村田武憲。
身長180センチ、体重72キロ、血液型AB型、視力両目共1.5、持病等健康上所見なし。
所属部活動委員会等なし、内申点はギリギリ卒業可能レベル…。
「あんまし面白い事は書いてないなぁ」
『生徒個人情報持ち出し禁止』と書かれたファイルを閉じる。
不良で有名ならば補導歴有りぐらいの記載は期待していたのだが。
私はそのままファイルを元の位置に戻し、何食わぬ顔で早朝の資料室を出た。
「村田君の事?」
その同級生はクラスメートのことを廊下で尋ねられ、きょとんとした顔をした。
「せや、最近変わった事とか、何か気になった事とかない?」
「うーん、変わった事かぁ…普段から授業中寝てたり気が付いたら居なくなったりしてるから十分変わってるんだけど…私、1年からクラス一緒だけどそんな凄い話すわけじゃないし…」
「そっか…」
「あ、私より矢澤さんの方が詳しいと思うよ」
「矢澤…ああ、アイドル研究部の?」
予算委員会で見るぐらいではあったが、部活動の長の1人である為彼女の名と姿は覚えている。
既に部員は部長である彼女1人である為、彼女が卒業すれば自然消滅する部活ともなれば特にだ。
「そうそう。矢澤さんも村田君と1年生からクラス一緒だしさ。それに…」
「…それに?」
何か含みのある言い方で言葉を切った彼女は、周囲を気にするそぶりを見せてから私に耳打ちするように顔を近づけた。
「噂なんだけど、矢澤さんと村田君、陰でこっそり付き合ってるらしいよ?私、時々村田君にお弁当渡してるの見たし、友達がこの前2人が夜中一緒に帰ってるの観た事あるって言ってたし、怪しいよね?」
「…へぇ?」
これは耳寄りな情報だ。
廃部寸前のアイドル研究部の部長と不良のカップルとはまた珍しい。
しかも彼氏の方は活動を始めたスクールアイドル3人組と関係があり、我が生徒会長と何やら因縁がある。
ますます村田武憲という人物に興味が湧いた。
「あ、でもこれ広めたり私から聞いたって矢澤さんに言ったりしないでね?矢澤さん、この前聞かれた時に真っ赤になって教室飛び出してその日は帰ってこなかったから」
…そんなわかりやすい反応をする矢澤にこにも少し興味が湧いた。
「村田の事ォ?」
興味が湧いたので矢澤にこに直接聞いてみた。
終業と同時に別クラスから教室に突然入って来るなり村田君のことを質問した私に、目の前ツインテールは怪訝な顔をした。
因みに村田君本人の姿はない。
「せや。何でもええよ?最近変わった事とかない?」
「変わったって言ってもあいつ何時も変わった事しかしてないわよ…」
村田君とそこそこ長い付き合いであるらしい彼女は特に考える訳でもなく、教材をカバンにしまいながら答える。
「じゃあ村田君の事教えてくれない?1年の時からの付き合いなんやろ?」
「そりゃそこそこ付き合いあるけど…というか、わざわざ生徒副会長が出て来て聴き込みなんてあいつ何かやったワケ?」
「お、やっぱボーイフレンドの事だから気になるん?」
逆に探りを入れて来たにこを茶化してみると、うんざりした様子で溜息をついた。
あれ、てっきりわかりやすく赤面でもして慌てて否定しに来ると思ったのだが。
「あのねぇ、クラスの連中になんて言われたのか知らないし興味も無いけど、私とあいつは付き合ってなんかないから」
きっぱりと私の考えを否定する。
どうやらこの噂の出所は把握しているらしく、察するに相当クラスメートかり質問責めにあったらしい。
それがある故、この落ち着いた対応か。
「でも彼氏でも無い男子にお弁当作ったり来たりはフツーしないやろ?」
「それは…たまたまよ。たまたま作り過ぎちゃってあいつに渡してるだけ」
うわ、また使い古された口上を使う。
しかしこれは敢えてスルーする。
「ふぅん、ま、それはええけど。それより、村田君と時々夜中一緒に帰ってるらしいけどナニしてたん?」
その言葉を聞いた瞬間、にこの表情が変わる。
「あんた、それどこでッ…!?」
「それは言えないわぁ。口止めされてるもん」
「あいつらぁ!1人1人シバき回してやるわ!」
