「こんな夜更けにどうしたのかな」
その戦士はいつも全身を鉄で固め、四人は彼が『カルド』ということしか知らない。しかもその名前さえ怪しいが、実力は本物である。
「悩み事……のようだね。話してくれないだろうか?」
「カルド……」
ラルスは顔を上げ、夜風に揺れている草花に目を向けながらぽつりぽつりと話し始めた。
「……そうかラルスにそんな過去があったとは」
「うん。いきなりだったからちょっとびっくりしちゃって」
「その内容ではな……君の母は今も生きているかあるいは……」
「僕は今まで孤児院の、教会のみんなが家族だと信じて疑わなかったから。シスターと神父様との間にできた子供だと思っていたから。産みの親が別にいたなんて想像もしてなかったから」
「記憶欠如のせいだろうな」
「みんな何かしら自分の親についての記憶があるからね。僕にそれがないのはシスターの子供だからだと思ってた……」
「ラルスはその産みの親についてどう思っているのだ?」
そう問われてラルスは考えた。
自分は本当は孤児であること。実の親がいること。その親は自分を助けるために記憶まで操ったこと。
普通――ではないが幸せなら今ここにある。愛情も、もらっている。自分の母親が想ってくれているということは知っている。でなければ自分は今こうやって幸せを再確認することもなかっただろう。
「分かりません……ただ一度会ってみたいという気持ちはあります」
「……ふむ」
「シスターが今日あの手紙を見せてくれたのはきっと、僕と母親を会わせたいと望んだからだとおもいます。
僕はそれに応えたい」
鉄兜に向けて話す。その瞳は情熱的に輝いていた。決意に満ちた言葉を受けるとカルドは初めて鉄のグローブを脱ぎ、ラルスの金色の髪を撫でた。ラルスは目を丸くしていたが、やがてその手のひらに体を委ねた。
「いい答えだラルス。私が出る幕もなかったようだな」
「いえ、誰かに聞いてもらって自分の気持ちに整理がつきました。カルドありがとうございます」
「やれやれ、やっとさん付けから解放されたと思ったらまだ敬語の方が残っていたな。私と君たちは友人なのだから対等に接してくれといつも言っているだろう」
軟らかい響きをもって話したカルドはラルスにデコピンをくらわせた。それから鉄のグローブをはめなおし、懐の木刀を取り出した。
「ラルス。君はサウスラッド王国を知っているかな」
突然出た名前に少し戸惑ったがやがて神妙な顔つきになった。
「勇者ヘクトル様の出身でしたよね。確か王子だったはず」
「ああ、今は国を治める王になっている」
「それがどうかしたんですか?」
カルドは騎士のように木刀を胸の前にあてた。
「ごく一部の人間しか知らないのだが……今から数年前サウスラッドには二人の王子がいたそうだ。第一王子と第二王子。本来なら第一王子が王の座につくはずだったのだがその王子は頭が悪く要領も悪いよほど王には向かない人材だった。一方第二王子は小さい頃から才能にあふれ将来を期待された男だった」
「そんな話が……その第二王子が今のヒューゴ様だと」
「いや、ヒューゴは第一王子の方だ」
「え? じゃその第二王子は今どこに」
カルドは月を見上げた。
「行方不明……だそうだ。伝統を重んじ第一王子を王とするもの。国をもっとよくするためには優秀な指導者が不可欠だと主張し第二王子を王とするもの。当然意見が別れ、目に見えない争いの末『第二王子行方不明』という形でそれは終わった」
なぜ今こんな話をするのか、その意図がようやくわかった。
「その第二王子が僕じゃないかとカルドは思っているの?」
「いや、あくまでそういう話があるということさ。確証は一切ない」
「……だよね。僕ホイミしか使えないし第二王子のように才能があるはずないもんね」
「そんなことはない。君がそう思っているのならそれは勘違いだ。才能なんてものは存在しない。それは途中であきらめてしまったものの台詞だ。君がそれを口にするにはまだ早い」
「……カルド」
「ラルス、君には期待している当然レストンもマルカにもアドリスクにも。でもいつか私がいなくなった時、三人を支えるのは君だったらいいと思う。後数十日後には私は国に帰る。本当なら直前に教えようと思ったのだが今君に伝授しよう」
カルドが拳を広げるとそこには緑色の玉が出現していた。それを遠くの地面に向けるとすーっと飛んでいき、やがて地面に着弾すると一帯に激しい風が舞った。
「こ、これは」
「初級呪文バギだ」
地面の草花が根こそぎ宙に舞う光景を見て驚愕した。バギを初めて見たこともあるが、なによりカルドが魔法を使うところは今までなかったからだ。
「あなたは、いや君は一体……」
「フッ、正体が知りたければアドリスクと一緒に私の兜をはずしにきたまえ」
カルドと出会ってからのアドリスクとレストンは彼の正体を知るため毎日のように模擬戦を行っていた。勝利条件はただ一つ、カルドに一撃加えること。簡単そうに見えるが一撃加えることはおろかいつも開始前と終わった後の立ち位置を変えることさえできずにいた。
マルカを加えた三人で挑んでもそれは変わらなかった。それほどまでに剣の腕前を持つ男がおまけに呪文さえ操ることをしればアドリスク達が戦意を失うかもしれないとラルスは思った。
「ただ、この呪文に限らず初級呪文というのは中級呪文や上級呪文より難しい。初級とはいえ呪文の根幹をなすもの、出発前に君が覚えられるかどうかわからん。そもそも呪文は指南するものではなく体で覚えるものだから戦闘において初めて使うのがいい……だがここで教えておくとしよう」
「どうして今なの?」
「君には自信を持ってもらいたい、というのもあるが……まあ個人的なことだからあまり気にするな」
「分かった僕頑張るよ」
返答を受け取ると木刀を収め、指を一本立てた。
「それからもう一つ、これは君にだけ教えておこう。アドリスクは本来剣を持つべきではないのだ」
ラルスはめのまえが真っ白になった。アドリスクの悩みを、彼が魔法が使えないその想いを一番知っているはずの彼が何故そんなことをいうのか意味が分からなかった。追及する声にも思わず怒気が混じる。
「アドリスクが剣を持つ理由をカルドだって知ってるんでしょ! あんな魔法を放ってさすがは英雄の孫だなんていわれたのに! それ以来魔法が使えないからああやって別の形でみんなの期待に応えようとしているのに」
「すまない言葉足らずだったな。そうではない。私が言いたいのは彼に剣は向いていないということだ」
「それって、別の……例えば槍とか弓にしろってこと?」
「違う、彼は、彼の身体はそもそも肉弾戦には向いていない。彼は根っからの魔法使いなのだ。いくら修行しても限界はすぐに訪れる」
「そうだったのですね」
「ああ、だからもし私がいなくなったらそのことを頭の片隅に置いてくれないか?」
「分かりました」
「もうすぐ日が昇る。修行は明日の夜からにしよう時間が余ったらそうだなラリホーでも教えるとするか」
その数日後カルドは四人の前から姿を消した。