爽やかな風が髪を撫でる。風が森の香りを運んでは、私の鼻をくすぐった。今日は晴天だ。雲一つ見つからない。村には笑いが溢れている。平和だった。そこにルプスレギナさんが現れるまでは……。
「こんちは!エンちゃん」
「ひゃあ!ルプスレギナさん、こんにちは」
やっぱり突然現れた、この村の恩人ルプスレギナさんは、にししと歯を見せて笑っている。
「今日は仕事で来たっすよ」
「お仕事ですか?」
「そうっすよ」
村のど真ん中。遠目からジュゲムさんたちが気づいて、こちらに来ようとするのを、手で止めた。大きな声を出したが、大したことではなかったのだ。ルプスレギナさんは頭の後ろで組んだ両手を下ろす。そして美しいお辞儀をした。
「パイン・ツリー様より言伝です。もうすぐそちらに行きます。久しぶりに会いましょう、とのことです」
「え……えええええ!??」
今度こそジュゲムたちがエンリの元に集合した。
一時間後。村から約一キロ離れた場所に、〈転移門〉が出現する。先が見えない暗闇からパイン・ツリーが出てきた。魔法少女の姿ではない。身代わりのスキルを使って、線のように細い体に変身している。顔には、エンリたちとはじめて出会ったときに付けていた仮面をしている。
続いて魔女の館に勤めるメイドのドミル、護衛の隠密を得意とするシモベ、アウラとその魔獣たちも現れる。最後はアンデッドの馬に引かせた馬車だ。パインが振り返って、号令をかける。
「では、それぞれの持ち場につきなさい。アウラ、周囲の警戒を頼みましたよ」
大きな巻物を背負ったアウラが頭を下げる。
「かしこまりました。すぐに配置につきます」
パインは頷く。アウラの守りがあれば安心だった。一応、使い魔たちを周辺に張り巡らせている。アウラたちと協力すれば、盤石だ。
パインはドミルと馬車に乗り込み、シモベたちと村へ向かった。
村にはすぐに到着した。村には立派な木製の壁が築かれていた。アニメと同じ物だと思う。それは村をぐるりと囲んでいて、大抵のモンスターや軍からの侵入を防いでくれるだろう。大きな門をくぐると、のどかな田舎の風景が見えた。やがて馬車は止まる。どうやら村の中央に着いたようだ。メイドが先に降りて扉を開ける。その先に村長やその夫人、エモット姉妹と護衛のゴブリンたちが周りにいて、村人たちが集まっていた。全員集合しているのか?そんなかしこまった訪問じゃないんだけど。私は命の恩人で、立場が上ー例えば貴族とかーと思われているから、当然の反応なのかな。だとしたら、今回と突然の訪問について謝っといた方が角が立たなくていいよね。
私は淑女らしく、ゆっくり降りる。そして村長たちに近づいた。ゴブリンたちから緊張と怯えの気配がバシバシ伝わってきて、落ち着いてくれと思う。彼らの前で止まり、浅くお辞儀をする。村長たちは深く頭を下げた。
「お久しぶりですね、皆さん。今日は突然訪問してしまって、ごめんなさいね」
「いえいえ。パイン様のご訪問でしたら、我々はいつでも歓迎いたします。して、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「村の様子を見にきました。ルプスレギナの報告から、かなり良くなったとは聞きましたから。どの程度か確かめに来たのです。……見たところ、素晴らしい村になりましたね」
襲撃の被害にあったとは思えない発展ぶりだ。村長は重く頷く。
「あの件で我々は、多くのものを失い、自分たちの甘さを学びました。もう二度と間違いは起こしません。パイン様には、再興を手助けしていただき、心より感謝しております。ありがとうございます」
「受け取りましょう。私たちは今後も、あなた方が対価をきちんと支払うならば、その分援助します」
「それを聞いて安心しました」
心から安堵したのだろう。村人たちの顔には笑みが浮かび、「よかった」と声が上がる。まだまだ援助が必要なのか、私とのパイプを無くしたくなかったのかな?これからも、私が救った村はできるだけ目をかけていく予定だ。もちろん、多少利用させてもらうけどね。
そろそろ本題に入ろう。
「挨拶はこれまでにしましょう。エンリ、ネム、今日はあなた達に会いに来ました。少しお話しませんか?」
「はい!で、できます」
「はーい!」
「よかった。では、皆さん。私たちはこれで失礼します。お二人は村から出したりしませんので、ご安心ください」
村人たちが一礼してそれぞれの持ち場へと去って行く。ゴブリンたちは数匹を残った。
「エンリ、彼らも一緒ですか?」
「え?あ、はい」
「俺たちはエンリの姐さんの護衛です」
ゴブリンに慕われているんだな。微笑ましくて、和む。
「そうですか。忠実なシモベを持てて良かったですね」
「あ、あの、シモベじゃないです……」
あれ、そうなの?自分にとって召喚したモンスターはシモベ感覚だったから、間違えちゃった。
「あら、失礼。では、一体なんでしょうか?」
「家族です。私たちを守ってくれます」
毅然とした態度ではっきり言う。その姿には好感が持てた。
「それは素敵ですね。では、改めさせていただきます。こほん。……素敵なご家族ですね、エンリ、ネム」
「はい!」
「うん!」
ネムが満面の笑みで飛び込んで来た。頭を撫でてやり、左手でネムの右手を握ってやる。ネムはぎゅっと力を入れる。この、子供の体温ってなんでこんなに加護欲を掻き立てられるんだろう。大事にしなきゃ、大切にしなくちゃいけないって思ってしまう。これが母性か!?
