王様のいないナザリック(完結)   作:紅絹の木

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前菜

 

ヘドラに励まされてからは、みんなとお喋りした。おかげでそれぞれの表情から強張りがなくなる。和やかな空気になった。

これなら良いパフォーマンスができそうだ。きっかけをくれたヘドラに感謝する。

「ヘドラ、ありがとう。調子が戻ってきたわ」

「礼なんて恐れ多い」

普段よりも茶目っ気を含んだお辞儀をする。私は笑った。

「まあ、ヘドラったら」

「ふふふ」

ヘドラも笑ってくれる。始祖たちも僅かに口角が上がっていた。胸に温かい光が降り積もるようだ。ささやかだけれど、こういう幸せも大切にしていきたい。

 

そのためにも、今日を乗り切らなければならない。

 

そのとき、ネズミたちから思念が送られてきた。アジトの隠し出口と思われる方向からは、人を捕らえたという報告。出入り口からは、こちらに近づく集団がいるという報告。

片方には結界内で監禁しておくこと、もう一方には監視を命じた。

これで良し、と椅子に背中を預けようとして、やめた。シャルティアの配下、ヴァンパイア・ブライドが入ってきたからだ。

 

彼女は跪き、頭を垂れる。

「パイン・ツリー様にご報告があります」

「直答を許します。近くへ」

「ありがとうございます」

彼女に許された距離まで縮めると、再び膝をつく。

「ご報告いたします。人間どもがこちらへ近づいております」

その件か。パインは頷いてみせた。

「報告ご苦労。その件ならば、先程ネズミたちから聞いています。あなたはシャルティアに知らせ、この部屋に戻るよう伝えなさい。私たちはここで待ちましょう」

「かしこまりました。すぐに行動を開始します」

ヴァンパイア・ブライドは部屋を出て行った。

 

 

 

「お待たせいたしました。パイン様」

数分後、頭上にブラッド・プールを浮かべたシャルティアと二体のヴァンパイア・ブライド、サイコマンが戻ってきた。四人は私の前に跪く。シャルティアの表情が強張っている。多分、獲物……ブレインを逃してしまった失態について考えているんだろう。サイコマンや他の始祖たちがどのような報告を上げるのかにもよるが、今回の作戦でシャルティアの評価は下がる。私は原作知識で知っていたから、あまり下がっていない。やっぱりこうなったか、くらいである。

 

しかし、ウルベルトさんは違う。未来を知らない彼は、彼女が警戒せず、よく調べもせず行動したことに怒るだろう。がっかりするかもしれない。

 

私が最初から指揮を取れば、彼女の失態はなかった。けれど、それでは成長に繋がらない。やらせなければ、何もできない。

心苦しいが彼女のためを思えばこそだ。ペロロンチーノさんに詫びたい気持ちに蓋をした。

私は内心を表に出さず話す。

「よく戻りました。……全員無事でよかった。何か報告があれば聞きましょう」

代表してシャルティアが声を絞り出した。

「……ご報告いたします。獲物を一匹、取り逃がしてしまいました。申し訳ありません」

「それなら問題ないわ。私のネズミたちが捕らえたから。しかし、シャルティアが人間を逃したことに変わりありません。それを踏まえて、ウルベルトさんに報告しましょう。いいですね、シャルティア?」

「かしこまりました。ところで、女たちはいかがいたしましょうか?」

ぴたり、とパインは停止する。

 

そんなのいたっけ?ああ〜いた、気がする。野盗たちの慰め者になっていた女性たち。それでシャルティアも、困ってたはず。

 

パインは今後の計画に使えるかどうか考えて……結論を出した。

「生かして、放っておきなさい」

「かしこまりました」

あら、理由を聞かないの?と、考えているとサイコマンが手を挙げた。

「何かしら」

「質問いたします。なぜ生かしておくのですか?殺した方が、ナザリックの情報を隠せます」

よかった、質問してくれた。じゃないと、私の考えが合っているかどうか議論できないものね。

「その通り。でも、今から行う作戦には目撃者、または騒音を耳にする証言者が必要だからよ」

「悪魔に冒険者を襲わせる作戦に、証言者ですか。ふむ……その後の作戦も悪魔の仕業だと言うためでしょうか?」

せいかーい!ドンドン、パフパフ!なんて紙吹雪でも降らせたい気持ちになった。

「正解よ。アジト襲撃も、冒険者を襲ったことも、漆黒聖典を倒して敵も。すべてナザリックとは無関係の悪魔のせいにしたいの。そうすればできる事があるからね」

 

すべてはゲヘナへと繋がり、聖王国に終着するための物語である。ちなみに、まだゲヘナの作戦については誰にも話していない。これが終わったらウルベルトさんと話予定である。

 

サイコマンは満足そうに頷いた。

「なるほど。そういうことでしたか」

シャルティアは「そんな意味があったんでありんすね」と驚いている。

私の意図が伝わってよかった。

「さて、冒険者を襲いましょうか」

部屋の隅に待機していた憤怒の悪魔に、合図を送る。深く頭を下げた悪魔は、命令に従って外へ出て行った。

 

 

 

十分ほどで悪魔は戻ってきた。

作戦通り、姿を見せなかったレンジャーはそのまま逃した。そして、ブリダは気絶させた後に、アジト内の女たちがいる部屋へ放り込んだ。

 

 

さあ、本番だ。

 

 

〈つづく〉


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