ウルベルトの帰還によりナザリックは浮ついている。皆がやる気に満ちて笑顔をさらに見かけるようになった。それはパインも同じだ。もう一人で背負わなくてもいいことが彼女を緊張状態から解き放しってしまった。そして思い立った。
「休みが欲しい」
今日を休日としよう。良いではないか!こちらに転移してから休みなどなかったのだから、自分のやりたいことをしよう。
といってもメイドたちに正直に「休むね」なんて言わない。側で仕える人数を増やされるだけだからね!
「魔女の館に篭ると伝えて、今日の担当メイドさんはこの部屋で待機、いや仕事を言いつけて暇をなくしてあげた方が喜ばれるね。あとはウルベルトさんに連絡入れて……」
自室のベッドの上でゴロゴロと転がりながら考える。リストができたので、起き上がり順次連絡を入れる。
「……私は魔女の館に一日籠ります。用があれば、あなたに渡したアイテムを使用して連絡するように。では、クローゼットのアイテム整理をして……しなさい。」
「かしこまりました!必ずやご期待に添える働きをしてみせます!!」
鼻息を荒くさせて仕事に望む姿に、空振りにならないかと心配になったが、 仕事は単純にアイテムを並び替えるだけなので大丈夫だろう。
私は久し振りに第二の自室とも呼べる施設へ転移した。
シモベたちと挨拶を交わして、館内へとワープする。出入り口となる大きな部屋には相変わらず大きな絵が飾られているが、今回は家族ではなく集合写真のように約二十人近くのプレイヤーが集まった絵に変わっていた。パインはそれを懐かしそうに眺めて、意識を切り替える。
両扉の端にはすでに魔女の館に勤めるメイドが二人待機している。転移初日に会えたクレンチではない。
「開けなさい」
「「はっ」」
扉は音を立てず開かれる。速度を緩めず中に入り、応接用のソファへ一直線に向かった。そこには愛した人が座っている。
「ヘドラ、おはよう」
「おはよう、我が君」
言葉に声に愛が添えられて、胸に届く。はじめは戸惑ったが今では心地いい。愛を贈られるたびに「私はここにいてもいいんだ」と安心できるからだ。
私はヘドラの隣り、できるだけ側に寄り腰を下ろす。
「今日は顔が見えて嬉しいよ」
そっと伸ばされた長い指が優しく髪をかきあげて耳へかけた。くすぐったくて胸が高鳴る。
「キューブの回収にはこちらの方がいいということもありますが……あなたに喜んで貰えて嬉しいですよ」
自然と湧き上がる笑顔を向ける。ヘドラも笑ってくれた気がした。
「喜んでいるとも。身代わりを発動している姿、今の君、魔女である君、すべて愛おしく思っているよ。だから君の用事と私がここに戻る日が被って嬉しい。でなければ、しばらくは会えなかっただろうからね」
寂しそうな感じが言葉端から伝わる。可哀想だと思いつつ喜んでしまう。
「わざと、ですよ。ヘドラがいる日を狙って来ています。あなたに会って、話したかったから」
「天にも昇る心地だ……言葉の熱でのぼせてしまうよ。君は私とどんな話しがしたかったんだい?」
熱に浮かされた声と一緒に溶けてしまいたいが、これから相談事は非常に難易度が高いと思われるイベント戦を予想している。少しクールダウンが必要ね。
「なんでもしたいわ。と言いたいところだけど、今回は仕事の件がメインになるわね。最近の宝物殿の様子はどうかしら」
彼はソファに預けていた背筋をピンと伸ばし、雰囲気が甘いものから固いものに変わる。
「変わりないよ、安全で平和そのものだな。そちらは危険ではなかったかい?」
「まったく。パンドラもルプーもシモベたちもいてくれたおかげで大丈夫よ。目的の情報も手に入ったし」
「目的の情報か。ふむ、そろそろ私の執務室へ移動するかね」
私は頷いた。
「そうしましょう」
ヘドラの執務室と自室は館の二階部分にある。それらは両隣りに設置されており、彼の生活が少しでも楽になるようにと考えられて作られた。
執務室の扉を抜けると、そこそこに広い部屋があった。二〜三十人ほど収容できそうな広さで、中央から手前に応接用のソファ、奥に執務机と椅子、その他にもオフィス向けのキャビネットや本棚が置かれている。
パインは空中に自分の魔法少女としての固有模様を浮かび上がらせる。これは〈転移門〉と同じような効果があり、結界内と行き来できる。
そこから大木のような筋骨隆々の大柄な男性が現れた。姿形はほとんど違うが、計十一人の男性が出てきたところで門が消える。
「おはよう、皆」
「おはよう、パイン殿」
代表して応えるのは一番大柄な男性だ。赤い肌に赤いヘルメット、その上に金の草冠を被っている。白い布地の腰巻に動きやすそうなサンダル、彼の体格に見合った大きな白のマントと随分身軽な服装だった。その見た目はまるで古代人である。
そう、彼はまさしく伝説の時代から生き続ける元神ザ・マンだ。
そして彼の弟子である完璧超人始祖たち。
