ツアー戦後、カラスマンとヘドラと私を迎えに、救出チームが来てくれた。タンク役のペインに、前衛のゴールド、シルバーと、幻術使いのミラージュ。後衛に様々な術が使えるサイコマン、広範囲攻撃ができるシング、奇襲要員にハンゾウが数体も来てくれた。
彼らに守られながら私たちは野盗のアジトへ戻る。私が姿を見せると、アジトに残っていたメンバーが全員膝をついた。
私がヘドラを助けに行った後の指揮は、ザ・マンがとったと報告を受ける。私は達成感を味わった。あらかじめ決めていてよかった。おかげで現場は大きな混乱をせず、荷物をナザリックに運搬してくれたらしい。
私の考えも、ちゃんと役立つときがあるじゃないか。信頼に応えてくれた彼には、きちんとお礼を伝える必要がある。
「ありがとう、ザ・マン。あなたに頼んでおいてよかったわ」
「もったいないお言葉です。当然のことをしたまでですから」
「そうだとしても、私はたいへん助かりました。感謝を受け取ってください」
「ははっ」
彼は深く頭を下げた。
ザ・マン相手に上から物を言うのは、気が引ける。しかし、彼はザ・マン本人ではない。ザ・マンを元に造った私の被造物なのだ。私はナザリックの支配者らしく、堂々と振る舞うべきだ。
その場にいた全員に、勝手な行動を詫びる。詳細は後日話すことを伝えて、私たちはナザリックへと帰還した。
ナザリック地下大墳墓。スイートルームがある階層の廊下。ある部屋の扉前。
自分の代わりに、今日の当番のインクメントリに扉をノックさせる。すぐに、ウルベルトさん当番のメイドが出てきた。
「アストル、パイン様がご訪問されたことを伝えてください。緊急の要件です」
「かしこまりました。少々お待ちください」
アストルは赤毛を三つ編みにしたメイドだ。髪は長く、腰まであった。
アストルは五分後に戻ってきた。
「お待たせいたしました。お入りください」
「ありがとう」
彼女に案内されて、私はウルベルトさんの自室にはいる。彼は執務机に座っていた。普段よりもシャツとズボンというラフな格好とはいえ、なんとも様になっている。かっこいい。身なりを整えてから訪問したほうが良かっただろうかと、ちょっと考えた。いや、こんな重要な件を後回しにしたら、頭を疑われる。これでいい。
「こんばんは、パインさん。随分、遅い時間の訪問ですが、何かありましたか」
「はい。とっても重要な件を伝えに来ました。あなたたち、これからは極秘よ。席を外してちょうだい」
ウルベルトさんは、極秘と聞いて、すぐさま「全員出ろ」と命令した。
メイドたちは慣れたもので、護衛を含めて全員が退出する。無駄のない動きにいつも感嘆してしまう。私たちは応接用のソファに座った。
ウルベルトが前のめりになる。
「極秘とは、一体何事ですか」
私はにんまりと笑い、ふふふ、と笑う。踊って報告したかったが、さすがに引かれてしまうのでやらない。にっと笑い、ピースサインに留めた。
「世界級、手に入れました!」
「…………おお!!?マジですか!」
「マジです。やったー!!!」
悪魔と魔法少女はやった、やったと両手を突き上げて喜ぶ。分かち合う幸せは、なんと気持ちよく、どこまでも膨らんでいく。歌でも高らかに歌いたい。
「すげえ!この世界にもあるんですね!それって……やばくないですか?え、他の奴らも所持している可能性が、確定しましたね。これだからリアルはクソ」
喜びから一転、ウルベルトさんの厄介なスイッチが入った。あー、なんてこと。もう少し浮かれていたかったのに。
可愛い山羊さんの口からクソクソなんて汚い言葉聞きたくないですわ。
「ウルベルトさん、落ち着いてください。たしかにヤバイです。でも対処できるでしょ?」
世界級の効果は、世界級を所持するプレイヤーには効かない。
「この世界に、プレイヤーがいる事、いた事は明らかです。……私や、ウルベルトさん。そして階層守護者には世界級を貸し出して、持たせておきませんか?そうすれば、対抗しやすくなります」
ウルベルトさんはゆるく頭を振った。
「階層守護者にまで持たせるんですか?そこまでしないと……」
「危ない、と思います。これを見てください」
アイテムボックスから、チャイナドレスー傾城傾国ーと古びた槍を取り出す。
「今回手に入れた世界級です。そして、こっち。これは、世界級の傾城傾国です。対象を精神支配します。例えアンデッドであってもです」
