其の影、神風の如く   作:香具師之樹

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2話

 渓流を出発して四半刻。いままで岩や木々しか見受けられなかった場所に人工物が頭を出す。

 屋根は黒っぽく壁は赤を基調とされている建物。窓らしき所からはモクモクと白い湯気が吹き出ていた。

 近づいていくにつれて村の全体図が露わになっていく。村の至る所からは湯気が立ち上っており、猫を象った石造からは絶えず澄んだ湯が流れ出して露天風呂を作っていた。

 建物はあえて古き良き時代に模倣したようで、木や藁・瓦のみで建設されている。それがこの土地と合っていたのか、来る者を癒すとても良い雰囲気だ。

 

 ユクモ村。

 

 山間の谷に湧き出た温泉を利用した小さい村。小さいけれどその名前は森の奥に住む白夜の耳に入るほど。

 最も有名な温泉は、ハンターご愛用の切り傷・火傷に効く単純二酸化炭素泉、御老人の天敵肩こり・腰痛を改善する単純泉、女性に大人気な『美人の湯』とも言われるナトリウム炭酸水素塩塩化物泉など、何故そこまで種類があるのかと言いたくなるほど多種多様なので観光客数は推して知るべし。

 温泉業だけでなく林業も盛んで、周辺の山々で採れる良質な『ユクモの木』は大都市からも需要が多く、堅木と呼ばれるものにまで成長すればそこらの鉄より丈夫となる。

 

「――と、こんな感じの村ですニャ。ニャにか質問は?」

 

 慣れた様子で目的地のユクモ村について説明している運転猫。

 暇つぶしにでもなる話題はないか、と白夜が振ってみたところ、だったら今から行く村について説明しましょうという流れになった。

 

「食べ物は温泉卵が有名ですよ。黄味も白身もトロっと柔らかいので、ついついたくさん食べちゃうんですよね」

「へぇ、それは楽しみだ。で、体調の方は大丈夫なのか?」

「えっと……それなりに。さっきは怯えてしまってすみません」

 

 話に入ってきたメティスは彼が出会った頃より明るくなっているのは、アイルーと白夜の和気藹々とした会話に中てられたからだろうか。

 後ろの方で縮こまっていたはずが、気付けばかなり距離を詰めていた。

 

 そんな会話もつかの間、荷車は村の門の前に止まり動力のアプトノスが大きくあくびを書く。

 大した荷物もないので手早く降りてここまで連れてきてくれたアイルーを見送ることにした。何でもこの後すぐに仕事が入っているようで、緊急なので急ぐ必要があるとか。

 

 見送った後に改めて村を見渡す白夜。おぉ、と感嘆の呟きを漏らしてその雰囲気に酔いしれる。

 しばらくすると、そんな彼を怪しげに思ったのか門番らしき人が彼に近づいてくる。自分の知らない人物、しかも全身黒い防具に身を包み仮面を着用、ついでに見られない武器を携えていれば立派な不審者。

 もっとも、白夜自身がなるべく人と関わらない為の術だと考えてのことだが。

 敵意バリバリの門番に事情をメティスが説明する。一人だけだったら事情聴取に莫大な時間が掛かったことだろうが、この村出身のハンターがいるので一言二言言葉を交わすだけで済んだ。

「厄介事だけは起こすな」と念を押されて村に通される。

 

「凄いな……これはリピーターが増えるもの判る」

 

 門をくぐり抜けて階段を上ったら温泉独特の匂いが鼻をつく。村は活気づいて、それでいて静かでのんびりしている。

 のんびりしているのだが、

 

「注目されているな」

「注目されていますね」

 

 突き刺さる視線は白夜に向けてのもの。大陸有数の観光地であれば風変わりな格好をしている人も少なくはないが、彼のそれは風変わりとはちょっと違う格好なので村人からはもちろん観光客であろう人間からも注目を集めている。

 せめて仮面を外してしまえば周囲もある程度納得するのだろうが、気付いているかわざとなのか顔に手を当てる仕草すらない。

 

「あの、仮面は外さないんですか?」

「……俺の顔は見てなかったのか?」

 

 質問を質問で返す白夜。メティスと出会い、自己紹介をしたときに彼は一度仮面を外している。必然的に顔を合わせることになるのだが、それを踏まえた上での質問だった。

 

「あの時は自分でいうのも何ですが怯えてて。い、いや、それに暗かったですしまじまじと見るのも失礼かなーって」

 

