ドラゴンクエストゼロ 始まりに向けて   作:田んぼ二キ

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第Ⅰ章 2 みぞうちは大切に

 起きて思ったのは、体が言うことを聞かないことだった。

 

 

「嘘だろ……ゴホッ。なんで今日に限って……明日には旅立つってのに」

 

 

 十二年。あの事件から十二年の月日が流れた。魔法が使えない自分にとってもはや剣しか道はないと明日のために修行してきた。

 魔王が倒れた今、魔物は減ってきたものの根絶やしには至っていない。魔王を倒した英雄の一人、「賢者ウエンディ」の孫のアドリスクに期待がかかるのは必然だった。

 

 

「とにかく、急いで準備しないと」

 

 

 昨日もらった薬でよく眠れたアドリスクだったが、快眠とは裏腹に体がきつく、鉛のように重たい。おまけに喉からはしゃがれた声しか出らず、やっとのことで自分が風邪を引いていることに気づいた。

 それでもアドリスクは五分ほどかけて、傍らにかけてあった鋼の剣を支えに立ち上がると、防具に手を伸ばした。

 もうろうとする意識の中、懸命に装着作業を進め、倒れそうになってもなんとか踏んばった。

 

 

「俺だけは行かないと」

 

 

 レストンの不在で約束は無くなったものの、かけられた期待を裏切るまいと、必死に袖を通していく。

 

 

「よし、終わった」

 

 

装備を終えたアドリスクはゆっくりと進んで扉を開くと、待ち合わせていたマルカとラルスが立っていた。

 

 

「もう遅いじゃない一体いくら待たせてんのよパーティーならもう始まって……ってあんた大丈夫?」

 

 

 マルカはすぐにアドリスクのそばに駆け寄り肩を支えた。今にも倒れそうだったからだ。ラルスも加わり二人でアドリスクをベッドに寝かしつけた。

 

 

「大丈夫だってこれくらいなんともないから」

 

「いや、そんな見るからに病人って顔で言われても」

 

「無理しちゃだめだよ」

 

 

 呼吸も荒く、真っ赤になった頬をしたアドリスクは無理やりにでも動き出そうとするが二人に止められた。

 

 

「今日はおとなしく休んでいなさいよ。今日城に行かなくたって賢者の使徒として数えられているわけだし」

 

「そうだよ。明日が本番なんだし今日無理する必要はないよ」

 

 

 最早抵抗する力さえなかったアドリスクは装備を解かれながら二人の言葉に「分かった」とだけ返しすぐに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旅立つっていってもたった二人じゃ話にもならないぞ」

 

「そうね……でも『賢者の使徒』の中に本物の賢者の孫がいる状況に皆どんな反応をするのかしらね」

 

 

 頬杖を付きながらニヤリと笑みを浮かべるマルカはなんだか気味が悪い。

 反応か――まさかと思った。賢者の孫でありながら、妙に剣術に長けていると言われていたアドリスクであったが、皆が自分の為に出発を遅らせている、などとは夢にも思わなかったからだ。

 

 

「いや、『賢者の使徒』の起源の血統ってことを考えたら、その可能性もあるのか?」

 

 

 ――もし残っているなら半分、いや俺とマルカがいればあと十人も入いれば無事に隣町ラスぺスタへとたどり着くことができるはずだ。

 

 

「なるほどな、それでまだ残っているのは何人だ? 半分はもう行ったよな。確か今年は五十人くらいだったから二十五人、いやせめて十人……」

 

「三人よ」

 

 

 腕を組んで問いを発したアドリスクにマルカが淡々と答えた。

――五人か……まぁ少し強行軍でもすれば無事でなくともたどり着くだろう。

 

 

「少し心もとないが――でそいつら何が使えるんだ? 出来れば魔法が使えるのがいれば結構楽なんだけど」

 

「そいつら? アドなんか勘違いしてない? 三人は私とあんたとラルスの三人よ」

 

 

 マルカが遮るようにアドリスクの言葉に乗せる。それを聞いたアドリスクは何か考えるように上を向きそのまま固まった。

 頭の中で想像していた。基本は前衛に自分とマルカを置き、後衛にラルスを待機させ魔物たちを倒していく。その状態でで何日も耐えながら、ようやく街にたどり着いた自分達の姿が……。

 

 

「って無理だから三人なんて!」

 

 

 見えなかった。全く。ただでさえ長距離には馬車が必要なのにそれが手に入れることができないのも一つの要因だった。馬車を引くにしても一人は必要で普通はその周りを四人で囲むというのが定石だ。

 馬車は、その年のその日に出発する『賢者の使徒』でなければ王から馬車はもらえず、半日たった今、アドリスクは自分たちが今年の『賢者の使徒』であるか疑問だった。

 再び横槍を入れるとマルカの姿が眼前で消えた。否、ただ腰を低くし何かの構えをとっていた。

 見覚えのある光景にアドリスクはやれやれといった感じで両手を挙げた。

 

 

