不良少年は譲らない   作:ポーラテック

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東京非行少女

私から見て村田武憲は所謂不良だ。

出席日数は悪くないが、出席しても授業は基本机に突っ伏して夢の中、気付いたら時折教室から消えている。

それでも定期テストでは赤点ギリギリをとり続け、超低空飛行ながら留年を免れているのだから不思議で仕方が無い。

本人曰く『教科書を読めば最低限分かる』と言っているので、地頭は決して悪くは無い様だ。

真面目に勉強すれば良い点数を取れるのではないか、とも私は思う。

しかし当の本人にやる気がなく、注意するにしてもクラスの違う私にはどうしようもない。

まぁ、注意する資格は私には無いのだが。

屋上から校舎へ降りる階段の踊り場、私は人目のないここで最終チェックをする。

口臭も制服も自前でチェックした限りで匂いはしていない…と思う。

「…よし」

常用するようになった口臭対策の清涼カプセルと無香性の消臭剤は極めて有用で、周囲の人間に気付かれている様子は無い。

日頃真面目で通っている生徒会長がそんな事(喫煙)をするわけが無い、という先入観もあっての事だろうが、バレさえしなければ何でも良い。

チェックを終えて階段を降りる。

目指すは生徒会室だ。

「あっ、生徒会長、さようなら」

「絢瀬先輩、さようなら」

「ええ、さようなら」

廊下で私とすれ違い、挨拶をしてくる生徒たちに笑顔で返す。

私に向けてくれる視線はどれも敬意の念を持ったもので、まさか私が不良とツルんでいるなどとは夢にも思っていないようだった。

(…悪い事してるわね、私)

笑顔を作りながら、そう思った。

 

自惚れているかも知れないが、私に対する周囲からの評価は高いと思う。

文武両道、品行方正、容姿端麗。

後輩や同級生から称えられる気分は決して悪く無い。

周りの期待に答えられる様、それなりに努力した結果、私は生徒会長に祭り上げられ現在の地位にいる。

当然喫煙がバレればタダでは済まないだろう、今まで努力してきた積み上げてきた信頼は崩れて塵芥となる。

それでも何故私が彼との密会を止めないか。

理由は単純、タダ単にストレスの捌け口がそこしかないからだ。

生徒会長の仕事というのは忙しい。

各委員会・部活動・生徒と教師陣との間に立っての様々な調整、行事の企画進行、校報の製作…。

やらなければいけない仕事は非常に多く、成績を保つ為に日々の勉学にも手を抜けない。

それに二人暮らし中の身の上、家に帰れば炊事家事洗濯が待っている。

正直、しんどかった。

生徒会長の仕事も教師から頼まれた物で、自分から進んで立候補した訳ではない。

仕事自体はやりがいもあって嫌いでは無かったが、それでも嫌気が指す事は何度かあった。

それに新学期に入ってから発表された廃校の件で忙しさは増す一方である。

"昔からの音ノ木坂を知っているのはもうお前くらいしかいない"

私に生徒会長の任を頼んで来た教師はそう言った。

ロシア人とのハーフの母、日本人の父の間に生まれてた私は幼稚園時代は親の仕事の都合でロシアで過ごし、小学校からは日本で過ごした。

小、中、高と音ノ木坂系列の学校を進学して来て音ノ木坂には慣れ親しんでいた私はその言葉を受ける事にした。

大好きな祖母が卒業した学校という事で別段抵抗は無かった。

別に後悔はしていない、やりがいもあるし別段嫌いな仕事ではない。

しかし、それでも融通の利かない教師や話を聴かない生徒に嫌気が指す事もあった。

そんな中、村田武憲と出会った。

出会ってしまった。

昨年の文化祭、大きな行事の前に忙殺され、1人生徒会室に缶詰となっていた息抜きをする為私は屋上へ向かう事とした。

そして屋上へ来て見れば、ボケっとレジャーシートに座り込んでタバコを吹かしている男子生徒が居たという訳だ。

クラスも違い、廊下ですれ違う程度で特に交流があるわけでは無かったが、私はその男子生徒が共学化一年目の数少ない男子の同級生、とりわけ不良として名の通っていた村田君だと、すぐ気付くことが出来た。

屋上へ入ってきた私を目視し、慌てて火を揉み消した村田君の途端の驚いた表情は今でも思い返すことが出来る。

生徒会長は全生徒の模範足るべきであり、この未成年喫煙をしている不良少年を即刻厳重注意の上、教師へ報告するのが正しい選択だ。

しかし、私は聴いてしまった。

『それ、美味しいの?』と。

 

