「パイン様、またあの一団が村を襲いはじめました」
「わかったわ、ルプスレギナ・ベータを呼んでちょうだい。では手筈どおりに」
セバスに言うと彼は深く腰を折った。
「かしこまりました」
そして村の近くにすでに張っているナザリックのシモベたちに連絡するべく部屋を出ていった。
パインはミラー・オブ・ビューイングを覗きこみ、映し出された先の端に逃げる姉妹を見つけた。
「あ、ここだわ」
「全軍に連絡しますか?」
「いいえ、やる事はいつもと変わらないのだから、必要ありません」
「御意」
板についてきた支配者らしい緩慢な動作で首を振る。
生き残った人だけを助ける、という流れは変わらない。例外はあるけどね……。そうこうしている間にルプスレギナが部屋へ入ってきた。
「では、行きましょうか」
目的地は、逃げ惑う姉妹の目の前へ。
―――――――――――――――――――
「――なんだ?」
一人の兵士が異変に気付いた。つられて他の二人組もそちらに目をやる。
エンリは攻撃されないとわかると、固く閉じた目をあけて敵の視線を追いかけた。
その先には花が束ねられて空中に浮かんでいた。
そして瞬く間に姿が変わり、一人の女性が現れる。
誰だろう。
姉妹は年齢のほとんどを村で過ごしており知っていることは少なかった。でも、例え王様でもきっと答えは見つからない気がした。
だってこんなに美しいものは生まれてはじめて見た。きっと両親だってはじめて見るだろう。
丈が短すぎる白く輝く上着、生地をたっぷり使った赤いドレス、まるで魔法使いのようなつばの広い帽子、真っ白い仮面と真っ白は手袋をつけた姿で、体の凹凸からかろうじて女性だとわかるぐらいだ。
彼女は緑色の宝石がついた二股の杖を手に持っていた。
地に足を付けるとすぐに杖を兵士たちへ向けて振る。
「眠れ」
ガシャン。
けたたましく金属音が鳴った。振り返ると兵士たちが全員倒れている。彼女が言う通り眠ってしまったのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
涙が出て止まらなかった。妹と私は助かったのだ。
「おねえちゃん」
ネムに返事ができず、手を強く握った。
「うう……ふっ、く……」
女性は少しの間動かないでいだが、突然杖を空中に振った。眠らされるのかなと思ったが、どうやら違うらしい。
今度は、空中にフード付きローブが出てきた。まるでその場で魔法で生み出されたそれは、女性が着用しているものよりも劣るが、自分の服より何倍も質が良く高価な物だとわかる。ローブは光沢がない白で、縁取られた金が高価な物であることを証明していた。胸元のボタンは透明で透き通っている。
彼女はゆっくりと、本当にゆっくりと私たちに近づいて、そのローブを肩にかけてくれた。
「もう大丈夫ですよ。ルプスレギナ、回復魔法をかけてあげなさい」
「はっ」
いつの間にいたのか、赤毛の絶世の美女が杖を持った女性の後ろに控えていた。活力に満ちた浅黒い肌は玉のように輝いており、赤毛は編みこまれている。使用人が着る服に似た衣服を身にまとい、背中には彼女の背丈ほどある大きな……まるで教会の聖印をそのまま武器にしたみたいな物を背負っている。女性の命令を聞いているという事は、彼女の使用人なのだろうか。
ルプスレギナはエンリたちに近寄り、手をかざした。
≪中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)≫
温かな光をともなって魔法が発動する。
「これで怪我をしていれば治ります。ルプスレギナ、あの兵士達を縛って暫く起きられないようになさい」
「かしこまりました」
次に腰に巻いた鞄から微光を発している縄と覆面を取り出した。それらを手際よく兵士たちをまとめて縛っていく。
仮面の女性はエンリ達に説明する。
「これで彼らは無害になりました。では、次に村の方は行きましょう」
「まって、ください」
視線が自分に集まる。深く息を吸って想いを二人に伝えた。
「助けてくださって、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「図々しいことは承知です。でも、どうか村を、お母さんとお父さんを助けてください!あなたしか頼れる方がいないんです。お願いします!!」
妹のネムと一緒に頭を下げる。
女性はすぐに大きく頷いた。
「ちゃんとお礼が言える方は好感が持てます。これを差し上げましょう」
やけに細い手の中には二つの角笛があった。
「これはゴブリン将軍の角笛というマジックアイテムです。吹けばゴブリンの軍勢が現れてあなたを守ってくれます。何かあれば吹きなさい。ご両親は生きていれば助けましょう」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!本当にありがとうございます!!あ、あの、それと、お名前はなんとおっしゃるんですか?」
女性は美しく佇まいを正して言う。
「パイン・ツリーよ」
―――――――――――――――――――
やるべき事はクリアできた。
「(はあ、なんとかなったかな)」
今は村の中を歩き回りつつ、負傷者がいればルプスレギナに回復させている。途中家の裏手に回り、手帳を取り出してTodoリストにチェックマークを記入する。
エンリ姉妹の救出とアイテムの譲渡。
村人の救出、村長から情報収集。
法国の兵士の捕縛・逃がして情報を持って帰らせる。
あとは王国戦士長を待って、法国の覗きにグーパンして、ニグン君ゲットして帰還する。
「よし、もう少し頑張りましょうね。ルプスレギナ」
「はい、パイン様」
