ローリング☆ガールズ 大阪編【完結】   作:ジマリス

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歩く花 3

 ばん、と机に封筒が置かれた。

 置いた本人、徹子は確固たる決意を持った顔で、鉄をにらみつける。

 

「大阪レボリューションズでも、お笑いフラワーズでもありません。新自警団団長として、宣戦布告しに来ました」

 

 お互いににらみ合う鉄と徹子。

 鉄からすれば、この未熟な娘はいったい何を言っているのかと問いたいところだ。

 未熟というところは徹子も否定する気はない。指示を受け、それをこなすだけという立場に甘えていたのも事実だ。そのほうが楽だし、笑のことを蔑ろにする大義名分にもしていた。

 だが、もうそれは許されない。実年齢がどうであれ、性格、経験、心がどうであれ、徹子はもう『大人』なのだから。

 

「宣戦布告やて?」

「まだ名前も決まっとらん小規模団ですが、権利はあります」

「小規模て……」

「いまは私と杉田笑の二人です」

 

 その言葉を聞いて、鉄は目を見開いた。

 

「お前、笑ちゃんまで巻き込んで……!」

 

 鉄の言葉は、徹子の目を開かせるだけでは済まなかった。

 机にヒビが入るほど、拳がめり込む。一瞬、鉄は花が舞ったと思った。目をしばたかせ、いまのは錯覚だと納得させる。

 

「巻き込まれた人なんておらへん! これはうちと笑が決めた、あんたら親への反抗や」

「こんなん受けると思うてんのか」

「受けようが受けまいが、うちらがやることは一つ」

 

 それが若さに任せた行動で、たとえ間違いだったとしても、徹子は止まる気はなかった。

 自分を変えるため。そして大阪をより良くするため。この大阪に自分のいた爪痕を残すため。

 その鋭い眼光には冷静と情熱が宿っていた。

 

「通天閣を壊す」

 

 

 

「通天閣を壊すぅ!?」

「行儀悪いよ、逢衣ちゃん」

 

 たこ焼きを頬張ったまま、素っ頓狂な声を上げる逢衣を、望未はたしなめた。最後の一個を取られたからといって不機嫌になっているわけでは……ない。

 とはいえ、望未も結季奈も千綾も、徹子が放った一言には驚いた。

 四人だけではない。その場にいたお笑いフラワーズの面々もひっくり返るほどに目を見開いていた。

 ここは阪神猫。いわば自警団本拠地のど真ん中で爆弾を落としたようなものだ。冷静なのはたった一人。爆心地である笑だけだった。

 

「え、えーと……そんなことができる……というか、許されるんですか?」

 

 殺気立つお笑うフラワーズに囲まれながら、おずおずと手を挙げたのは結季奈だった。

 この質問はもっともなところで、伝統であり、名所であり、戦いの記念碑ともいえる通天閣を壊すなんてことは、たとえ鉄でもかじかでもしようとは思わないだろう。

 

「できるかどうかはこれから。けど、許されへんくても壊すことには変わりはないで」

 

 笑がハンネコを撫でつつ、ふんぞり返りながら言う。

 大阪の象徴を壊したその後のことは考えていない。しかし、捕らえられたとしても追い出されたとしても、しなければならないことなのだ。

 大阪を、そして自らを、歴史と文化と渦巻く感情が作り上げた鎖を壊してしまうには、これしかない。

 

「笑ちゃん、アホなことはやめぇや。こんなやつに何言われたんか知らんけど、通天閣を壊すなんて正気やないで」

「そうや、今ならかじかさんの耳に入ってへんし、引き返せるで」

 

 口々に笑を止めようとする団員の様子を見ながら、やはりと思った。

 国にはシンボルが、誇らしくできるものが必要だ。それはわかる。統一すべき国民の意識を示すものとして、象徴はなくてはならないものだ。

 しかし、あくまでそれは象徴でしかない。主となるべきは、国民とその意志。

 国民を縛りあげる枷となっている今の通天閣は、もはや大阪の象徴ですらない。いや、その「縛りあげている」という負の象徴とも言えるだろうか。

 ともかく、笑はがんとしてこの決断を譲る気はなかった。

 

「いがみあい続けるなんて、もう嫌や。大阪ってそんな国やなかったやろ」

 

 大人に囲まれても、笑は強い意志と表情を保つ。

 

「みんながお笑いを続けるのだって、お笑いが好きで、お客さんが笑ってくれるのが好きやからやろ」

 

 かつては、今以上に盛んだった芸能の文化。

 衰えることのなく老若男女を魅了したその世界に、多くの人間が足を踏み入れた。

 ある芸人は喋りだけで、あるある芸人は身振り手振りを交え、ある芸人は道具を使い、あらゆる手段で人を笑わせようと試行錯誤し、切磋琢磨してきた。

 有名になりたいだとか、お金が欲しいだとか、国のことさえ二の次。

 変わる時代と感性に遅れず、一人でも多く笑顔にしたい一心が、皆がこの世界に入る動機だ。

 そんな美しくもあるお笑いが、国に反抗するための道具と化していることに、国を発展させるだけの道具になっていることに、笑は怒りを抱えていた。

 