 要は見てなかったようだ。申し訳なさから顔を真っ赤にし、慌てふためいて必死に弁解する姿はまさに小動物。

 言葉に詰まり三度笠を深く被る始末。

 呆れた、と言わんばかりに脱力をしたのは言うまでもなく同時に素顔を見られていないことに安心感を覚えている。

 

「見てないんならいいんだ。あんまり人に見せるもんじゃないからな」

「だったら何であの時は……」

「さあ、なんでだろう?」

 

 非常に納得していない様子のメティスを尻目にちゃっかり貰った温泉卵を仮面の隙間から頬張っていた。機嫌よく鼻歌を歌いながらなので相当美味しい事だろう。

 

「あー! 何ちゃっかり食べてるんですか! そんな暇はないんですからさっさと行きますよ!!」

「そんなに怒るなよ。ほれ、お前さんも一個食べるか?」

「いりませんよ!」

「そりゃ残念だ」

 

 見事に話をそらされたことに気付いていない。白夜の話術が上手いのかメティスが単純なのか、恐らく後者であろうが仮面の話は既に意識の彼方に飛んでいる。

 数ある温泉を通り過ぎ人が集まっている雑貨屋もスルー。温泉とはまた違った熱気を出している鍛冶屋の中では小柄な竜人族が見事な大剣を生み出している最中だった。

 興味があるようだがメティスに引っ張られるように先導されたのでまたの機会に、ということに。

 小さな階段を登ればそこは大広間で『訓練所』と書かれている看板や橋の近くで商売をしている者、美しい紅葉を見ながらお酒を嗜んでいる女性などと様々な施設・人物がいる。

 

 その中でも抜群の存在感を誇るのが集会浴場。村随一の温泉施設で同時にハンターズギルドの出張場所にもなっている。目的地はそこだが、行く前に一人の女性に声をかけられた。

 

「あらあら、メティスちゃんお帰りなさい。渓流で一悶着あったようですが無事のようで何よりです。どうやらお一方増えているようですが、どのような経緯で?」

「あシルヴィさん、ただいまです。この人は私を助けてくれたハンターさんで、戦いは見てなかったけど強いことは確かですよ。白夜さん、こちらはユクモ村の村長さんです。集会浴場の女将も兼任していて、経営者としての手腕も一流な凄い人なんですよ」

 

 村長さんとして紹介されたのは東洋風の着物を着たのんびりとした女性。

 全身から滲み出ている柔らかい物腰と穏やかさは若くして村長に抜擢されたのも納得できる。

 若いと言っても竜人族の中では、と言う意味だが。

 

「初めまして。この子を助けてもらいありがとうございます。紹介にありましたようにわたくしが《ユクモ村》の村長でシルヴィ=エティオラと申します。以後、よしなに」

「たまたま通りかかっただけで特別何かしたつもりはない。神威 白夜だ。山奥に住んでいたから礼を失していたらすまない」

「構いませんよ。それにしても……貴方様ならリオレウスを迎撃できても不思議ではないでしょうね。最悪の場合この村全体に避難勧告が出るようでしたので本当に助かりました」

「驚いた、もう情報が回っているのか。流石と言うかなんというか……俺が報告する必要ないんじゃないか?」

「いえいえ、貴方様にしか知りえない情報もあるので是非ともハンターズギルドの方へ足を運んでくださいな。蛇足ではありますが、お暇が出来ましたら温泉で一息つくことをお勧めしますよ」

「考えておく」

 

 情報源は不明だが既にリオレウス襲撃の件は村全体に伝わっていたようで、村長の話以外でも辺りにいる人々の口からも聞き取れていた。

 普通ではあり得ないはずの情報伝達の早さだが、マイナスになることはないだろうと白夜は気にしていない様子。メティスに至っては不思議にすら思っていない節がある。

 挨拶もそこそこにして切り上げ、村長に言われた通りハンターズギルドを兼ねている集会浴場に向かう。

 

 入り口に近づくにつれ大きくなっていく喧騒。

 血の気の多いハンター達が一か所に集まれば外の静けさとは真逆の雰囲気でこのギルドが活動的であると判るが、集団が苦手な白夜にとっては生き地獄もいい所。げんなりしていること請負だった。

 暖簾をくぐり最初に目につくのはやはり様々な装備に身を包む大人数のハンター。

 見た限りまだまだハンター歴の浅いジャギィ装備や真っ白いウルクスス装備がパーティーを組んでいたり、かなりの手練れだと思われる傷の多いグラビモスの防具が一人で酒盛りしていたり、クエストに成功したであろう喜びようのベリオ、キザミ装備の2人組などなど、老若男女問わず。

 集会場には付き物の自分勝手な奴が見られないのはここの警備がしっかりしているからか。

 

