私は今、馬車に乗せられている。隣村に行くのだ。人数は三人。私と、ネム、それにンフィーレア。重大な発表があるらしくて、それに呼ばれた。普段しない遠出をすることもあって、外行きの服装に着替えている。それに、一応カルネ村の代表者として来ているから、きちんと着替えておかないとね。
「お姉ちゃん、この馬車全然揺れないね!」
「そうだね、ネム。この馬車って高いんだよね?」
「高いどころじゃないよ。最高級だよ……。多分、王族クラスじゃないのかな」
正直、村娘にそこまで大層な馬車を貸してくれるとは思わず、びっくりして本当に飛び上がってしまった。ふかふかのクッションがお尻を受け止めてくれたので痛くはない。
「そ、そそんなに高価なものだなんて!」
これでもう何も触れなくなった。外にいる執事さんから「もし壊しても大丈夫だ」と言われているが、緊張で唾が喉を通らない。
目の前に置かれた水筒ー馬車内でも飲みやすい様にとパイン様が用意してくれた、細工が凝ったものーをじっと見ていると、ンフィーレアが諭してくれた。
「エンリ、僕たちは持て成しを受けているんだから、何か手をつけないと。そうしないと、相手側に不手際があったって勘違いされちゃうよ?」
「そ、そういう事なら……」
意を決して、美しい人形が彫られた水筒を手に取る。
これを見たプレイヤーならばこう言っただろう。それペットボトルじゃん、と。
魔法が付与されているそれは軽く、丈夫だと聞いた。蓋部分に力を入れてクルクルと回し、小さな飲み口に唇を当てて飲む。すると冷たい、爽やかな水が体の中に入ってきた。
「美味しい!」
井戸水とは明らかに違う旨さに、エンリは驚いた。「私も飲みたい」とネムが強張り、水筒を渡してやる。一口飲んだ妹も「おいしい!」と喜んだ。
「水がこんなに美味しいなんて、知らなかったわ」
「こっちの果実水も美味しいよ」
ンフィーレアに手渡されて一口飲んでみる。なんてすっきりとした甘さなんだろう。
客人たちは村に到着するまで、しばしの暇を楽しんだ。
ーーーーーーーーーーーー
隣村に到着した。
ここもカルネ村同様に発展している。村の周りは木製の城壁でぐるりと囲われ、パイン様から派遣された剣士によって鍛えられているらしい。何より村人の数が多かった。いくつもの村が合併してできた土地だから、カルネ村の倍以上ある。これはもう町と呼べるんじゃないだろうか。
門を抜けて少し進んでから、馬車の扉が開かれる。ンフィーレアが先に出て、ネムを下ろし、私の手を取って下ろしてくれた。
それから執事のセバスさんが先導して、村の中央に案内してくれた。道中ジロジロ見られて少し居心地が悪かった。
村の中央には、広めの台座があった。今日の発表のため、新しく用意されたのだろう。ほとんど汚れていない。
「もうすぐ始まりますので、私はこれで」
「はい。ありがとうございました。セバスさん」
私たちはお互いに深くお辞儀してから、別れた。セバスさんが去ると、すぐに村の人が声をかけてきた。
「カルネ村のエンリ・エモットさんですか?」
「はい、そうです」
優しそうな声だ。そこにいたのは背の高い男性だ。カルネ村の村長よりも年若い、自分よりも年上の方だ。おそらく五十代だろう。精悍な顔つきと静かな瞳が頼もしさを感じさせる。体格も良く、現役の戦士だろうと思われた。
「私はここで村長をしております。ベルディオと申します。あなた方の事はパイン様から任されています」
「エンリ・エモットです。それから村の薬師のンフィーレア・バレアレ。妹のネム・エモットです。今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。パイン様に助けられたもの同士、仲良くしましょう」
「そうですね」
