二人の子供を乗せた馬は走っていた。一人は紫色の髪をなびかせて唇をかみ、金髪の子はしきりに後ろを振り返る。
二人合わせても重いなんて感じない。何も感じないまま長い地下洞窟をひたすらに走り続けた。
――このふたりを隣町まで頼む
まるで疲れなんてなかった、むしろ気持ちいいぐらいだ。
黒髪のアドリスクの瞳に、ウエンディの姿が霞んだ。
ああ任せてくれ、と言わんばかりに走る。
だがカストコ自身の瞳は既に空虚だった。
「ど、どうしよう」
マルカは「先に行ってるわ……アドの奴絶対に吐かせてやる」と言って、カストコから颯爽と飛びおりてアドリスクのもとに向かった。
ラルスにはそんな真似はできないので、カストコを止めようとと手綱を握っていたが、止まる気配はない。
嫌な予感がして、ラルスは身を乗り出して気づいた。
「……どこも見てない」
カストコは前を見ているのか上を見ているのかよくわからない虚ろな目をしていた。
必死に呼びかけたがカストコの様子に変化はない。
「こうなったら……」
ラルスは目を閉じて集中する。
未だ成功したことのないラリホーを使うつもりで、体から腕を通して指先に魔力を集中させる。
「お願い眠って」
それから数分経ってもラリホーは出来なかった。
「はぁはぁはぁ」
額に現れた汗を腕で乱暴に拭く。
「結構離されちゃったみたい」
後ろを見る。巨体のランドンも今では小さく見える。
ラリホーはできない。かといってこのスピードで飛び降りでもすれば、運が良ければ軽症、打ちどころが悪かったら……ラルスは首を振る。
「いや、このままだったらカストコは死ぬまで永遠に走り続けるかもしれない。絶対にラリホーを成功させないと」
一呼吸し、改めて指先に魔力を集中させる。
「我、ここに宣言する。彼に一時の安らぎを……って!」
ラルスは一旦指を止め、目の前を見つめた後、もう一度集中した。
「……アドリスク、マルカ、カルド力を貸して。
我、ここに宣言する。彼に一時の安らぎを与えん!」
するとカストコは崩れ落ちるように、座り込んだ。数センチ前には大きな岩石が立ちはだかっていた。
「こっちにも岩あったのか……かなり用意周到だな」
抜けるべきだった出口は岩石によって、その口を塞いでいた。あと少し遅ければカストコは突っ込んで絶命していた。
「お疲れ様。あとは僕たちに任せて……」
ラルスは、カストコの体を撫でると杖を突いて立ちあがった。
「嫌な予感がする。あれは今の僕たちにかなう相手じゃない……だから」
独り言ちて、彼は過去に軍隊アリが作った穴に入っていった。
15歳の時だった。
性別の割には大柄でがっしりと肩幅も広いシスターが神妙そうな様子でラルスを呼び出したのだ。
ソルクトルムの教会では、捨て子を預かっている。しかしその子供が教会に預けられた経緯は、神父かシスターの独断で知らされることになっている。
「えと、なんで今日なのでしょうか?」
「もうすぐ十六でしょ。ラルスのことだからアドリスクについて一緒に魔物退治に行くんだろうけど――その前にあんた自身のことを知っておいても損はないと思ってね」
「分かりました。でもシスター、話を聞いてもあなたが僕の母親であることに違いはありませんからね」
シスターは少し頬を緩め、その後話し始めた。過去を逡巡するように。
「ラルスも知っているだろうけど、ここの子供たちは扉の前に手紙やらと一緒に赤ん坊の時に預けられていることがほとんど。でもあんたは小舟に乗って川から流れてきたの」
「……川ですか?」
「ええ、あなたが六歳の頃に」
ラルスは首をかしげる。
「僕も皆と一緒に赤ん坊の時から……いたん……じゃないんですか? 全く記憶にないのですが」
シスターは懐から茶色がかった紙切れを取り出した。
「読むわ
『この子の名前はラルス。歳は六歳。訳あって記憶が欠如しています。この子を守るため……いえ私たち大人の醜い争いに巻き込まれただけなのです。
お願いします。この子を拾ってくれた方、どうかこの子に普通の幸せを、与えてあげてください
いつまでも愛しています、私のかわいいぼうや』」
読み終えるとシスターは、手紙を手渡した。
「あなたの過去に何があったのかは知らない。でもあなたの母親はあなたを愛していたんだと思うわ」
「えへへ……ごめんシスター少し風に当たってくるよ」
シスターの言葉に、真顔になってラルスは教会の扉を開けた。
行先は荒地とかしたサラス大森林だった。
いつもアドリスクとレストンがカルドの指導のもと訓練している近くに腰かけた。
――訳あって
――守るため
――醜い争い
――普通の幸せを
――愛しています
「でも捨てた」
空を見上げて、呟く。
アドリスクはカルドの素顔を暴こうと、あの手この手で鉄兜を外しにかかり、たまにマルカに暴言を吐いてみぞに拳を受けて気絶する。そんな彼の傷をホイミでラルスは治す。レストンはそんなアドリスクを見ては何やってだと馬鹿にする。
――そんな日常を送って十六になったら四人で魔物退治に出掛け同じような日々を過ごすつもりだったのに。
自分を捨てた人のことなどあまり考えなかった。考えようともしなかった。
「なんで、こんなに気になるんだろう」
ラルスは身を縮め両膝の間に顔をうずめる。
「おや珍しい顔だね何かあったのかい?」
聞きなれた声に導かれ、ラルスは顔を上げるとそこには戦士の姿があった。