意識が覚醒する。
終礼のチャイムと同時に目が覚めるようプログラムされている俺の脳は、つくづく合理的に出来ていると思った。
「あぁ~っ、良く寝た」
「アンタ、この調子だとマジで留年するわよ?」
机に長時間突っ伏した事で縮こまった筋肉を解すべく、伸びをしていると、背後からそんな声が掛かった
「ああ矢澤、おはよう」
「おはよう…ていうかもうホームルーム終わったわよ」
腰を捻りながら、後ろの席に座る学友に話しかける。
半目で俺に飛ばして来る彼女の目線は呆れそのものだ。
「そうだな、最近学校があっという間に終わる」
「そらずっと寝てれば早く感じるでしょうよ…村田、アンタちゃんと家で寝てるの?」
「毎日グッスリ」
「あっそ」
帰りの支度をしながら応対してくる矢澤の態度は素っ気無い。
「それより村田さ、進路はどうすんの?」
「就職だ。大学行く頭も金もない」
「まぁ、そうでしょうね」
矢澤の問いに即答する。
大学に行く費用も高校生のバイト代では捻出出来る筈もなく、センター試験に合格出来るだけの頭も生憎持ち合わせていない。
「そういう矢澤はどうすんだ」
「む…まだ決まってない」
「迷い中か?」
「そんな感じ…やりたい事はあるっちゃあるけど」
「プロのアイドル?」
「…うん」
俺の問いに矢澤は力なく答える。
矢澤とは高校一年生から同じクラスの付き合いだ。
彼女がアイドル研究部を立ち上げ部長に就任する程アイドルに入れ込んでいるのは知っている。
ーーそのアイドルに複雑な思いを抱いているのも。
「やりたい事あるならそれをやった方がいいんじゃないか?失敗したってまだやり直し利く歳だと思うぞ」
「そんな事分かってるわよ…あーあ、私も就職にしようかしら」
溜息をつく矢澤は椅子の背に体を預け、頭の後ろで手を組む。
「進学は?」
俺の言葉に矢澤は首を左右に振る。
「無理よ。うちにそんなお金ない事アンタも知ってるでしょ?」
矢澤の家庭は母子家庭で、経済状況は良いとは言い難い。
音ノ木坂に進学したのも学費を節約するためと聞いた。
「まぁ、何かきっかけでもないと就職になるでしょうね」
矢澤は俺に諦めの表情でそう語った。
「信じられない…!」
肩を怒らせながら屋上へ乗り込んできた我らが生徒会長、絢瀬絵里は開口一番そう吐き出した。
「何がだ」
「理事長よ。『生徒会は学校存続の為の活動を認めない』って言われたわ」
絢瀬は苛立ちを隠そうともせず言う。
渡した煙草も先程から1度も口を付けていない。
「へぇ、あのオバサンが」
「普通理事長なら廃校阻止のための活動を後押しするべきでしょう…!?なんでそれを…」
相当鬱憤が溜まっているのか、愚痴の回転数は普段の数倍の勢いだ。
「…ごめんなさい、村田君に当たってもしょうがないわね」
少し落ち着きを取り戻した絢瀬はようやく煙草を口へ運ぶ。
「いや、良いよ…でも、生徒会に動くなってのも変な話だ」
「でしょう?各クラブや委員会にも働きかけてるのに…スクールアイドルやる、なんて言い出す二年生も出てきて…」
「へぇ、スクールアイドル」
「知ってるの?村田君はそういうの興味ないと思っていたのだけど」
意外ね、と俺の返事を受けた絢瀬は言う。
絢瀬の目から見て俺はサブカルチャーには疎く見えているらしい。
「知り合いに詳しいのがいるだけだ」
「そう…」
誰とは言わずに矢澤の事である。
アイドル情報誌を読んでいる矢澤にちょっかいを出したのがケチのつきはじめ。
毎度毎度講釈を垂れるようになった矢澤によって、テレビやネットニュースに触れる機会が殆ど無い俺でも人並みの知識を有するようになってしまった。
「それで?その2年生はスクールアイドルやって人気獲得でもしようって?」
「ええ、そうよ。自分達が活動して学校の名前を売れば、入学希望者も増えるだろう、って自信満々で言ってたわ」
「その口ぶりだと反対したみたいだな」
「当たり前よ。PRに失敗すればかえって逆効果だし、それに…」
そこまで言って絢瀬は言葉を切った。
絢瀬はタバコを銜え、言葉の変わりに紫煙を吐き出す。
「それに?」
「…それに、私にはスクールアイドルがプロのアイドルの真似事をしているだけにしか見えないの。明瞭な覚悟もなく、何となく友達と仲良しこよしでやるだけ。そう私には見えるわ」
「随分手厳しいんだな」
「やらなくても結果は見えてるならやらせない方があの子たちの為よ。そんな時間も余裕もないの…それより、村田君は何かいい廃校阻止の案思いついた?」
「案か…例えば」
先日絢瀬から頼まれた廃校阻止案の提言。
一応俺なりにあれこれ考えた内容を絢瀬に伝える事とした。
結局、絢瀬と幾つか話し合いはしたが成果は下の下、何も得ることは出来ず分かれた。
そもそも絢瀬のように責任あるポジションについている訳でも、何が何でも廃校を阻止したい動機も無い俺が考えた案などたかが知れているモノで、これと言って尖ったモノが無い音ノ木坂を救う妙案など思いつく筈も無い。
妙案、という意味では件のスクールアイドルは中々良いのでは、と思う。
否定的な絢瀬の手前、強く推薦する事はしなかったが集客力と即効性を兼ね備えたスクールアイドル部を設立し、学校を大々的に宣伝すれば廃校撤回は不可能ではない。