 向こうから突っかかって来ないので特に相手をせずに一直線に受付へ向かう。

 丁度お昼時なのでクエスト発注する人がいないのか受付には一人。

 しかも暇過ぎたのか机に突っ伏して寝ている。かなり自由奔放なハンターズギルド。

 

「なかなか個性的だな。一応接客業だろう」

「あはは……ほらサーシャちゃん、起きて起きて」

 

 彼女の顔見知りのようで、苦笑いをした後にユサユサと揺らして起こそうと試みる。

 10秒、30秒、1分、2分。

 いくら揺らしても起きる気配がないので業を煮やしたメティス。 息を吸い込むと白魚のような手で拳を作って振りかぶると――

 

「ていっ!」

 

 勢いよくフルスイング。

 ゴン、という鈍い音は周囲の雑音にかき消され、なんとも言えない感じだけが残る。

 後頭部への直接攻撃プラス額を机に打ちつけられてさぞ痛い事だろうが自業自得なので同情する余地なし。

 赤くなったおでこをさすりながら上体を起こす受付嬢を見ると、何故か殴った側が悪いことをしているよう……殴るのは良くないが決して非があるわけではない。

 

「いった~、いきなり殴るのは誰ってメティスじゃない。クエスト終わったのね。ちゃちゃっと手続き終わらせるから少し待ってて」

「いや、それもあるけど先決なのは渓流に出た――」

「ドスファンゴでしょ、判ってるって。確かこの辺に依頼書を積んだはず……」

「だ、だから私のクエストのことじゃなくてリオ――」

「そう急かさないでって。いくらアタシでも依頼書をなくすはずないんだからさ。おっ、あったあった。さくっとサインしちゃってね。で、次のクエストなんだけど――」

 

 メティスが大きく息を吸い込む。

 ほとんど時を同じくして白夜が耳を塞いだのは彼女が次に何をするかを確信に近いレベルで予想しているため。

 要するに、

 

「サーシャちゃん!! 話を聞いて!!!!」

 

 叫びである。

 つんざくような高音は普段温厚であろうメティスの口から出たとは到底思えない。

 それほどまでに言葉は大きく集会場内部はおろか外にも音は漏れた。皆が皆、何事かと不思議に思い会話をやめて受付に注目する。

 静かになったのは人だけに留まらずにアイルーは驚きすぎて言葉を失い、鳥はさえずるのを忘れ、風さえ吹くのが止まった。

 動いているのは猫の石造流れ出ているから流れ出ている温泉と肩を上下させているメティス、集会場にいる全員に向かって「いや~すみませんね」といった感じで頭を下げる白夜のみ。

 

 時間が止まった。

 そう表現しても何ら違和感はないだろう。

 

「な、なに?」

「だから! 私のクエストとは全くの別件で!! 全くって言ったら語弊はあるけど!!」

「落ち着け。俺の方から話しておくからお茶を飲むなりして休んでろ」

 

 見かねたのか白夜が仲裁に入る。

 やり切れない表情をしているメティスを近くのテーブルに座らせ、いまだに固まっているウェイターにドリンクを頼んで会話を仕切りなおす。

 その気の抜けたやり取りに感化されたのか自然と周囲の喧騒も戻ってきた。

 

「騒がしてしまって済まない。さっき彼女が言った通り少し話がしたくてな」

「そうなんですか。いやー突然殴られるし叫ばれるしで驚きましたよ」

「それに関しちゃ全面的に君に非があるとしか……まあいい。それで、話の内容ってのは」

「リオレウスのことですよね?」

 

 心を読まれているかのようにセリフを先取りされ目を丸くした。

 仮にもギルドだからリオレウスの件は知っているはず。しかし、白夜がそれに関わったとは一言も言及してなく、唯一知り得ている村長とも情報をリークする時間はなかったはずだ。

 どうやら思いのほか洞察力があるらしい。

 

「判ってるのなら話が早い。誰に話せばいいんだ?」

「んー、こういう場合はギルドマスターに言ってくれればいいかと。マスターはあそこにいますよ」

 

 指さす先には竜人族のご老人。小柄な体格に似あわずお酒を浴びるように飲んでいる。

 その様子は蟒蛇。木で出来たジョッキがざっと数えて20杯近く積みあがっていた。

 はっきり言ってギルドマスターの風格は皆無。

 テーブルに置いてある瓢箪は使い込まれている形跡が見られるので、普段から飲んだくれ生活をしているのは間違いない。

 