頭を下げる彼女の後ろにはエイトエッジ・アサシンが十体身を低くしており、彼らも頭を下げている。加えて、玉座の間で召喚した使い魔よりも下の―下位の召喚で現れた―カニも控えている。村の周りはアウラとマーレに任せて、ナザリックの守りはアルベドに頼んだ。
使い魔は、時間経過で消えなかった。死体のような媒体がなくてもずっとこちらにいられ続けるらしい。つまり小説のように大量の死体を求めなくてもいいわけだ。しかしアンデッドの労働力は、かなり便利で魅力的なのでほしい。少し後ろめたいけれど死体は積極的に第五階層で保存してある。
アンデッド召喚はそのスキルを持つシモベたちにやらせている。どんどん召喚はせず、モモンガさんにお願いする分は別に貯めている。パンドラに召喚してもらうと変身をといたときアンデッドが案山子状態になるので、今回は頼んでいない。
使い魔召喚・下位で現れたカニは、全体が絵の具でべっとりと塗られたように青い。縦に横に、前後にも大きく一・八メートルほどあった。背中はつるんとまるで磨いた盾のようにツヤがあり鋼のように固い。防御力もそれなりにあるが、さらに魔法への耐性が高かった。片方の腕はシオマネキのように異様に大きいハサミで、こちらは人が二人ほど挟めそうだ。
こちらの世界では十分な脅威になると先ほどの兵士戦で見せてもらったので、今後彼らをメインに召喚するだろうなとパインは考える。中位や上位を召喚したらどんな騒ぎになるか、考えたくもなかった。
パインは空を見上げる。もうすぐ夕方から夜に変わる。つまり頃合いだ。
「そろそろ向かいましょうか」
全員が了解の意を示し、シモベたちは周囲に散開した。ルプスレギナを連れて村長さんのいる方へ向かう。
表の道に出るとすぐに村長さんは見つかった、というか彼は私を探していたようだ。
「よかった、パイン様探しておりました」
「すみません、ルプスレギナと二人だけで話したかったものですから。あの、私に何かご用ですか?」
「実はこの村に馬に乗った者たちが近づいてきているそうで……」
村長の眼はおびえていた。またあんな惨状が起こるかもと不安なのだろう。
「武器を所持していましたか?」
「ええ、そうなんです!」
「わかりました。では村人の皆さんは一ヵ所に……そうですね村長宅に集まっていただいて、村長さんは私と共に来てください。ルプスレギナは村人を守って差し上げなさい」
そう指示を出すと、年老いた彼は深く頭を下げて何度もお礼を口にした。
準備がすべて完了した頃、数十の騎兵の姿が見えてきた。
馬に乗る彼らの武器や装備に統一性はなく、しかし訓練された動きで村の広場へ進んでくる。まるで傭兵集団だと印象をうけそうな見た目ではあるが、彼らは間違いなく王国の戦士たちだ。
彼らは使い魔のカニを警戒しつつ、二人の前で見事な整列を見せる。一番先頭の男性が前に進み出た。男は村長を流し見ると、私に射抜くような鋭い視線を送ってくる。レベル差ゆえか、私は「(目つき悪いのかな)」程度にしか思わなかった。
男性はやっと口を開いた。
「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ」
彼はこの近隣を荒らしまわっている帝国の戦士たちを討伐するためにきた、と聞いて背後の村長宅ではざわめきがこちらまで聞こえてきた。
村長に「ご存知でしょうか?」と聞くと「噂でしか知りません。商人たちの話では――」と簡潔に説明してくれた。かつて王国の御前試合で優勝した、王直属の精鋭兵士たちを指揮する人。
うん、事前の情報と変わりないね。
村長さんから説明を受けた時点で、私の方から名乗る。
「はじめまして、王国戦士長殿。私はパイン・ツリーと申します。この村が襲われていたので助けにきたマジック・キャスターです」
戦士長は馬から降りて深く頭を下げた。
「この村救っていただき、感謝の言葉もない」
「気になさらないでください。この近隣を歩くものであれば、ああした脅威は取り除きたいものですから」
「お聞きしたいんだが、あなたは冒険者なのか?」
「……それに近いですね」
実際に今、異世界で冒険してますからね。
「そうだったのか、見たところかなり腕が立つようですな。……しかし、私はパイン殿の名は存じ上げませんでした」
「来てから間もないので、そのせいかと」
「ふむ、なるほど。旅の途中なのか?だとしたら恩人に時間を取らせるのは心苦しいが、村を襲った不届き者について詳細をきかせていただきたい」
「もちろんいいですよ。どうやって私が戦ったのか、そしてこちらの召喚したモンスターについてもご質問がおありでしょう?」
後ろのカニの方を向く。命令したとおり大人しくたたずんでいた。
「あなたが召喚したのか?」
「そのとおりです、戦士長殿」
「そちらの仮面は?」
「私にとって必要なものです。こちらのモンスターを使役できるのもこの仮面があってこそ、できる芸当なのですよ」
「なるほど、まるで国宝級だな」
……そうなの?カニちゃん下位だから大して強くなんて、いやデスナイトが伝説級に値するのだからカニちゃんもこの辺だととんでもない怪物扱いになるんだね。
「ええ、似たようなものです。だからこのものが暴れ出してはいけませんので、仮面は外せないんですよ」
「ならば、取らないでいてくれた方が良さそうだ」
「ありがとうございます、戦士長殿」
少し打ち解けてきた辺りで、そろそろ椅子がある場所で腰を据えて話そうとなったとき、一人の騎兵が凄い速さで馬を走らせてきた。
駆けこんできた騎兵の息は大きく乱れており、ことの重大さを物語る。
「戦士長!周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」
【つづく】