なんてことに気づきつつ、ネムに案内されるまま村中をまわった。私が姿を現わすと、村人たちの手が止まるから、滞在時間は短い。まるで散歩するようにブラブラと歩いて、のんびりお喋りした。最近の天気のこと。ゴブリンさんたちのおかげで村が活気付いていること。ゴブリンさんたちがいてくれるから、もう夜が怖くないこと。よく笑い、教えてくれる。
エンリは、ネムがよく手伝ってくれると話した。ゴブリンたちのことも一人ずつ、丁寧に紹介してパインに聞かせてくれる。
だがパインは覚えられない。メモもなく、一度に十体ほどの情報を脳に入れられるほど頭は良くない。後でメイドに書き起こさせようと思った。いつ必要になるか分からないが、これからもエンリたちと関わっていくなら覚えておく必要がある。
ネムがゴブリンと手を繋いで、先を走る。エンリは私の方をチラチラと見てくる。何か用事があるのだろうか。
「どうかしましたか?」
「あ、えっと、ちょっとお聞きしたいことがありまして」
「なんでしょうか」
「パイン様は、部下の方とはどう接しているのでしょうか?」
「?普通、だと思いますが。そうですね。具体的に言うと、褒める場合は褒め、叱るべき時は叱るようにしています。なるべく平等になるよう注意して、接していますね。あとは……」
「あとは?」
エンリは真剣に聞いていた。パインはさらに話す。
「上司らしくあること、でしょうか」
「上司らしくですか……」
「彼らが迷わず進めるように、いつも前を向くのです。だから、上に立つ者はできるだけ、その内面を相手に悟らせてはいけないんですよ。いつだって余裕であるべきなんです」
眉を下げて、俯いた。
「難しいです」
エンリの手を握ってやる。顔がこちらを向いて目があった。
「少しずつ練習すれば、あなたもできるようになりますよ。お互い頑張りましょう」
「はい!」
笑顔が戻った。元気出てよかった〜!なんて考えているとネズミの警戒網に何か引っかかった。視覚情報を共有する。
モモンガさんとたっちさんとペロロンチーノさんがいた。
「………………まじか」
「はい?」
「何でもない」
信じられないものを見た。早く本物か確かめたい。一人になって考えたい。というか、私は突然予定を変更することが嫌いなんだよ!パニックになるから。やめろ!!?いきなりこういう場面はお断りだよ!