「……まさか、あの御仁?」

「そのまさかです。ああ見えて昔は凄腕のハンターだったそうですよ。今では見る影もありませんが……」

「健康が心配になってくるな。あれだけ飲んでたら肝臓に負担がかかるだろうに」

「あ、その点は大丈夫です。アホみたいに肝臓が丈夫らしいので」

 

 会話している間にもジョッキ5杯飲みほしている姿に呆れ半分、驚き半分。対して周りの反応は薄いのでいつも通りだろうか。

 ともあれ、彼に話をつけて早期対策を立てればいい。

 村に被害を出すことは優先して避けるべきことなので話を聞かないということはないはず……だがマスターの状態を見れば難しいかもしれない。

 とりあえず受付嬢に礼を言い、いい飲みっぷりな御老人に近づく。

 

「少し時間を頂けないか?」

 

 意を決して話しかけるとジョッキをテーブルに置き袖で口を拭ってプハーとひと息吐いた。

 そしてまだ口をつけていないジョッキを「飲め」と言わんばかりに差し出してくる。中身の液体から発せられるお酒独特の匂いが鼻をつく。

 

「ほれ一杯」

「…………」

 

 何を言っても無駄だと悟って素直に受け取り口をつける。

 慣れないアルコールが喉を通る。火がつけられたかのように体温が上がってむせ返りそうになるが、一度飲んだ手前吐き出すわけにはいかず気合と根性で一気に飲み干した。

 

「ヒック、なかなかの飲みっぷりだ。気に入った気に入った」

「強くないから無理させないでくれると助かるな。本題に入りたいんだが……渓流に現れたリオレウスのことだ。俺の主観的判断になるが、あれは十中八九」

 

 ここで一度言葉を切る。辺りを見回して聞き耳と立てている者がいないかを確認した。

 妙に神経質な対応と思えるが白夜にはここまでしなければならない訳があった。

 酒を飲んだ時の朗らかな空気から一転し、彼の真剣すぎる態度は殺気に近い。

 緊張した空気に驚くことも怯えることもしないギルドマスター。ただ目の前のハンターの言葉を待つ。

 

「G級だ」

 

 端的に一言。それ以上のことは何も言わない。いや、言う必要はなかった。

 片や実際に戦った人物、片やギルドの重鎮、あの言葉だけで遭遇時に何があったか、今後の対策はどうするべきかなど議論せずとも答えは自ずと出てくる。

 

「そうか」

 

 飲みかけのジョッキではなく持参している瓢箪に手を掛けて中身を飲むマスター。

 G級のモンスターが人が住む地域の近くに現れた、これだけで充分な脅威となるが焦りは感じられない。

 瓢箪の中身を半分くらい飲んだところで蓋をする。ふう、と前置きを入れて喋りだした。

 

「本当か、と聞くのは野暮ってもんだ。そうかG級だったか。ワシの勘も当てになんねーな。判ってると思うが現状においてこの村にG級と渡り合えるハンターはいねえ。ワシがあと10歳若かったらいけたかもしれんが、まあ無い物ねだりしても仕方あるめえ。それでお前さん、やっこさんと戦ったら勝てると思うか?」

「はっきり言って単独ではまず無理だろうな。あの時は運が良かった、としか言いようがない。出来ればあと1人のG級ハンター、欲を言えば2人欲しい。奥の手を使えば多少勝率も上がるが、焼け石に水だろう」

 

 いかに人が強いと言えどたかが知れている。

 生まれながらにして人と竜の間には大きな隔たりがある以上、1対1で勝ち目があるほど自然界は甘くない。

 だからこそ人は集団を組むことによって勝利を勝ち取ろうとするのだ。

 けれど、集団を組もうにも人材がいないのがユクモ村の現状。

 

「そうだろうな。俺っちの方からドンドルマに応援要請を入れておく。緊急事態だから優先的に回してくれると思うが、早くても明日の昼にならないと到着しないだろうな。万一到着しないうちに襲撃されればお前さんだけで食い止めてもらうことになるが……頼めるか?」

「頼めるかって、やるしかないのだろうに。いいさ、やってやるよ。俺は準備ができ次第出発するから応援には現地集合と伝えておいてくれれば助かる。レウスは浅くても傷を受けたから慎重になっていると思う。そう簡単に襲撃に来るとは到底思えないが、単独で戦って死ぬ覚悟くらいはしておこう」

 

 言葉では軽く言っているつもりだろうが、それが重すぎる覚悟の裏返しということを見破っているギルドマスター。

 心境をくみ取ったからか何も言わずに手続きに入った。

 一枚の羊皮紙を取り出して慣れた手つきで必要な情報を書きだしていく。そうして一枚の依頼書を作り上げると白夜に羽ペンごと渡した。

 

