早朝。地平線の彼方に太陽が顔を出した頃。ナザリック地表部分から飛び出した一団がいた。パインが率いる隊だ。天馬が引く馬車に乗り、天使たちを引き連れてアゼルリシア山脈に向かう。
アゼルリシア山脈は極寒の山だ。そして生きるのには厳しい場所でもある。数多くのモンスターが空を飛び、地表ではフロスト・ドラゴンとフロスト・ジャイアントが覇権を争う。地中ではドワーフの国とクアゴア氏族が戦っている。
そんな山の麓に、馬車を置く。麓は高い木々に覆われているが、山を上がるにつれて低い木々へと、景色が変わる。
空が青くなった頃、パインはようやく〈女神の助力〉を使った。小さめの魔法陣が空中に浮かび、そこからアインラードゥンが現れる。アインラードゥンは、カナリアのギルド拠点まで案内する役だ。パインは軽く頭を下げた。
「今日も、道案内よろしくお願いします」
「頼まれました」
アインラードゥンは手で胸を抑えた。
導きの魔女を先頭に続いて、パイン、ヘドラと歩む。その周囲に始祖たちが、さらに外側を図書館で召喚した天使たち、そしてパインの使い魔が護衛についていた。かなりの大所帯となってしまったが、主要なメンバーには〈飛行〉の魔法がかけられており、移動には困らず。パインたちはまっすぐギルド拠点へ向かうことができた。
アルゼシリア山脈の中腹。絶壁の崖の下、隠された場所に入り口は見つかった。洞窟のようだ。
「案内はもういいよね。それじゃ、またね」
「ありがとう。行ってきます」
アインと手を振って別れる。再び魔法陣が空中に出現して、その中へ戻って行った。
パインはヘドラたちに向き直ると「行きましょう!」と号令をかけた。
中に入ると侵入者妨害用の罠とかが、発動しない。カナリアの言った通り切られているようだ。いくつか骸があるが生きている者がいない。アンデッドもいない。ーー死んだ拠点、という言葉が浮かんだ。洞窟の最奥に進むと、細やかな細工が施され、美しい装飾の扉が現れた。これがギルド拠点への入り口だろうか。センパイを動かして、扉を開けさせる。
うん、罠の類は無しだね。
「それじゃ、入りましょうか。予定通りにザ・マン、ゴールドマン、シルバーマン、ミラージュマン、サイコマン、他使い魔を残していきます。出入り口の守りを頼みましたよ」
名前を呼ばれたメンバーがそれぞれポーズをとり、了承する。うん、やる気があってよろしい。
それからは、地道にギルド拠点ーダンジョンーを攻略していった。すべてをカナリアから聞くことは時間的に困難だったので、攻略の注意事項だけを聞いて、この地へやってきた。一応、死ぬ危険はないとお墨付きなので、問題ないと思う。
ここはナザリックと同じく階層ごとに分かれている。つまり、別の階層を移動する際には、転移装置を使うことになる。ネズミたちをあちこちに散らばせて、ヘドラがマッピング作業をしつつ、それを探し回った。時間はかかったが、罠などが作動されない分、楽な仕事だった。なにより命の危険が少ないところがいい。
始めて入る部屋は必ず写真に収める。カナリアとモモンガさんのたちに見せる為だ。カナリア
は思い出に浸りたいから、モモンガさんたちへは報告書を作成するために撮影する。
撮影してから貴重品がないか探す。これはギルド長カナリアに許可をもらっているので、許してね。なんて誰かに話かける。
そして最奥。こちらにもあった玉座の間ーここの玉座の間は神殿風で光が部屋全体を浮かび上がらせて神々しかったーから、言われた通りの順番に家具や柱を動かした。そして宝物殿への扉が開く。それは玉座の後ろ、隠し階段が現れた!
それを見たパインはくすりと笑う。
「ふふ、ゲームみたい」
玉座の後ろの隠し階段といえば、ドラクエだよね。それ以外に何かあったかな。考えるが何も思い出せなかったので、諦めた。
ナザリックの宝物殿は重厚感がある。こちらの宝物殿は華やかで煌びやかなアラブ調だった。長い階段を降りたら、広い空間に出た。
空は快晴で心地よく、鳥たちが鳴いている。白い大地が広がり、すでに金貨の山があちらこちらに積み上がっていた。その金貨を避けるようにして川が奥から流れている。
金貨の回収作業は任せて、私とヘドラ、始祖たちは奥へと進んだ。
奥には上へあがる階段があった。下って登るのか?なぜそんな手間を?とか考えたが、他人の家にけちをつけるものではない。そういうものなんだ。無理やり納得して、ペインマンを先頭に立たせて進んだ。
登りきると煌びやかなアラブ調の建物が見えた。川の流れもそこから来ているようだ。
「アラジンじゃん!!!素敵!」
テンションが上がりすぎて素が暴発したが、時は戻らない。咳払いで誤魔化すんだよ!
