まるで円錐のような山に、俺たちは降り立った。地面からほぼ直角に繋がっている斜面は、表面がつるつるしていてほとんど凹凸がない。途中にはネズミ返しのような出っ張った部分もある。それらは侵入者を妨げ、また選別してくれるだろう。そして山の頂上付近には、二人が入っても余裕がある広さの洞窟を見つけ、そこで休むことにした。≪センス・エネミー≫に反応はない。奥行きは約5mしかないが、狭い部屋には慣れているので、むしろ落ち着く。
「灯りを付けなければ、誰かに見つかることはなさそうですね」
「そうですね。一応、隠蔽魔法をかけておきますけど」
「お願いします。でも私もスキルで索敵をしますので、できるだけ魔力を温存してくれますか」
「わかりました」
モモンガは最低限の魔法を発動させる。
たっちもスキルを発動させていた。ゲーム時代の名残で、二人ともスキル・魔法名を声に出している。仲間との連携において「誰が何をしたか」を把握する必要がある。技名を声に出すのも、そういう理由があるからだ。
まるで昔に戻ったようだ。胸が温かくなる。俺たちは洞窟の入り口近くから外が見えるようにしつつ、対面する位置に座った。
「敵の対策はこんなものですね。…灯りがなくて不便かと思いましたが、私は種族の基本能力に“闇視(ダークヴィジョン)”があるので夜でもよく見えます。モモンガさんも取得していましたよね?」
「そうですよ。さっきまでいた森がよく見えますね。あの襲われた村も…」
上から村周辺を見ているからわかる。
自分たちがいる山が村をぐるっと囲み、天然の要塞と化している。山と村の間には森が生い茂っていた。(たっちが切った周辺のみ、木々が倒れているが)
約30軒あった家屋は、6割が崩壊するか燃えていた。無事な家には、襲撃から生き残った人間が負傷者を運び入れている。
生々しい光景だった。
「…これは、すべて現実ですよね」
頭から漏れ出した呟きだったが、たっちさんは同意してくれた。
「信じられませんが、認めるしかありません。私たちはユグドラシルで作ったアバターの姿で、異世界にいる。森の青臭さ、この洞窟の湿った匂い…リアルでなら感動するところですが、このような状況になっては恐ろしいです」
「それにゲーム時代に取得したスキル及び魔法、種族・職業の基本的な能力も自然に使えている。この体が、まるで元から自分のものだったように馴染んでいます」
「不思議ですね。スキルの範囲・効果の調整が感覚でわかるというのは…。そういえば、モモンガさんはデスナイトと…ムーン・ウルフでしたか?召喚されていましたね。どんな感じで操っていたのですか?」
「えーとですね。まず、どちらもユグドラシルと同じエフェクトで出現しました。そして主従…のような繋がりを感じて、それを手繰り寄せて命令します。ムーン・ウルフに“大きく迂回してから接敵しろ”と命じたところ、その通りに動きました」
「敵に遭遇したんですか!モモンガさんケガは…」
身を乗り出し、アンデッドの体に異変はないか確かめようとする。
慌てて骨の手を激しく左右に降った。
「ありません。私は大丈夫です。レベル20のムーン・ウルフ5体で戦闘しまして、多少体力は削られましたが余裕で3体の敵を倒せました」
「そうですか……無事でよかったです」
じっとこちらを伺う視線は、本人が納得したことで外された。元の場所に座り直し、「そういえば…」と話を続ける。
「…召喚したモンスターは、ゲーム時代より自由度が上がっていますね」
「はい。AIを組み込めば、先ほどのような簡単な命令なら実行できるでしょう。だけど、ムーン・ウルフにはそんなAIを組んだとメンバーからは聞いてないし…」
「ここが現実だから、できたことでしょうか」
「そうだと思います。まだまだ不確定な案件ですけどね」
再び視線を村に戻す。
20人ほどの男たちが鍬や鎌を持ち、村を警備していた。さらに観察を続けて、彼らの生活レベルに驚く。まるで映画で見た中世ヨーロッパ風の生活だ。井戸から水を汲み上げ薪を集めて火をおこし、湯を沸かしている。なんて手間がかかるのだろう。
「自然がほぼ崩壊してしまったリアルでは、まずお目にかかれない光景ですね」
「ですねー。映像に残っていれば、見ることはできるでしょうけど。あれって俺たちもできるでしょうか?」