金の顔を持つ壱式(ファースト)、ゴールドマン。
その弟、銀の顔を持つ弍式(セカンド)、シルバーマン。
長く白い髪に全身鏡面で紫の体を持つ鏡の化身超人・参式(サード)、ミラージュマン。
イノシシに似たマスクを被ったこの中では最も人間に近い見た目を持つ肆式(フォース)、アビスマン。
あらゆる痛みを無効化する緩衝材を全身に持つ伍式(フィフス)、ペインマン。
二股に分かれたヘルメットのような頭部の前面が透けて中が見えており、全身の血管が浮き出ている姿が少し不気味な陸式(シックス)、ジャスティスマン。
大岩のような印象を受ける大柄な体、長く伸びた二本の角と一つ目が印象的な漆式(セブンス)、ガンマン。
いかなる攻撃も寄せ付けない輝くボディを持つ捌式(エイス)、シングマン。
漆黒の翼に人間らしいボディ、カラスを模した形の仮面をつけた玖式(ナインス)、カラスマン。
最後は、他のメンバーとかなり毛色が変わる。十一人の中で唯一豪華で華やかな装飾で、ローブ丈のドレスを身に纏った男性だ。その所作は洗礼されており、貴族的な雰囲気を醸し出す。拾式(テンス)、サイコマン。
以上、ヘドラを合わせて十二名がパインが創造したNPCである。
魔女の館内で働くメイドたち含めなぜこんなにNPCが増やせたかというと、課金ガチャで"拠点のNPCを増やせる"大当たりを引いたためだ。転生者の強運が発動した瞬間だった。
引いたパインは、仲間たちの許可を得て完璧超人始祖たちを創り出した。もちろん趣味と実益を兼ねている。
パインはそのスキルやクラス構成から、敵の襲撃にあった際は宝物殿で世界級を守る役目を担う。そのとき、敵を自らの結界内に引き込みえげつない数の使い魔で相手を消耗させ確実に倒す。
当初は、パインとヘドラと使い魔たちで対処する予定だった。しかしNPCを増員できるならしようと話しが出ていたところに、ちょうどガチャを当てたため完璧超人始祖が創られた。
襲撃者撃退の要となるように創られた彼らは、ヘドラの指揮により能力を向上させ物理と魔法で殴りまくる。パインは回復やサポートに徹する。デバフは使い魔たちの呪いを利用することで、中の上チーム、うまくやれば上の下チーム戦に勝つことができる。
宝物殿以外の場所からでも結界内に引き込めばこの作戦が使えるため、千五百人の襲撃の際はチームを分断でき大いに貢献できた。
ちなみに、なぜ拠点NPCを結界内に設置できたかと言うと、拠点と結界内を繋げたからだ。宝物殿の最奥、世界級がある場所にパインの棺桶を置き常時結界内と繋げることで成立したのだ。これは魔法少女イベントの中でも"魔法少女まどか☆マギカ"のイベントをすべてクリアした者のみが得られるものだ。
ヘドラ含めた始祖たちは、ナザリックの中でもあの襲撃で生き残った者たちとして畏怖される存在であるとパインたちプレイヤーは知らない。
「(これで会うのは二度目だけど、やっぱり完成度高くて大満足だわ)」
一度目は第六階層で階層守護者たちと分かれた後だ。様子を見たるためとファン心に突き動かされて会いに行った。その時は健康を確認しただけで終わってしまったが今回は違う。
パンドラを出すにあたり、始祖たちも結界内から出してしまおうと考えていた。キン肉マンの原作に沿り全員が知恵者と設定したことに加えて、さらに頭が良くなるよう設定を書き込んである。リーダーとなる者は多い方が良いと考えての行動だった。
漆黒聖典を倒したらこの子達もナザリックのために働いてもらおう。
「さて、全員揃ったし座りましょうか」
こういう時自分から座らないと皆が座り始めないので、パインは素早くいつもはヘドラが使っているだろう執務机を陣取る。メイドがいないので代わりにヘドラに横に立つよう指名した。しかし、それに異を唱える者がいた。
「別に俺でもかわまんのだろう?」
律儀に手を挙げて発言するのはゴールドマンだ。あまりにも自然体だったのでこちらも素で返してしまった。
「それってロール的にどうなの?」
ゴールドマンは、はたしてパインのそばに立ちたがるだろうか?やりたい事はどんどんやる性質だと思うけど。
「あんたがダメなら変える」
始祖たちの設定文には"それぞれの完璧超人始祖を模した存在である"と書いてある。つまり、自分たちにオリジナルがいることを知っていて、普段からロールプレイを行なっているのだ。
「そう。……うーん、ダメって言うほど"ゴールドマンのイメージ"に離れていないと思うよ」
「ならばこのままやるぞ。……俺でもいいだろう?」
この場合、私が創ったゴールドがヘドラの役割を任されたいのだと結論づけた。というか、その他にないでしょう。
私は頭を振った。
「その意見をのむなら全員でじゃんけんするのはべきだと思うけどいい?」
「反対します」
「ヘドラはそうだよね」
「我らは賛成だ」
「うん、わかるよ」
