其の影、神風の如く   作:香具師之樹

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1話

 天候は曇天。誰もが不快感を得るような湿気が全身を纏わりつく。

 普段はそこそこ明るいはずの渓流は薄暗く、光が差し込んでいる場所すら見当たらない。

 更には強い風やかすかに聞こえる雷鳴と不安な要素ばかりが重なっていた。

 

「嵐の前触れってヤツだ」

 

 その中で一人黙々と採取に励んでいた青年が顔を上げた。

 傍らに担いでいる籠には薬草やアオキノコが詰まっており、一見すれば駆け出しのハンターのように思われる。

 しかし、薄暗い闇に溶け込むような黒装束と断崖絶壁に余裕で留まることのできる身体能力が、それなりの訓練を受けた剣士ということを証明している。

 右手でわずかに飛び出た岩肌を掴んで、あらかじめ削って作った窪みに足を引っ掛けて体を固定していた。

 こんな奇妙かつ危険な態勢でキノコ採りに興じているのだ。

 

「ふむ、今日はもう帰るか。せっかく質のいいキノコポイントが見つかったんだけどなー」

 

 話す相手は誰もいない。自分に言い聞かせるよう小さくと呟くと、ロッククライミングよろしく器用に登り始めた。

 曇り空はますます暗くなって、ポツリ、ポツリと雨まで降り出す始末。

 雨が強まり、嵐になるには時間の問題だろう。軽やかに崖を登って服に付いた土ぼこりを払う。

 多少水分を含んで、ぬかるんでいる地面を踏みしめる。

大木に寄り添うよう設けられた祠の横を通り、まるで夜のように暗くなっている洞窟を駆け抜け、濡れることもいとわずに滝を潜り抜け、見晴らしのよい高地を走り切ろうとした――

 けれど、急に足を止めた。

 

 眼前に赤い水溜りがあれば止めざるを得なかった。

 

 こことて、モンスターは出没する弱肉強食の世界。血を見ることは多々あるだろう。

 その一言で済ませられない理由があったからこそ立ち止まった訳だが。

 

「これは俺がよく見る血じゃないな。少なくともこの辺りでは見かけないものだ。量からして失血死するほどではないと思うが……やっぱり血痕は続いているな。調べてみる価値はありそうだ。おや?」

 

 誰かに肩を叩かれたかのように振り返る青年。そこには、この辺りでは特に珍しくもない小型モンスター、ジャギィが5匹ほどいた。

 取り囲むように現れ、隙あらば飛びかからん雰囲気でジリジリと距離を詰めてくる。

 仲間を呼ぶ気配はないが、低く唸って威嚇行動をとっていた。

 

 ジャギィ。

 個々の能力は決して高くないが、集団で襲いかかることで狩りの成功率を高めている。

 狡猾で仲間との連携が良い鳥竜種を相手取るのが駆け出しのハンターであれば、この5匹という数字は危険と言ってもよい。

 

 見晴らしがよいということは相手からも見つけやすいということ。加えて血の匂い。

 肉食竜にとっては見逃すはずもない状況だろう。ただ、その対象とする獲物を間違えたというのはジャギィたちの失敗。

 囲まれたにも関わらず特に焦ることなく何の問題もない感じに立ち上がる。様子をうかがっているジャギィ達を一瞥し、小さく一言。

 

「失せろ」

 

 それはまるで地獄からの怨嗟の声のよう。

 圧倒的な威圧感をもって青年が発したのは、その言葉だけであった。その言葉で巨大な飛竜種と対峙したように空気の重くなり、本能で勝てないことを理解した狗竜には動くとこさえ許されない。

 幸いだったのは、当の人間が本気で殺すつもりはなかったという点だろう。

 

 人間が少しばかり気を緩めるが早いが蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行ったジャギィ。

 それを確認すると溜め息のようなものをついて、再び血に視線を落とした。

 

「血痕が続く先には森がある。姿を隠すにはピッタリだ。この移動ルートが故意だったとしたら、そこそこの知識を持ち合わせているな。血の量からして大型動物ではないし、ついでに単体と読み取れるから……もしや人間か?」

 