下校時間も過ぎ、人もまばらになった教室にこの場には居ない人物らに対するにこの怨みが木霊する。
質問責めして来たクラスメートのウチの誰かだろうと一瞬で目星は付いたらしい。
さて、からかうのはこれぐらいにして本題に移るとしよう。
あまりに面白いリアクションなのでつい逸れてしまった。
「で、村田君の事教えてもらって良い?1年生の頃から全部」
「…わかったわよ。これ以上あれこれ詮索されるぐらいなら自分から喋った方がマシだわ」
「ありがとなぁ。にこっち」
「誰がにこっちよ」
観念ーー観念するような事はしていないのだがーーするように、にこっちはポツポツと語り始めた。
μ’s。
そんな馴染みのない記号の書かれたメモ用紙を凝視する。
「…ユーズ?」
「違いますよ!ミューズです!」
当てずっぽうで読んでみると高坂が俺に答えを教えて来る。
「ミューズ?薬用石鹸の?」
「言うと思いました」
「やっぱりみんな同じ事言うなぁ…」
園田と南の何とも言えない顔から察するに周りからは悉く薬用石鹸と言われて来たようだ。
ミューズなんて単語は聞き覚えはそれこそ石鹸の名前ぐらいしか無いのでその反応も致し方ないとは思うのだが。
「他には何も入ってなかったのか?」
「いえ、この一枚だけでした」
園田が『グループ名募集!』と書かれた紙箱の蓋を開けて俺に見せてそう言った。
3人が活動する上で欠かせないグループ名を決めていないことに気付いたのが先日。
急遽何故か俺を加えた4人でグループ名会議をしてみたものの。
「『陸・海・空』『ほのうみとり』『東京バッドガールズ』『S.H.I.E.L.D.』『魔界倶楽部』より良いと思うな…」
南の意見に皆同意する。
まるでセンスのない我々より校内の有志に委ねたのは正解だった。
「どういう意味なんだろうな、μ’s」
「神話の女神の名前だそうです。全部で九柱いるそうですよ」
園田がスマートフォンの画面を見ながら言う。
俺が調べれば早いのだが生憎スマホなどという高価な物は持ち合わせていない。
「え、じゃあ9人要るってこと?穂乃果、海未ちゃん、ことりちゃん、ノリ先輩だと後5人必要じゃん」
「何で俺を頭数に入れてるんですかね」
さり気なく俺をアイドルデビューさせようとする高坂に釘を刺す。
最近はそこそこ打ち解けて来て仲良くなって来たーーその証なのか、3人は俺の事を下の名前で呼ぶようになったーーが、俺はステージで踊るつもりは一切無い。
「あ、そっか。何時も居るからつい」
「穂乃果は武憲先輩もステージに上げるつもりですか?」
呆れた表情で園田。
「俺はリズム感無いから無理だって」
「え、リズム感の問題なの?」
理由を説明すると南がツッコミを入れてくる。
現に俺はダンスなぞ踊ったことは無いし高坂たちの様に情熱もないのでステージに上がるなぞ土台無理な話なのだ。
「まぁ、良いんじゃないかμ’s」
短くシンプルで覚えやすく、アイドルらしくオシャレな良いグループ名であると思う。
「それじゃあ俺はこの辺で」
「もう帰っちゃうんですか?これから練習再開するんですけど」
暗に見ていってくれ、と立ち上がった俺に高坂が言う。
「悪いけど外せない野暮用でな」
お疲れ、と残してそそくさと屋上を後にする。
まだアルバイトまでは時間があるが、俺にはどうしても外せない用事がある。
外せない用事というのは勿論、新しい喫煙場所の開拓である。
屋上が高坂達が頻繁に来るようになって使えなくなった以上、人目に付かない喫煙場所の開拓は急務だ。
未成年である以上、公共の場で喫煙して面倒な事になるのは極力避けたい。
なので、煙草は極力自宅か学校で見つけたスポットのみと決めており、こうして人目に付かないスポットを探しているのだが…
「…ダメか」
校舎内を練り歩くも理想的なスポットには出会えていない。
人目に付かず、ニオイや灰証拠隠滅が容易な場所。
秘め事の鉄板、校舎裏は意外と人通りがあり空き教室はニオイが残り易く内外から目につき易い。
やはり屋上が一番良かった。
「…む」
いつの間にか人1人見当たらない廊下の向こうから微かに何かの音が聞こえた。
ピアノだろうか?