ベルディオはエンリから順に握手をした。
「さあ、ぜひ前の方へ。もうすぐパイン様から発表がありますからね」
ーーーーーーーー
その人は花吹雪と共に現れた。
ドラムが鳴り、台座の上でルプスレギナさんが「ご到着されました。パイン・ツリー様です」と言った。台座中央に注目していたら、花吹雪が巻き起こり私たちの視界を奪った。風が止むと、あの美しいドレスを着たパイン様がいらっしゃったのだ。私たちは慌てて頭を下げた。
「ご機嫌よう、皆さん。どうぞ頭を上げてください」
そう言われて、やっと頭を上げる。見上げたパイン様はやっぱりお美しい。同じ女性として圧倒される。近くから胸の熱を吐き出すかの様に、ため息がちらほらと聞こえた。
「今日は皆さんに大事なお話があって参りました。それは、担当者の変更です。このたび、私は大切な仕事を任されて、故郷に帰ります。故郷に帰れば、私は村の皆さんの様子を見に来ることができません」
衝撃的な内容だった。それは、静寂を一瞬で騒めきへと変化させた。
「パイン様がいなくなる?」
「パイン様がいらっしゃらなかったら、我々はどうすればいいんだ」
混乱と困惑が辺りを包む頃、ルプスレギナさんが手を叩き、注目を集めた。
「話はまだ終わっていません。静聴するように……失礼致しました、パイン様」
「いいのよ。ありがとう、ルプスレギナ。……そこで担当者の変更です。私の代わりに、この村を任せる方をご紹介します。どうぞ、アインズさん」
パインさんが台座中央から少しズレる。すると、中央に半円状の暗闇が出現した。沼を一定方向に掻き回すように、渦巻くそれは深い闇だ。
今度は得体の知れない、恐怖を掻き立てられる。程なくして一人の男性ー高級なローブと装飾を纏い、腕には籠手をつけた。さらにおかしな仮面もつけているー魔法詠唱者らしき人物が、出てきた。
男は低く威厳のある声だった。
「はじめまして、皆さん。私は、パインさんと同じくナザリック地下大墳墓の主人、アインズ・ウール・ゴウンです。魔法詠唱者です」
「?お屋敷に二人の主人がいるの?」
「こら、ネム!」
「構わないとも。そうだよ。ナザリック地下大墳墓は、私たち四十二人の仲間たちが作った城なんだ。だから、主人も四十二人いるんだよ」
「そんなんだ。えーと、ゴウン様たちすごい!」
「はっはっはっ!ありがとう」
エンリは肝が冷えっぱなしだった。ゴウン様が寛大な方でよかったと肩から力を抜いた。
ネムが静かになったところで、パイン様がアインズ様をご紹介してくださる。
「アインズさんは私たちの中でも、リーダー的な存在の方です。慈悲深く、人徳がある方で、仲間たちから愛されています。また魔法詠唱者としても能力が非常に高く、私よりも遥かに物知りなんですよ。彼はリーダーとして忙しい身ですから、頻繁に皆さんと顔を合わせることは難しいでしょう。なので、これからも連絡役はルプスレギナが担当します」
「皆様、これからもよろしくお願い致します」
「支援や物資に関しては、これまでと同じです。あなた方が求めるならば、労働と物資を適正な価格で売りましょう。皆さんの生活に大きな影響はありません」
それを聞いた大多数の村人が安心していた。もちろん、私だって安心した。けれど、もうパイン様にお会いできないことは悲しい。
パイン様は私やネムにとって心の拠り所だった。助けていただいたあの日から。パイン様が見ていてくださると思ったからこそ、日々の生活を頑張ってこられたのだ。忙しい身でありながら、村に来てくださり。私たち姉妹に特に優しくしてくださる様子から勝手に母親のように、姉のように心の中で頼っていた。
そんな方がいなくなるなんて……。悲しい。
気持ちが沈む。その悲しみを分かち合うようにネムと手を握った。
そこに鐘の音が響き渡った!
