ナザリック地下大墳墓、表層。天気は晴れ。
旅立ちーーー数日後には帰ってくるーーーには、良い朝だった。
「普通ですね。厨二病が足りないんじゃないんですか?剣モチーフのペンダントとかいります?」
「パインさんは俺をなんだと思っているんですか」
「悪魔ですよ?」
「そうですか。煽られているのかと思いましたよ」
人間のような姿をしているパインの前には、人間がいた。
黒目黒髪で中肉中背の青年。背は百七十センチ後半。顔はこの世界では普通で特別な部分はない。
質の良いシャツにズボンを着てその上に革の胸当てを装備している。これだけだととても質素だが、手袋やブーツ、アクセサリー類は派手な意匠が施されていた。特に目を引くのが、大粒のスターガーネットがはめられたブレスレットだ。
腰に剣を下げ、腕にマントを持って立っている。
彼の装備はすべて魔法的な付与がされており、やんわりと光っている。
この人こそナザリックの主人が一人、ウルベルトが変身した姿だった。
装備品も変身効果によって外装が変更されており、現在の見た目になっている。
この変身効果は素晴らしく、かなり性能が良かった。触っても術が解けないこと、毛皮から人間の肌の質感へと触感を騙せること、飲食可能などが挙げられる。
ただし、一部スキルと魔法が制限される。ステータスも大幅に下がってしまうが。
「(まあ、冒険できることを考えればこんなもの大したデメリットじゃない)」とウルベルトは考えている。さらに肉壁となるハンゾウが一体、シャドウデーモンが二体、護衛にNPCが二人ついてくるのだから、この身は安全と言えるだろう。
現在、この場には主人が二名、見送りに来たアルベドと護衛のシモベたちしかいない。
パインは少し考える。
もし、このシャツにズボンという姿でユグドラシルを歩いたら、人間種のルーキーだと思われるだろうな。なぜなら、見た目がユグドラシルの人間種のデフォルトアバターに似ているからだ。
だが、ここは異世界。なので装備品の良さから貴族辺りと勘違いされるだろう。
「その装備なら貴族辺りと勘違いされるでしょうね。質が良く魔法が付与された装備品を身につけていますから」
「そういうもんなんですね。んんっ、来たな」
ナザリックへ入る扉から出てきたのは、変装したアビスマンとナーベラルだ。
タンク役のアビスマンは青い金属のフルアーマーだ。兜は目を覆うが、鼻から下はイノシシを模したマスクが覆っている。鎧は微かに光っていることから魔法が付与されていることがわかる。付与されている効果はこの世界の基準に合わせて大したことはないと、パインさんが言っていた。しかし、一瞬でメインの装備にチェンジできる代物だから、いざというとき便利らしい。
両手に体の半分もあるでかい円盾を装備している。あれで敵を殴るらしい。まんま茶釜さんの戦い方だな。本来の武器はやまいこさんやユリと同じく拳だ。盾を装備したのはパインさんの命令で、敵に偽の情報を掴ませる為だ。
ナーベラルはその黒髪をポニーテールのまま結い上げている。だが普段のメイド服ではない。ウルベルトよりも軽装で、魔法の付与すらしていないシャツとズボンとマントのみ装備している。この装備だけでは様々な場面において対応できないと不安になるが、こちらも一瞬でメイン装備に着替えられるらしいので、安心だ。
二人は私たちの前で膝をつく。
アビスマンが口を開く。普段のおどけた口調とは違い、真面目に話している。
「お待たせいたしました。パイン様、バッファ様。ご命令通り、親しい者たちと別れの挨拶を交わして参りました」
「そうか」
青年は支配者らしく頷く。それを見てナーベラルはーーーアビスマンの方は顔が兜とマスクに隠れてわからないーーー嬉しそうだ。その表情を見て思い出すのは一般メイドたちである。
「(ナーベもメイドたちのように、物のように扱われた方が支配されてるって感じでいいのかしら?うーん、私はできそうにないな)」