昼間ならば喧騒にかき消されてしまいそうなその音色だが、放課後の静まり返った廊下ではよく聞こえる。
確かこの先には音楽室があるので、そこで誰かが弾いているのかもしれない。
…そうだ、確か音楽室の先には家庭科準備室があったはずだ。
滅多に使われない部屋であるし、そもそもこの区間自体人通りも少ない。
流し台や換気扇も常備してあるので証拠隠滅も容易だろう。
俺は下見のため歩を進める事にした。
予想通りというか当たり前というか、やはり音の出所は音楽室だった。
1年生の女子生徒がピアノに座り一心に鍵盤に指を走らせているのが扉の窓から見える。
しかし上手いものだ。
音楽の担当教師より上手いのではないか。
「愛してるばんざーい ここでよかった〜」
ノッて来たのか、ピアノを弾きながら歌まで歌い始める。
歌唱力も相当高いと来た。
「私たちの…ッ!?」
聞いた覚えは無い歌詞なのでひょっとしてオリジナルだったりするのだろうか、などと考えていたら歌唱中の彼女と不意に目が合う。
完全に1人の世界に入っていたのだろう彼女は、俺の存在を認識して現実世界に戻ってきたようだ。
驚きで目を見開いた彼女は演奏を中断する。
「…悪かった、邪魔したみたいだな」
「覗きだなんて良い趣味ですね?先輩」
扉を開けて謝罪する俺へ彼女から注がれる視線は警戒のそれであり、口調こそ敬語ではあったものの刺々しい。
「上手いピアノが聞こえたもんでつい聴き入っちまって」
「はぁ…ありがとうございます」
ピアノの座席に座った彼女は俺の賛辞などどうでも良い、とばかりに癖だろうか、髪の毛先を指先に巻く動作を繰り返す。
「悪いな、演奏の邪魔して」
「…別に良いですけど。ちょっと驚いただけなんで」
再度謝罪すると、先程よりかは態度を幾許か軟化させて彼女が答える。
邪魔にならない内に退散するとしよう。
「名前なんて言うんだ?俺は村田って言うんだ」
「西木野です」
このまま退散というのも収まりが悪いので名前を聞いて見ると素直に西木野は名乗ってくれた。
「西木野は放課後はいつもここでピアノ弾いてるのか?」
「まぁ、気が向いたら」
「そうか。頑張ってな」
「…どうも」
軽く会釈をしつつ、俺は音楽室を後にした。
「さて…」
本命の家庭科準備室の内容は満足いく内容である。
扉に覗き窓はなく施錠もされておらず、校舎の奥で人目につきにくく、流し台に換気扇も完備で証拠隠滅は抜かりなく行える。
入る前に周囲に人影もない事を確認したし、それでは早速一服するとしよう。
懐に入れ久しい紙巻きタバコを取り出し火を付ける。
しばらく吸えてなかったので少々シケているがこの際どうでも良い。
口内、喉、肺で紫煙を味わう。
「フーッ…」
気管支全部でタバコを味わうと、脳が久々のニコチンに歓喜の声を挙げるのがよく分かった。
もう一口頂こう。
「成る程なぁ、こういう事かぁ」
「ーーッ!?」
余韻に浸りながら次に口をつけようとすると、不意に開かれた扉と声に俺は凍り付いた。
「説明してくれる?村田クン?」
俺を天国から地獄に急転直下に落としたその女は、不敵な笑みを浮かべてそう言った。
なんでやねん(B-DASH)