「ハァ・・ハァ・・ッ!」
一人の男が狭い路地裏を懸命に走っている。あたりは暗くどうやら夜のようだ。所々やぶけたぼろぼろの茶色のジャケットに黒っぽいジーンズという格好で左足を引きずりながら走っている。時折痛みに顔をしかめ歯を食いしばっているのが傍目で見ていてもわかる。相当痛いらしい。
「ちくしょう・・・なんで・・・グッ!?」
焦っているためか普通ではつまずきそうにもない廃材のようなものに引っかかり、転ばずにはすんだものの引きずっている足で踏ん張ってしまい、痛さのあまりその場にうずくまってしまった。
「クソ・・・なんでこんなことに・・・」
若干涙目で男は悲観する。男はようやく立ち上がり後ろを気にしながら再び走り始めた。廃材から杖にしやすい手ごろな棒切れをひろい、松葉杖のように使い器用に走っていく。男は額に脂汗を浮かべ垂れ落ちる汗も拭こうともせずただ懸命に走る。すると後ろでライトのようなものがチラついた。
「やつら・・・はやいっ!」
男は即座に路地を左折する。そこからさらに右折し走る。どうやら何者かの追われているようだ。それも1人ではなく複数の者たちによって追跡されていた。
「ここなら」
男は急に大きなダストボックスの中に入り身を隠し始めた。臭いはきついが贅沢は言ってられない。男はわずかな隙間から外を見る。するとライト片手に走ってくるイマドキの服装である二人の男たちが、丁度右折したT字路のところに見え男の心拍数は跳ね上がった。男はじっとし二人を注視する。すると片方の男が話し始めた。
「クソ、あの野郎どこいきやがった!こっちも暇じゃねぇってのに!」
「まぁまぁ落ち着いてください。やつは足に怪我してたはずッスからまだこのあたりにいるはずッスよ。もう少しで援軍も来るし後は時間しだいッスよ。」
「俺はその時間がねぇから焦ってんだよ!・・・はぁ・・・」
男たちは少しだけ話すと右折せずにまっすぐ走り去っていった。男はダストボックスから出て、さっきの男たちの言っていたことを思い出す。
「(援軍って・・・クソやべぇ!!)」
男は衝動に駆られて即座に走り出す。足の速さは先ほどと大して変わらないがその顔はさっきよりも遥かに焦り冷静さを欠いていた。男たちがいた方向の逆に走りまっすぐ走っていく。
「(このまま大通りに出てすぐの地下道に降りれば地下鉄がある。それに乗れば・・・!)」
男は今までの人生の中でもトップクラスといっても過言ではないほどに頭をフル回転させ、今後の行動について決定する。ならばあとは実行するのみである。男は杖を捨て必死に走る。そして大通りに出て怪しくならないようにジャケットを脱ぎ、足を引きずりながらも歩きそのまま地下道へと続く階段を下りていく。男は地下道に追っ手がいないか確認し通行人に紛れついに改札までやってきた。
「(よしこれで連中を撒ける!)」
男は己の勝利を確信した。
まさにそのとき
「はいおつかれ~」
男の肩を知らない私服の男がつかんだ。
私服の男は目にも留まらない早業で男の右腕の間接を極め、うつ伏せに倒してしまった。男は一切抵抗できなかった。
「ぐあぁ・・!!?」
組み倒された衝撃で左足に激痛が走り、男は思わず声を出してしまった。しかし私服の男はそれを気にしたそぶりもなく、男を取り押さえたままどこかに通信し応援を呼ぶ。
「こちらGG。例の男を○○○線×××駅にて確保。くりかえーす・・・」
男はどうにかして脱出を試みるが私服の男がうつ伏せにさせ右腕を極めた状態のまま男の上にひざを付き体重をかけているため起き上がるための力が出ない。
私服の男が通信し1分もしないうちに仲間と思われる連中が集まってくる。男だけでなく女もいたらしい。
「くそ・・・こんなんで終わるのかよ・・・」
男はまるでこの世の終わり、または自身の終わりのような絶望のどん底にいるような目をし、地獄に落とされ終わらない罰を受け続ける囚人のような覇気のない低い声でそう呟いた。今の彼はまさに無実で処刑させられる死刑囚のようである。通行人もその異常な風景に気圧され、あたり一面に極度の緊張が走る。
「じゃあまずはスピード違反と公務執行妨害とその他で現行犯逮捕な~。話は署で聞くから。あと暴れんなよマジで。こっちも疲れんだよ。ただでさえ仕事が多いってのに・・・」
やる気は感じられないが良く通る声で自らをGGと言った私服の男がそう宣言する。こうしてある男の逃走劇は幕を閉じた。