つどえられる全NPCが集まった。
皆、今度はどんな命令を賜れるのか楽しみにしている。いや、声だけでも、姿だけでも見せてもらえればそれでいいのだ。
それが叶うこの呼び出しは素晴らしい。
しばらく膝をつき、頭を垂れているとアルベドが主人たちの到着を告げた。
「モモンガ様、たっち・みー様、ペロロンチーノ様、ウルベルト様、パイン・ツリー様がご入場されます」
中央を静かに王たちが歩く。名前の順番に意味はなく、先に入る者たちから名が挙げられる。
ただしギルド長のモモンガだけは別だ。彼だけは一番最初に、必ず入場する。
王たちが階段を上がり、配置についたら始まりだ。
「面をあげよ」
モモンガの威厳ある言葉が届き、一斉に顔が上がる。
NPCたちの心が誇りで一杯になっていた頃、主人たちは騒がしかった。もちろん、〈伝言〉内でだ。
『あ〜皆、今日も揃ってるんじゃ〜』
『パインさん、それやめてください。何の真似ですか』
『特に何もないですけど、すみません』
『モモンガさんカッコいいですよ。次もバシッと決めてください!』
『うう、こういうの苦手なんですよ〜』
『あともう少しだけファイトです!』
「皆、よく集まってくれた。今日はパインから大切な話がある。心して聞くように」
人任せの魔女が一歩前に出る。
「皆さん、ご機嫌よう。今日も皆さんが元気そうで、私はとっても嬉しいです。さて、私からの話というのは……新しい任務についた件についてです。それは、至高の仲間たちを探しに行くこと」
おお、と騒めきがおこる。パインはそれを慣れた手つきで止めると続きを話た。
「以前から、魔法少女たちに、この世界について、またプレイヤーについて情報収集を行っていました。結果実り、多くの宝をナザリックに持ち帰ることができました」
拍手がおこる。それもパインの話の邪魔にならない時間で止んだ。
「その最中で、私の能力について、さらに詳しく知ることができたのです」
両手を軽く広げて周囲の目をさらに集める。
「それは縁を辿ること。縁を結ぶことができれば、私は相手プレイヤーを引き寄せることができるし。他人の縁を辿って目的の土地に降り立つことができます。この力を使って、私は仲間を探すために様々な場所へ行きます。なので、ナザリックにはあまり……ほとんど帰ることができません」
「そんなっ……」
「フシュー」
さらに大きな騒めきが起こった。それぞれ顔を見合わせて「どのくらいお戻りにならないの?」「数日?一週間?」などと囁かれたりしている。私は続けた。
「私がナザリックにほとんど帰れない理由は、他にもあります。それは種族の特性です。魔法少女は夢を叶えると、円環の理に導かれます。そこは、私たちにとって天国のような場所です。私は夢を叶えました。皆さんとずっと一緒にいることです」
今回、NPCたちに説明するため、一部内容は変更している。嘘を伝える訳ではないので、許してほしい。これは他の四人にも了承を得ていることだ。
アルベドが吠えた。
「お待ちください!それでは、ナザリックに“帰らない”のではなく、“帰れない”のではないでしょうか!?それに夢を叶えたとは一体どういうことでしょうか?その夢では、永遠に叶いそうにありません!」
全員が首を縦に降ったり、巨大な顎を噛み合わせたりしている。アルベドに同意しているだ。
私は頭を横に降った。
「私は夢を叶えました。あの時、ユグドラシル最終日に……」
「ユグドラシル最終日?マサカ、終末……?」
「その通りです。アルベド、私とモモンガさんが揃ってここにいた日のことを覚えていますね?」
「忘れもしません。ちょうど、このナザリック地下大墳墓が異世界に転移した日のことでございますね」
「そうです。あの日が、ユグドラシルの終わり、最終日でした。それは避けられない運命でした。私とモモンガさんはそれを憂いて、この場所で終わりを、貴方たちの死を見届けるつもりでした」
「貴方たち?では至高の存在に害は無いのですね。よかった……」
胸が痛くなる。自身の身より、いつだって私たちギルドメンバーを想ってくれる姿に怒りたかった。自分たちをもっと優先しろと、NPCたちには酷なことを言いたかった。それは無理だと知っているから、言葉を吐き出したりはしない。
「……あの日、私は願っていました。ユグドラシルがなくならないことを。ナザリックが続いて、モモンガさんとまたログインできる日々を。皆さんとずっと一緒にいることを」
広げていた両手を胸の前で組む。
「それは叶いました。異世界への転移という形で。私の夢は続いた」