 渓流は他の地域と比べて危険度は低く、よく初級者のハンター達が出入りしている場所。

 この血が人のものである可能性は火山や雪山よりも高い。そう結論付けると立ち上がり、血痕を追うようにして森へ駆け出した。

 

 雨はますます強くなり雷も近づいてくる。

既に血の跡は雨で流れていて追跡することは困難になってきているのだが、彼は諦めていない。

 怪我をしていることを考慮すればそう遠くには行っていないはずで、森の浅い部分を探せば見つけ出せると踏んでいたからだ。

新しい懸念ごとが増えてしまったことも関係がある。

 

「嵐で気配の探索が妨害されているけど、恐らくレウスあたりだな。ったく、なんでこんな時にめんどくさい奴が」

 

 あらかじめ服用していた千里眼の薬。気配に鋭くなったお蔭で存在に気付いたのは幸か不幸か。

 嵐のためか気が荒立っているから、遭遇したら有無を言わさず攻撃されるとこは確定で、しかも一直線に青年に向かってきている。

 いくらジャギィを言葉だけで撃退できる力を持とうと、空の王者相手には厳しいものがある。仮に余裕で倒せる力を持っていても戦闘は避けるべきであろう。

 

 見つけるのが先か、見つけられるのが先か、それによって今後の局面は大きく変わってくる。

 濡れた前髪をかき揚げ、見つからないことに焦りを感じ始めた。

 

 森の中と言うこともあり辺りは闇夜のように暗いうえ、空を見上げようともうっすらと見えるのは木の葉ばかりでろくに視界は効いていない。

 降り続ける雨だけが体温を奪い続ける。生まれながらにして眼が良い彼でもかなり苦労しているように見えた。

 けれど、幸運の女神は彼に微笑んだようだ。

 

「……やっとか!」

 

 大木にもたれ掛っている三度笠。

全体的に見て和風な服装をしており、明るい茶色をしている腰布が妙にハッキリと映る。

 いい感じに雨避けポイントとなっているので衣服の濡れは気にならない程度で済んでいた。

 

 怪我をしていたのは予想通り人であって少女であった。年齢は判らないが幼さが残る顔立ち。

 傍らにあるユクモノ太刀をしっかりと抱いて眠っている姿は彼女がハンターであることを表し、綺麗な服装はまだまだ経験が少ないことを体現していた。

 腕には何かに引っかかれた傷があるけれど、的確な処置が施されているので止血されていた。

 

「血は止まっているな。ユクモ装備だから初心者、と断定するには早い気もするがこれだけ綺麗な手をしていればなぁ。おーい、大丈夫か」

 

 ペチペチを軽く頬を叩くが返事はない。

 呼吸の乱れは確認できず、特に目立った傷もないので疲労からくる寝落ちだと判断できる。その顔は苦痛に歪んでおらず、むしろ笑っているようにも見受けられる。

 暢気なものだと軽く呆れている様子のナルガ装備の青年。仮面の奥の瞳は安心しているように感じられた。

 

 逆に安心できないこともまだ残っている。先ほどの大きな存在、それは彼らに向かっていく足を止めてはいない。

 かなり接近していたようで、耳を澄ませば木々をなぎ倒し、大地を揺るがす音が聞こえ始めた。もはや一刻の猶予もない。手早く少女を担ぎ上げ飛ぶように駆け出す。

 

 地面はキノコ狩りの時よりも異常なほどぬかるんでおり、特に酷い部分は沼のようだった。

 ただでさえ走るのには苦労するのに人を担いでいるのである。全力疾走が出来ないのは当然。比べるまでもなく人間よりも飛竜種の方が早いに決まっている。

 人と竜の距離は確実に狭まっていき、軽く後ろを振り返れば小さいながらも例の赤い鱗が見え始めてしまった。

 

 逃げ切るのは―絶望的。

 隠れることも―不可能。

 

 彼の直観がそう告げる。それならば戦うしか道は残されていない。

 圧倒的に不利な状況にもかかわらず、仮面の奥の素顔は笑っている。

 彼が狩人であり、狩人であることに誇りを持ち、狩人として強敵と相対することができたからだろうか。

 誰も本心を知ることはない。本人でさえ意識していなかったことかもしれない。

 

 ただ、微笑んでいた。

 