「……こほん。あそこが目的地ですね、気を引き締めて参りましょう」
「はっ」
皆、空気を読んで反応しないでくれるの有難いよな。
予想通りだ。ギルド武器と、レア中のレアなアイテムが建物内に保管されていた。ここでも罠の類は発動しない。本当に、拠点を維持するために金貨が使われていたんだと考えた。
どの部屋も模様が美しく複雑なので、バシャバシャと撮影してから、貰える物は全て報酬としてもらう。カナリアとの交渉の結果だった。こんなに破格の仕事もないだろう。
そして、本ばかりある部屋の中で、目的の物を見つける。それは、ある人によっては召喚データよりも価値があるものだった。
アルバムだ。
パインはパラパラとめくり、それから胸に抱えた。
このギルドの思い出がたくさん詰まったアルバムを預かること。ギルド武器を破壊することが、今回の任務であった。
預かったアルバムは、たまに飾ろうと心に決める。
パインは貴重品とアルバム、ギルド武器を持って、即座にナザリックへと帰った。後の仕事、宝の移動はシモベがやるべきであって至高の存在が監督するほどでもない。始祖たちが監督者となり、シャルティアの〈転移門〉の力を借りて、物を移動させると聞いている。
家に帰れたのは、夜だった。でも、まだ終わりじゃない。
「今日はよく働きました」
「お疲れ様だね。もう一踏ん張りだよ」
ヘドラの励ましに、笑顔で応える。空っぽのタンクにエネルギーが注がれたみたいだ。
「ありがとう、ちょっと元気になれたわ」
そう感謝すると、ヘドラは照れてフードを少しだけ深く被るのだ。
甘いやりとりは程々に、今度は第八階層に転移した。
転移した途端、目の前の空中に魔法陣が浮かんだ。そこからアインラードゥンとカナリアが出て来る。私のスキルではない。アインラードゥンとカナリアがスキル〈女神の助力〉を使って、私に会いに来てくれたのだ。
私は、すぐに来てくれた二人に驚いた。
「お早いお着きですね?!」
「何?その喋り方、少し変だよ。パインちゃん疲れてるの?」
「今日はよく働いてくれたから、疲れが出ても仕方ないさ。あっちで見てたよ。頑張ってたね。だから、すぐに取り掛かろう。パイン見せて」
目当ての物は持っている。
「はい、コレ」
アイテムボックスから取り出して、カナリアに見せた。ギルド武器とアルバムだ。カナリアが何度も頷いた。
「うん、これだ。懐かしい」
ギルド武器を持ちつつ、アルバムを開く。じっと見つめて、何を思い返しているんだろう。
思い出に浸らせてあげたかったが、時間がない。できれば、報告書作成のために、ある事を聞きたかった。それはもう一つの報酬ーギルドの宝ではなくー情報だ。それも魔法少女に関するもの。
「ねえ、ごめん。よかったら、カナリアが言っていた魔法少女について教えてくれないかな?」
カナリアはサッとアルバムを閉じて、ギルド武器と共にパインに返した。
「ええ、いいわ。ええ、聞かせてあげる」
それは聞いてみれば、当たり前だと思えるような内容だった。
魔法少女は心残りがなくなると、円環の理に導かれる。
アインラードゥンの心残りは仲間たちを導くこと。全員をリアルから導き、そして円環の理へ還った。
カナリアの心残りは仲間たちを残すこと。自分が最後になったから還った。
パインは?
「私は……モモンガさんと遊ぶことだよ」
そうだ。ユグドラシル最終日。私は転生した世界で、モモンガさんと楽しくやっていく事を望んでいた。
アインラードゥンが首を振る。
「違うの。あのね、女神様に聞いてきたんだけだ、パインちゃんの望みはね……」
モモンガさんとこの世界に転生すること。
ガクリ、とパインは膝から崩れた。それをヘドラが支えてくれる。
もう叶ってしまった。すぐに女神様がやってくる。
〈つづく〉