一通り情報交換が終わったのは、ちょうど日が昇る頃だった。
朝だ――。そう認識したとき、自然と体が洞窟の入口へ向かった。
夜空がだんだんと薄い青へ変化していく様に、目を奪われる。色が、鮮やかさが、瞬くまに表情を変えるのである。月夜に照らされて輝いた草花さえも、変わっていく。
やがて地上を青白く照らしていた星はゆっくりと姿を消し、地平線の彼方に輝くのはたった一つ。
「(太陽…なのか?)」
映像や写真でしか見たことがない燃える星が、その顔を出した。
その途端、一瞬強烈な光が世界を真っ白にした。思わず顔の前に手を掲げてしまう。閃光はすぐにおさまった。たっちは再び世界を見るべく、手を下ろす。
朝日が照らす場所は、新たに生まれた生命の輝きのごとく、きらきらと輝いていた。
そして朝日に照らされた自分も、力が沸いてくる気がする。
私は世界の、黎明期を見ていた―のか?
夜とはまったく違う、朝。
目から脳へ、そして記憶に、心にこの光景が焼き付いていく。
これほどの感動を味わったのは、あの子が生まれた日以来だと、思う。
たった一瞬で、自分を取り巻くすべてが変わった。
「(……2人にも、見せてやりたい)」
家族の笑顔が浮かび温かくなるも、眼下に広がる森がたっちの心臓を締める。胸が苦しくなった。
「たっちさん?」
こちらの様子を気遣う―今はオーバーロード姿の―青年に声をかえられた。
たっちは握った手から力を抜く。
「モモンガさん、朝はこんなにも、力強いものなのですね」
相手は少し黙った後、同じように朝日を眺める。
「本当に、そうですね。…ブルー・プラネットさんとパインさんにも、見せてあげたかった」
彼の惜しむ姿が、自分と重なる。さらに胸が苦しくなった。
「……皆さんと、見たいですね。ここで、この鮮やかな草の香りを吸い込んで、朝日照らされる世界を、一緒に眺めたい」
日はさらに上る。すべてを照らそうとしている。眩しすぎる光に目を細めた。瞼の裏で、ギルドメンバーの姿が浮かぶ。そして、1人の男が残った。
「この世界に来たのは、俺たちだけなんでしょうか…」
青年が沈んだ声を発する。騎士は頭を振った。
「わかりません。だから、モモンガさん。探しに行きましょう。それを確かめましょう!」
大空を鳥が飛んでいく。
「ギルドメンバーをですか?こちらに来ているのか、わかりませんよ」
「そうですね。けれど、私たちと同じように来ているかもしれない。特に、パイン・ツリーさんはあなたと一緒に、最終日の強制ログアウトを待っていたのでしょう?それなら、他のユグドラシルプレイヤーを含めて、この世界にいてもおかしくはありません。なによりも、私は会いに行きたい。ウルベルトさんに、会いたいんです!顔を見て、問い詰めたい!なぜ、事件の場所にいたのか!あそこで何をしていたのか!そして…お前がやったのか、と」
モモンガは胸が詰まる思いだった。
それは、たっちが先ほど教えてくれた事件。彼と悪魔が死ぬ直接の原因になったもの。
たっち・みーが警護担当した場所で、テロリストを思わせる姿をしたウルベルト・アレイン・オードルが侵入。直後、彼らのすぐ傍で爆発が起きて、両者は死亡した。
騎士は「誰が仕掛けたのか、なぜ爆発物が起動したのかわからない」と言った。
「…それを、聞いてどうするんですか?」
「犯人ならば、逮捕します」
「逮捕!?」
「罪を犯したんですから、償ってもらいます」
鳥は翼を広げて、その小さな体で高く高く飛んでいく。
太陽が地平線を上りきると、村人たちが荷車を引いて動き出した。
それを見たたっちが頷く。
「そうですね…人々のために働いてもらいましょう。大勢に迷惑をかけたんだから、今度は人の役立ってもらう!」
ぐっと拳を握る。そして、勢いよくモモンガを振り返った。
「モモンガさん一緒に行きませんか!ギルドメンバーを探して、それから転移した原因を探しにいきましょう!ギルドでも随一の魔法の知識を持つあなたがいてくれれば、非常に心強い。ゲームを数年離れていたので、戦闘は若干心配ですが…盾役としては申し分ないでしょう」
ワールドチャンピオンの称号は飾りではない。今、あの鎧はナザリック地下大墳墓の霊廟に保管されている。装備が少々不安だが、それらが無くとも、彼のステータスは超一級プレイヤーのものだ。装備に左右されるものの、レベル80台の敵には負けないだろう。しかも、スキルと魔法は十分使える。たっち・みーはブランクがあっても、充分頼りになるプレイヤーだ。
なにより、仲間なのだ。
たっちから“ギルドメンバーを探しに行こう”と言ってもらえて嬉しかった。彼の方から誘ってもらえて、安心した。彼はアインズ・ウール・ゴウンを忘れていなかったのだ!