 数瞬遅れて聞こえたのは爆音。痺れを切らした火竜が吐きだした火球は、雨が降っているはずのここら一帯を明るく照らした。

 肌を焼くような熱風がここまで届く。其の竜の二つ名とまで成りえたブレスは王者の証、伊達に弱肉強食の世界で生き残ってはいるまい。

 怒り補正も相まった破壊力は、それを見ただけで弱者の戦意を刈り取ってしまうだろう。

 

 改めて心の準備をする。予想よりも竜は経験を積んでいた。

 若い火竜だったらまだよかったが、今のブレスだけで判断すれば下位でなく上位。否、それ以上である可能性も否定できない。

 人里に近い場所に上位クラス以上のモンスターが出現した場合、速やかに撃退、あるいは討伐命令が出る。

 たった今現れた竜に対処できるのは彼一人。ますます逃げるという選択肢は消えた。

 

 タイミングを見計らうように背後を再び振り返る。

が、先ほどまで見えた赤色はなくなっている。木々をなぎ倒す音も、大地を揺るがす音も聞こえない。

 何が、と考える前に答えは出た。相手をしているのは空の王者。

 

 主な移動方法は、飛行。

 

 風切音を雨音に紛れ込ませて極限にまで気配を絶ち近づいてきていた。

 彼とてただでやられるわけにはいかない。密集している木々を駆け抜けながら、彼は少女を片手で担ぎ直し腰にあるポーチに手を入れ、小さい玉のようなものを取り出した。

 

「万が一の時のために持ってきた訳だが、まさか本当に使うことになるとは」

 

 間髪入れずに投げる。

 急降下してきた竜の前で玉は弾け強い光を発した。目が眩んだ竜はバランスを崩し、たまらず地面に落下。

 閃光玉。大型モンスターですら目をくらませるほどの強力な閃光を放つ。ハンターたちがよく使うアイテムのひとつだ。ここから攻撃に転じるのがテンプレートなのだが、青年は回避と言う行動を選んだ。

 しかし、あくまで緊急回避。立ち上がるまでのわずかな時間を利用して担いでいる少女を丁寧におろし立ち上がっている途中のリオレウスに意識を向ける。

 

 闇に光るのは金色の双眼。口からは火が見えている。

 巨体の奥底から発せられる唸り声はジャギィのそれと比べ物にならない。雨に打たれながらも衰えを見せない灼熱の鱗は燦々と輝く。

 

 闇に溶け込む黒髪黒目。夜に紛れ込む迅竜の防具。

 存在を誇示するような火竜と対を成すように静かな人間。腰に携えている武器は太刀のようで太刀ではない。片手剣よりも細く長く、太刀よりも鋭く短い。

 

 太刀の元となった武器――人はそれを刀と呼ぶ。

 

 鞘を左手で固定し柄を右手で持つ。スッと抜いた刀身は光り輝く白銀の刃。

 無駄のない動きで右顔前まで持っていき、相手に切っ先を付きつけるよう真っ直ぐ構える。

 『無我』と呼ばれている突きに特化した構え、しかしながら自身の数十倍もある竜に通用するのだろうか?

 

 否。

 通用させるべきなのだ。

 

「スゥ―」

 

 短く息を吸い、敵を見定める。

 目測にして約10mの距離があり、近距離戦を主とする刀には不利な状況。何とかして近づかなければ一方的に蹂躙されてしまう。

 何とかして隙を見つけることはできないだろうかと視線を一切そらさずに熟考。

 だから気付くことができなかった。リオレウスが大気を吸い込み牽制技を撃ってくることに。

 

「■■■■■■■!!!!」

 

 大気を震わす咆哮。近くにいた故にまともに受けてしまい、一瞬眉をひそめる。

 隙を探すつもりが逆に隙を見つけられてしまう結果となった。

 レウスが動く。その巨体に飽かせた突進はどんな防具を身に付けようとも致死レベルの怪我を受けてしまう。

 ましてや、彼の防具はナルガクルガのもの。防御力より機動力を重視しているので、掠っただけでも重症になりかねない。

 

 

「――ッ!」

 

 