「これは別に、誰かに賛同してほしいとかそんなんやない。ただうちらの決意の証としてやるだけや」

 

 真剣なまなざしに、その場の全員が黙った。

 しんとした静寂の中で、からんからんと入口の鈴が鳴る。

 

「かじかさん!」

「外まで聞こえとったわ。ほんま物騒なことばっかり思いつく娘やで」

 

 怪訝な表情を浮かべながら立つかじかに、その場の空気に緊張感が混じる。

 

「お父ちゃん、止めんといて。うちはやると言ったらやるんや」

 

 かつりかつりと近づいてくるかじかに、笑は巨大ハリセンを構えた。

 思えば、こんな大それた反抗期は今までなかったかもしれない。

 かじかは確かに笑の父親であるが、笑にとってはそれ以上に大先輩であり、雲の上の存在だったからだ。

 かじかの言葉と立場と威圧に抑えつけられ、自らの言葉と気持ちと決意を抑えつけて、笑は過ごしてきた。

 そこから一歩抜け出すということはつまり、大人への一歩を踏み出したことに等しい。

 

「決めたことやったら、最後までやり遂げや」

 

 笑は身を固くしていたのに、かじかがしたのはぽんと頭に手を置くことだけだった。

 我が娘の成長に、かじかは嬉しく思った。

 笑は大人になる途中だ。その大事な時期に親がすべきなのは、一方的に抑えつけて守り抜いて保護することじゃない。

 

「お父ちゃん……」

 

 踵を返して去っていくかじかの背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。

 

 

 自警団を抜けるといっても、今日明日で別の場所に移るなんてことはできない。徹子は自室で片づけを進めながら、ときおり石を手で弄ぶ。

 スーツを着るとなったときに、どこにつけようか悩んだものだ。

 胸ポケットやネクタイに、とも考えたが、どうもピンクは目立ちすぎる。仕方なく、常時装着するイヤホンにくっつけることでよしとした。ハート形というありきたりな形だが、もともとの大人っぽさに加えて、淡く主張する輝きはいっそう橋下徹子という人間を際立たせた。

 これを手放せなかった時点で、たぶん、こうなることは決まってたんやろな。質素なこの部屋も、ただ趣味がないとか仕事が忙しいとかじゃなくて、出ていくやろうって覚悟してたからかも。

 独りで長く過ごした空間を、徹子は見渡す。いまは笑や望未たちが椅子に座って、これまでのことやら今後のことを話している。

 長いことぼうっと眺めていたせいか、もう昼のいい時間だ。

 一人暮らしの長い徹子はいろいろと料理を嗜むが、今回は久々にとある器具を取り出した。

 

「はい、部屋片づけてて、大仰なもんは出せんけど」

 

 いくつもの皿に乗せられているのは、やはりと言うべきかたこ焼きだった。

 この国に来て何度食べただろう。しかしそれでもいの一番に手を出したのは千綾だった。ひとつ取って口に放り込むと、はてなを浮かべて首をかしげる。

 

「あれ、なんか味ぜんぜん違う」

「濃いソースのたこ焼きなら飽きるほど食ったやろ。変わり種で作ってみた」

「観光客相手やったら、たいがい普通のやつおすすめされるからね。こういうの食べるのは大阪くらいかな」

 

 笑は次々と満足げに食べる。つられて逢衣、望未、結季奈も手を伸ばす。

 たしかに、今までとはまったく違う。屋台や阪神猫で出された濃いものとは打って変わっての味に、躊躇いがちだった食指が動く。

 

「人のぶんだけ、作り方も味も好みも変わってくる。大阪の人のこと知りたかったら、まずはたこ焼き作らせるほうが早いってな」

「でもたこ焼きが好きってのはみんな変わらんのよな」

「変わり種とかしだしたら『たこ』焼きやなくなるけどな」

「それは言いっこなし」

 

 笑と徹子が笑いあう。

 これが彼女たちの普通なのだ。

 こうやって、恨みも怒りもなく喋って笑うという普通のことをするのをずっと我慢してきた。

 東京や愛知・三重、京都でもこういうのは見てきた。モサであることや、大人たちの事情、国としての体裁が、絡みまわって争いへと発展していく。

 自分たちでは解決できないから、外の人間に頼るのだろう。マッチャグリーンが、宇徳真茶未が必要とされているのは、そういった背景があるのだろう。

 もっとも、大阪はそういったSOSを出していないから、お節介と言われればそこまでだ。

 

「なんだか大きな話になっちゃったな」

 

 平らげて、食休みに入った逢衣が言う。

 まさかふらりと入った大阪で、こんな事件を目の当たりにするとは思わなかった。愛知・三重で言うならしゃちほこを爆破するような大事件だということは、望未たちでもわかる。

 

「あれ、本当に壊せるんでしょうか」

「壊せるか、やなくて壊すんや」

 

