王様のいないナザリック   作:紅絹の木

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パインの部屋

ロイヤルスイートルーム。ナザリック地下大墳墓の奥に位置する場所。至高なる四十二人の居住区であり聖域である。アルベドはその廊下は歩いていた。時々すれ違うメイドに会釈され、それに対して笑顔で返しつつパイン・ツリーの自室へ向かっていた。長い廊下を歩くが、足音はふかふかの赤い絨毯に吸収されるため静かだ。静寂の中でアルベドの心は弾んでいる。なぜなら、パインに呼ばれたからだ。

至高の御方。NPCたちに、自らの持ち物を分け与え続けてくださった。ほぼ毎日会って、大切に扱ってくださった。最後まで残ってくださった。自分とモモンガを結んでくれた恩人、数え切れないほどのご恩がある御方だ。その方の役に立てるかもしれないチャンスとあれば、自然と心は弾み喜びで翼がバサリとはためいた。

 

パインの部屋の前に着く。門番であるコキュートスの配下から鋭い視線を送られるが、これは当たり前だ。主君の部屋に入るものはすべて警戒し、不審な真似をすれば即座に切り落とす。その用心ができてはじめて門番としての役目を与えられる。

アルベドは慎まやかに扉をノックする。十秒後に今日のパイン様当番のメイドが扉を開けた。アルベドはパインに呼ばれた事を伝える。相手は頷いて、少々待つように言うと扉を閉めた。今度は数分間待った。再びメイドが現れて、中に入るよう促される。

 

「おはよう、アルベド」

「おはようございます。パイン様」

挨拶は短めを好まれるので、余計なことは言わない。

愛するパイン様は執務机に座ってらっしゃった。今日は真っ黒なお顔ではなく、女性の姿をしていらっしゃる。表情がわかること、そのご威光をしっかりと感じられるのでこちらの方が私は好きだ。

部屋の中には、メイド以外にエイトエッジアサシンが五体が護衛に当たっている。あまりにも数が少ない。しかし、至高の御方からの命令とあっては聞き入れるほかなかった。だが、時期をみて護衛を増やせないか進言してみよう。万が一もあってはならないのだから。

 

室内は温かみのある部屋だった。ロイヤルスイートルームをデフォルト設定のままに、写真を多く飾っている。壁じゅうに大小様々な写真は、ギルドメンバーと撮ったものからNPCたちとのツーショット、ギルド以外で繋がりがあったプレイヤーたちとの集合写真。ごく最近に撮った物も飾られていた。それらに加えて新しく増えたものといえば、室内には木製で精巧な装飾がされたクローゼットと廊下側のドアから入ってすぐの所に設けられた棚だろう。クローゼットはたしかドレスルームのアイテムを整理するために用意されており、棚はさらに写真を飾るために置かれたと聞いている。棚の写真はパイン様当番のメイドが毎日変えているらしい。今日も、ペストーニャや魔女の館を含めた全てのメイドたちとパイン様が写ったものが飾られている。

「よく来ましたね。早速、あなたとお話ししたいところだけれどウルベルトさんにプレゼントしたい物を思い出してね。少しこの部屋で待っていてほしいの」

「かしこまりました」

ウルベルト・アレイン・オードル様。近々ナザリックの外部にて潜入活動をされる。最も危険な場所に乗り込まれるのだ。パイン様から何か贈られるのは当然だと思われた。

一体なにを贈るのか、その日は浮かれてためか好奇心が刺激された。パイン様はNPCにも気さくに応じてくださる御方で、決してそこに甘えた訳ではない。ただもう少し話がしたかったというのはある。

「ウルベルト様にどのような物を贈られるのでしょうか?」

「変身アイテムの素材よ。私が集めていた物から渡そうと思って……見たい?」

まるでいたずらっ子のように微笑まれる。それがあまりにも、失礼かもしれないが、可愛らしくて頷いてしまった。

「いいでしょう。いらっしゃい」

 

 

 

ドレスルームの奥の部屋。

至高の御方が住む部屋らしくない場所だった。まるで明るい倉庫のようだ。床、壁、天井はどれも執務室と同じなのに、置いてある無骨な鉄製の棚と多くの木箱のせいで実用一辺倒だ。

天井まで積まれた木箱の間をまっすぐに進むと、壁際に引き出しタイプの大きめのキャビネットが見えた。

パインがその一つに手を入れて探し始める。

「アルベドはここに来たことはあったかしら」

「いいえ、ございません」

「ならば驚いたでしょう。面白みがないというか、事務的な部屋で」

「そう……ですわね。パイン様、この部屋には何を置かれているのですか?」

「愛よ」

アルベドは目を見開いた。意外な答えだった。パインの愛はその被造物であるヘドラ・ファンタズマのみに注がれていると、そう思っていた。

引き出しから、抜いた御手には一つの赤い玉があった。血よりも赤く、滴る水よりも輝いている。これが愛の正体なのか?