 完全に出遅れてしまったので左右どちらかに回避することはできない。

 左右が無理ならば、潜り抜けるだけ。刀を持つ手を引きワンテンポ遅れて走り出す。

 一瞬という時間よりも早く近づく赤い竜に臆することなく狙いを定める。先に行動していた竜は、大きな口を開けて噛み砕こうとしていた。

 目の前に広がるのは白い牙と黒い闇、それが閉じようとする寸前で丸めるように体をかがめ、地面スレスレになるまで顔を地面に近づける。

 そのまま低い姿勢を維持し続け、攻撃に転じようと右足に狙いを定める。そしてすれ違いざまに突いた。

 

 貫通させるような突きではなく斬るに近い突き。彼の持つ刀は突きに最適化されたものではないためである。

 

 更に腕を伸ばした状態から横に薙ぐ。これで二閃入れたが、レウスは気にしている様子がなくどちらも浅い結果と終った。

 全力で斬りつけることのできない態勢ゆえだろう。

 足に蹴られないようすぐさま真横に転がる。通り過ぎたのを横目で確認すると、手をついて跳ねるように立ち上がり追撃しようと追いかけた。

 止まり切れていないレイアは隙が大きい。走る最中で無我の構えに戻し、集中的に狙うと決めた右足まで数歩というところまで迫る。

 

 

「ハッ!!」

 

 

 短い言葉を発すると共に全力で腕を伸ばす。切っ先は目標を完璧に捉え転倒させるような傷を与えようと近づいていく。

 

 しかし、その目論見は外れることとなった。

 

 

「(飛んだ!?)」

 

 

 強靭な翼を羽ばたかせ空中にホバリング。彼の行動を呼んでいたかの如くタイミングを合わせた回避は効果覿面で同時に発生した風圧は彼の行動を制限した。

 そのまま高く、とは言ってもせいぜい木々より頭一つ高い所だが、飛び彼の攻撃の機会を奪い去るのは偶然でなく考えての行動だろう。

 

 内心で舌打ちをして様子をうかがっているが降りてくるのは雨粒ばかりで滑空する予兆すら見られない。

 その代わりに見えた口から吹き出ている小さい炎は、あの強烈なブレスを連想させる。

 爆炎を予期しいち早くその場から離れつつ、近くに寝せていた少女も担いでブレスが届かないであろう範囲まで走る。

 直後に背後で爆発が起こった。予想よりも広範囲に広がった炎はかすかに背中を炙る。

 防具を易々と燃やして皮膚を焼く。ただの火傷ではあり得ない痛みに苦虫を噛み潰した表情になった。大事を取って一休みするべきだが生憎そんな暇はない。

 

 人が生み出した武器よりも鋭く中型モンスターを一発で昏倒させる毒を持つ爪で強襲を仕掛けてきたからだ。

 またしても横に跳ぶが、人を抱えているこの状況で満足な動きができるはずもなく横腹をかすめた。毒の浸透する感覚が悪寒をなって背中を走る。日頃から微量の毒を摂取しているため一般人とは違って耐性はあるが、それは微々たるもの。即効性のある毒は瞬く間に足を重くしていく。

 おまけに、アイテムを入れておいたポーチが吹っ飛んで遠くへ飛んで行ってしまった。

 

 倒れ込むように転って小さな崖のような場所から落ちて背中を強打。受け身を取れずに打ってしまい息も止まるような痛みが全身を襲った。

 衝撃は彼だけにとどまらず抱きかかえている少女にも伝わったようで、小さくうめき声を漏らした後にゆっくりと目を覚ました。最悪のタイミンである。

 

「うう……こ、ここは?」

 

 起きていれば寝ているときより一層気配は強くなり、人が感知することは普通では不可能だが野生に生きる竜であれば可能。つまり、彼女も狙われやすくなったということ。その危険性以上に、この少女に恐怖を与えてしまうという危惧がある。

 打開策を見つけるべきだろうが、それよりも体内を回る毒の解決策の方が優先するべき。

 こんなことになることを想定していなかったためか解毒薬を携帯していないが、しっかりと準備してきたであろうこの少女であれば可能性はある。

 

「話は終わってから全部話す! 解毒薬か漢方薬をもってないか?」

「えっ、あ、はい」

 