「あの~…」
矢澤の様にアイドルに憧れている生徒も校内に探せば居るだろうし――例の二年生もそのクチだろう――ファン獲得にも苦労は意外としないのではないか、とも思う。
「あれ?聞こえてないのかな?」
「もっと大きな声で言わないとダメだよ」
「気をつけてください、逆上したら危険です」
とは言っても、教師陣に良い印象を持たれていない俺が出しゃばれば逆効果になるかもしれない。
とどのつまり、俺に出来ることは無いのだ。
「あのー!!!」
ここで、上から降って来た良く通る大声で思考が中断された。
眼を開いてシートから上体を起こす。
「…何か用か?」
「あぁ、良かった。生きてた」
声のする方を向いてみると、声の持ち主はそんな事を言った。
どうやら俺に声を掛けたのは目の前の三人組の1人、サイドテールが特徴の女子生徒らしい。
他の、俺に警戒の目を向けるロングヘアーと、もう1人のハーフアップに輪っか状のお団子ヘアーはサイドテールの一歩後ろに控えている。
身に着けたリボンの色から全員二年生だ。
「あの、私たちここで練習したいんですけど使っても良いですか?」
「練習?屋上で?」
「はい!私たち、スクールアイドルやる事にしたんです!その練習でこの屋上使おうと思って!」
…驚いた。
ウワサをすれば何とやら、彼女らは絢瀬が言っていたスクールアイドル志望の二年生だ。
昨日の今日でお目に掛かれるとは。
「練習、だったっけ?別にいいぞ。俺勝手にココを使ってるだけだし」
「本当ですか!じゃあここでやろうよ、海未ちゃん、ことりちゃん!」
サイドテールが後ろの2人を向く。
どうやら2人はロングヘアーが海未でハーフアップがことりと言うらしい。
「えと、村田先輩はココで何をやってるんですか?」
「昼寝とサボり」
「え、ええ?」
ハーフアップの問いに簡潔に答えると、彼女は困惑する様子を見せる。
「えっ?先輩もしかして不良なんですか?」
「穂乃果!直接聞く人が居ますか!?…すみません村田先輩」
ロングヘアーがサイドテールの名前を呼びながら嗜める。
「いや、事実だし…というか、俺の事知ってるのか?どっかで会ったっけ」
「…ええ、まあ、その、有名ですから」
「よく屋上に居るって…」
歯切れ悪く海未とことりが答える。
どうやら二年生にも俺の事は周知済みであるらしい。
「じゃあ俺は引き上げるよ」
言いながら昼寝シートの片付けに入る。
俺に見られていては三人の練習の邪魔になるだろう。
「あ、いいですよ!ここ使わせてもらうだけなんで、先輩はここ居てください」
「え?」
サイドテールの提案に思わず生返事が出る。
「ほら、先に居たのは先輩で後から来たのは穂乃果たちなんだから。先輩が出て行く必要なんて無いです!ね、海未ちゃんもことりちゃんもいいでしょ?」
「まぁ、筋は通っていますね。私は村田先輩が良ければ」
「うん、私も良いかな」
「という事なんで!」
「はぁ…まぁどっちにしろもうバイトの時間だから帰るんだが」
絢瀬と三人と話し込んでいる内、気が付けばバイトの出勤時間が迫ってしまっていた。
「あ、先輩バイトしてるんですか?」
「まぁな。3人はまだ残ってくのか?」
「はい!今日から練習始めるんで!」
「そうか、頑張れ。俺は基本この時間ぐらいは屋上に居るから」
言いながら昼寝シートを小脇に抱え、ペラペラで軽い通学鞄を肩にかけて屋上を去る為歩を進める。
「…あぁ、そうだ。折角だから名前教えてくれよ。場所共有する相手ぐらい把握しときたい」
思い立って足を止めて名前を聞いておく事にした。
まさかサイドテールやロングヘアーなどと呼ぶ訳には行かない。
「そういえば自己紹介してなかったか…えーっと、高坂穂乃果です!スクールアイドルやります!」
「それは先程言ったでしょう…園田海未です。部活は一応弓道部に所属しています」
「えっと、南ことりです…よろしくお願いします?でいいのかな」
「俺は村田武憲…って、園田と南は知ってるんだったな。このシートにイタズラしなけりゃ何しても気にしないから。よろしくな」
「はい!よろしくお願いします!」
軽く自己紹介を交わし、今度こそ俺は屋上から去った。
「…む」
下校の為廊下を歩いていると掲示板に張り出された広告に目が留まる。
明るい色鉛筆で描かれたそれは、"スクールアイドル始めます"という何とも直球な内容である。
用紙の隅には高坂穂乃果、園田海未、南ことりと屋上で練習に励んでいるであろう三人の名前が連なっていた。
わざわざ広告を打ち出すとは相当自信があるらしい。
大きく出たものだ。
ひょっとしたら、彼女たちならば面白い結果を残してくれるかもしれない。
屋上からの立ち退きは勧告去れなかったのなら去る理由は無い。
明日から彼女らの練習を眺めるとしよう。
ん…明日から?
……明日からどこでサボろう。
しまった、サボり場所の事を考えていなかったぞ。
あの三人組が来るという事はタバコも吸えない。
特にあの園田とかいうロングヘアー、見るからに優等生といったカンジで絢瀬以上に規則にウルサそうだ。
…代わりの場所、探すか。
それまで学校での喫煙は辞めなくては。
俺はバイト先までの道中、代替サボり場の思案に暮れるのだった。
可能性ガール(栗山千明)