「もちろんです!一緒に探しに行きましょう。みんなを探すとなると、2人では効率が悪いので、まずはナザリック地下大墳墓を発見しましょう。こっちに転移しているのかは、わかりません。見つかったとしても、NPCたちが命令を聞くのか、外に行動できるかわかりませんが…彼らに動いてもらえれば、今よりもずっとギルメンを見つけやすくなります!」
「拠点があった方が行動しやすいですからね。それに、他の人もギルドを探している可能性があります。それでいきましょう」
「では、次にナザリック地下大墳墓をどうやって見つけるかですが…」
「私にいい考えがあります」
たっちは、村人を指さした。モモンガは顎に手を当てる。
「村人に聞くんですか?」
「それもいいと思います。あと、彼らについて行きます。村を襲われた彼らは、おそらく国に身柄の保護を求めるでしょう。役所は、ここより人が多い場所にある可能性がある。つまり、街に行くはずです。そこで情報を集めます」
人が多ければ、情報も収集しやすい。
まず、この世界について学ぶ。平均レベル、魔法、スキル、言葉、文字、生活レベル、ユグドラシルについて、プレイヤーとナザリック地下大墳墓の情報を求めて。
「なるほど。でも、それなら彼らが行く方向へ魔法で飛んでいけば、すぐに街へ着くんじゃないですか?」
「街に入る前に、魔法やスキルが人間相手に効くのか確かめたいんです。…自分たちの身が安全な内にね」
眼下にいる人間たちは、確実に私たちより弱い。隠蔽系魔法が効かなくても、姿を見られる前に逃げ出せる自信があった。
「私は、あいつを見つけるまで死ぬつもりはありません。見つけ出して、包み隠さず話してもらう」
「…私は、パインさんと約束しました。また、遊びましょうって…仲間との約束は破れません」
たっちは頬を緩めた。モモンガはユグドラシル時代でも、今も仲間想いな男だ。
たっちの緩んだ空気を感じ取り、モモンガも笑う。ガパッと口が大きく開いて―普通の人間なら大声をあげて逃げ出す程怖いが―楽しそうに。
騎士は少々驚いたが、モモンガが笑ったのだと理解して、口角を上げた。
「行きましょう、モモンガさん。私はスキルを使って気配と音を消します。探知阻害などの魔法はお任せします」
「任せてください。俺もたっちさんの後ろにいますから、何かあればサポートします。あと、音を消すと話せなくなるので、常に《伝言(メッセージ)》を発動させておきますね」
「お願いします。私も《伝言(メッセージ)》が使用できるようにしておきますね」
アイテムボックスから、赤い球がついたネックレスを取り出し、首にかける。これは《伝言(メッセージ)》の魔法が込められたアイテムで、使用制限なく発動できるものだ。
「…もう少し装備を整えてから行きますか?」
村人の列は、まだまだ長い。簡単に見直す時間はあるだろう。
「モモンガさんを待たせてしまいますが、少し時間をもらってもいいですか?」
「問題ありませんよ。俺も見直しますから。これから長くなるかもしれません。準備は万全に整えてから行きましょう」
【つづく】