 目を丸くして驚きつつも何となく雰囲気で察してくれたのか。おずおずと差し出してくる解毒薬を痺れ始めた左手で落とさないよう慎重に受け取り、一気に飲み干した。

 一息ついて肩を回す。毒が即効性なら解毒も即効性のため体内に侵入した猛毒は無害な物質へと分解されていく。

 毒が抜けたとこを確認し、煙が充満しているこの辺りを睨む。レウスはまだこちらに気付いていない。

 

 この突如発生した煙は彼らにとって偶然にして僥倖なことであった。

 遠くに飛んだアイテムポーチから煙玉が零れ落ち、たまたまレウスが踏みつぶしたことによってレウス自身の視界を制限する結果となった。なかなか皮肉だと言えるだろう。

 けれどこの雨が降っている中ではその煙も長くは続かないことは必至であって、いつまでもこの幸運に甘んじているわけにはいかないのだ。

 

「リ、リオレウス!? どうしてこんな所に!?」

 

 青年が何かを見ているのを不思議に思ったのか、少女はヒョイといった感じに覗き込んだ。そこには雨の中、首を高く上げて辺りを見回している竜が一匹。

 姿を確認すると少女の顔はみるみるうちに青ざめていく。大型モンスターに対して恐怖心を覚えるあたり、やはり初級者なのだろう。

 

「静かに。幸い煙のお蔭で一時的だけど奴は俺たちを見失っているようだ。できれば討伐まで持っていきたいけど残念ながら準備は万全じゃない。できることなら手伝って欲しいが……」

「むむ無理です! 私、最近やっとロアルドロスを倒せるようになったんですよ! それなのにいきなり飛竜種なんて絶対無理です!!」

 

 ムチ打ちになるのではないかと思うほど首を振って否定する。最初から当てにしなかったようで「そうだよな」と戦場であるというのにクスっと笑ったであろう青年。

 もっとも、仮面に隠れているので当の本人である少女には判らないのは当然だった。

 

 毒が抜けきったとこを確認するように肩を回し、近くに落ちた刀を手に取る。

 だいぶ煙が沈静化して雨も弱まっている。地面はぬかるんでいるが雨による視界の遮断は薄れたので撃退する算段は見えてきたのだろう。

 

 唐突に、未だに気付いていないレウスに対して一直線に走る。

 超反応を見せたレウスがお得意のブレスを放ってくるがそれを避けるそぶりを見せずに突っ込んでいく。

 竜の業火が目標を捉えて爆発する寸前、最小限の動きで火球をなぞるように避ける。爆発はしないが、予想以上の温度はナルガクルガの防具を軽く焦がしてしまった。

 あと少しの判断ミスや身体能力が追い付かなかった場合、灼熱という言葉を優に超える温度が身を焦がす結果となるが、その危険性と緊張感に打ち勝つことのできた彼は今この瞬間において大きなアドバンテージを取ることができた。

 

 すかさず足元まで潜り込むと同時に刀身を傷めないような絶妙な力加減で右足の腱を切る。最初の一太刀とは違いしっかりとした態勢で腕を振り切ったため、ガクン、と右足を地に着けてバランスを崩す巨体。

 ここを見逃す手はない。完全ダウンを狙って左足の腱も切り付けて、一先ず押しつぶされないように抜け出す。ドシン、と大きく鈍い音を立てて転倒したレウス。

 素早く刀を両手で持ち、綺麗な弧を描きながら打ち下ろされる刀は、鱗が比較的少ない腹部に見事な縦一文字を入れた。吹き出る鮮血が返り血となって黒い防具を更に赤黒く染める。

 苦しそうに呻くレウスだが同情するほど甘くはないのがハンター。

 真下に下がった刀の刃を返し、今度は切り上げるように振り抜く。縦一文字に重なるようにもう一つの傷ができ、再び防具を染める。

 他の肉食モンスターを呼ばないように返り血を浴びないことが鉄則なのだが、気にかけている余裕などどこにもなかった。それほどまでに相手は強く、この機を逃せば間違いなく返り討ちにされると感じていたのだろうか。

 

 焦るように三撃目を入れようと再度刃を返すが焦燥感が軌道のブレを生み、満足に切り付けることは叶わなかった。

 弾かれたのを見て自分が焦っていることを自覚し、一度落ち着こうと距離を開ける。このまま焦り、死期を早めるよりもましだろう。

 

