「ニャガー!!!」
「ハワー!」
独特な大声が戦場から上がる。十一体のNPCが魔獣という異形のモンスターを、殴り蹴飛ばしていく。離れた所にヘドラが立ち支持を飛ばしていた。いくら魔法とスキルによる支援があったとはいえ、一方的な戦いだ。
「もう少し手加減した方が練習になったんじゃないですかね」
そう言うのは、ウルベルトだ。パインと二人、魔女の館の地下深くの部屋の隅に立っている。魔獣と戦うための部屋は大きかった。五十メートル級で、耐久型らしい大きな体の魔獣十体と戦っても狭く感じない。さらに十体追加されても余裕があるだろう。
パインは眉を下げる。
「もちろん支援なしでも勝てますけど。彼らは喜んでくれましたし、それに怪我負ってほしくなかったし……」
レベル六十台とレベル百での戦闘において、万が一にもレベル百が負けることはない。もちろん、世界級を持ち出されたらその限りではないが、今回はグリーフキューブの効率的に収集することを目的としたルーチンワークの一つだ。プレイヤー戦でもないのに、パインは心配しすぎている。
仲間に対しては抱かなかったが、NPCたちには過剰なまでに反応していた。パインは今日やっと、自らが過保護の心配性であったことを自覚する。
自分がこんな感じなら、ウルベルトはどうなんだろうと考えてある事を思い出した。
「ひえ」
「うわ、いきなりどうしましたか」
引きつった声に驚くウルベルトをよそにパインは慌てる。
「あの、実はまだデミウルゴスにウルベルトさんの帰還を知らせてなくて、ですね。それでやべーってなっているんです」
「ああ、いつも連絡ミスですか。懐かしい」
「私のミスで和まないでください」
現在のナザリックにおいては非常に問題のあるミスをしてしまった。まずウルベルトに謝罪すると、彼は気にしていないと言う。
「実はすでにデミウルゴスとは話したんですよ。昨日パインさんが部屋を出てすぐあいつに連絡したんです」
「そうなんですか!ということは、デミウルゴスはすでにナザリックに帰還しているんですか?」
「いや、帰還はさせていません」
「なぜ?え、会いたくないんですか??」
信じられないと山羊の顔を見る。
「だって仕事中でしょう。ひと段落してからでもよくないですか?」
「ウルベルトさん……」
パインはゆっくりとウルベルトの両肩を掴み、まっすぐ目を見た。
「会ってください」
「でも、この後あなたを含めて会議が……」
「予定変更してください。……お願いします」
それからすぐ、パインはデミウルゴスに連絡を取り謝罪と至急ナザリックに帰還するよう伝える。忠義厚い悪魔は謝罪を「恐れ多いです」と辞退し、涙ぐんでお礼を口にした。
パインは心の中で「連絡遅れてマジでごめんなさい」と土下座し、今後気をつけるようにと手帳に書き留める。さらにデミウルゴスの帰還と会議の変更をアルベドに伝えておく。これでいいだろう。
「デミウルゴスは数時間後には帰って来れるみたいなので、会ってあげてくださいね」
「わかりました。……それで、俺の護衛にでもすればいいんですかね」
「そこはお任せします。護衛が鬱陶しかったら第七階層の守護を命じればいいでしょうし」
そのへんはウルベルト次第だと言うと、彼は以外だと思ったようだ。
「いいんですか?」
「私はNPCたちと遊んだり話したりしたいと思いますが、ウルベルトさんはそういうの特別好きそうじゃないし。彼らを傷つけない程度に自由にしたらいいと思います」
「ありがとうございます。強要されないことが楽で嬉しいです」
「それはよかった」
魔獣が残り一匹になったところだ。もうすぐ戦闘も終わるだろう。
そのとき、唐突にウルベルトが聞いてきた。
「そういえばパインさんは、ヘドラと結婚しているんですよね」
「ええ、ユグドラシルにあったプレイヤー同士の正式なものではありませんが。モモンガさんに付き合ってもらって真似事みたいなことはしましたね」
「……どんな感じですか?」
「幸せです。愛されて、幸せですよ」
「愛されて幸せか……パインさんはあいつのことが好きなんですか?」
「私は、ヘドラのこと大好きですよ。これからもっと好きになっていくと思います」
「……そうですか」
若干わからないという雰囲気を醸し出すウルベルトはそっとしておき、ラスト一発、魔獣を仕留めたパンチをしっかり目に焼き付けた。
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次の戦闘からは私たちも参加した。魔獣を三倍に増やしてグリーフキューブのドロップ率を高める。私が参戦することでグリーフキューブはドロップ増加するので、今日だけで多く稼げるだろう。
魔獣を倒す作戦は簡単だ。
まず始祖たちとヘドラが統率する使い魔で敵を足止め、私がメインウェポンの巨大な裁ち鋏で魔獣の下半身を切って動きを封じ、ウルベルトさんが仕留める。これを繰り返した。
シンプルな作戦でパターン化しやすいからこそ、慣れれば作業効率が上がる。敵を倒す時間が回を重ねるごとに早くなり、私たちの連携もいいものへとなった。
