時刻は、8時19分。
夕食をご馳走してもらってそれぞれの帰路につく時間。
マミとも無事に仲直りができ、おいしい料理も食べられ、言う事なしの幸せなときだった。
「じゃあご馳走様でした」
「はい。じゃあまた明日ね」
「さようなら」
まどかは杏子が送っていくと言う事で、四人はそれぞれの帰路についた。
冬の8時過ぎはすでに真っ暗だが、見滝原市はまだ夕方に近いような明るさがあった。
これだけ明るいと変質者はおろか、強盗すらできないだろう。
「まぁ、いざとなれば魔力や道具で撃退するけどね」
その時、自身の真横をカメラを持った男が猛スピードで走っていた。
男はすでに止めてあったタクシーに乗り込みその場を去っていく。
ビックリしたほむらの肩をだれかが後ろからつかんだ。
「そこまでだ!フィルムを渡すんだ!」
「な、なに?」
振り向くと先ほどとは違う背の高い男が息を切らしながら自分の肩をつかんでいた。
「女?とぼるな!カメラを持ってるだろ!」
「カメラ?その人ならさっきタクシーに乗ってどこか行ったわよ」
その時気づいた。
自分の肩をつかみ、誰かと間違えたこの男。
何処かで見たことある。
今日のお昼だって見た。
「あっ、あなた・・・タレントの植木史朗じゃ」
その通りだ、この男は今日のお昼のドラマにも出ていたタレントの植木史朗。
以前近所の噂で植木がここらへんで目撃情報が多数寄せられているのを聞いたがここに住んでいたのか。
それとも・・・・・ここでほむらは推理する。
走り去っていったカメラを持った男、そしてそのあとを追いかけるタレントの植木。
そこから察するに。
「新しい恋人でもできたんですか?」
「なんでそれを・・・あっ!」
予想通りだった。
ほむらは特に植木のファンでないので変に緊張したりはしない。
「とりあえずこんなとこじゃなんだから・・・どこかに行きましょうか?」
「えっ、あんたは・・・」
「フフフ・・・私は暁美ほむらよ」
「・・・・・・」
二人は仕方がないので近くのラーメン屋に立ち寄ることにした。
もちろん植木のおごりで。
さすがに自宅に招くわけにはいかないし、BARなんてもってのほかだ。
有名人とラーメンを食べる機会なんて滅多にないので特にファンじゃなくてもちょっと興奮するほむら。
○
「ま、ラーメンでも食べながら話を聞きましょうか」
「君。家のほうは大丈夫なの?」
「私。一人暮らしだから。それにもしかしたら力になれるかもしれないわよ」
「分かったよ。カメラマンに取られたのは僕の彼女。同じ事務所のアイドルタレントなんだ。清純さが売り物だから僕との関係がばれたら」
想像するだけでも恐ろしい。
ラーメンをすすりながら横目で話を聞くほむらは、植木の破滅する姿が容易に想像できた。
スキャンダル俳優の末路なんてみんな同じようなものだからだ。
この男自身も奥さんがいるのに何度もスキャンダルを与えるスキャンダルメーカーのようなものだが。
「僕とのスキャンダル報道でノイローゼになって自殺した娘もいるんです。だからどうかご内密に」
「分かったわ。このことは黙っておくことにしましょう」
「ありがとう」
「でも、カメラマンに取られた以上いつかバレるわよ」
「それが問題だ・・・」
自身の薬指につけた指輪がきらりと光る。
「じゃあ私があなたのスキャンダルを解決してあげましょうか」
「あなたが?」
「そうよ。ちょうど私の友達があなたのファンだから、サイン一枚で手をうってあげるわ」
「はぁ・・・でもまさか僕の弱みを握って強請ろうとするんじゃ」
こんな子供にどうすることもできないと思うが、この娘の言い知れない威圧感と、修羅場を潜り抜けたと思わせる覇気。
「腕のいい示談ロボットを貸してあげるわ」
「示談ロボット?」
「これよ」
楯から示談ロボットの示談君を取り出す。
「これは何?」
「示談君よ。じゃあさっそく」
リュックサックに付いてた赤いスイッチを押すと、ロボットが目を覚ます。礼儀正しく頭を下げる示談君。
頼りなさそうに見えるが本当に大丈夫なんだろうか。
しかしそれは彼を初めて見たほとんどの人が抱く疑問なので問題はない。
『こんにちは。早速ですがご用件はなんですか』
「あ、は、はい。いや、大変お恥ずかしい話なんですが不倫の現場を写真にとられてしまい」