「これはドッペルゲンガーのみがドロップする素材で、変身アイテムはすべてこれがなければ作れないのよ。綺麗でしょう。私ね、どんな宝石よりもこちらの方が綺麗だって思うの。だってレア物だし、モモンガさんもいいですねって言ってくれたし」

どんどん言葉が普段使いのものへと崩れていくが気にならない。支配者らしい姿も、少女らしい言葉もどちらも尊き至高の存在なのだ。

「それは素敵ですね」

御二方が認めればそれは最高のものだ。アルベドはすべての疑問を捨てて首を縦に振った。パインは興奮して頰を赤くする。

「そうでしょう!ありがとう、アルベド。私の宝箱を見せてよかった。他のギルメンには引かれちゃったから……」

「まあ、どうしてでしょうか?」

「やり過ぎなのがいけないみたい。ドッペルゲンガーだけを狩り続ける姿が狂ってるように思われちゃって、一時期はモモンガさんに心配をかけてしまったわ。それにこの部屋も。宝箱と呼ぶのに内装に飾り気がないギャップとかが良くないみたいね」

顔を上げて部屋を見るパインの目は悲しげだ。アルベドは本心で良い点だと思う箇所を言う。

「……実用的でよろしいかと」

「そうよね。私もそこが気に入っているの。それに飾る時間より狩る時間のほうがよっぽど大事だわ」

「たしかに、想う時間も大切ではありますが、行動しなければ愛は伝わりませんもの」

パインは目をぱちくりと瞬かせて、それから目元をゆっくりと緩ませた。

「ええ、その通りよ。ありがとう。今日、あなたと話せて本当に良かったわ」

アルベドはぶるりと喜びに震えて「身に余る光栄でございます」と頭を下げた。

 

 

 

アルベドを連れて執務室に戻ると、ちょうどウルベルトが応接用のソファに座っていた。

軽く挨拶を交わして、彼の向かいに座る。アルベドは私の後ろに控えた。

アイテムボックスから赤い玉を取り出して、机に置いた。

「ウルベルトさん。これがお渡ししたいものです」

「ほお、赤い玉。聖遺物級の変身アイテムが作れますけど、いいんですか?これレア物でしょう。ドロップするまで苦労したんじゃないんですか?」

「他にもあるので大丈夫ですよ。それに使ってあげないと可哀想でしょう?」

ウルベルトは紅茶を飲む手を止めて、じっとこちらを見つめる。なんだろう。

「……俺には物が可哀想とか、よくわかりませんが、貰えるんですから遠慮なく使わせてもらいます。ところで、あの玉の保管庫をアルベドにも見せたんですか?」

「ええ、そうですよ。実用的でいい部屋だと言ってもらえました!」

「よかったですね」

「はい!」

ウルベルトは紅茶を飲み干してカップを下げさせた。赤い玉をアイテムボックスに入れ、代わりにあるアイテムを取り出した。

「これ、せめてものお礼です」

写真立てだ。中身は入っておらず、形や色は様々である。

「おお、ありがとうございます。さっそく使わせてもらいますね。一枚どうですか?」

「撮りましょうか。今日の記念に」

立ち上がってウルベルトの横に移動する。アルベドとメイドも呼ぶ。私たちギルドメンバーは座って、NPCたちは後ろに立っている。エイトエッジアサシンにデジタルカメラを持たせて、撮ってもらった。

「ハイチーズ。……よろしいでしょうか?」

「見せてちょうだい。うん、いいと思う」

「いいんじゃないですかね?なあ、二人とも」

カメラの画面を見て、至高の存在が良く撮れているかチェックした二人は及第点だと判断して「よろしいかと」と答えた。

それには気づかずパインは嬉しそうに頷く。

「ええ、よく撮れているわ。ありがとう」

「滅相もございません。パイン様」

「よくやった。……俺はこれから鍛治師のところに行きますのでこれで」

ウルベルトが立ち上がり、パインも立って見送る。

「わざわざ寄ってくださってありがとうございました。ナザリックを出るときは教えてくださいね。見送りたいので」

「わかりました。その時になったら伝えますね。素材ありがとうございました。では」

「それじゃ」

 

ウルベルトが去った後。パインがソファの上座に座り、その側にアルベドが座る。彼女たちの前に新しく入れられた紅茶が置かれた。紅茶を一口飲む。

「ねえ、アルベド。ウルベルトさんはどんな格好で外に出かけるか知ってる?」

外に出るメンバーは知っているが、服装までは見せてもらっていない。彼女は何か知ってかなと思って質問したが、美しい悪魔は首を振った。

「いいえ。存じておりません」

一緒だ!

「私も知らないの。だからね、見送る時がとっても楽しみなのよ!一体どんな服装で冒険者になるのかしら。気になるわ」

「ウルベルト様に直接お聞きにならないのは、楽しみを後にとっておくためでしょうか」

「そうよ。その方が面白いでしょう?」

「日々を焦がれて過ごすというのも、楽しいかと思います」

「今、まさにそれね!はあ、楽しみだわ。胸が踊るわ」

ウルベルトさんの人化を拝めるなんて転移してきてよかった。どんな姿で出かけるのか見てみたい。

妄想にふけっていると今度はアルベドが質問してきた。

「パイン様、ウルベルト様は誰を外に連れて行くのか、ご存知ですか?」

「知っているわ。ナーベラルとアビスよ」

「アビスというのはたしか、パイン様が自ら創造されたNPCでしたね」

「そうよ。完璧超人始祖のなかで最も人間らしい見た目をしているし、タンクとしても優秀だから推薦しておいたの。……ついて行きたかった?」

アルベドはにっこりと微笑む。

「いいえ。私はナザリックの内政という大役を任されておりますから。それにパイン様が以前、アルベドだからこそ安心して任せらると仰っていただきました。ならば私は役目を全うしたいと思います」

「アルベド……。今もその気持ちに変わりないわ。いつも助けてくれてありがとう。これからもよろしくね」

アルベドはNPCには珍しく、嬉しそうに笑うと「こちらこそ末永くよろしくお願いします」と頭を下げた。

 

パインは喜んだ。原作ならば、NPCたちは礼を辞退し恐縮するだろう。

だけど、変わってきている。今のアルベドのように態度が良い方向に軟化していた。これならモモンガさんも肩の力を抜いて支配者を振る舞えるだろう。今ならウルベルトさんもいる。男同士、話し合えるならストレスもフリーになるはずだ。

「(モモンガさん、早く戻ってきてください。原作よりもきっと、楽しいことになりますからね)」

 

 

〈つづく〉


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