「ああ、何ということでしょうか……」
皆、気づいたらしい。至高の存在の願いが叶ったばかりに天国へ行くなんて。悲劇だと、泣き出すものが現れた。至高の存在の役に立ちたい。願いを叶えたい、と思っている彼らからすれば、たしかに悲劇だろう。願いを叶えたら、主人が遠くへ行ってしまうなんて。
でも、私にとっては喜びだ。
大好きな世界に転生して、ちょっとゴタゴタしたけれど、モモンガさんや他の仲間たちとも会えて、少しだけ遊べた。それに私だけの仕事を手に入れられたのだ。仕事が好きになれた。やり甲斐がある。これは幸せなことだ。
「皆さん、帰れない私を許してください。これもナザリックの利益になることなのです。受け入れてくださいね」
「恐れながら申し上げます。行かない、という選択肢はないのでございますか!?」
「アルベド!控え給えよ!!!」
「だって、だって!パイン様が行っちゃうのよ!私たちをずっと見守ってくださった慈悲深き母なる御方が、いなくなってしまうのよ!もうお仕えできなくなってしまう。それでもいいの!??」
「でも、でも……パイン様はしばらく帰れないと、仰ったでありんすえ?いつかは帰れるんじゃありんせん?」
視線がこちらに集まる。私は頷いた。
「最短で五日毎に、数分だけ帰って来れるわ」
「それは帰宅とは言えません!!!」
悔しそうに、それは悔しそうにアルベドが泣き、NPCたちが泣いた。泣かせたのは私だ。ごめんね。ここに残ることよりも、ナザリックの利益を取って、貴方たちの幸せを勝手に決めて、それを選んで、ごめんね。
俯いて耐えていると、モモンガさんが立ち上がった。そして階段を降り、アルベドの涙を骨の手で拭き取った。
「アルベド、私たちも同じ気持ちだ」
「……うう!!!」
全てを理解したアルベドは、崩れ落ちた。それを理解できない階層守護者たちが、デミウルゴスを見る。彼も唇を噛んで耐えていた。
視線に促されて、説明する。
「至高の御方々がすでにご存知ということは、ご承知であるということだ。パイン様の使命は、決定事項なんだよ」
「覆ラナイ、トイウ事ナンダナ」
「そんな……」
「パインさんが行かなければならない理由が、ある」
威厳ある声が皆の耳に届いた。まだすすり泣きは聞こえるが、かなり静かになった。
「ベルリバーさんの件だ。ベルリバーさんは……もうナザリックに戻られない」
「なぜ、何故でございますか?私どもが何か不手際を……!?」
「そうではない。亡くなられたからだ。復活はできない」
「何という……」
うわああああ!!
一際大きな叫びが玉座の間を包んだ。そのNPCの周りにいたものが、心配そうに見ているが。見守ることしかできない。
パインがその者の所まで行き、その背を撫でた。
「ベルリバーさんはリアルで亡くなりました。こちらで復活できるように手を尽くしましたが、ダメでした。本当にごめんなさい。……私は今後こういった事を無くすために、円環の理に導かれます、そこからギルドメンバーを探します。誰も、取りこぼさないように」
わかってくれますね?そう問いかけると、全員が頷いた。自身の主人のことを考えたのだろう。そうだよね、帰還できないことは恐ろしいよね。私も、この世界に来られなかったと思うと、身がすくむよ。
私はベルリバーさんが手がけたNPCに問う。
「……貴方の願いを叶えたいと、思っています。何か望みはありませんか?」
その者は答えた。
ベルリバー様の帰還を。
パインは少し困った顔をして、頷いた。
「再捜索はしていませんでした。私があちらに行った暁には、もう一度探してみます。それでいいですね?」
こくん、と頷いた。
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主人たちが去り、しばしの静寂が、いや無が玉座の間を包んでいた。皆、それぞれ何かを考えており、あるいはぼんやりしている。
その中でも、異色の存在がいた。
パインの被造物、ヘドラと始祖たちだ。
まったく動じていなかったのだ。
一足早く落ち着いたアルベドが、怪しそうに尋ねた。
「随分、落ち着いているのね。パイン様から、先に説明されていたのかしら?」
「それもありますが、我らは共に円環の理へ行けるのだよ」
「どうして?」
「私たちはパイン様の被造物、所謂使い魔と同じ存在ともとれる。なので、例外的に連れて行っていただけるそうだ」
「そう。離れ離れにならず良かったわね」
「ああ。……今後とも、我らはパイン様に全力でお仕えする所存だよ」
〈つづく〉