なんて混乱を態度に出さず、エンリに向き直る。
「エンリ、今日はありがとう。あなたたちに笑顔が戻って本当に良かった。もう帰らなくてはなりません。これを、ネムや村人たちと分け合いなさい。では、さようなら」
アイテムボックスからただの木箱を取り出した。中身は同じ菓子がたくさん入っている。驚くエンリを放置して、私はドミルを抱えて馬車へ戻った。
できるだけこの子に負担がかからないように、かなりの速度で走る。馬車の前まで来たらそっと下ろしてやった。
「あなたは馬車で待ち合わせの場所まで戻り、ナザリックへお帰りなさい。私はアウラたちと合流します」
「かしこまりました」
少しもふらつかず背筋を伸ばす。その姿に私は安心して、村の壁を飛び越えた。
〈伝言〉ですぐにアウラと魔獣たちを呼びよせて、簡単に事情を説明した。
「とにかく、本人達なのかわからないから、たしかめに行くわ。ナザリックはウルベルトさんに任せましょう」
「は、はい!わかりました!!」
声が裏返っている。突然の事態に緊張しているんだろう。ううん、私がしっかりしなきゃ!深く呼吸して息を整える。
ウルベルトさんにも簡単に説明をして、ナザリックをお願いする。
『いざとなれば逃げろよ。……アウラはまた復活できるんだから』
「そんな……!!いえ……わかり、ました。危なくなったら、そうします」
嘘だ。絶対にそんなことしたくない。何とか二人で結界内へ逃げよう。ここには肉壁がたくさんある。私だって召喚できる。大丈夫。
「アウラ、いざとなったら二人で結界内へ逃げるわ。いいわね」
「かしこまりました。お側をできるだけ離れないようにします」
「そうしてちょうだい」
これでいい。さあ、彼らに会いに行こう。
また草原だ。ここには思い出がある。ニグンを捕まえた思い出だ。あの時はうまくやれたと思っている。
今回はどうなるだろうか。
私たちは三人と対峙していた。距離は五十メートルほどあいているだろうか。戦士職なら二、三歩飛べば届く距離だ。どちらも言葉はない。張り詰めた緊張感だけが辺りを包んでいる。
パインはどうすればいいか、わからなかった。アルベドなら、デミウルゴスならもっと上手くできるんだろう。でも、今は私しかいないから。最善を目指して私らしく頑張ろう。
その決心を空回りさせる存在が、目の前に現れた。
高校生から大学生ぐらいの歳。顔立ちは美しく、髪を短く刈り上げていた。ローブの下には丈の長いスカートがのぞいている。手にはカンテラを持っている。
「久しぶりだね、パインちゃん」
「アインちゃん?」
アインラードゥン。かつて導きの魔法少女として、私たちを様々な場所に導いてくれた、ユグドラシルプレイヤーだ。
アウラに「私の魔法少女仲間よ。信じていいわ」と、簡単に説明をする。
今日は予想外のことばかり起きている。心臓に悪い。ああ、帰ったらヘドラの胸に飛び込もう。
「本物なの?」
「円環の理が私たちを繋いでいるよ」
自分の中にある大きな力。〈女神の助力〉を使った時に感じていた力に集中する。すると糸を感じた。一本の大きな、大樹ほどの大きな糸だ。それと細い糸が、私たちの間に伸びて繋がれた。その糸が彼女を本物だと教えてくれる。
「うん、感じる。本当にアインちゃんなんだね。ねえ、どうしてここにいるの?」
アインラードゥンは空を指差した。
「今、円環の理から降りてきたんだよ。この人たちを、パインちゃんの仲間たちを導くためにね。パインちゃん、彼らは本物だよ。私の命にかけて誓うよ」
パインは驚いた。なんてことだろう。アインが、彼らを本物だと保証している。ならば、本当にそうなのか?私はモモンガさんだけじゃなくて他の二人も見つけちゃったのか!?
心臓がばくばく鳴り響く!なぜモモンガさん以外も転生できているんだ?どうやって出会ったんだろう?彼らに何が起こったのか。なぜウルベルトさんのように、ナザリックに転生しなかったのか。何から質問すればいいんだと、混乱しているとたっちさんが前に出て叫んだ。
「私はたっち・みー!創ったNPCはセバス・チャン!ナザリックの執事です!」
正解だ。アウラが希望を込めた目で私を見る。私も彼女の方を向いて、頷いてやりたかった。けれど、まだだ。
ペロロンチーノさんがたっちさんに続いた。
「あ、そういう感じですか?じゃあ、次俺で。俺はペロロンチーノ!姉はぶくぶく茶釜!創ったNPCはシャルティア・ブラッドフォールン!第一階層から第三階層の階層守護者です!」
正解だ。もういいのだろうか。頷いてもいいだろうか。
モモンガさんが慌てはじめる。
「皆さん、防音の魔法もかけていないのにナザリックの情報喋っちゃダメですよ!」
モモンガさんらしい。ここにいたら、ベルリバーさんも二人に注意していたんだろうな。その光景がパッと浮かんで、思わず微笑む。
モモンガに対して、たっちが反論する。
「このぐらいの情報なら問題ないかと。それに、今はパインさんに信じてもらう方が先です」
揺らがない態度にモモンガはため息を吐くふりをした。
「仕方ありません。今からでも張りましょうか」
詠唱しようとして、パインが止めた。
「その必要はありません」
三人がこちらを注視する。もうパインは肩の力を抜いていた。
「おかえりなさい。皆さん」
その声を聞いてアウラの頰が上がった。
〈つづく〉