ルルムソルク=アドリスクはいままでにない体調不良に襲われていた。
のどがイガイガする。からだもだるい。毛布を二枚被っているのに寒気に襲われる。気分を変える為体を起こすと、窓の外では聖歌隊が高らかに歌い、様々な色をした光の玉が、宙へ舞ってはまるで花が咲くように、開きその花弁があたりに散っていた。
明日のための余興だろう。人々の話し声がここまで聞こえてくる。特に本日の主役である、『賢者の使徒』であふれかえっていた。
賢者の使徒は、飲んでは食って、仲間と剣を振ったり、魔法を出したりしてソルクトルム王国最後の夜を過ごしていた――恐らくここで最終的なパーティーが決まるんだろうな……。
そんな彼らをよそに鉛のように重い体をベッドに預けることにした。パーティーには参加できなかったが、体調が戻れば明日は行けるはずだ。
最後の希望を抱きアドリスクは緑の瞳を閉じた。
ソルクトルムは賢者が生まれた大国の一つ。
そこに住む若者たちは十七になると国を出ていく。賢者も十七で旅に出たからだ。
彼らは冒険の基本である四人一組となって旅に出る。しかし彼らはすぐに死に絶えたという。
ソルクトルムは大陸を繋ぐ洞窟を抜けた後、近くの街まで最低でも十日はかかるからだ。
駆け出し冒険者達に十日持ちこたえるだけの力はなく、仲間を置いて国に戻る者や自害した者までいたという。
そのような状況にソルクトルムの王は十七になった若者を『賢者の使徒』とし一度に送り出すことにした。
以後四人一組をいくつも連ねた賢者の使徒は死傷者を一人も出すことなく無事に街までたどり着いたという……。
起きればすでに太陽は沈みかけていた。オレンジに照った夕陽が目にまぶしい。
期日である今日。昼前に一度起きたが、既に彼らは旅立っていたらしく、ご飯を食べて再び眠りについた。
ほとんど丸一日寝ていたみたいだ。おかげでもうすっかり平気だが今年は断念するしかない。
「ほら行くよ」
眠ろうとすると少女の声が聞こえた。紫色のセミロングをなびかせて勝負服だという武道着を着た少女――マルカが立っていた。
「マ、マルカ? なんでお前ここに」
突然の来訪者にアドリスクは目を丸くした。てっきり、既に一人欠けた約束は反故にし、賢者の使徒として彼らに付いていったと思っていたからだ。
「なんでって……私あんた以外と組む気ないし、それに四人一緒だって言ったじゃない」
マルカは女では珍しい武闘家だ。その華奢な印象とは裏腹にしかし俺よりも力が強く、胸も更地なためよく男と間違われるかわいそうな奴……いや今はそれよりも。
「そうだとしても、レストンの奴がいないから無理だろ」
けだるそうに起きたアドリスクは「レストン」の名前に思わずため息をこぼす。
『勇者の再来』と言われたまでの剣の腕を持つレストンはいずれ賢者の使徒としてその名声を欲しいままにするだろうと誰もが予想していた。
しかし、あいつは一週間前忽然と姿を消した。理由はわからなかった。だから今年はレストン、マルカ、アドリスク、四人の中で唯一魔法が扱えるラルスで行くことは諦め素直に賢者の使徒として旅に出ようと思っていた。
「それはそうだけど大丈夫でしょ、あんたは賢者の孫なんだし」
いつまでも寝巻でいるわけにはいかないと思い着替えていると、少し沈んでいたベッドに座りながらマルカは言った。
「いやそれもそうだが……」
「真の力が覚醒とかするんじゃない?」
「どこの勇者だよ!」
マルカの冗談にアドリスクはツッコミを入れる。それに五十年ほど前に勇者ヘクトルがアドリスクの祖父である賢者と一緒に魔王を倒したばかり。そうやすやすと勇者がいてたまるか。
――それに。
「まあそれはおいといて早く行きましょ」
「どこにだよ」
丁度袖に腕を通し終え、盾をかたどった赤い宝石のペンダントを首に巻くと、マルカがどこかに催促した。意を唱えるとマルカはアドリスクの家のドアを開け一言、言い放った。
「『賢者の使徒』として旅立つのよ」