王様のいないナザリック(完結)   作:紅絹の木

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こぼれ話
恋のススメ


 

 

 

*モモンガさんたち帰還前。

 

 

 

「私に恋愛相談?」

「はい、その通りでございます」

 

ナザリック地下大墳墓、スイートルーム。

パイン・ツリーの自室にて。執務室の応接用ソファにアルベドを案内した。

何の用事かと問えば、先ほどの言葉である。私は冷や汗を流した。なぜなら彼氏、夫なんて存在はリアルで作れなかったからだ!良いアドバイスなんてできる気がしない!

内心の動揺を隠しつつー今日は魔法少女の姿なので、表情でバレる可能性があるーアルベドに質問した。

 

「どうして私なのかしら?同じ女だから?それとも……」

「パイン様が、私とモモンガ様の恋のキューピッドだからです!!!」

 

やっぱりー!!!

 

「このナザリック地下大墳墓が異世界へと転移する少し前、パイン様の御言葉によってモモンガ様は、新たな私へと変化させました。その時にされていたお話の内容はよくわかりませんが、お二人に望まれている事はわかります。私はモモンガ様を愛しております!!!」

 

ばっちり覚えてますよねー!

 

フンスフンスするアルベドに微笑みかける内側で、頭を抱えた。これはモモンガさんと二人で対処する予定だったのに。一人でやるなんて聞いてないよ!モモンガさんどこ行ったの!帰ってきて!

 

いつかはアルベドと膝をつき合わせて話さなくてはならない事だった。ならば今!そう今!モモンガさんがいない内に、アルベドの暴走をやんわりと“普通”に修正できるはず。やってやろうじゃないの!友のために!

 

私は深呼吸して、己に冷静さを取り戻した!

 

「あのね、アルベド。それほど理解してくれているなら、お願いがあるの」

「お願いで、ございますか?」

「そう。それはね、二つあります。一つ、段階を踏むこと。二つ、モモンガさんを惚れさせることです。なぜかわかりますか?」

「……なぜ、でございますか?私はモモンガ様のお呼びとあれば、いつでも準備はできておりますのに」

「一方通行になってほしくないからですよ。一方通行では幸せになれません。二人にはちゃんと両思いになってから、結婚してほしいと考えています。……あなたを変えておきながら、都合の良いことを言ってしまって、ごめんなさい」

 

頭を下げる。アルベドが「頭をお上げください!」と慌てはじめる。私は短くも長くもない時間を経てから、頭を上げた。アルベドと、部屋にいたメイドが明らかに安心している。

 

「そういうことでしたら、パイン様の言う通り、段階を踏んでモモンガ様の愛を射止めとうございます。……私には、モモンガ様の愛を得られる可能性があるんですもの。だから愛するように、お二人に変化させていただいたのです。頑張りますわ!」

 

アルベドが屈託なく笑う。美女の美しい微笑みに私の邪な心は消え去った!

ぐわー!

心が綺麗になった!心の更地にアルベドを応援する島(とう)が誕生した!

パインは猛烈に、この可愛い悪魔を応援したくなっている。

 

「相談でもなんでも乗るからね。言ってちょうだい」

心の中の滾りなど表に出さないように、にっこり笑う。アルベドは頰を蒸気させながら、もじもじと両手を擦りあわせる。

「でしたら、段階の踏み方を教えていただきたく思います」

「段階の踏み方を?そんなに難しい事ではないと思うけれど、具体的に言えばいいのかしら?」

「はい。どのようにして、ヘドラ・ファンタズマと段階を踏まれたのでしょうか?」

 

あー、私とヘドラの場合ね。ゲーム時代の話なら、簡単だよ。ただ単にお人形遊びしてただけだし。相手の都合なんてないから、好き勝手にあちこち連れ回しただけだよ。

 

なんて回答はしちゃダメだ。ここは、あの時自分が考えていた設定を話そうか。

 

「私たちの場合は、そうですね。まず少しだけ話すところから始めました」

「少しだけ、でございますか?」

「そうです。いくらヘドラが私の被造物でも、私のすべてを知っているわけではありません。逆に、私はヘドラの創造主だとしても、ヘドラのすべてを知っているわけではありません。他人なのですから、当たり前ですね。ですから、まずは相手が何が好きか知ることにしました」

「至高の御方は……皆様、我々の考えなどお見通しかと思っておりました」

「私たちにも、知らないことぐらいありますよ」

 

思わず笑みが深くなる。

アルベドは何度も頷いていた。

 

「相手の好きなものを知ったら、今度はそれらを試してみます。次、喋るときにいい話題になりますよ。相手も喜んでくれますからね。私とヘドラの場合は、お互いが読んだ本の感想を話し合っていました。相手の考え方を知ることができて楽しかったですよ」

 

脳内でお人形遊びの会話だから、よく弾んだな。あの時はどちらも自分だから当たり前だけど。

 

