場所はいつも決まってサラス大森林の跡地だった。
魔物が出ると言われていたが、二年前のあの事件で魔物は消え、その上森も無くなり今ではただの平原になっていた。
それでも木々は少し残っており、そのまばらに生える木の下に少年はいた。
背丈の半分ほどの木刀を力任せに何度も振り切る。その少年の剣裁きは当然ながら隙だらけで、このまま振り続けても付くのは腕力だけだと少年は気づかない。
時節、首元のペンダントが揺れ動く。何度、邪魔だから外そうかと思ったか分からない。しかしあの祖父が絶対に外すなと念を押すので、少年が外すことはなかった。
木を背にし、一心不乱に腕を動かす――まるで剣に憑りつかれた様に。
自分にはもはやこれしかないのだと、そうでもしなければ死ぬしかないのだと齢七歳ながら少年は悟る。
「……なるほど想像を超えた」
突然、声が聞こえ少年は手を止めた。透き通るような声に自然と居所を目で探す。しかし三百六十度見渡すが人影は見えない。そこで少年は頭上、木を見上げる。
刹那、木が揺れ動き素早く少年の目の前に何かが着地した。
それは、鉄兜、鉄の鎧、鉄の足枷等、鉄で塗り固めた四肢のある何かだった。
背丈は少年と同じ。しかし重さなんて関係ないように、素早く着地を決めた何かは最早人間業ではない。
「逃げないと」
先程まで妄執したように木刀を振っていた少年は逃げる事を決意する。だが目の前の化け物から逃げ切れる自信が全くない。
何もせずただ立っているだけで威圧された様に呼吸も荒くなり、震えが木刀にまで伝わる。
「背負う者はこうでなくては、だ」
何か言っているようだが少年には聞こえない。ただひたすらここから逃げ出すことを考えていた。
化け物が腰に手を伸ばす。その様子を静観し、いまだ動けない少年は自分の死を予感した。
しかし取り出したのは鉄の剣ではなく、少年と同じ木でできた剣、木刀。
化け物は身構えると左腕を腰の後ろにやり、少年に向かって一言。
「そう身構えるな。私は……そうだな、カルドとでも言っておこうか。君の師でありライバルだ」
「お、おれはアドリスク」
呆気にとられた少年は思わず言葉を返した。
「知っている、君を知らない者はこの国にいない」
「――っ」
「賢者の孫にして、二年前の魔物襲来を事前に察知し氷漬けにした」
「……黙れ」
「君がいれば各地の魔物も殲滅できるだろう」
「黙れ」
いつしか震えも止まり少年の中はある感情で埋め尽くされていた。以前にも抱いた感情。
「なにせ森を一瞬で、だからね。いやはや歴史の軌跡をその場で見れなかったのはひどく残念だ」
「黙れっつてんだよーーーー」
怒り。少年はそのことを自覚すると踏み出し木刀で襲い掛かる。
「彼の言った通りだ」
カルドと名乗った鉄の騎士は、怒号と共に飛び出すアドリスクの首元を一瞥すると、目をつむった。
「改めまして――私の名前はカルド。君の師でありライバル――だからそんなに敵意を向けられるといささか困るのだが」
玉座から出ると、大臣が待っていたように首を垂れた。
「準備しておりました、ではこちらに。王より馬を与えるようにとのご命令なので」
「では少し待ってくれませんか、少しだけ」
「承諾しました、では一時間後中庭においでください」
「分かりました」
城を出て、さっきと違う兵士に怯えた様子で見送られると、三人はサラス大森林の跡地へと向かった。
開けた場所に着くとアドリスクは二人に座るように促した。
――最初におかしいと感じたのは、マルカの曖昧な行動だった。風邪で寝込んでいるという事は、マルカとラルスの二人しか知らない。もし、行くのであれば馬車にでも乗せて無理やり連れていけばいい。それをせず、なぜこんな中途半端な時間になったのか。