頼まれたとしても無理そうだ。なぜなら大事にしたいから。NPCの気持ちより我を通すところが、モモンガさんと違って支配者に向いていないと感じてしまう。
「では、これよりエ・ランテルに向かう。パインさん、後は頼みますね」
「頼まれました。気をつけていってらっしゃい」
三人とシモベたちは〈飛行〉の呪文で飛び上がり、街の方へ飛んで行った。
姿が見えなくなった頃になってからナザリックの中へと戻る。歩きながら今後のことについて考えていた。
「(さて、ウルベルトさんにはポーションとズーラーノーンの情報とそれらの活用法を書類にまとめて渡した。ぶっちゃけ原作そのままの作戦だけど上手くいくでしょう。だからあちらは任せよう。私は集中しなきゃ!)」
パインはアルベドたちと別れて、魔女の館へ転移した。
ーーーーーーーーーー
二日後。
ウルベルトさんからの定期報告は平和なものだ。ンフィーレアくんと無事に知り合い、こちらの世界のポーションを購入したり。また、ズーラーノーンをさっそく捕獲してイベントを起こすタイミングを狙っていると言っていた。上手くやれば、マッチポンプになってしまうが、冒険者ランクを一気に上げられるのでタイミングを見計らっているのだろう。
もしかしたら風花聖典というスレイン法国の手の者が来るかもしれない事も伝えてある。
という事をデミウルゴスに伝えたら、ウルベルトさんはナザリックに帰還となった。風花聖典を捕まえるまでは缶詰にされると聞いている。
それに対して彼は「心配してくれるのは嬉しいが忠誠が重い!」と嘆いていた。
どんまいです……今度愚痴に付き合いますので、この回は守られてください。
そしてこちらはーーー。
無事に野盗たちのアジトを見つけ出せた。
『パイン様、獲物が動き出しました』
「ーーーわかりました。行きましょう」
ついに、その時が来た。
ソリュシャンの〈伝言〉を受けて、私とヘドラ、完璧超人始祖たち十名と肉壁となる高位のシモベたちはナザリック表層に集まり、シャルティアが作り出した〈転移門〉へ足を踏み入れた。
その先は平原だ。そして草が刈られただけの道が真っ直ぐ伸び、その上に馬車が止まっている。周りは死体だらけだけどまったく気にならなかった。セバス、ソリュシャン、シャルティアの部下であるヴァンパイア・ブライドたちが膝をついている。
「参りましょう。セバス、ソリュシャン貴方達の無事を祈っていますよ」
二人が頭を下げたのを見届けて、私たちとシャルティアたちは新しく部下にした下位のヴァンパイアにアジトへと案内させた。
森の中のトラップはすべてネズミたちにくらってもらい、真っ直ぐ進む。おかげで誰も罠にかからなかった。やがて森が開けて、洞窟についた。
「(やったここだ!!!)」
私は興奮したまま、すぐにネズミたちを再召喚し辺りへと散らせる。見つけるのは冒険者グループと漆黒聖典たち。ただし交戦は一切ぜず、あくまでも身を隠して発見にのみ命令を下す。
これで準備は整った。次は支配者としての仕事を行おう。
パインはシャルティアと向き合う。
「シャルティア、ここからの指揮権は貴方に移します。ここにいる者たちを捕らえてみせなさい」
美少女はにこりと笑い、優雅な礼をする。
「かしこまりんした。すべて蹂躙してみんす」
「(いや、蹂躙じゃなくて捕らえて欲しいんです……)」
多少遊んでもいいと言ってあるが、これ大丈夫かな。
そんな私の心配を他所に、彼女は新しく配下にしたヴァンパイアに出入り口が一つしかない事をたしかめると、見張りの男に投げた。凄まじい勢いで飛んだモンスターにぶつかった男は散った。
「(あらーーー!!!?)」
「すとらーいく」
なんて事だ、原作通りじゃないか。
美少女は続いてその辺にあった手頃な石を投げ、二人目の見張りを殺した。
「つーすとらいく、でありんしたかね」
こちらを見てきたので、頷く。シャルティアはにっこりと上機嫌だ。一方でこちらの空気は驚きで凍っている。これをナザリックで見ているアルベドたちもきっと驚いているだろう。
