天気は晴れ。青空に伸びる雲が太陽に反射してより白く映る。その中をモモンガとたっちは飛んでいた。眼下には村人たちが歩いている。
草木を刈り地面をむき出しにしただけの道いっぱいに列を作り、彼らは数日間歩き続けた。目的地は領主がいる街で、今日中に到着予定だ。
村人たちの顔には疲労が滲み出ており哀愁漂う。自分たちのように飛べたら楽だろうになあ、とその様子をぼんやりと眺めていた。
その和やかな空気が終わる。
「モモンガさん、反応多数、右側です」
隣を飛ぶたっちの方へ顔を向ける。
「行きましょうか。降りたらすぐに渡しますね」
「よろしくお願いします」
二体の異形種は右手の森の中へと降り立った。まず装備品をいくつか外して枠を空ける。モモンガはアイテムボックスから奴隷が付けていそうな太い鉄製の首輪と、その首輪と鎖で繋がった腕輪を二セット取り出して、たっちと分ける。一つ装備するごとにデバフがかかり体が重くなる。これは、これから戦う者へのーレベル差がありすぎてまったく意味がないけれど一応ーハンデである。
「では始めます」
「よろしくお願いします」
たっちが前衛、モモンガが後衛の位置につく。モモンガの魔法で防音など村人たちに気づかれないように周囲を隠し、見た目は静かな森のままにした。念のため盗み見る奴ら用にカウンターも用意して準備完了だ。たっちが挑発スキルを発動させる。
そして二人はじっと待つ。
やがて森を駆け抜ける足音が聞こえてきた。茂みからゴブリンたちが勢いよくたっちに襲いかかった。
一閃。
剣を抜く瞬間すら見えず、まったくバラバラの位置にある首を切る。二つになった肉塊が地面に若干跳ねて転がった。
その様子を見ても後続のゴブリンたちは止まらない。まるで操られているかのようにたっちに突撃する。今度は高速で動き一匹ずつ盾で攻撃を受け、生じた隙にモモンガが杖を振ってマジック・アローを発射した。ゴブリンたちの頭にヒットして爆ぜる。計十三体のゴブリンの死体ができあがった。
再び静寂が訪れて、たっちが頷く。
「うん、以上ですね」
「相変わらず、目にも留まらぬ速さでしたね。たっちさん」
「はは、ありがとうございます。これお返ししますね」
剣に血がついていない事を確認してから鞘に収める。借りた腕輪と首輪を外してモモンガに返した。戦闘のたびに使うなら持ち歩けばいいのだが、たっちのアイテムボックスが満杯なのでこうしてモモンガのアイテムボックスに入れているのだ。
装備を戻しつつ二人は話す。
「今回もあっさり済んじゃいましたね。この数のゴブリンなら村人たちに任せても良かったかもしれません」
たっちは首を振る。
「いいえ、みんな疲れてますから今までのように戦えなかったと思いますよ。疲労したまま戦闘すれば死者が出てしまいます」
たっちは正義感から行動するが、モモンガは違った。暇だったし、何よりも友人のために戦った。
「でしたら、俺たちが出てよかったですね」
「ええ、行こうとすぐに言ってくださって嬉しかったですよ。モモンガさん」
「時間が空いていましたからね」
どっと笑いがおこる。装備を整えた二人は、また〈不可視化〉と〈飛行〉をかけて村人たちの上へ飛んだ。戦闘前と同じように並んで彼らを見守る。
やがて、空が闇の衣を纏い始めた頃。村人たちはようやく大きな街にたどり着いた。
正方形に街を囲む城壁は堅牢だが、道路は整備が済んでおらず地面がむき出しである。村人たちは三メートルほどの門の前で兵士らしき人物と何か話していた。やがて門が開かれて彼らは内側へと入っていく。どうやら今晩は屋根のある場所に泊まれそうだった。
「よかった。それにしても、魔法がある世界でもあまり発展していないんですね」
「そうみたいですね。ゲームの街のように石畳が敷かれていることが普通だと思っていました。ところで、あれは何でしょうか?」
ローブを着て直径百七十センチぐらいの杖を持った集団が透明な板を出現させ、その上に兵士が荷物を乗せていく。
モモンガはその様子を凝視した。
「……見たことがありません。この世界特有の魔法でしょうか」
「モモンガさんが知らないならユグドラシルの魔法ではありませんね」