 結季奈の言葉は、徹子と笑の強気に跳ね返された。

 和解してから、この二人は通天閣を壊すこと、壊せることになんの疑問も挟んでいない。ようやく自分自身を手に入れた若者にとって、猪突猛進は特権なのである。とはいえ、その無謀ともいえる勇気も、それがもたらす結果も二人だけのものだ。

 

「あんたらは、早めにこの国から出たほうがええかもね」

 

 小さく息を吐いて、徹子が言う。

 

「うちらの仲直りに一枚かんでくれたことは感謝してる。けどそのことが知れたら、通天閣破壊の罪があんたらにも擦り付けられるかも」

 

 大阪民は古き良き伝統と誇りに、意地になりすぎている。この先悪い結果になるであろうことは、徹子と笑の二人とも覚悟していた。

 しかし、目の前にいる四人は違う。迷惑をかけすぎて、ありあまる感謝もある。これ以上ここのごたごたに巻き込むことはできない。

 

「でも勝算なんてあるんですか? あんなおっきなのを壊すなんて……」

「さあ、ま、なんとかなるやろ」

「なんとかって……」

 

 大きな見栄を切ったわりには、これといった作戦はなし。

 当初感じていた徹子への印象は、すでに消え去っていた。もちろん勝つ気でいるが、徹子にとって一番重要なのは、現状に異を唱え、自身でそれを主張することだ。

 

「ほんまありがとう」

 

 徹子は頭を下げ、礼を言う。この四人が来てくれなかったら、今もまだ凝り固まった考えと意固地のせいで何を変えることもできなかっただろう。

 たった四人のモブ。

 それだけが大きな歴史を変えるきっかけになるとは。もっとも、当の四人に自覚はないのだが。

 

「大阪から追い出されたら、そっちにお世話になるかも」

「やる前から負けたときのこと考えたらあかんがな」

 

 パシン、と良い音を鳴らして、笑が徹子の頭をハリセンで叩く。

 

「でも、そうやな、本当にそっちに行くことになったら、よろしくお願いします」

「あ、頭上げてください! 私にはそんな権限ありませんし……」

「それに負けってことはないでしょ。モサなんだから」

 

 逢衣の言葉に、場がしんと静まる。

 通天閣を壊す確固たる意志はあるものの、単純な実力として敵うかどうかはまた別の話だ。

 なんだか暗くなってしまった空気を破ろうと、望未は口を開いた。

 

「あの、勝っても負けても、寄っていってください。うちの団子ご馳走しますから」

 

 実際にこちらの自警団への入団を許可するとかは置いておいて、迎える気持ちだけは万端だった。 

 

「楽しみにしてるで」

 

 大阪の魂を持った二人は、にこりと優しい笑みを向けた。

 

 

 

 徹子が大阪レボリューションズに叩きつけた宣戦布告書には、以下のことが書かれていた。

 

 『明日、橋下徹子、杉田笑の両名は大阪レボリューションズへ決闘を申し込む。

 ルールは下記の通り。

 徹子、笑は通天閣を壊そうとする。大阪レボリューションズはそれを阻止する。

 勝負は、通天閣が破壊されたとき、もしくは二人が降参したときを決着とする。

 大阪レボリューションズが勝った場合、徹子と笑は今後大阪レボリュ―ションズに従い、一切口出しはしない。

 二人が勝った場合、国家自警団の権利を譲渡すること』

 

 もちろん、鉄は渋った。たった二人といえど、それが両方ともモサとあれば、止められる者はいない。

 だが、『受けないならば、勝手に通天閣を壊す』という徹子の脅しによって、首を縦に振らざるを得なかった。

 噂はすぐに広まり、当日の通天閣の周りには人だかりができていた。

 

「ごめんな、通天閣」

 

 そびえ立つ塔の足にそっと触れて、笑は呟く。

 この巨大な塔を一撃で沈めるのは、いくらモサでも不可能だ。何度も何度も叩く必要がある。

 人の都合で姿を変えられ、中身も変えられ、それでもずっと大阪を見守ってくれた象徴へ、あまりにも恩知らずな行為であるが、しかしやめる気は一切ない。

 

「来るで」

 

 徹子の言葉に笑が頷く。

 通天閣も、ただ黙ってやられるわけではない。普通なら一方的なはずのこれを、徹子が『決闘』と呼んだのには理由がある。

 定刻となり、笑がハリセンを、徹子が扇子を構える。同時に、ごごごという地響きとともに通天閣が動き出す。先ほどまで触れていた部分が……いや、見上げれば全身が変形していく。

 

「あわわわわ」

 

 遠くからでもその異変がわかる。

 望未と結季奈は目を丸くしていた。

 ただそこに佇むだけだった通天閣から手足が生え、今はその足でしっかりと立っている。いつの間にか、その体格に似あう巨大なハリセンまで持っていた。

 

「ロ……ロ……ロボだー!」

 

 逢衣と千綾は目を輝かせていた。

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