「■■■■■■■■■■!!!!」

 

 怒りの咆哮は全てを竦み震え上がらせる。けれど、同じ手を2度も受けるほど知能は低くない。一気に距離を取って効果を減少させて硬直することを無効化した。

 大幅に距離を取ったことが吉と出るか凶と出るか。この数十メートルという距離はリオレウスにとって有利な状況のはずだが動かず、合わせるかのように青年も構えたまま動かない。

 振る続ける雨は弱まってきたものの雲は厚くなり雷は近づいている。激戦で様々な音が響いていた森は雨音しか聞こえず、不自然な静寂が辺りを包み込む。どちらも動かないままどのくらい時間が立ったのだろう、不思議に思い隠れていた大木から少し顔を出した少女が見たものは、

 

「おおおおおおお!!!」

「■■■■■■■!!!」

 

 ほとんど同時に駆け出した1人と1匹。彼女が恐怖を感じたのは、王者を名乗る竜ではなく鬼気迫る雰囲気を醸し出す青年の方であった。

 

 2つは尋常ならざるスピードですれ違う。

 

 まだ経験が少ない少女は何があったのかを知ることが出来ず、リオレウスが片膝をついたことが青年に軍配が上がったのだと結論付けた。

 しかし、その傷は微々たるもの。レウスはすぐさま立ち上がり暗い空に向かって吠える。

 

「まだか!?」

 

 軽く舌打ちしながら突きの構えを取り、まだ動きづらいと踏んで立て直す暇を与えないよう走り出す。

 しかし、戦局は誰しもが予想しない方法へ進んだ。

 敵との距離を半分ほど詰めたとき、リオレウスは大きく羽ばたいた。そのまま滑降してくると思われたがさらに高く飛び続け、やがて赤い王者は雲の中へと消えていった。

 突然の出来事でしばらく呆けた顔で空を見上げており、いまいち何が起こったのかを理解しえない様子だ。

 それもそのはず、非常にプライドの高いリオレウスが敵前逃亡などまずあってはいけないことであろう。

 

「……助かったから良しとするか。俺1人で撃退できたのは奇跡に近いが」

 

 安堵した様子で頭を掻いて、刀を懐から取り出した紙のようなもので汚れをふき取り鞘に納める。

 ポーチを拾って腰に付けた。激戦によって大木は折れ、地面には穴が開いている場所を気にかける様子もなく通り過ぎ、少女を降ろした場所へ向かう。

 大木の後ろには膝を抱えて小さく震えている小動物のような人影。

 

「大丈夫か? 怪我とかしてないといいんだが」

「ヒッ」

 

 ポン、と肩を叩いて安否を確認すると小さな悲鳴があがった。

 当たり前だろう。今の彼は不気味な黒装束に加えてリオレウスの返り血を浴びている。加えて、彼女からしたら人知を超えた戦いを目の当たりにすれば、いくら命の恩人と言っても拒否反応が出てしまう。

 そのことを思い出したのか「あー……」と困惑したのか、どうしようと頭を抱えながらも仮面を取って素顔を晒して改めて自己紹介をした。

 

「驚かせて済まない。俺は神威 白夜だ。あー、その、なんだ、驚くのは無理ないがもう少し何とかしてくれないと俺の心がくじける。なんなら離れるが」

 

 かなり下手に出て手短に話を済ませる白夜。後ろに下がってなんとか落ち着かせようと試みるが、半歩後退したところで服の端を掴まれる。プルプル震えていることに変わりはない。

 

「い、いえ、大丈夫です。恩人に対して失礼だと思いますので。わ、私はメティス=フロアディーテっていいます。ユクモ村でハンターをやっていて、今日はドスファンゴの討伐のつもりで来ました」

「それで、思った以上の大物にぶちあたった訳か。本当に災難だったな。怪我をしなくて良かった。取りあえず近場のギルドに報告したいから……ユクモ村は近いのか?」

 