『では写真を撮ったカメラマンの名前と、その不倫相手の名前を』
「えっと、カメラマンの名前が亀羅万太郎、不倫相手が玉腰典江です」
『分かりました。不倫問題でしたら明日には解決していますよ』
「明日ですか!?」
『何か問題でも?』
「いえそんな・・・ずいぶん早いなって」
『示談とはそういうものですよ。じゃあ後日』
示談君は空を飛んでラーメン屋から出ていき何処かに行ってしまった。
最初は頼りないただの可愛らしいロボットだと思っていたが、口ぶりといいもしかしたら本当に解決してくれるんじゃないかと思う。
「ご馳走様。じゃあ問題が解決したらここに連絡するわ。サインは前払いよ」
「う、うん」
手慣れた手つきでサインを書いてほむらに渡す植木。
ちょっと満足げな顔のほむらはラーメン屋を後にし、植木も時間差を図ってタクシーで家に帰った。
○
次の日の夕方。
魔女退治のパトロールのさなかほむらは思い出したように昨日のことを話した。
植木史朗にあったこと。彼の不倫のスキャンダルを解決するために示談君を出したこと。そしてラーメンを一緒に食べたこと。
みんな「えーっ!」と大声を上げる。
特に巴マミはふだん先輩ぶっているキャラから想像できないぐらい動揺していた。
どうやらマミはあのドラマの大ファンらしい。
「で、で、で、で、暁美さん。植木史朗ってどんな感じだった?」
「どうもこうもまさにああいう感じよ。不倫の現場を写真にとられるような」
「へぇ~、おめえすげえ運いいな。ていうか有名人相手でもほむらはキャラぶれないな」
「マミさんはぶれまくりだけどね」
興奮が冷まらないマミ。
この状況でサインをもらったなんて話をしたらどうなるのだろう。
本当は昼に見せる予定だったが、何かのためにじらしておいて正解だった。
「実はサインを・・・」
「サイン!?!!!」
「そ、そうよ。本当はまどかにあげるつもりだったけどあなたにあげるわ」
「ありがとう暁美さん」
「ど、どういたしまして」
「あ、あれ」
示談君が空から戻ってきた。
『示談完了しました』
「そう。ご苦労様」
楯に示談君を閉まった後、何やらやる事があるのか、ほむらはごそごそ、と懐に手を伸ばして黒色の携帯端末を取り出した。
慣れた手付きである人物にコールを掛けるほむら。
数回の呼び出しの後、その人物は通話口に出た。
そして。
ほむらが口にする通話口の人物の名前に全員が一斉に反応した。
「植木さん、暁美ほむらです」
「「「「ちょっと待てえええぇぇぇぇぇぇッッ!!」」」」
「え!? 何をするのあなたたち!!」
驚くのも無理はない。
目の前の人物がテレビの向こう先の有名人と連絡を取り合っていると知ればビックリする。
「ちょっと静かにしなさい」
「「「「すみません」」」」
しゅん、と頭垂れる四人。
「今、示談ロボットの示談君が帰ってきました。例の写真が表ざたになることはありませんよ安心してください」
『本当ですか!ありがとうございます!お礼はどのような?』
「いいわそんなの。ただ強いて言うなら夕食でもご馳走してもらいたいわ」
「ほむら!?なんてことを」
「有名人なのよ?」
「おこがましいぞ!」
上から杏子、マミ、さやかの順に言った。
でも等の植木のほうはスキャンダル写真をなしにしてもらったお礼がこれぐらいで済む、安いぐらいだと電話先で言った。
「じゃあまたいつか」
○
携帯端末から断続的に流れる意味を成さない音。
端末の持ち主である植木の口からふぅ、と安堵の吐息が漏れる。
植木は通話が切れてしまった携帯をポケットへとしまい込み、ふと横を見る。
そこには一人の女が座って、植木のほうをじっと見つめていた。
それはマネージャーやスタッフが仕事相手として見る“目”ではなく、女として見る“目”であった。
「嬉しそうね。何かあったの?」
「何でもないさ」
「ときにちょっと質問があるんだが」
「なに植木さん?」
「私は今日君を家まで送っていくってことで良いんだよね?」
「!?・・・・ああ、そうですよ。あなたは私を家まで送っていく。都内のホテルという家にね」
「そうか」
顎先に手を当てて、ニヤリと不敵な微笑みを浮かべる植木。
車は高速道路を走り、東京に向かっていった・・・
『示談ロボット』to be continued