「と、いう訳で今日から生徒会に入ることになった村田武憲くんよ~」
「……」
拍手~、などと一人朗らかに拍手をする東條に賛同する者は生徒会室にはおらず、空気は地獄のように冷え切っている。
生徒会のメンバー達は会計の2年生を除いて全員が女生徒でこの場で俺は完全にアウェーである。
俺に刺さる懐疑と警戒の視線が俺に対する生徒会のイメージを表している。
…早くこの場から消えたい。
「村田クンは暫くは雑用係として見習いをーー」
「あ、あの、副会長」
東條を遮って2年生の書記が手を挙げる。
「ん?なぁに?」
「生徒会役員はクラスで立候補し、信任の決を採ってから始めて役員に就任できるものです。それを急に、しかも信任投票無しで役員就任は…」
「私からも説明して欲しいわね」
今まで沈黙を保っていたこの部屋の主が口を開く。
一際俺に厳しい視線を突き刺していた絢瀬は俺に目を合わせようともしない。
「確かになぁ。でも村田クンは厳密には役員じゃないよ?奉仕活動の一環として生徒会で働いてもらうんや」
「どういう事ですか?」
「実はなぁ、村田クンから相談されたんよ…『俺も何か学校の為にできる事をしたい』ってね。それなら、って事で生徒会の雑用係を任せる事にしたってわけ」
「は、はぁ…」
書記の2年生は東條の隣に座る俺を一瞥し、目が合うと慌てて目を逸らした。
東條の二枚舌を信用するか否か迷っている様子だ。
「…動機はまぁ良いわ。問題は何故私や役員に事前の説明がなかったのか、という事よ」
書記と副会長のやり取りを聞いていた絢瀬が口を挟む。
動機は良い、と言うものの俺がそんな事を言い出す様な人間ではない事を知っている絢瀬は東條の弁を完全に信用していない様だ。
「忘れてたんよ。毎日忙しくしてるえりちへ報告のタイミング測りながら先生に許可取るのを進めてたら忘れて事後報告になっちゃったって訳」
言っていることが滅茶苦茶である。
「学校側の許可を得ているなら体裁は取れているけれど、役員に何の説明もなく独断で動いていたのは納得出来ないわね」
「それは申し訳ないけど、もう入れるって許可取っちゃったし」
今更なしでっていうのはねぇ、と俺の生徒会入りの許可が記された用紙を絢瀬に見せびらかして東條に言う。
後は絢瀬以下生徒会役員の腹が落ち着けば全て解決なのだが…
「…ハァ、学校が許可を出した以上、今更生徒会がどうこう言える話じゃないわね」
「て、事は?」
「認めるわ。村田くんの生徒会入り。みんなも良い?」
折れた絢瀬が役員達に同意を求めると、まばらではあったが皆絢瀬に従う反応を見せた。
「それじゃあ決まりやな。では改めて村田クンから一言!」
「エッ」
俺にマイクを向けるジェスチャーをして東條はいきなりコメントを求めてきた。
話を聞き流しながらただ座っていたので完全に虚を突かれた。
「…腹痛いから帰って良い?」
「はい拍手〜」
俺のコメントを掻き消すように無理やり東條が起こした拍手に、俺の消えてしまいたい衝動はより一層強くなった。
何故こうなったのかは実に数日前、俺が家庭科準備室で東條に遭遇した時まで遡る。
「説明してくれる?村田クン?」
説明と言われても見ての通りである。
使われていない部屋に忍び込んだ不良生徒が間抜けにも扉の鍵を掛け忘れて喫煙の現場を押さえられた。
確か俺の記憶が正しければ、眼前の彼女は生徒副会長の東條。
例によってクラスが違うので下の名前を失念する程俺と関わりがないが、絢瀬に負けず劣らずの敏腕ぶりを生徒会で発揮して居ると聞く。
そんな生徒副会長に現場を押さえられたとなってはもうどうしようもない。
絢瀬の時のようなミラクルは2度は起きたりはしないのだ。
「…」
とりあえず一服。
「あっコラ!この状況で喫煙ってどういう事やねん!」
「やかましい!勿体ないだろ!」
「逆ギレかいな!?」
俺からタバコを取り上げようと詰め寄る東條を一喝する。
タダでさえタバコは値上がりしているのだ。