複数のNPCを持つ難しさを感じていたパインだった。賛成多数ということでじゃんけん大会は幕を開け、結果サイコマンが勝った。
「ニャガニャガニャガ、私の勝ちですね!よろしくお願いします。パイン様」
「おめでとうサイコマン。よろしくね」
パインはアイテムボックスからある書類の束を取り出し、サイコマンに渡す。
「一人一部ずつ受け取ってちょうだい」
全員に行き渡ったことを確認してから話し始める。
「では、これより対漆黒聖典との戦闘イベントについて会議を始めます。会議後、グリーフキューブ生産に移り連携を強化します」
ーーーーーーーーーーーーーーー
「この漆黒聖典って奴等気になるな」
ウルベルトは部屋で一人、新しい報告書を読みながら考える。彼らについてもっとよく知りたいし、パインと話し合いたかった。
今日はたしか魔女の館に籠ると言っていたな。声をかけられた朝から三時間ほど経過している。少し様子を見に行こうか。
今日担当だというメイドに一言連絡を入れて、ウルベルトは第五階層へ転移した。
氷河に吹雪はない。コスト削減によりそういった金貨が消費するダメージエフェクトなどは一部を残しオフにされている、らしい。
ウルベルトは初めての雪と戯れつつ魔女の館へ飛ぶ。魔女の館へのワープ出入り口には膝丈の雪だるまが飾られており、これでは出入り口が隠されていないではないかと、ため息をついた。仲間の作ったものならば無下にもできず、壊さないで素通りした。転移門を守る虫系シモベに適当に挨拶を交わして門の上に乗る。
景色はガラリと姿を変えた。
広い部屋には、かつてパインと共に魔法少女イベントをクリアしたフレンドたちの絵が壁一面に飾られ、シックでオシャレな家具が置かれている。それらにもあまり目をくれてやらず、両扉を開けた。
途端に騒々しい音が聞こえてきた。
「ほら!ほら!キュウべえ、さっさと金貨出しなさいよ!!!」
扉のすぐ隣り辺り、銀色のスタイリッシュなゴミ箱らしき物に黒いキューブを投げ入れているパインの姿があった。そしてヘドラと十一の筋肉たち。無駄に暑苦しさを感じつつウルベルトはパインの側へ移動する。
気づいたNPCたちは膝を折ろうとするがそれを片手を振って制止し、待機させた。
「こんにちは、パインさん。何をしてらっしゃるんですか?」
「あら。こんにちは、ウルベルトさん。見ての通りキュウべえにキューブを注いでいるところですよ。……そういえばキュウべえは私にしか見えないんですよね」
今ここにいるんですよと、指差す先には何もいない。
「残念ながら見えませんねえ」
「そうですか。見た目は愛くるしい人形なのでサンドバッグにどうかなと思ったんですけど、見えないんじゃ面白くありませんね」
ウルベルトに愛くるしい人形を殴る趣味はなかったので、見えなくてよかったと思う。勧められていたら引く。
「ところで、ちょっと話がしたいんですがそれはいつ頃終わりますかね」
パインはにこっと笑う。
「私もウルベルトさんと話がしたかったんです。これはえーと、キューブを入れて金貨に替えるところまで私がやらなくちゃいけないので、三十分はかかりますね」
パインは魔女の館にある壁掛け時計を見た。
「もうお昼ですし、午後から集まりませんか?できればアルベドや他のNPCたちも交えて話がしたいんです」
重要な案件に関わっているアルベドたちは仕事の引き継ぎがあるので今すぐには来られない。
「それなら時間を開けた方がいいですね。わかりました。午後の三時から……俺の部屋でいいですか?」
「私は構いませんよ」
「では、午後の三時に。……とりあえず今は暇なので見て行ってもいいですか?」
「いいですよー。というか、やっていきます?」
ウルベルトは顎に手をあてた。
このやっていきますというのは、おそらくキューブの生産だ。
グリーフキューブ生産、たしか魔獣とかいうモンスターを倒して得られるのがグリーフキューブ。それをキュウべえに渡すとユグドラシルの金貨やアイテムに変換してもらえるんだったな。
パインはキューブを入れ終えたのか手をパンパンとはたいた。
「いい運動にもなりますよ。まだ魔法を発動してなかったでしょう?」
「いきなり実践ですか?スパルタだなあ」
「違いますよ。ちょうど今舞台は空っぽで何もいないので技の練習できるんです。お望みなら魔獣を投下しますよ」
「とりあえず練習していきましょうかね」
「ではこちらへどうぞ。ヘドラと始祖たちもついてきなさい」
「は、かしこまりました」
計十三人の大所帯で、俺たちは部屋の奥、魔獣と戦闘するゾーンに足を踏み入れた。
ウルベルトはゴミ箱を振り返る。
「あれ、入れたやつ金貨に変換しなくていいんですか?」
「まだまだキューブを入れる予定ですから、今はやらなくてもいいんですよ。それより、ウルベルトさんはお腹減っていませんか?」
「平気ですね」
雑談する姿を見て、ヘドラはフードを深くかぶった。
【つづく】