ドラゴンクエストゼロ 始まりに向けて   作:田んぼ二キ

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第Ⅰ章 17 絶望の果てに

「さて」

 

 

 ランドンは目の前に横たわるモグラ達を見て冷静になっていた。三年前から人間どもを洞窟で待ち伏せ、力の限りこん棒を振るい死に至らしめる。魔王ロクタスが勇者ヘクトルに倒されて以来ランドンにとってこんなに気持ちのよい仕事はなかった。

 ランドンはボストロール族の中でも頭脳派として通っていた。冷静沈着が彼の売りだったからだ。

 しかし彼はこの時初めて人間に対し、興奮していた。「何かあった時に使え」ゴラマスに言われ渡された進化の秘宝を用いたこともある。おかげで傷はすぐに癒え能力が上がっていくのが肌で感じられた。だが大きな要因は別にあった。

 

 

「補助呪文――スカラか」

 

 

 およそ十メートルほど離れた場所で、ローブをまとった青年が武闘家の少女と剣を持ったアドリスクに呪文をかけているのが目に入った。二人はこちらを見据え、呪文がかけ終わればすぐにでも向かってきそうな表情をしていた。

 

 

「おっと、もう切れていたか」

 

 

 腰巻をまさぐり静寂の玉を取り出す。直径十センチほどのその玉はほんのりと、真紅に輝いて不気味だ。静寂の玉の効力はおよそ一時間。ランドンはにやりと笑う。

 左膝は蓄積されたダメージで立つのは難しい、たかが十七年生きた人間相手に一時間経過している。ここまで手こずるとは今の今まで思わなかった。

 ランドンはこん棒を左手に持ち替え、立ち上がる。

 彼らを強敵と認めたランドンは静寂の玉を天に掲げた。

 再び辺りを闇の光が包み込んだ。

 その様子にローブの青年は困惑の色を浮かべた。それは突如発生した不思議な光よりも魔法が使えないという状況に対してのものだった。

 

 

「仕方ない。行くぞマルカ」

 

 

 一足先にアドリスクが駆けだし、それを追う形で少女が走り出した。途中までとはいえいくらか耐久力は上がっていたようだった。

 

 

「予想通りだな。そして……」

 

 

 こん棒を持つ手に力を入れ、右足に重心を傾けた。

 足を動かせない以上近接に持ち込まれたら勝機は薄い。そう考えていたランドンは次の瞬間、こん棒をアドリスク目掛けて投擲した。

 最初出会った時とは違い、至近距離で大幅に能力は上昇している。しかも彼らはほぼ一直線に並んでいた。

 先行していたアドリスクがはガードする暇もなく、棘が腹を貫きそのまま壁に叩きつけられ、少女の肩には持ち手の部分がが当たり軽快な音を立ててアドリスクとは反対側の壁際に転がっていった。青年はとっさに避けたが少しかすめ同じように地面を転がった。

 心地良い呻き声がランドンの耳を刺激する。

 

 

「この声ほどいいものはないっ……そうだろう?」

 

「っモグ」

 

 ドン・モグ―ラの腹を殴りつけ、その痛みに苦しむ様を楽しんだ後、下卑た笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の血が辺りを染めていた。もう自分は助からない。そんな予感だけがある。

――何故呪文が使えないのだろう。何故あの時のことを覚えていないのだろう……

 十一年前のあの日以降ずっと繰り返してきた自問自答。最初から魔法が使えていたら……たった二人の友も守れない。魔法を使ったのはあれが最初で最後。無我夢中だったのかそれともマルカを助けるために必死だったのか、あの一件で才能のすべてを使い切ったのかもしれない。

 邪魔だと思いつつ祖父の言いつけ通り着けていたペンダントは粉々になっていいる。外せば災いをもたらすといわれていたが今となってはどうでもいい。外し、半眼でランドンを見つめる。それに対しランドンは笑うと壁伝いに歩き始めた。

 

 

「俺に、俺にもっと力があれば……」

 

 

 自分の無力さが悔しい。口端から血が流れる。

 このまま死ぬのが先かランドンになぶり殺しにされるのか。だがそのまま目で追っていたランドンは自分ではなくマルカの傍に寄った。

 

 

「な、なにを」

 

 

 左腕で静かに持ち上げる。腕はぶらんと垂れ下がり白目を向いている。生きているのか死んでいるのかわからない。

 

 

「賢者の孫アドリスクよ貴様は最後にしてやる」

 

「ふざけるな! はぁはぁ……」

 

 

 マルカはピクリとも動かない。

 ラルスを見れば、うつぶせで必死に這いつくばって二人の元へ来ようとしていった。

――せめて一太刀でも

 死を待つのはやはり性に合わない。持っていた剣に最後の力を込める。そして産まれたての仔馬のように不安定な姿勢で立ち上がった。

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで手こずった人間はお前たちが最初で……最後だ! そのことを地獄で光栄に思うがいい!」

 

 

 マルカの身体をぶん投げる。そこにはまだ大きな岩が入口を塞いでいた。

 

 

「やめ」

 

 

 入口で砂煙が舞う。見てはいなかったが、アドリスクは途中で息を引き取ったらしい。声が途切れた。

 

 

「まぁいい。お前を殺した後はその死体をこん棒で殴りつけてやる」

 

 

 下唇を噛み、涙を流す青年に向けてランドンは言った。そして笑いながらアドリスクを見てやった。

 

 

「ガッハッハ。アドリスクよ、残念だぞお前とは最後まで……」

 

 

 振り返るとアドリスクの死体はなかった。血の池だけがそこにある。あの出血で動けるとは思えない。 

 

 

「なんだと一体どこに消えた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「消えた? 消えてはいないぞ」

 

 

 声の主はアドリスク。しかしそれは予想外の場所からだった。

 

 

「ふむ、十年ほど経っているのか。身体の方は随分育っているようだな」

 

 

 ランドンは目をこする。まるで今起きていることが信じられないといった様子で。

 アドリスクがマルカを横向きに抱きかかえていた。しかも腹の傷もすっかり元通りだ。

 

 

「ばかな」

 

 

 何故そこにいるのか。何故傷が癒えているのか。二つの意味が集約した言葉だった。

 

 

「さて、記憶を辿る限り。お前を倒せばすぐにでもゴラマスが城の方へやってきそうだな」

 

「何を」

 

「となれば……ふむ大体方針は決まった」

 

「何を言っている!」

 

 

 少し怯えた様子でランドンは尋ねた。

 

 

「何を言っているか――そんなことを君が考えられる必要はない。君は黙って《吾輩》の手のひらで踊るだけなのだからね」

 

 

 アドリスクは、いやその男は妖艶に笑った。 

 

 

 

 

 

 

 

 


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