特に俺の様な貧乏学生にとってタバコの一本は何事にも代え難い程大事である。
「えいっ!」
「あっ」
右手に持った俺のタバコはあっという間に東條に奪われてしまう。
「やれやれ、手こずらせてからに」
そのまま火のついたタバコを準備室の水道で消火する。
俺の憩いの象徴は東條の手によって台無しになってしまった。
「…で、どうすんだよ。教師に報告すんだろ」
「そうやねぇ…」
手に持っているタバコの箱ーー俺から押収したものーーを手の中で弄びながら、東條は思案顔をする。
こうなってしまった以上、東條が教師に報告の上俺に処分を下すのは明らかである。
良くて停学、悪ければ退学だろう。
「その前に村田クンに聞きたい事があるんよね。別に村田クンの悪事暴く為に後つけたわけじゃないよ?」
「聞きたい事?」
「うちのえりち…ああ、生徒会長の事なんやけど、村田クン。キミ、えりちとどういう関係なん?」
「どう、って…」
そういえば絢瀬に生徒会室で高坂たちの事を詰問された時、俺が出て行くところでぶつかりそうになった女生徒は東條だった。
その後の俺と絢瀬のやりとりーーと、言っても絢瀬に無視されていたので俺の一方的なものだがーーを聞いていた東條が関係を疑り、こうして俺に接触してきた、という事だろうか。
「別にどういう関係でもない」
絢瀬とは一緒に喫煙する仲です、などと正直に言う訳にもいかないので咄嗟に嘘をつく。
「じゃあこの前どうして生徒会室に居たの?」
「授業に臨む態度がなって無いって呼び出されたんだ」
「確かにえりちは真面目ちゃんだけどそんな理由で一々呼び出したりしないし…いくら気に食わない相手だとしても、あんな露骨に無視するなんて事は絶対にしない」
のらりくらりと躱そうとするも、余程絢瀬を信頼しているのかどうも乗ってくれそうにない。
「えりちな、廃校決まってからピリピリしてたけど、最近は輪を掛けてイライラしてるんよ。だからひょっとして村田クンが何か知ってると思ってたんやけど…」
洗いざらい吐け、と暗に東條は俺に言っている。
口上は質問の体ではあるものの、俺の弱みをあちらが握っている以上事実上の命令だ。
「…ハァ」
許せ、絢瀬。
去年から続く絢瀬との妙な縁を聞いた東條の反応は静かなものだった。
「…そっか、えりちがなぁ」
東條の呟きからは絢瀬への同情と、若干の失望が感じられた。
品行方正で通っていた友人がまさか自分の知らないところで不良とつるんで不平不満をぶちまけ、あまつさえ未成年喫煙までしていた、となっては当然の反応と言える。
「今の話、信じるのか?」
「実はウラは大体取れてたんよ。村田クンが屋上でサボってるのは聞き込みで分かってたし、えりちが1人で何処か行く時間と村田クンがサボってる時間も一致してたし。後は本人から直接聞き出すだけだったってワケ」
「全部お見通しだったって事か…」
「それでも、タバコ吸いながら愚痴ってるなんて思いもしなかったけどね」
正直な話、追い詰められた不良の世迷い事と一蹴されると思っていた。
しかし、東條は俺に接触する前に入念な下調べを行なっており薄々俺と絢瀬の関係にも勘付いていたようだ。
「…それで?」
「えりちがウチに黙ってそういう事してたのは正直癪やけど…別に村田クンとえりちをチクったりせんよ」
「良いのか?」
「大事にしても学校のイメージも下がるばっかで良い事ないやん?ウチとキミ、えりちしか知らないんなら黙っておけば良いやん」
バレなければ良い、という生徒副会長のダーティーな考えに拍子抜けすると同時に安堵する。
そうと決まれば俺はさっさとお暇するとしよう。
「じゃあ俺はこれで」
「まぁ待ちや」
そそくさと部屋を出ようとした俺の腕を東條は掴み静止する。
「校則違反のペナルティーはちゃ〜んと受けてもらうで?」
「えっ」
満面の笑みを浮かべて俺に迫る東條は悪魔的であった。
この数日後、俺は何故か生徒会入りし、雑用係としてこき使われる事になる。
いいから(WANIMA)