆発間近だということに気づき、すぐにシノンに向かって投げ返した。そして自分は鎖を近くの街頭に向かって放り投げて退避行動を取った。

 

 だが――それも虚しく、追加で放り投げられたグレネードの爆発に巻き込まれて呆気なく死んだ。

 

 その瞬間、第三回バレット・オブ・バレッツの優勝者が決まった。

 

 

『第三回バレット・オブ・バレッツ WINNER Jack Sinon Kirito』

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 

 GGOにあるバーのカウンター席に座る一人の男は顔を歪ませてグラスを握りつぶしていた。

 

 

「クソッたれ……! あの意味のわからないジャックとかいうヤツまで生き残って挙句の果てには優勝しやがって……!」

 

 

 憎らし気にテーブルに拳を打ち付け、両手で顔を覆う。

 

 

「こうなったら直接彼女の家まで行こう。それで直接優勝おめでとうって言って、直接想いを伝えよう。うん、うん、うん。それがいい、そうしよう」

 

 

 バーから出て行った男は、ログアウトをするためにウィンドウを操作する。

 

 

「待ってて朝田さん。今、迎えに行くから」

 

 

 男はねっとりとした声音でそう言い残してこの世界から消えていった。

 




次話でGGO編終了です。
他の話もこんな感じのテンポで行こうと思ってます。

劇場版SAO四周目を無事にMX4Dで見てきました。
まぁ、あれです。
終わった後に座席を見たら見事にポップコーンがね。
友達はのどにストローを突き刺してました。

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