「トロールにオーガだ!数、多数!!!」
訓練されてきた村人たちは一斉に、それぞれの持ち場へと走りだした。
「女、子どもは納屋へ行け!男たちはこれまでの訓練を見せてやれ!」
なんて冷静なんだろう。だが、オーガほどの化け物に、聞いたことがないトロールにも勝てるのだろうか。
私はついパイン様を見てしまった。パイン様は私の眼差しに気づいて頷かれた。
「大丈夫よ。アインズさん、お願いしてもいいですか?」
「任された」
そう言うとアインズ様はゆっくり前進された。
「エンリ、ネム。それと、ンフィーレア、恐ければ私の後ろにいなさい」
「は、はい!」
「はい」
「ぼ、僕はここで……」
私とネムはパイン様の真後ろに行った。私たち
のやりとりを見ていた女性たちは、納屋に行こうか、パイン様の後ろに行くか迷っているみたい。
「あなた方は納屋に向かいなさい。待っている人もいるでしょう?ここは、私たちがいるから大丈夫ですよ。ー召喚、使い魔たちよこの者たちを守ってやりなさい」
パイン様が手を振るうと、地面からあのカニのモンスターが出現する。五体のカニが女性たちに付き添う。
「ありがとうございます。主人たちを、どうかよろしくお願いします」
「任されました。さあ、お行きなさい」
女性たちは口々にお礼を言うと駆けていった。
ドガン!ドガン!
「壁が壊れるぞ!」
激しく打ち付ける音がして、木製の城壁が外側から破壊された!オーガや、鼻と耳が醜く長い巨人が村の中に入ってくる。
「あれがトロール」
「うん、間違いないよ。話に聞いていた通りの特徴だ」
ンフィーレアが構えを取りながら、エンリに解説する。男たちに魔法的補助をするつもりなのだろう。だが、その出番はなかった。
「皆さん、さがってください」
アインズさんが最前線に出た。何の武器も持たず、何も召喚せずにいる。一体どうするつもりなのだろう。
「まずは入ってきた奴らからどうにかするか。〈ドラゴン・ライトニング〉」
「グオオオオオオオオオ!!!?」
突きつけた指の直線上にいた敵が、龍のごとく踊る雷撃を受けて体を焼かれて死ぬ。
「まだいるよな?中位アンデッド作成、デス・ナイト」
黒い霧が中空からにじみ出ると、心臓を焼かれたオーガの体に覆いかぶさった。霧が膨れ上がり、オーガに溶け込んでいく。そして、生きている者ではあり得ないギクシャクとした動きを見せると、ゆらりと立ち上がった。死者の口からごぼりと粘着質な闇が溢れ、全身を覆う。数秒後、形が歪みながら変化し、死の騎士が現れた。
「オーガとトロールを殺せ」
「オオオオオオ!」
まるで喜びの雄叫びだ。身もすくむような恐ろしい騎士は、オーガとトロールを無残に殺していく。
男たちが出る幕などなかった。
ーーーーーーーーーーーー
「という感じで、凄かったんだよ!」
「とても怖かったんですが、アインズ様の命令ならどんな命令でも聞くそうですよ」
「パイン様もそうだけど、アインズ様もさすがだよね。とんでもない魔法詠唱者だよ」
夕方。ゴブリンたちに何があったのか、興奮が冷めないまま話す。
今日、自分が見てきたものが信じられない。あんな数のトロールとオーガたちが、あっという間に倒されていったのだ。興奮するなという方が無理だろう。
「そいつはまた、凄い方が現れましたね」
ゴブリンさんたちは何か心配しているよう。そんな必要などあり得ないのに。
「パイン様のお仲間だもの、凄い方に決まっているわ」
慈悲深いアインズ様。パイン様とは違う、恐ろしさを持つ御方。
これからも良い関係が築けていけますよう、とエンリは亡き両親に願った。
〈つづく〉