「楽しかったんですよ」
ねえねえ、聞こえていますか?
腐敗臭が漂ってきそうなヤバイ黒色のスライムが、ぺたんと横たわっていた。そのスライムから少し離れて、私も横たわる。
「ヘロヘロさーん。おーい」
「んあ……何ですか。寝かせてくださいよ」
ぷるぷると、揺れる。
視界まるごと真っ白な世界で、黒いスライムとパインはよく目立つ。
パインは今一人だった。ヘドラはナザリックへおつかいに。始祖たちはモモンガさんのところで警護の任務に就かせている。パインは何をしているか?彼女にしかできない仕事をしている。
仲間探しだ。
今日、ヘロヘロを見つけることができた。それが何を意味するのか、理解しているパインは瞼をぎゅっと閉じて、胸中に広がる思いに耐える。数秒後、パインは瞼を上げて仕事を開始する。まず辿ってきた縁を太くして、切れないようにするため会話を重ねることにした。
「ヘロヘロさん、私ね。とんでもないことを経験したんですよ」
「それは、大変ですね……」
ヘロヘロは半分寝ているため返事が雑だ。それでも話を聞いてくれるあたり、優しい人だと思う。優しい彼だからこそ、ナザリックで幸せになってほしい。そう身勝手に考えるのだ。
パインは転移してからの日々を、ゆっくりヘロヘロに聞かせた。ぐずる子供に聞かせる寝物語のように。世界級を手に入れたあたりで、起きかけたが、やっぱりうとうとしている。すべてを語り終えたところで「一緒にナザリックに行きませんか?メイドたちがヘロヘロさんのお世話をしたくて待ってますよ?ずーっと眠れますよ?」と誘った。
「眠れるのは……いいですねえ……」
「行きますか?ナザリック?」
「うーん……いいよ……?」
「……うん。じゃあ行きましょうか」
一応肯定してもらえたので、ナザリックに連れて行く。太くなったー成人男性の胴回りくらいー縁の糸をヘロヘロに巻きつけて、引っぱる。
背中の飾りを翼のように広げて、私はナザリックとの縁を辿った。
NPCたちと思い出を作ってから、瞬く間に円環の理へ導かれたパインたち。何の前触れもなく、まったく別の世界と思われるこの世界、周りすべてが真っ白な世界に転移していた。あっという間だったが、まあ、心の準備はしていたので。「案外早かったな」と思うぐらいであった。部屋の片付けは終わった後なので、ちょうどいい頃合いではあった。
しかし、急に移動したので、ナザリックはパニックに陥っているかもしれない。
「いつでも帰れるって言ったし、早速帰るか!」
パインの号令の下、すぐにナザリックへ帰還する。大勢で行くと、大規模な魔法陣が現れてしまうかもしれない。なので、ヘドラとパインだけがモモンガの所へ行った。(行くといっても方法は転移だ)
執務中であったモモンガの部屋に、パインとヘドラが〈女神の助力〉によっていきなり現れた。パインは驚かせてしまった事を謝罪して、導かれたことを話す。モモンガさんー今はアインズと名乗っているーは、顔を伏せて、その報告を受け取った。側にいたメイドーたしかエトワールだーは懸命に涙を堪えているようだった。
「こうやって、また会いにきますから。だから、またね。皆さんによろしくお願いします」
「わかりました。こちらは任せてください。仲間探し、頼みましたよ」
「頼まれました!」
厚く握手を交わす。もう悲しみは、私たちの間になかった。それからエトワールを抱きしめて、寂しさを分かち合ってから、円環の理へ戻った。
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楽しかったなあ。
最後だからそう考えられるのかもしれない。やっている最中は大変で、苦楽あり、少し怯えながら頑張ってきた。あれをもう一度やって?そんな事言われたら、返答に困っちゃう。だって大変だったからさ。もう一回やるエネルギーがないんだよね。
でも、大好きな人たちから「もう一度」を、お願いされちゃったら、やる!絶対にやる!その人たちのために頑張りたいから。ないエネルギーを他所から引っ張ってきてドバドバ注いで、何よりも優先して頑張っちゃう!
それが至高の存在としての仕事だし、大好きな人たちがいる場所がナザリック地下大墳墓です。
ヘロヘロさんにも、これから大好きな仲間たちができるでしょう。その人たちのために、自分が生きていくために、どうか程々に頑張れますように。頑張りすぎは体にも精神的にも毒ですから、程々にですよ〜。
「……みたいな事を言われた気がする」
ヘロヘロはぷるぷると体を揺らした。
目が覚めたら、アバター姿でゲームにログインしていました。しかもなんか、状況が変です。
「うう、ログアウトしたいのに画面に何も映ってない。ていうか、これは、視界?私一体どうなっているんだ」
ナザリック地下大墳墓、円卓。ログインすれば、まずここに来る場所だ。なぜか自分の椅子に座っている。
私は夢の中でパイン・ツリーという友人に引きずられていた。眼が覚めるとここに、ユグドラシルというゲームにログインしていた。
ヘロヘロはやけに冴えている頭ーこんなに調子がいいのは久しぶりーを抱えた。
「もしかして、サービス最終日なのか?俺寝落ちしちゃって、ログインしたままだったりする?モモンガさんたちは俺を起こさないために、別室に移動してたりする?」
妙にリアルなゲーム画面はユグドラシルIIとかなんじゃないか?
そうぐるぐる考えていると、円卓の扉が開いた。
ーペロロンチーノさんだ。
数年前に引退した懐かしい仲間が現れた。思わず声が上ずる。
「ペロロンチーノさんじゃないですか!こんにちは〜」
「ヘロヘロさん、こんにちは。……いらしたんですね」
言外に「以外だ」と言われている気がした。
「そりゃサービス最終日ですから。自分が寝る間も惜しんで心血を注いだ、作品たちを見納めておきたいですよ。それにモモンガさんにも会いたかったですしね。ペロロンチーノさんはモモンガさんに会いましたか?私は多分、さっき会えたんですけど。どこに行っちゃったのかな?」
「モモンガさんなら自室ですよ〜。一緒に会いに行きましょ……。いや、モモンガさんに連絡するので、ここで待っていてもらえませんか?」
「なんでですか?」
「シモベたちが混乱するからですね」
「シモベ……?」
そんな名前のNPCいたっけ?
考えている間に、ペロロンチーノはモモンガに〈伝言〉する。
「モモンガさん、ヘロヘロさんが帰還しましたよ」
〈おわり〉