ちょうど、ウルベルトさんのMPがそろそろ切れるという頃にアルベドから〈伝言〉が入る。デミウルゴスが帰還したらしい。迎えに行こうかと相談するため、ウルベルトさんを見たら肩で大きく息をしていた。私は「魔女の館まで来て欲しい」と伝えておいた。
「ウルベルトさん、デミウルゴスが帰還したので上がりましょう」
「り、了解です。はあ、はあ……これ残量に気をつけないと自滅するな。動きが鈍る」
「大丈夫ですか?少し休んでから上がりましょうか。それとも運びますか」
力持ちならこちらに、と言うと十一の筋肉隆々の男たちがボディビルダーがアピールするようなポーズを各々とりだした。
「もちろん、私でよければ肩貸しますよ」
「いえ、〈飛行〉で動くので大丈夫です。それに、旦那がいる前で嫁さんに肩貸してくれなんて言えませんよ」
「そうですか」
パインはそういうものなのか、と疑問を含めてヘドラと顔を合わせる。相手は首を傾げた。
「そういうものなのでしょうか?」
ヘドラの、このナザリックの忠臣らしい振る舞いは余所行きのものだ。他のギルドメンバーがいる前では言動を変えるよう設定されている。
「……嫉妬しないのか?」
ウルベルトがアイテムを使ってふわりと空中に浮かぶ。ヘドラは左胸に手を置いて答える。
「します。パイン様の側に己以外の、他の者がいたらと想像するだけで胸が焼け尽き、理性が怒りに飲み込まれてしまいそうになります。ですが、パイン様のドッペルゲンガーは私だけ。なので心中穏やかであります」
引っかかる言い方だった。パインは目線だけでそれ以上余計なことは言うなよと願うが、叶わない。
「なぜドッペルゲンガー限定なんだ?嫉妬するべき対象はこの人に近づく相手だろう?」
ヘドラは視線に気づいた。だが、読み違えた。
「いいえ、ドッペルゲンガーのみで良いのです。なぜなら、そういう性癖の御方ですから」
性癖のことならば、ギルドメンバー全員の、周知の事実だと思ったのだ。だってモモンガは知っていたのだから。
「しっー!」
慌てて止めるが、出てしまった言葉は戻って来ない。ウルベルトはそっと、ほんの一メートルだけパインから離れた。
「変態だったんですねえ」
「やめてください。引かないでください」
「おや、言ってはいけませんでしたか。これは大変失礼いたしました」
「いいよ……ちゃんと話していなかった私のせいだから、いいのよ」
パインの肩ががくりと落ちた。
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そういった仲間の、新しい発見をしつつ。また始祖たちからヘドラへ、勝手に女性の秘密を話てはいけないと注意されたりと、賑やかに館の広間に戻る。ヘドラと完璧超人始祖たちはどういう関係になっているのか気になっていたが、どうやら友人の間柄らしい。
すでにデミウルゴスは到着していた。広間へ通じる両扉が開くと、悪魔は余裕がある笑みを浮かべていた。しかし土埃被る私たちを見て血相を変える。
「なんということでしょうか!お召し物が……すぐに汚れを」
「後で大浴場に行くから、今はかまわん」
「私も、後でここのお風呂に入るから大丈夫よ」
「左様でございますか。でしたら、私からは何も言うことはございません」
久しぶりに会ったデミウルゴスは、見た目上変わりなく安心した。改めて「おかえり」と、加えてすぐにウルベルトの帰還の連絡が遅れたことに謝罪をする。忠臣な彼はやっぱり「とんでもございません」と頭を下げるのだった。
そうして私たちのやりとりが一段落して。
「おかえり、デミウルゴス。あー、ただいま」
「……第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に。ただいま戻りました、ウルベルト様。そしてお帰りなさいませ」
この日はじめて、デミウルゴスから涙が流れた。
積もる話は大浴場でするらしい。そのまま二人は魔女の館から第九、十階層へ帰っていった。
残った私たちはというと、デミウルゴスの涙にもらい泣きしてハンカチを濡らしていた。
私、弱いんだよね。ああいう感動ものは特にさ。
感情の波が収まり、始祖たちを労ってから結界の中へ帰らせる。結界の中は住居スペースを完備させているので、彼らの生活には困らない。
ウルベルトとの会談は午後からの予定だった。だが、私がデミウルゴスのために時間を取るようお願いしたので、時間は大幅にズレ込んだ。
ヘドラにこれからの用事を伝える。
「お風呂に入った後、グリーフキューブをキュウべえに再び渡すわ。その後ウルベルトさんと会談になってるから、時間になったら教えてちょうだい」
「かしこまりました。会談は何時頃から始められますか?」
「夜の九時になったら」
「では、一時間ほど前になりましたら、お知らせいたします」
ヘドラの美しい所作の礼を見届けて、パインは数名のメイドを連れて風呂場へ入っていく。もちろん服を脱がせてもらうだけだ。体はさすがに恥ずかしいので自分で洗っている。
「(そういえば、ウルベルトさんの話したいことってなんだったんだろう)」
【つづく】