 今回のように上位モンスター以上と思われるモンスターの出現を確認した場合、様々な悩みを一括して請け負うハンターズギルドに報告する必要がある。

 何処に、という指定はないがなるべく早くという指定はあるので近場の方がよい。白夜の住む地域は辺境の地なので、話にあるユクモ村の方が時間が掛からないだろう。

 意図をくみ取ったのか、よろよろと立ちあがって道案内をしようとするメティス。一歩歩くごとに倒れそうになるのは見るに堪えない。

 

「大丈夫そうじゃないならおぶるか? 今にもコケそうになるのは危なっかしくて見てられない」

「だ、大丈夫です。えっと、あの、その」

「ああ、やっぱり怖いのか。無理を言って悪かったな。気にせず進んでくれ」

「すみません……」

 

 一度染みついた恐怖心はそう簡単に消えないものということを白夜はしっかりと理解しているが、流石に軽く落ち込んでいる様子。

 森を出るのが先決と持参した方位磁石とにらめっこをしながら進んでいくメティスの後ろ姿は多少緊張感が取れたように見えるが、どことなく後ろ――つまりは白夜を――警戒しているように思える。

 

 

「(まあ、この一度きりの出会いと考えれば怖がられていても今後に支障は出ないな)」

 

 

 彼の目的はキノコの採取であって、レウス撃退でもユクモ村に用事があるわけでもない。イレギュラーな事態だっただけなのでこのメティスという少女に深く関わることはない。せいぜい、顔見知り止まりだ。

 小さくため息をつきつつ空を見上げた。先ほどまでの大粒の雨は嘘のように消えて所々太陽が顔を覗かせている。鬱蒼とした森を抜けたら太陽光はますます強くなって暖かく照らしているが2人の間には冷たく重い沈黙だけが存在している。

 ろくな会話もないままベースキャンプに着いてしまった。ベースキャンプでは案内役であろう灰色の毛を持つアイルーが待機していて、案内したハンターが帰ってきたことに安心し、人数が2倍に増えたことに不信感を覚えた。

 

 

「おかえりさないニャ。いや~な天気でしたから心配ニャったんだけど、大事が無くてよかったですニャ。して、そちらの方は?」

「通りすがりのハンターってところだよ。ちょいと面倒なことになったから早めにユクモ村に行きたい。何があったかは道中で説明する」

「? わかりましたニャ」

 

 首をかしげながらも言うとおりにアプトノスが動力となっている荷車に荷物を投げ込む。

 2人が乗り込んだのを確認すると小さい体に見合わないダイナミックな動きで鞭をふるって指示を出し始めた。

 人間の徒歩よりやや速いスピードでゴトゴトと揺られる。聞いた話によると、ここからユクモ村まではわずか40分程度だそうだ。

 

「それで、一体なにがあったんですかニャ? ハンターさんは血まみれだし、メティスさんはなんとなーく挙動不審だし」

「ざっくり言うと上位以上のリオレウスが乱入してきてな。俺の返り血はそいつとの戦闘が原因で、彼女が震えているのは他でもない俺の姿を見て驚いたんだと思う。急ぎなのはギルドの方に連絡をしたいからだな」

 

 『リオレウスの乱入』と言うフレーズを聞くが早いがのんびりしていた態度が一変、かなり慌てふためいた様子となってアプトノスをせかすように鞭をふるう。競歩レベルから自転車レベルの速さに急に変わった。

 

「どどど、どうしてそんニャ重要なことを言わニャいんですか! フルスピードで行くので気を付けてくださいニャ!!」

「おいおい、いくら何でも急ぎ過ぎじゃないか?」

「いーや、ハンターさんはこの事の重要性をわかってないですニャ。いいですかニャ? 渓谷の危険度はかなり低いので初心者ハンターさんから一般の人まで幅広い人々が行き来していますニャ。そもそも大型モンスターいなくて、せいぜいドスジャギィとかアオアシラくらいしかいませんニャ。それも普段は人前になんて滅多にでないし。そんなのどかな場所に、前触れもなく、リオレウスの、上位以上のクラスが、ふらっと来るはずありますか!? いや、ニャい!! これは何か災いの前兆ニャんです!!」

「異常だということはよく判ったが、そんな大層なもんじゃないと思う」

「とにかく! 一刻も早くギルドに連絡するニャ! ハイヨー!!」

 

 アイルーの高らかな大声だけが雨の上がった渓流に

 

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