「いえいえ、そんな言い過ぎですよ。俺なんてまだまだ把握しきれていませんから!」
おしゃべりしながらも視線は下へ向いている。二人とも暗視のパッシブスキルを持っているので暗闇でも人々がよく見えた。透明な板は荷物を乗せて、術者の後ろに追従する。持ち運ばれる以外に使われていない。
「もしかして、荷運びするだけ?」
「それだけなら、ユグドラシル基準だと第一位階の魔法に該当しますね。うーん、もっと強い魔法を見せてもらえたら、この世界のマジック・キャスターのレベルがわかるんですが」
「低レベルのモンスターしか出現しないなら強者は存在しないでしょうけれど、油断は禁物。街に入るのももう少し様子を見てからにしましょうか」
「そうしますか。では今日は、あの山の頂上なんてどうでしょうか。街から近すぎず見晴らしがいいので遠視で街の様子を確認できますし」
「いいですね、行きましょうか」
二体は目的地へ加速した。十分がたった頃、突然たっちがモモンガの前に出た。
「モモンガさん、何か来ます」
「……補助入ります」
モモンガはすぐに何十種類ものバフを二人分発動し、念のためマジックアローを仕掛けておく。たっちは舌を巻いた。現役時代と変わらない状況判断力と理解力を頼もしく思い、自分も負けてられないと、スキルを上乗せしていく。
何かはギリギリたっちの目で追える速さで空を飛んでいた。あの姿はバードマンか?
それは突然、五十メートル先でピタリと止まった。慣性の法則をまるで無視した動きはまさしく魔法によるものだろう。
その物体の姿がはっきりと目に映り、驚愕した。
「二人とも、どうして臨戦態勢なんですか?」
「ペロロンチーノさん!」
「待ってください!」
すぐに近寄ろうとしたモモンガを騎士が止める。男はじっとバードマンを見つめて「いくつか質問させてください」と言った。
「私と彼の名前はわかりますか?」
「ええ、どういう状況なんですかこれ?答えますけど……たっちさんとモモンガさん」
手のひらを向けてそれぞれを示す。たっちは頷き、質問を続けた。この時にはモモンガにも状況を理解しており、あのペロロンチーノが本物であることを願っていた。偽物ならば殺す。仲間のイタズラならば笑って許す。
「では次に、私の一番仲が悪かったと言われるメンバーは?」
「ウルベルトさんでしょ。よく喧嘩してたし」
「正解です。では……私が創ったNPCについて答えてください」
「まだ続けるんですか?たっちさんのは、執事のセバスでしょ」
これは決まりだろう。第九と第十階層は誰にも攻め込まれていないため、セバスの姿を見たプレイヤーはギルメン以外にはいない。
しかし、たっちは用心深く質問した。
「最後です。アインズ・ウール・ゴウンで最もNPCを創ったメンバーを、言ってください」
「パインさんでしょ。ガチャでNPC作成アイテムを引き当てたとはいえ、十一も筋肉ばっかり創ったときはちょっと引きました」
「……たしかに、ちょっと多すぎるかもしれませんね」
無い肺から息を大きく吐き出して、吸い込む。今度は三人が飛び、ちょうど中間で落ち合う。
「お久しぶりです、すみません。変な質問して」
「お久しぶりです、たっちさん。本当ですよ、どうしたんですか?俺の偽物にでも会いましたか?」
「いえ会ってはいないんですが、疑心暗鬼になっているというか、あはは……」
「ふーん、色々あったんですねえ。ところでここが何処だかわかりますか?なんでユグドラシルのアバターでこんな場所にいるんですかね?」
「……ペロロンチーノさん、もしかして今さっき起きられましたか?」
「そうですよ?」
たっちとモモンガは顔を見合わせる。それからもう一度ペロロンチーノに向き合う。
「俺たちのこと警戒しなかったんですか?」
「しましたよ。でも大丈夫だと思ったので……なんて説明すればいいのかな。敵意はないと感じたというか」
二人は首を縦に振った。魔法やスキルでそういった感覚はすでに掴んでいたからだ。
「わかります」
「あ、そうですか?よかったー」
バードマンは胸を撫で下ろした。
そしてモモンガたちは笑顔で再会を喜んだ。視界の端は赤く、頭の先はすっかり暗いが一番星が美しく煌めいていた。
〈つづく〉