「よっと!」
アドリスクはランドンの攻撃をバックステップでかわす。そしてランドンの隙をついて、鋼の剣で足元を集中的に狙った。
「おのれ、ちょこまかと動きよって」
言うと、ランドンは再び太い右腕を背中の方までやるとこん棒を振り下ろす。しかしその所作はアドリスクにはスローモーションにしか見えず、軽々とかわされてしまう。
地面を叩きつけたことによる砂塵は、彼の持つ青銅の盾によってガードされ現在アドリスクには傷一つ、ついていなかった。
「これなら行ける!」
ランドンの足を斬る斬撃とともにアドリスクは呟く。
「ぐおっ」
ランドンは苦しそうに、顔を歪める。
戦闘が始まって以降、ずっと右足ばかり狙っていたので、ランドンが膝を着くのは時間の問題だった。
「どうしたランドン口数が減ったみたいだが」
「黙れ!」
いくらか余裕が出てきたアドリスクは、既に冷静さを失ったランドンを煽る。それによってさらに動きが単純になるのだから、ますます戦いやすくなった。
「はっ」
「くっ」
「これでもくらえ!」
「ぬおおおお」
「遅い!」
「ぐ……ふぐぅ」
まるで流れ作業のような攻防にやがて終わりが見え始めた。ついにランドンの膝を地面に着かせたのだ。
「休ませるか!」
アドリスクはランドンが膝を着くと、体を駆けあがり両目を切り裂いた。
「目が、目がああああああ」
両目を抑え、悶え苦しむ。ランドンが回復魔法でも使えばその苦しみからは解放されるのだが、そもそも辺り一面には『せいじゃくのたま』により魔法が使えなくなっているので彼は血がしたたる目元を抑えるしなかった。
「なんだか拍子抜けだな。こんなやつにみんな負けたのか」
アドリスクは言うがそれは仕方のないことだった。誰も彼もアドリスクのように一生懸命修行していたわけではないのだから。
一人嘆息すると、ランドンに歩み寄る。
「お前には色々訊きたいが、思った以上に頭に来ているみたいでな。今すぐお前の息の根を止めたい。死んでくれ」
怒りを込めて淡々とした口調で話し、それから倒れているランドンの頭を貫こうとアドリスクは柄から剣を取り出した。
――だが
剣を構えてアドリスクは硬直した。
既に立ち上がることも目を開くことも出来ないはずなのに最初に会った時と同じような笑い声をあげたからだ。
「ハッハッハ。さすがは賢者の孫というわけか、魔法だけではなく剣にまで精通しているとは」
アドリスクは数秒固まっていたが、すぐに軽口を返した。
「なんだそれが遺言か? お前にしてはずいぶんと短いみたいだが」
ランドンは笑いながら股間に手をやり何かを取り出し、それを口に運んだ。その赤い何かを咀嚼すると――
みるみるうちに傷が塞がっていく。
その様子を見てまずいと思ったアドリスクは一旦下がった。
「何だあれは。果実のようにも見えたが……傷が塞がることは別に問題じゃない。その副作用としてあいつの体が変色していることだ」
この際、傷が治ることには目をつむり、ランドンの色が一瞬で闇をまとったような黒になったことにアドリスクは警戒していた。
傷を治すというのであれば彼にもいくらか心当たりがある。
「あんなまがまがしい……気か? 魔力か? とにかく正体が分からない以上うかつに飛び込むわけにもいかない」
アドリスクは後退する。
パワーアップしたということも考えられるが、普通一瞬で傷が完治することはない。蓄積させたはずのダメージも直っているのか、涼しい顔でランドンは立っていた。
――呪いか? 対象者は傷を完治させるがその者には呪いがおとずれるとか?
それならばあの果実の異常な回復力も目の前の瘴気も納得がいく。だがランドンには呪いに掛かったような様子はない。
「お前何喰ったんだ? って顔をしているなアドリスクよ」
「あ、ああそうだよ」
「まあそうだろうなこの果実は俺様のような位の高い魔物しか知らんからな」
さっき切ったはずの目を見開き、こん棒をなめまわしながらアドリスクに問う。
「そうか。でも、お前は戦闘において相手にも自分にも対等を求めるのだろう? なら教えろ」
「そう焦るな。最初からそのつもりだ俺様が喰ったのは
『進化の秘法』の果実だ」
「……」
「人や動物、魔物などの生物を従来の成長の過程を無視して進化させる力を持つ……今俺が喰ったのはその力を薄くして果実に混ぜたものだ」
「進化ね……」
「ゴラマス様が『進化の秘法』を持つ者から奪ってきたらしい。いずれはこの力で人間を殲滅するのだ」
「あーもう分かったからさっさと始めようぜ。お前倒して早くあいつら追いたいし」
――ただの回復の道具か。
進化……なんて大層なことを言っていたが要するに回復するための希少な道具なのだろう。
そう思ったアドリスクは再びランドンを倒すため剣を抜いた。
剣を右手に盾を左手に持ち、ランドンに向かっていく。
対するランドンは懲りずにこん棒を振り下ろす。
その所作はゆっくりでアドリスクにも十分かわせる……はずだった。
「速い!」
かわそうと足を踏みしめた瞬間、急激に振り下ろす所作が加速した。避けきれないと判断したアドリスクは急遽盾でのガードに切り替える。
「うぐっ」
ここに来て初めてアドリスクはまともな攻撃を受けたがその衝撃は計り知れないものだった。