「お目覚めモグか?」
クルリドについて思考を巡らせていると、白い手袋に黒髪のちょんまげ、その体躯にはやや小さい丸メガネをかけた、モグラが立っていた。しかし怪我をしているようで、包帯や切り傷が生々しく彼の体を蝕んでいる。その表情もなんだか苦しそうだ。
「ボス? ですか?」
他のモグラとは、明らかに違うモグラにラルスは思わず尋ねた。
「そうだモグ。このアジトのボス、ドン・モグーラだモグ。うちのもんが世話になったモグ」
「いえ、僕は何も……それよりドン・モグーラさん。ランドンを倒すために手を貸してください。お願いします」
ラルスは頭を下げる。
彼がすぐに合流しなかったのはこのためだった。戻ったところでランドンを倒せるとは思えない。ならばといたずらモグラ達が言っていた「ボス」に協力を仰ぐことでランドンを倒すことが出来るかもしれない。
これはラルスにとってかけに近かった。魔物と人間は基本的に相容れない。たまに人間の言葉を話すこともあるがそれは別に心を許した訳では無い。同情を誘ったり、脅したりと使い方は色々ある。
「当然だモグっ。おいお前ら早く準備を続けるモグ」
「はい。ボス!」
聞くとすぐにモグラ達は動き始めた。散らばっていた道具やスコップは準備のためのようだった。
「いいんですか?」
「いいモグ。前々からあいつの事は気に入らなかったモグっ。それに監視させている部下によれば剣士は一人で善戦しているようだモグ」
「剣士……!」
「人間。お前の名前はなんだモグ?」
「ラルスです」
「ラルスか。覚えたモグ。ワシたちは10分後攻撃を仕掛けるモグが……どうするモグか?」
出来ればすぐにでも向かいたかったが……という思いを抑えラルスは答える。
「あなたの傷を治して一緒に行きます」
「たしかにそれはありがたいモグが……大丈夫モグか?」
「はい。少しですが眠れたようなので」
ラルスがドン・モグーラのそばに近寄るとその指先から暖かな光が生じた。
「回復魔法は心地いいモグ」
「……この傷はランドンに?」
「いや、違う。人間に1週間ほど前にやられたモグ」
「人間……?」
1週間ほど前と言えばちょうどレストンがいなくなった時期である。あの鉄の騎士カルドに「見事」と言わせたほどの腕前を持つ。
「その人間は1人でしたか?」
「2人だったモグよ、でも実際に闘ったのは1人だったモグ」
その言葉にラルスの直近まで持っていた思考とリンクする。
ーークルリドとレストンは一緒にいる?
可能性は高い。クルリドを逃がすため、レストンを用心棒に王様は任命した。なるほどそれならば色々と説明がつく。
「もう終わりモグか?」
「え? ああすいません」
見れば光は消えていた。慌ててもう一度ホイミをかける。気になるが、今はアドリスクとマルカのことを考えるべきだった。
改めて魔法を練りなおそうとそこでふと違和感に気づく。
「……あれ? この者に癒しよ、ホイミ! ……ホイミ、ホイミ……」
幾度も念じたが、声が響くばかり。代わりに液体が落ちる音がした。
反射的に見上げるがただの天井、しかしまだぽとぽとと音がする。嫌な予感がして手で鼻のあたりに触れる。
「こんな時に! ……僕は」
ラルスの予感は的中していた。
『魔力欠乏症』
初期症状として、鼻や目から血が出てくる。それでも無理に魔法を使えば、最悪の場合死に至る。魔法を扱う者にとっては切っても切れない病である。
少し休んだとはいえ、まだ万全の体調ではなかったのだ。
「……でも」
迷うことなくラルスは治療を続行した。再び柔らかな光がドン・モグーラを包み込む。
「お前、死ぬつもりモグか?」
ドン・モグーラは尋ねた。これまで会った人間達は、洞窟を歩いていた部下に問答無用で戦闘に持ち込んだ。その事は恨んではいない。人間と魔物は敵対関係にある。それは一種の共通認識であった。
この人間はどうだ。閉じ込めようとした部下に回復魔法をかけ、そしてそのボスである自分に協力を仰いでいる。仲間を助けるためなのだろうが、目の前にいる人間の性根はもっと崇高なものであると、ドン・モグーラは感じた。
「僕にはやることがある。でも別にそのためだけにここにいるわけじゃない。2人は僕の大切な仲間だ」
その言葉にドン・モグーラは納得したようにかぶりを振ると、ガラクタの近くにいたいたずらモグラに指示を出した。
「ワシのお宝コレクションその8を持ってくるモグ!」
「しかしボス。あれは相当値打ちの高い……」
「いいんだモグ」
ボスの口元に笑みがこぼれる。その様子を見て1つ敬礼するとガラクタの中から紫の液体の入ったティーポットを手に戻ってきた。
「ささっ、これを飲んでくだせぇ」
「これは?」
「エルフの飲み薬さ!」
エルフだけが作れる薬で、その有用性とあまり出回らないことからその希少価値は城が1つ建つと言われている。飲んだものはたちまち魔力が回復し、三日三晩魔力切れ知らずになるとても貴重なものである。
受け取れない。そう思ってドン・モグーラを見れば、ラルスに親指をすっと上げた。その仕草は、あまり人間のそれとは変わらなかった。
「じゃあ、ありがたくもらっておくよ」
鼻血は止まり、血液が全身に行き渡るようなそんな感覚になる。
「よしっ。あとちょっとだ」
一気に飲み干し、全力で治療に当たる。
「待ってて、アド、マルカ。僕が行くまでどうか……」
部下が反抗したため、後に引けなくなった。しかし今は彼らの力になりたいとドン・モグーラは強く願った。