夜九時、約束の時間。ギルドメンバーの自室に人が集っていた。
部屋の主人ウルベルト、彼の被造物であり巻物の素材を探しを任されたデミウルゴス。ナザリックの内政を担うアルベド、彼女を補佐するパンドラとヘドラ。美しい女性の姿から真っ黒な球体の顔にドレス姿へ着替えてきたパイン、以上六名だ。
長テーブルにギルドメンバーが座り、残りのメンバーは立っている。座ることは辞退されてしまった。
パンドラはウルベルトの指輪を借りて、パインが宝物殿から出した。この会議にはナザリックの知恵者を全員呼びたいと、ウルベルトが言い出したからだ。一体何の話があるのか、パインには見当がつかなかった。
ウルベルトが咳払いをする。
「人が揃ったな。では、始めよう。俺が行いたいのは情報交換だな。例えば漆黒聖典と呼ばれる者たちについて知りたい」
パインは内心とても驚いた。そして、やはりこういう状況において表情が見えないというのは自分にとって有利に働くと思った。今の表情を見られたら何か知っていると勘ぐられてしまう。私は動揺からうまく誤魔化せない。嘘だって下手についたら信用が下がってしまう。ウルベルトとの仲に不和を招きたくない。仮に、本当のことを言ったとしても信じてもらえないだろう。おかしな人だと距離を開けられたら悲しい。だから自分の知っていることは隠そうと決めた。
「漆黒聖典が、気になりますか?」
パインは努めて平静を装った。ウルベルトは怪しまず頷く。
「ええ、なんでも一国の切り札らしいじゃないですか。俺たちが警戒すべき未知の存在です。まあ、周辺では最強と呼ばれる王国の戦士長があのレベルなので、考え過ぎかもしれません」
でも、と続ける。
「法国はプレイヤーが作った国らしいじゃないですか。俺たちのように、魔女の館のようなレベリングに最適かつ金貨を延々と補充できる施設があるかもしれない。そうならば、戦士長より強い可能性がある」
「たしかに、そうですね」
彼の言う通りだ。レベリング施設は盲点だった。じゃあ原作より強い可能性もあるのかと、今更気づいた。原作のレベルなんて知らないけれど、うーん、高レベルの場合はどのくらいになるんだろうか。一応、レベル百と仮定して襲撃の準備を内密に進めている。……レベル百以上でした、なんてことないよね?
ウルベルトはアイテムボックスから書類の束を取り出してテーブルに置いた。
「この書類は法国の情報源から得たものをまとめた資料だ。これ以上に、または新しく得た情報はあるか?」
NPCたちは顔を見合わせた後、アルベドが発言する。
「申し訳ございません。現状、その件につきましては新しくご報告できるものはございません」
「そうか、残念だ」
パンドラが声を出す。
「もしお時間をいただけるのであれば、法国へシモベを潜入させ直接情報を手に入れましょう」
創造主の隣でデミウルゴスが首を振る。
「それは先程私も進言させてもらったんだがね、プレイヤーがいるかもしれない場所にシモベを派遣することは危険だと却下されたよ。下手に刺激して戦争の口実を与えてはいけない、とね」
それを聞いてNPCたちは悔しそうに表情を歪めた。私はどうすれば法国の情報をより手に入れられるか考える。
「……知っている人に直接話を聞けたら楽なんですけど」
「そうだろ?」
ぱちん、と山羊の指が鳴る。
「だから、俺は冒険者になるよ」
「えっ危ないですよ」
今さっき未知の存在は高レベルかもしれなくて危ないよねって話したばっかりでしょうが。なぜ自ら飛び込むんですか。
山羊の悪魔は深くソファに腰掛ける。
「いいか?未知の存在にうまく対処できるのは誰だ?それは、未知を冒険してきた俺たちギルドメンバーだろう?」
「そうですね、NPCたちよりかは慣れていると言えます」
「でしょう?……俺たちは、あらゆる方面から情報を得た方がいい。それも早急に。なぜならすでに情報戦で負けているからだ」
その言葉に皆、予想通りなのか落ち着いて聞いている。デミウルゴスは先に話し合ったのか静かだ。私は黙ってウルベルトさんの言葉に耳を傾けた。
「俺たちは、俺たちより早く来たプレイヤーに情報戦で負けている。先に来た方が色々知っているのは当たり前、この地にしかないアイテムを持っているのも当たり前だ。だが、それを仕方ないで済ませる気はない。負けているなら、追い越せるように努力するべきだ」
「その一つが冒険者になって、広く情報を集めることなんですね」
「そうだ。聞けば、冒険者は国に縛られない自由な職らしいじゃないか。様々な国を堂々と行き来して入り込み、生の情報を得られるのは有難い。これ以上にいい職はあるのか?」
「あと思い浮かぶのは商人ぐらいでしょうか」
山羊の頭を振る。
「それは俺向きじゃないな。ふむ、見た目が人間に見えるセバスとプレアデス辺りに任せませんか?」
パインは頷く。
「賛成です。彼らならある程度の敵に対処できるでしょう」
それからはサクサクと話が進んだ。
結果、ウルベルトの護衛には影の中に入り込めるシャドウデーモン以外に高レベルの召喚モンスターのハンゾウを数体つけること。そしてタンク役には完璧超人始祖の一人、最も人間らしい見た目のアビスマンをパインは推した。
商人のフリをして潜入するメンバーは、執事役にセバスとそのお嬢様役にソリュシャンが決まった。
一段落したところで、次はパインが話し出す。
「あの、私も少し出かけたいんです」
「どちらにですか?」
食い気味で反応するアルベド。優しげに微笑んでいるがどこか余裕がないように見えるのは気のせいかな?
「今すぐじゃないわ。ただ、賊のアジトを見つけたら試したい事があるの」
「何を試されるのでしょうか」
「適材適所」
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「ふー、終わった」
自室に帰ってきたパインは、アイテムの仕分けを行ってくれたメイドをよく褒めてから帰した。それから寝室へ、ヘドラと共に寝転ぶ。
パインは両手足を伸ばしてから、ふっと力を抜く。程よく脱力して気持ちがいい。しかし、隣の気配はカチカチであった。
「ヘドラ、そう意識しないで。襲わないから」
「何?襲わないのか?」
素のヘドラに対してそんな度胸ない、と心の中で嘆く。それから襲われても困ると。
「この体は言わば使い魔の体を乗っ取った借り物ですもの。私じゃないのに、あなたには触れないわ」
「……なるほど。以後、気をつけよう」
何をとは聞かないでおく。それがわからないほど、彼との関係は幼くない。
パインは夫の方へ体を寄せた。
「触れることはできないけれど、こうやってさ、あなたと二人きりで過ごしたかったの。喋ったり、好きな映画を見たり、もっとお互いを知りたい」
パインは、今自分の中で芽生えているヘドラへの気持ちを大切にしたいと思っている。
彼を作った頃は打算的な気持ちだった。自分を都合よく愛してくれる存在、絶対的な味方、そういうものだった。でも、長く接すれば愛着が湧くように。彼を大事なものとして扱うようになった。
彼から愛されるようになって傍にいることが心地よくなって。この場所にずっといたいと、思った。
ヘドラは右手をパインの左手に重ねる。
「私は、映画をあまり見ないから君が選んでくれるか?」
「いいわ。まずは私の好きなアクション映画から見ていきましょう」
ストーリーが明快で派手なアクションは見所が多く、はじめての彼にも楽しんでもらえるだろう。
「(同じジャンルを好きになれたらいいなあ)」
パインは起き上がり、映画のデータを置いてある棚へ歩み寄った。
〈つづく〉