それに王の態度もおかしなものだった。最初は上機嫌だったのに、クルリドの名前を出した途端、急に不機嫌になり、そのまま急かすように話を進めた。
何者かの意図を感じる――とアドリスクは思った。
「まず最初に……ラルス」
円になって座っていると最初にアドリスクはラルスを見て言った。ラルスは自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、目を丸くして「なにかな」と口にする。
「準備のために時間もらったんじゃないの? なんでこんなところに」
「うるさいぞマルカこればっかりは譲れない」
アドリスクの強気な口調にマルカは思わず肩をすくめた。中断された会話に怒りが込み上げそうだったが、一呼吸おいて再びラルスと向き合った。
「お前今日行く出発することは自分の意志か? 一週間前にレストンが失踪した事は知っているな」
「もちろんだよ」
「じゃなんで行こうとする? 俺たちは四人で行こうぜって約束した。でもレストンがいねぇから今年は素直に皆に混ざろうってなった。悔しいが同年代の中でもあいつのの能力は飛びぬけてるからな。でも昨日まで俺は風邪ひひいていた。
来年は知らないやつらと行くのかと思っていた。だからお前たちが残ってくれていたのはすごく嬉しかった」
「もう一度聞く。どうして今日で今なんだ? 資格は十七歳以上だから来年でも行けるってことは子供でも知ってる」
ラルスは露骨に視線を泳がせ、やがてある一点にたどり着く。
「ごめんねマルカ」
「ラルスは隠し事苦手だもんね。しょうがないよ」
ラルスの視線の先には、月夜の下で映えた紫色の髪があった。
「マルカ」
「そんなに怒んないでよ殴るわよ」
意気揚々と答えるマルカに苛立ちを募らせるアドリスクはいちど深く深呼吸し、マルカに向き合う。
「来年行くことにはならないか?」
「王様にも宣言しちゃったしダメでしょ普通に。それにレストンに次いで剣が一番扱えるあんたが起きたらすぐに行くことになっているんだから」
「……行くことになっている?」
「そーそー、皆に『賢者の孫は目覚めしたいすぐに君たちに追いつくから安心して向かうがよい』って王様が」
「王様が……」
なるほどやけに謁見が短いと思ったらやっぱりか――それに。
「うんだから私たちは早くいかないと」
「……マルカ俺に隠し事あるだろまだ」
「な、ないって何も」
「とぼけんなよそもそも俺が風邪なんて引いてなかったらこんな事態にはならなかっただろうが! それに『賢者の使徒』の三年前までの奴らが一度も国に帰っていない。だからこそ生存率を優先すべきじゃないのか」
「じゃあ、王様がこうなるように仕向けたとでもいいたいわけ?」
「ああそうだ」
あの睡眠薬。あれになにか仕込んでおいたのだろう。意図は多分『賢者の使徒』とアドリスクを引きはがすことで生存率を下げるためだとアドリスクは思った。もし仮にあれがただの睡眠薬でたまたま風邪引いたとしても皆の事を考えれば日時を改めていたはず。少なくとも先代の王はそうしただろう。
マルカは、観念した様子で口を開いた。
「仕向けたのはあんたの言う通り王様だけど目的までは分からない」
「目的が分からない?」
「そう、私が命じられたのは目覚めたあんたとラルスを連れて王と謁見し、賢者の使徒に追いつくことだけだから」
「本当か」
「殴るわよ」
「ごめんなさい」
責められている間でも常に相手の上を立つ。流石はマルカ――じゃないじゃないとアドリスクは自分の黒髪を左右に揺らす。
「じゃあさ早くいかないとまずいんじゃない?」
「ああ、王様の意図が分からない以上もう会うことはできないし早くあいつらに追いつかないと」
ラルスが心配したように言うとアドリスクが神妙な顔つきで同意する。
「三十分後城門前に集合だ」