これがラストだ。気を引き締めて、背筋を伸ばし、急がず歩く。この地に至高の存在を急かす存在など、同等の存在以外にいないのだ。その彼は今、傍らを共に歩いてくれている。
私たちはなるべく第九階層から第十階層をゆっくり歩き、〈伝言〉を使って今後のプランを練っていた。大した内容ではないが、喋っていないと身がもたないのだ。
そして、玉座の間へ入った。
中には階層守護者、始祖たちを含め、今回の作戦に参加したNPCたちが跪き、頭を垂れていた。ゆえに数はそれほど多くない。しかし、人に頭を下げられ慣れない二人からすれば充分圧倒的だった。
赤い上質なカーペットの上を誰にも急かされず、アルベドに引き連れられて、歩く。もう足元がふわふわと地に足がついていないような感覚で、緊張しまくっている。表情で内心がバレてはいけないので、今回も身代わりの姿でいる。
『大丈夫ですか、パインさん』
『ギリギリです。ウルベルトさんは平気ですか?』
『心臓が破裂しそうです。ミスしたらフォローしあいましょう』
『そうしましょう』
なんて話していたら、階段を登り切ってしまった。予定通り、私は玉座の右側……つまりアルベドがいつもいる側に、ウルベルトさんは左側に立つ。当のアルベドは定位置ではなく、階段下、守護者たちに並んで跪く。
パインは息を深く吸い込み、二十回は練習した言葉を発する。
「面をあげよ」
NPCたちの顔が一斉に上がった。
「皆、よく集まってくれました。今回の作戦は皆がいなくては成功しなかったでしょう。心より感謝します。ありがとう」
両手を合わせて、とっても助かったんですよ、という感謝を表現したポーズをとる。NPCたちの頰が染まり、場が若干興奮する。代表者としてアルベドが言う。
「感謝など大変恐縮ですが、有り難く頂戴いたします」
その場にいたシモベたちが一斉に頭を下げた。転移する前から繰り返し言っていた言葉が、やっと浸透してきたらしい。努力の甲斐あって、遠慮し過ぎる姿勢をやめさせられそうだ。やったね。
「受け取ってもらえて嬉しいわ。それでこそ、褒美を与えがいがあるというものです。では、次に移りましょう。漆黒聖典に関する作戦内容について、何があったかはアルベドから聞いてください。図書館にも報告書としてまとめられているから、そちらを閲覧しても構いません」
全員の顔を見渡して、しっかり聞いている態度に感動する。自分が社会人のときは、ちょっと不真面目だった。仕事に関する内容以外の連絡は、こんなに真面目に聞かなかったのだ。うん、みんな凄い。すごいよ。
気を取り直して続ける。
「まず、シャルティア」
「はっ!」
「今回のあなたの行動についてですが、いくつか問題点がありました」
「はひっ!申し訳ございません!その失態につきましては、この命をもって償いを……」
「命は求めていません。それ以上にやって欲しいことがあります。失敗を次に活かすことです。シャルティア、あなたにそれができますか?」
美少女はバッと顔を上げて、縋るように声を絞り出す。
「や、やります!必ずや、やり遂げてみせます!!」
「良い返事ですね。期待していますよ。では、具体的な改善点と良い点を、こちらの紙にまとめました。受け取りなさい」
「はっ!」
私はアイテムボックスからA4サイズの紙を取り出す。受け取りに来たシャルティアに直接手渡した。彼女は素早く元の位置に戻り、じっと紙を見つめる。みるみるうちに青ざめていく様子に気づいて、両隣であるアルベドとコキュートスがそわそわしている、ように見えた。今回は良い点が少なかったから仕方ない。次回頑張れ!シャルティア!
「ヘドラ!」
「はい」
ヘドラにも紙を渡す。彼には感謝しっぱなしだが、それは私の視点だ。他の者とは違い、この紙には、ウルベルトさんからの総合評価が書かれている。具体的に何が書かれているのか知らない。
元の位置に戻って、紙を見る彼の様子を窺う。なにか反省している……気がする。ううん、ドッペルゲンガーだとやっぱり表情わかりづらいよ!もっと目とか口元とか動いてくれ!
「次に、完璧超人始祖たち。あなたたちについても同様にまとめました。代表してザ・マン、取りに来てください」
「はっ。かしこまりました」
アイテムボックスから、A4サイズの紙がすっぽり入る茶封筒を取り出す。それを手渡した。
「後で始祖たちに配ってあげなさい」
「ご命令通りに」
ザ・マンが元の位置に戻る。
パインが半歩下がり、ウルベルトが半歩前に出た。
「ここからは俺が取り仕切る。次はアンデッド事件に関してだ。ナーベラル、アビスマン、取りに来い」
「はっ」
男女の声が重なる。まず先に呼ばれたナーベラルが、次にアビスマンが受け取った。元の位置に戻り、二人とも紙を見る。視線が上から下へ移動していき、顔が強張るナーベラル。その様子に姉妹たちの眉が下がる。あまり良い内容ではなさそうだ。アビスマンは表情を変えず一つ頷いて、紙を丁寧に巻いた。他の始祖たちは、あまりアビスマンに注目せず真っ直ぐ前を見ている。
「他、シモベたちに関してはパインさんから報告を受けたが。特に問題なく、命令通りに動いていたので紙は用意していない。みんな、よくやってくれた」
感嘆の声が上がる。一番後ろにいるハンゾウたちや肉壁として参加していたシモベたちが、ほっと息をついていた。プレアデスたちも嬉しそうだが、目がナーベラルの紙に釘付けだ。もしかして欲しいのかな?うーん。至高の存在から貰えるなら、あの紙でもいいのか?なんでも欲しがる姿は可愛らしい。できれば仕事を成功させて褒美を欲しがってほしいな。
「さて、俺から言うことは終わったな。パインさん、最後に何かあるか?」
「そうですね。では、一つ。途中、護衛をつけず、行動したことについて。ごめんなさい。以後、気をつけます」
そして軽くお辞儀をする。
アルベドが首を振った。
「謝罪は不要でございます。ただ、今後我らに御身をお守りする機会を頂戴できれば。幸いでございます」
「ええ。皆……ここにいない者たちを含めて、我が身を頼みましたよ」
みんながにっこりと笑う。以上で、解散となった。
さて!でっかいお仕事も終わったし、ザイトルクワエとリザードマンについて報告があるまで、のんびり待ってよ〜!まずは、カルネ村に行ってエンリちゃんたちの様子を見に行こうっと!
〈つづく〉