何故そんな事を聞いたのか、今でもわからない。

連日蓄積した疲れからついつい口走ったのか、中々こちらの案を通さない教師へ積もっていた反発心がそうさせたのか。

ともかく、こちらを怪しんでいる村田君に吸い方を教えてもらい、私は生まれて始めてのタバコを未成年喫煙という最悪のカタチで迎える事となる。

感想はというと、ぶっちゃけ最悪だった。

テレビで観たハードボイルドに喫煙するベテラン刑事の見よう見まねで思い切り肺に煙を吸い込んだ途端、身体が激しく拒絶反応を起こし涙ぐむ程に私は咽せまくってしまった。

『前からタバコに興味あったのか?』

村田君はそんな私をひとしきり笑った後聞いて来た。

『…無いわ。少なくとも数日前の私なら、あなたを問答無用でひっ捕らえて先生に突き出してた』

『だったら何で』

『さぁ…何でかしら。私にも良く分からないわ』

『…何か悩み事でもあるのか?随分疲れた顔してるし』

『まぁ、いろいろね』

『へぇ、生徒会長も大変だな』

『そうね、特にあなたみたいな校則違反者が一番困るわ』

『校則違反はお互い様だろ』

『…あぁ、そうだったわ。生徒会長失格ね…はぁ』

『話してみろよ。愚痴なら聞くぞ』

『友達でも無いあなたに?』

『生徒会長なら俺の評判知ってるだろ?仮に俺が喋ったとしても、"生徒会長がタバコ吸って学校の不平不満をぶちまけてきた"なんて誰も信じない』

『……』

確かに、言われてみれば。

彼の言葉の妙な説得力に納得した私は、ポツポツと愚痴を話し始めた。

予算案に難癖をつけて中々教師が案を通さない事、後輩の生徒会役員がまるで働かない事、各部長、委員長が我が強すぎて意見がまとまらない事。

それら一つ一つに村田君は相槌を打ち、茶々を入れてくる。

何故だかそうされると興が乗ってしまい、その他大小様々な不平不満をほぼ初対面の、それも取り締まる対象の男子生徒にぶちまけてしまった。

『どうだ、ちょっとはスッキリしたか?』

『…えぇ、何だか釈然としないけど』

憮然とした気持ちで村田君に答える。

彼の口車に乗せられ、気が付けば随分と話し込んでしまって何だか悔しい。

でも、何故だか嫌な気分ではない。

『随分話したけど、周りに愚痴言えるような相手いないのか?』

言われて考える。

真っ先に思いついたのは学校で一番仲が良い副会長を務める希だ。

1年生からの付き合いで、まず相談事をするのなら彼女以外に学校で最適な人物は居ない。

『学校には居ないわね』

しかし、彼女も愚痴や不満も言わずに忙しい生徒会の仕事を副会長として支えてくれているのだ、私だけが希に愚痴を言うわけにはいかない。

『じゃあ家族は?』

『…無理ね』

妹の亜理沙は論外だ。

ロシアでの生活が長く、日本の生活に適応しようと頑張っている亜理沙にいらぬ心配事を負わせたくない。

『なるほど、全校生徒のトップってのも意外と孤独なもんだ』

『……』

ぐうの音も出ない。

振り返ってみれば周りに称えられ、同級生から後輩に慕われていても弱音を吐く相手1人居ない。

『で、どうすんだ?俺を先生に突き出すのか?』

『…やめとく、気が乗らないから見逃すわ』

愚痴と一緒に毒気も抜かれてしまったようで、元から無かった村田君を取り締まる気持ちはすっかり無くなっていた。

『そうか』

私の言葉に村田君は喜ぶわけでもほっとするわけでもなく、唯淡々と答えた。

『村田君、良くここに居るの?』

『大体な。ホームルーム終わって暫くはココでボーっとしてる…流石にココまで残らないけど』

村田君が腕時計を確認して、話し込んでいるウチに大分時間も過ぎてしまった事に気付いた。

ちょっとした息抜きの為に生徒会室を出たつもりが、既に日は地平線に隠れようとしている時間まで屋上に留まってしまっている事になる。

『あぁ~…』

『もう帰るか?』

『…そうね、もう遅いし』

完全下校時間間近となってはこれ以上生徒会の仕事をする事は出来なさそうだ。

『じゃあホラ、全然吸ってなかったけど吸殻』

私は話すことに夢中で、右手にタバコを持っている事をすっかり忘れていた。

フィルターを残して燃え尽きたタバコを村田君へと手渡す。

『証拠隠滅はやっとかないとな…灰はまだいいけど吸殻が見つかったら一発アウトだ』

『…あと、分かってると思うけど今日の事は』

『分かってるよ、他言無用だろ?絢瀬も俺の事言うなよ?なんたって――』

そこで村田くんは言葉を切り、私が吸ったタバコと自分の吸ったタバコの吸殻、二つを右手に持つ。

『俺らは共犯なんだからな』

 

「えりち!」

「えっ?」

不意に掛けられた声に、私は素っ頓狂な声を上げた。

「どうしたん?さっきからボーッとして」

「あっ…いや、なんでもないわ。ちょっと考え事してて」

私の顔を覗き込む彼女に取り繕う。

どうやら少し前の事を思い出していたらぼんやりとしているように見られてしまったらしい。

いけない、これから大事な話があるというのに。

「大丈夫なん?」

「平気よ、希」

村田君との事を振り払い、目の前の扉に向き直る。

装飾が施された木製の扉、それに掛かっているプレートには"理事長室"の文字。

一つ咳払いし、その扉をノックする。

「どなたですか?」

「生徒会の絢瀬と東條です。廃校の件についてお話が」

「…どうぞ」

「失礼します」

理事長室の主より入室許可を得て扉を開く。

キッチリ仕事をしなくては折角取った休憩の意味も無い。

生徒会長、絢瀬絵里の仕事を全うするとしよう。




東京非行少女(COMA-CHI)
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