「……クソ!こんなものを使われたら、俺たち危なかったですね。階層守護者、最強のシャルティアに使われていたらと思うとゾッとします!」
原作では使われていました。という言葉はぐっと飲み込む。
ウルベルトさんは頭を掻き回した。整えられた毛並みがぐちゃと崩れる。
「わかりました。パインさんの提案とおり、階層守護者たちに世界級を預けましょう。あいつらには決して奪われないように細心の注意を心がけさせて、護衛もつけましょう」
「はい、それでいきましょう。では、これらを手に入れた経緯を説明しますね」
シャルティアの能力を試すため、野党のアジトへ向かったこと。彼女は、強さに胡座をかいている行動が目立つこと。それによって獲物を逃してしまったこと。
「逃した獲物は、私が捕まえましたので。特に問題はありません」
「安心しました」
次に、悪魔を使って冒険者チームを壊滅させたこと。
これはいずれ、デミウルゴスに魔王役を演じさせて、王都の人々や財産を得るゲヘナ作戦の下地だと、教えた。
「なぜ王都を狙うんですか?」
「この世界に魔王が来たことを知らしめるためです。それをアインズ・ウール・ゴウンが討ち取り、悪を退けます。私たちが人間たちと手を取り合って生きていける存在であることを、アピールするためです」
「敵対組織を、作らないようにするためか。マッチポンプとは、まるでぷにっとさんみたいな行動をしていますね」
「私は、ただ真似をしているだけですよ。それが上手くいっているだけです」
「真似、ですか?」
「異世界転生ものの真似です。けっこう参考になりますよ?」
特に原作とかが。
それから、謎の集団ー漆黒聖典ーと戦った件を報告する。漆黒聖典である裏付けは私の前世の記憶にしかないので、あくまでも謎の集団と呼ぶ。
「世界級を所持していた集団ってことは、確実にプレイヤーが背後にいますよね。そいつらから奪ったんだから、確実に戦争になるなあ」
「すみません」
「いえ、責めたいわけではありません。まずは、殺した奴らを生き返らせて、情報を得ましょう」
最後にツアーーこちらも謎の鎧野郎と呼ぶーと戦闘した件を報告する。すべてを話し終える頃、ウルベルトさんはソファに深く座った。
「……なんか変だな、アンタ」
「え?」
まじまじと見られる。居心地が悪くてモゾモゾと動いてしまう。
「衝動的に動いた件……鎧野郎との戦闘とかが特にそうなんですが、いつものパインさんらしい行動をしています。感情的に行動している。しかし、これまでナザリックを動かしてきた政治的手腕を考えると、いつものあなたらしくないんですよ。ゲヘナといい、シャルティアを試す件といい。用心深く、それでいて大胆に行動している。まるでモモンガさんみたいにな」
「……はい」
わお、するどーい。正解です。本当にモモンガさんの真似をしているんですよ。なんて言えるはずもなく。黙る。
「異世界転生ものを読んだだけで、ここまでできるものでしょうか?」
お前何か隠していないか、と言外に言われている。気がする。
本当のことなんて言えるわけないじゃない?
だから、用意しておいた言い訳をする。
「アルベドやデミウルゴス、ヘドラやパンドラに相談しました」
「……ああ。なるほど。それなら盤石ですね」
納得してもらえたようだ。ナザリックの頭脳派メンバーの名前たるや、偉大なり。
「じゃあ、報告は終わりましたので。次は……ウルベルトさんへのマッチポンプですね」
「何をするんですか?」
「私が戦った跡地を利用して、悪魔と戦ったことにします。悪魔を退けた功績を得て、アダマンタイトとは言わずとも、ミスリルぐらいにはランクか上がるでしょう」
「面倒な試験をパスできることは嬉しいですけど、証拠はどうやってでっち上げるんですか?」
指を折り曲げて、何をするか、声に出して考える。
「第八階層で実際に、憤怒の悪魔と軽く戦って装備をボロボロにする。悪魔に対する切札として、魔封じの水晶を使ったと言う。あとで、使用後に得られる水晶のかけらを、お渡ししますね。それと、戦利品として悪魔の角を提出しましょう」
「信じてもらえますかね?」
「大丈夫ですよ。さらに事件を起こして、それを収めることができれば」
ウルベルトさんがじっと私を見つめて、続きを促す。
「先日捕まえたズーラーノーンたちに事件を起こさせて、それを解決してください」
〈つづく〉