出入口を塞がずに攻撃したのはマイナス評価だ。始祖たちも「あれはマズイよな?」といった表情を各々している。いやサイコマンがわかりやすいくらい動揺していて面白いな。
私はシャルティアにヒントを与えないため、全員に顔色を変化させないよう命令する。
「シャルティア、あなたは自由にしていいからね」
「かしこまりんした」
ちなみに途中もネズミたちを使って落とし穴などのトラップも潰して進んでいく。
出入口に最も近い部屋を占拠し、それから先はシャルティアたちと〈完全不可知化〉をかけたサイコマンが進む。サイコマンにはシャルティアの行動を見守る役目を言い渡してあるのだ。
三人を見届けている内に室内が清掃されたそうで、中は綺麗になっていた。家具もどこから持ってきたのか玉座らしき豪華な椅子が部屋奥に置かれている。
「どうぞ、我が君」
「ありがとう、みんな」
二十回ほど練習した座り方でそっと椅子に腰掛ける。うん、ちょうどいいクッションの硬さだ。
「うん、とっても座り心地がいいわ。皆も楽にしてね」
「はっ」
各々が部屋の隅か廊下の方へ立つ。私は手帳を取り出して今後の流れを思い出していた。ここしばらくは今日のこの作戦で頭がいっぱいだ。成功させたくてたまらないけれど、その瞬間が来て欲しくない気持ちに傾いたりする。失敗は絶対にできない。
ギュッと手を握っていると、重ねるようにヘドラの手が乗せられた。彼の顔がすぐそばにある。
「なあに?」
「あまり抱え込み過ぎないでくれたまえ」
「わかってる。私一人じゃできない作戦だもの、だからあなたたちを総動員させて……」
「そうではないよ、我が愛しの君」
ヘドラが前に移動し対面する。
「私を見てくれ」
言われた通りヘドラの顔を見た。いつもと変わらないつるりとした顔に、目と口の部分に穴がある。
「不安があるなら、共有させてほしい。苦しさを分かち合えば半分になるだろう?」
それは、私がヘドラに教えた言葉だった。そしてその言葉には続きがある。
「……楽しさを分かち合えば二倍になる。うん、そうね」
目を閉じて自分の不安と向き合う。これの正体は何なのか。
しばらくしてパインは目を開けた。そしてヘドラと手を繋ぐ。
「あのね、怖いの。この作戦が上手くいかなかったらどうしようって不安でたまらないのよ」
ヘドラは頷く。彼と始祖たちにはこれから起こる事を話してある。だから"作戦"といえば何を示しているのか理解してもらえる。
「私やシャルティア、あなたたちに何かあったらどうしよう。ウルベルトさんに迷惑かけたらどうしようって。せっかくここまで準備してきたのに、失敗したらどうしよう。なんて、考えたらキリがないわ」
「完璧主義だね。私はパイン様が無事でアイテムを得られたら何の問題もないと思うよ。NPCは死んでも金貨で蘇る。金貨だって大量得られる手段があるからね」
「わかってる。まずは頭である私が無事であることが大切よ。でもね、あなたたちの事も大事なのよ」
この世界に転移してからは命ある者同士の付き合いだ。ユグドラシルの頃よりも情が湧いてしまった。できれば誰一人も怪我をさせたくない。そんな風に考えてしまう。
パインは立ち上がりヘドラの胸の中へ。ヘドラは両腕で抱き締めた。
「……大丈夫だよ。あれだけ高レベルの魔獣たちと戦ってチーム力を高め、作戦を練ったじゃないか。私たちならやれるさ。そうだろう?」
「ええ、そうね。きっと大丈夫。ちゃんと準備したもの」
そうだ。高レベルのチーム戦を想定してレベル八十後半から九十前半の魔獣たちと戦ってきた。さすがにそこまで強くないと思いたいが、念のためだ。装備だって万全である。
やるだけの準備はしたわ。
ヘドラから離れる頃には不安が剥がれ落ちていた。そして心の底から柔らかく勇気の炎が燃え上がる。
「……やるだけやってみよう」
「その意気だよ、我が君」
そう言う彼の表情は変わらないのに、笑いかけてくれている気がした。
〈つづく〉