「練習すればやれそうですよね。やってみたい気もしますが、少々面倒臭いというか」
「たしかに、灯りなら≪永続光(コンティニュアル・ライト)≫が収められているランタンを使えばいいだけですし、飲み物なら永遠に水が出せるピッチャーがある…」
村の外れに穴があけられ、死人が運び込まれている。体が繋がったものより、バラバラになった死体の方が多かった。…それにしても、家の数に対して村人の総数が少ない気がするな。
「まだ燃えている家も多いですから、死体を運び出すのは難しいでしょうね」
「…モモンガさん、少しよろしいでしょうか」
「はい、何ですか?」
「あの村を襲っていたのは狼に似たビーストマンです。あいつらは人間を食べていました」
カン、と手の平に握った手を当てた。
「なるほど。だから村人の数が不自然に、少なかったんですね」
「―そうです。そして…私は最初、彼らを助けようとは思いませんでした」
たっちさんはまっすぐ俺を見据えている。俺も彼の顔をまっすぐ見る。
「戦闘を恐れていたわけではないんです。村人も、彼らを襲うビーストマンたちも強く見えませんでした。むしろ余裕で勝てるだろうと感じました。」
視線が村に移る。まだ埋葬は済んでおらず、大人も子どもも穴を掘り続けている。
「…何も感じなかったんです。いえ、可哀そうだと思いました。―それだけです。私がビーストマンを倒したのは、子どもが襲われていたからだ。我が子を思えば、見過ごすことはできなかった」
話すにつれてどんどん感情がなくなり、言葉遣いが素に戻っていく。彼は拳を握り震えていた。
男の言いたいことは、身に覚えがあった。人が襲われていても、焦りも憤怒も悲しみすら浮かんでこない。今も、彼らに対して憐憫を感じない。
間をあけて、モモンガは話し出す。
「…俺だって同じですよ。人が襲われていても、助けようとは思いませんでした。むしろ敵がこちらに来ないことを願うばかりで…襲われていた子に対しても同じです。まるで虫同士の殺し合いというか、テレビで弱肉強食を眺めている感覚でした。映画のワンシーンだと、感心すらしていました」
たっちさんと目が合う。
「…私たちは、人間を同族ではないと判断しているのでしょうか?」
昆虫特有の眼には何体もスケルトンが移っている。…俺だ。人間ではないが、俺がそこにいる。
「…そうかもしれません。でも、人間でなくなったわけではありませんよ」
ぎゅっと胸元のローブを掴む。肉体がなくなり、心臓も脳もないはずなのにモモンガは苦しかった。
「アンデッドは疲労無効なのに俺は疲れています。あのまま森にいるより、こうやってたっちさんと話している方が落ち着くし、楽だと感じている」
「私たちが元人間だったから…その感覚が残っているのではないでしょうか」
「元って…死んだわけではありませんよ」
「それは少なくとも、私に当てはまりません」
一瞬何を言われたのか分からず、たっちをぼけっと眺めてしまった。
彼は“人間に対する精神的な変化”を吐露するより、おかしなほど平凡な声で告白する。
「私は死んでいます」
「………は?」
「ちなみにウルベルトさんも亡くなっています。私の意識がはっきりしている内に死亡を確認したので、間違いありません」
モモンガは眩暈に襲われた。
仮想現実の現実化、そして異世界にきてしまったこと。
自らの体がゲーム時代のアバターに変わったこと。
さっきまで傍にいたパインは消えており、数年会っていなかったたっち・みーに会えたこと。
身体と精神の劇的な変化。
そして本人から聞かされる、たっちとウルベルトの訃報。
一度に不可思議なことがおきすぎて、頭がパンクした。プシューと間抜けな音が脳内から発された気がする。そして精神の波が平らに戻される。便利だと思うが、ちょっとうっとうしくなってきた。
「モモンガさんはどうしてここに…?」
「俺は、死んだわけじゃないんです。ユグドラシルの最終日、パインさんと強制ログアウトを待っていたら、ここにいました」
「ユグドラシル最終日?それって八ヶ月後ですよね?」
「……………ちょうど日付が変わったので昨日のことですよ」
「えっ」
難問が積み上がり山となる。
俺たちはこれ以上、山を作らないために近状を話し合った。
【つづく】