「そう言うと思ったわ」

 

「あんまり痛くしないでくれよ」

 

「それはどうかしら!」

 

「んぐっ」

 

 

 マルカは声と共に拳を突き出す。その伸びた腕の先にはアドリスクのみぞうちに吸い込まれる。

 アドリスクはただ胃の内容物が出ないと感じると、成長したな……と場違いな感想を覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カストロ教会ではソルクトルム王国の支援を受けながら、孤児を引き取っては積極的に育てていた。魔王がいなくなったとはいえ魔物は消えるわけではなく、孤児の増加はどこの国にとっても死活問題であったからだ。

 その中に彼はいた。

 小柄で腕も腰も足も細く、一見すると少女のような容姿でその金髪はさらに見る者が彼の性別を混濁させる。さらに彼の職業が僧侶だからなのか救われたものは一様に彼のことを『教会の天使』とそう呼んだ。

 

 

「ごめんごめんすぐに連れてくるって言ったのに……待った?」

 

「いや全然待ってないよ」

 

 

 乱暴に放り出され、二人の会話でアドリスクは意識を覚醒させた。

 口の中に酸っぱい感覚はない……どうやら吐いていないようだ。

 

 

「マルカちゃんまたやったの」

 

 

 会話に夢中のラルスだったが彼女の肩越しに倒れこんだアドリスクを見つけるとすぐさま駆け寄った。

 

 

「ホイミ」

 

 

 一言唱え、両手をみぞうちに掲げた。

 みるみる痛みが引いていく。アドリスクはここ最近は憂鬱なことが続いたがやはりこの瞬間が至高のひと時だと噛みしめた。痛みが無くなり体を起こせばすぐ近くにラルスの顔があった。

 

 

「なんでがお前男なんだろうな……どっかの誰かさんに見習ってほしいもんだね全く」

 

「何か言った?」

 

 

 端正な顔立ちに思わず本音が漏れる。すると怒り混じった声でラルスの後ろにいたマルカが言った。

 

 

 

「ダメだよマルカ、アドの傷まだ治ったばかりなんだから」

 

 

 目の前の病人を助けるため一生懸命ラルスは腕を広げた。

 

 

「分かっているわよそんなこと」

 

「だから女のくせに『みぞうちバーサーカー』なんて言われんだよ少しはラルスを見習え」

 

 

 マルカはあまり頭がいいほうではない、だから昔から自分の意見が通じなかったり、むしゃくしゃした時にはいつも暴力で相手を叩き伏せていた。

 みぞうちに入れば、相手が気絶することを知った後は、とりあえずみぞうちを殴るという暴挙に及んでいた。

 

 

「まだ寝ぼけているのかしら……ハッ」

 

 

 思い切り脳が動く。顎につま先が刺さり顔が振り子のように揺れる。態勢的に顔を狙ったらしい――全然分かってないじゃん。

 蹴り上げたアドリスクを見てマルカは感嘆の声を上げた。

 

 

「顎でも人って気絶するのね知らなかったわ」

 

 

 その内、ボディはやめて顔にしよとか言いそうだ。

 薄れていく意識の中で天使がおろおろとたじろいているのを見て、こんな最後も悪くない、などと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地平線に夕陽が沈んでいくのが見える。その様子を見ながら男は口を大きく開いた。

 

 

「あーあ、もうすぐ交代だな」

 

「欠伸すんなよ全く……まぁそれだけ平和になったってことか」

 

 

 城門を守る兵士は退屈な日常に安堵していた。魔王が倒されて数十年、周辺の魔物は弱くなり、見張りの兵士を見かけたとたん魔物達はことごとく逃げていく。そのせいか国の端、サラス大森林を背にそびえ立つソルクトルム城への志願兵は毎年多い。

 

 

「昨日の賢者の使徒を送る会で出たご馳走また食べてねぇな」

 

「お、おいあれ見ろあれ」

 

 

 注意を受けた兵士が昨日ふるまわれた料理を瞼の奥に浮かべていると、もう一人が隣の男の肩を揺すった。兵士は寝ぼけ眼をこするがそれでも腑抜けた顔は変わらない。目の前にある夕陽が落ちて夜のとばりを灯せば今日の勤務は終わりだからだ。

 舗装された道の上を男を脇に抱えた、女が、金色の髪をした男の子と共にこちらに近づいてきていた。

 

 

「こんな時間に出勤か? どこの所属だ?」

 

 

 我に返った男は三人の姿を眉をひそめて見る。

 するともう一人の男がわなわなと震え武闘着の女を指さした。

 

 

「いやあれは『みぞうちブレーカー』だ」

 

「それって……」

 

 

 一度受けたことがある彼らは全身の血が冷えわたって、肩を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました若き『賢者の使徒』よ」

 

 

 涙目の兵士に連れられ、持ち物を検査された後アドリスクはようやく目を覚ました。城の二階にて待たされた三人は大臣に言われ玉座の間へと案内された。

 

 