「長く話すようになると、一緒にいることが当たり前になります。そうなれば、デートに誘います。はじめての時は短い時間を心がけてください。 二時間ぐらいかしら?お互いに緊張していて、口数も減っているから、そのぐらいがちょうどいいと思います。アルベドはモモンガさんを助ける秘書的な地位にいますから、外の視察を兼ねて、護衛付きで出かけることもできるでしょう」

「なるほど!その様に誘えば、自然ですね!」

 

いつの間にか取り出したメモ帳に書き込んでいる。ネットで得た知識だから、そやって持論として書き込まれるの恥ずかしいな。

 

「デートを重ねたら、段階を踏みます。一般的には手を繋いだり、キスをしますね。ここで恋人関係になることが多いと思います。私たちはしませんでしたけどね……」

「なぜ、なさらなかったのですか?」

 

ユグドラシルのルールで禁止されていたからです。とは言えないので、適当に「恥ずかしくてできなかったし、誘えなかったの」と、小声で話した。実際には、ゲームがリアルになってからは、ヘドラをぐいぐい誘っているが、それは夫婦になったからだと、言い訳できる。

 

言い訳すると、アルベドが「まあ」と微笑みを、浮かべた。美しい、笑みだ。心に朝日が差し込むようだよ……。幸せ。

 

「何十回もデートを重ねてから、結婚ね。私たちは何十回目だったかなあ。忘れちゃったけれど。たくさんデートしたのよ?主に魔獣を倒す、実益を兼ねたものだったけれど、多くの時間を彼と過ごしたわ。とっても楽しかった」

「ほぅ……素敵ですわ。パイン様」

「そう。ふふ、照れちゃうわね」

 

こんな惚気話なんてする事がないからめちゃくちゃ恥ずかしい。

それに、これ以上話す事がないので、アルベドに最後のアドバイスを送った。

 

「私からの視点もいいけれど、どうせなら同じNPCという立場のヘドラからも、話を聞くといいと思うわ。私とは違う話が得られるでしょうし、男性からの視点を得られれば、作戦を立てやすくなると思うの」

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「それで訪ねて来たんだね」

魔女の館、ヘドラの執務室にて、アルベドは歓待を受けていた。

パイン様からいただいた特製レシピだという茶菓子を振舞われる。クッキーを一つ食べてみた。歯ごたえは柔らかく、後味がすっきりしており食べやすい。出された紅茶によく会っていた。

「あなたは、当時どうだったの?パイン様とたくさん話したのでしょう?」

「ああ、話したよ。主に本の話とか、パイン様のリアルでのお話を聞いたよ。どれも貴重なお話で、楽しかったな。話せば話すほど、お互いに違う生き物である事がわかってね。面白かった」

「違う事が面白い?同じになりたいとは、思わなかった?」

「なりたかったよ。だが、パイン様に“私たちは違って良かった。まるでパズルのピースのようにぴたりとはまれるから”という言葉をいただいてからは、違いを愛せるようになった」

「ああ、パイン様。やはり素晴らしい御方だわ」

 

アルベドは祈るように両手を組んだ。

ヘドラは右手を胸に押し付けて、天井を仰ぐ。

充分に祈りを捧げてから、二人は会話を再開する。

 

「ところで、あなたからキスとかしなかったのは何故なの?」

「できるわけないだろう!?我が創造主に対してそんな、浅ましい!」

「相手に望まれていても?」

「……その日、その瞬間、相手に望まれているかなんて、聞いてみなければわからないものだ。ああ、あの頃には戻りたくない」

「どういうこと?なぜそんな事を言うの?」

 

ヘドラにとって恋人関係の期間は何か不都合でもあったのだろうか?

 

「わからないのか?恋人関係のときはいつ切られてもおかしくなかった。私はパイン様の愛をいただく度に、その日の夜怯えていたよ。いつ切られてもしまうんだろう、終わってしまうのかとね」

「そんな……」

「いつでも切れてしまう。それが恋人関係だよ」

 

幸せからの転落、絶望を想像して悪魔は震え上がる。この世に至高の存在の死より恐ろしい物があるなんて思いもよらなかった。

アルベドは両腕でその柔らかで頑丈な身を抱きしめる。心が寒かった。

ヘドラが紅茶をすすめる。

 

「脅かして悪かった。さあ一杯飲んで落ち着いてくれ。この話には続きがある」

「続きとは、なんなの?」

 

言われた通り一口飲み、心を落ち着かせた。ヘドラは長い指にはめられた指輪を見せた。

 

「結婚さ。夫婦。永遠を誓う愛。これをもって、私の悪夢は終わりを告げた。今は温かな幸せだけを享受しているよ」

 

その声は穏やかで、本当に救われているのだと理解できた。

 

「……そうすれば救われるのね。途方もないように聞こえるわ」

 

自分はいつ救われるのだろうか。

そう考えて、左手の薬指をさすった。

 

 

〈おわり〉

 


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