「起きたらすぐに謁見とかなんだよ――はあ、マルカくれぐれも粗相のないようにな」

 

「わかってるわよ」

 

 

 アドリスクが諭すように言うとマルカはそっっぽを向いた。

 

 

「大丈夫次は僕も頑張るから」

 

 

 胸の前で拳を固めるのはマルカの隣にいたラルスだ。上目づかいでアドリスクに一瞬だけ視線を走らせた。今度は自分が守るという意味だろう。

 

 

「着きましてございます」

 

 

 大臣が扉を開き、かがんで玉座の間へと腕をはべらせる。

 赤い絨毯が入り口から玉座へと続き、きらめくシャンデリアが部屋全体を白を基調とした優しい光で照らしていた。

 

 

「よくぞ来た『賢者の使徒』よ」

 

 

 中に入ると部屋の中にはソルクトルム王ただ一人だった。王女の席には誰もおらず、大臣は「わたしはこれで」と言い、すぐに出て行ってしまった。三人はゆっくりと歩み、やがて中央に着くとそのまま膝をついた。

 

 

「お久しぶりでございます」

 

「おお、アドリスクか……そなたの祖父には助けられたものだ」

 

「勿体なきお言葉感謝いたします」

 

 

 よく城に来ていたアドリスクは慣れた口調でソルクトルム王とあいさつを交わす。とはいえ、先代の王が亡くなってから一度も訪れていなかったので、少し緊張していた。

 

 

「そうかしこまるでない、アドリスクよ。わしの中ではお主は次代の英雄、なにせたった五歳でサラス大森林を氷漬けにし魔物を一網打尽にしたのだからな。わっはっは」

 

「いえ、そのような事は……」

 

 

 苦し紛れに答えるアドリスクは下を向きながら悲痛な顔になる。十二年前のあの事件は意味が分からないし記憶も曖昧だがはっきりしてるのはそれ以来魔法が使えない事だった。

 

 

「わしもまだ王になる前だったからなよく覚えておる。森に降りてきた魔物達をことごとく……」

 

 

 振りしぼるようにして出した声は届いていなかったのか王は身振り手振りを交えながらまるで自分の功績のように語りだす。

 その様子を眺めながら自分の黒歴史のような思い出に唇を噛んでいた。

 

 

「ねえ」

 

 

 するとマルカが隣のアドリスクを肘で突き、耳元に手をかざした。

 

 

「あのバカ王子の姿が見えないんだけど」

 

 

 マルカの横やりに少し安堵した様子を見せるとふむと顎に手をやった。

 

 

「確かにな――いつもならここでお前のこと『みぞうちババア』って言いながら出てくるのに」

 

 

 マルカの天敵のクルリドはこの国の王子で次の王の予定だ。

 しかしクルリドはよく城を抜け出したり、兵士に無茶な命令をしたりと国民の印象はあまり良くなかった。それに加えて、同じ年頃のアドリスクらと遊んでいたときに自分の王子という身分を武器にマルカが殴れないことを知りながらよくスカートをめくり、その腹いせで周りにいた者が腹を差し出すことになった。

 

 

「して、こんな時間にくるとはやはりそなたは賢者の孫だけなことはある今すぐ旅立つのであろう?」

 

 

 バカ――もといバカ王子がいつ出てこないか気を張っていると語りは終わったらしく、顎鬚を触りながらソルクトルム王が満足げに言った。

 

 

「その前に僭越ながらクルリド王子の姿が見えないのですが」

 

「クルリドか……眠ったよ」

 

「は?」

 

 

 アドリスクは予想だにしていなかった返答に思わず聞き返してしまった。あの王子がこんな時間に寝るなんて想像できない。

 

 

「なんじゃクルリドに用でもあったのか」

 

「いえありません」

 

 

 なぜか露骨に不機嫌になる王に何も言えずアドリスクは場を流した。

 少し沈黙した後、王は「んんっ」と咳をし神妙な顔つきに変わる。

 

 

「今から旅立てば先に行った者たちにも追いつけよう、既に大臣に準備はさせてある」

 

「そのことなのですが……」

 

 

 本題にアドリスクは意義を唱える。城に来たのはアドリスクの意志ではないし、先に行った『賢者の使徒』に追いつけるなどと楽観視してなかったからだ。それに今は夜、いくら周辺の魔物が弱いとはいえ生態上、太陽が落ちている間は一層凶暴さが増す。

 今年は辞めておきます。そう言おうと言葉を紡ごうとした瞬間、マルカが右手をそっとアドリスクの口元を抑えて、喉を鳴らした。

 

 

「その通りです、では早速私たちは準備がありますのでこれにて失礼します」

 

 

 淡々と言葉を並べると、両腕で二人の首元持ち上げながら立ち、そのまま玉座を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉が閉まると王は肩の荷が下りたように深々と息を吐いた。

 

 

「……それでよい、今年もお前たちが―――くれてさえばこの国は救われる」

 

 

 その独白は響き渡るばかりで誰の耳にも入らなかった。  

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