「そんじゃここにサインしてくれ。まったく、めんどうなことだよなあ、可能な限り依頼書を作れだなんてな。お偉いさんの考えることは判んねえ」

「あーそこなんだが、俺はハンターじゃないんだよ」

「は?」

 

 寝耳に水とはこのこと。武器を所持しハンターが使う防具を着てリオレウスを撃退できる実力を持っていれば、誰しもがハンターだと思うはずだ。

 そこにハンターではない発言は、ギルドマスターでさえ驚かす。

 規約では緊急時を除いてハンターではないものが中型以上のモンスターとの戦闘は禁じられている。依頼書を作ってしまったばっかりに、白夜は狩りに行くことが出来なくなってしまった。

 

「うーむ、理由はひとまず置いといてどうすっか……あ」

「いい案でも思いついたのか?」

「取りあえず狩りに行きゃいいんだ。その途中で『偶然』リオレウスに遭遇しちまったことにすりゃお咎めなし。緊急時なら問題ねえからな。ハンターになるだけだったら各ギルドで試験受けりゃいいんだが、お前さんには必要ないってワシが太鼓判推せば問題ないな。そんじゃ、まずこっちにサインだ」

 

 初心者ハンターが採取クエストに行ってたら『偶然』リオレウスと遭遇した。

 かなり無理がある作戦だが規約に反している点はない。何故初心者がG級と渡り合える、タイミングが良すぎやしないかと突っ込む点は多々あるものの問題がないのだから罰なし。

 上手いと言ったら上手い策だろう。

 

「……できたぞ」

「ほう、神威 白夜か。ここらでは聞かない名前だな。次はこの採取クエストの依頼書を頼む。アオキノコ10個の納品だが、ただのカモフラージュだから納品しなくてええぞ。よし、これでお前さんは誰が何と言おうと立派なハンターだ。くれぐれもよろしく頼むよ」

「こちらこそ。レウスの動向を知りたいためしばらくはこの村に滞在したいのだが……」

「そうだったな。宿舎の手配をしておこう。少し時間がかかるから、そうだな温泉にでも入って暇をつぶしておいてくれ」

 

 温泉はユクモ村に来たなら誰しもが利用する施設のはずだが、白夜は渋っていた。

 表情こそ見えないものの何かを察したのかマスターが配慮してくれたようだ。

 

「仮面は外しとうないんか。なら宿舎に引湯してあっからそこを利用するとええ。なるべく早くすっから村でも適当にぶらついててくれ」

「助かる」

 

 マスターの思慮深い考えに感謝しつつ席を立つ。

 

 戦闘に備え買い物をしたいのだが初めて来た村なので右も左もわからない。そこで彼はこの村人であって一番関わりのあるメティスに白羽の矢を立てた。

 アイルーと談笑しながらドリンクを飲んでいるのでタイミングを見計らう。

 

「メティス、ちょっといいか?」

「あ、白夜さん。お話は……終わったようですね。どうしたんですか?」

「しばらくこの村に滞在することになったから少し買い物をしたい。閃光玉とかはどこで買える?」

「基本的には雑貨屋とか行商人さんが色々と売っているんですが、閃光玉とかは素材しか売ってないですね。調合すれば解決しますが」

「マジか……」

「もしかして調合が苦手とか?」

「ッ――」

「いや~調合書もありますしそこまで下手な人はいないでしょうね」

「くっ」

「しかも白夜さんみたいな凄い人になれば調合書なしでも何でも作れちゃいそうですし」

「うぐっ」

 

 判っているとしか思えないメティスの辛辣な言葉に白夜の心が荒んでいく。

 彼女自身に皮肉っている意識はないが、純粋さというのは時として悪意よりも性質の悪い刃となって相手に突き刺さる。

 

「……じ、実は苦手だったり、します?」

「そ、その通りだ」

 

「ご、ごめんさない! わ、私そんな気は無くて」

「わざとじゃないってのは判ってるから謝らなくてもいい。代わりといっては何だが調合を代わってもらいたい。素材は全部こっちで持つから」

「もちろんです! でも、そこまで苦手なんですか? 値は張るけど調合書を買えば物凄くやりやすくなりますよ」

「調合書⑤まで揃えて回復薬を作ろうとしたら10個中9個は燃えるゴミ。家に来てた行商人には『お得意様だから』ってことで既に調合してあるものを売って貰えてたんだ」

 

 どうやらハンター必須の調合能力はずば抜けて低いことが判明。

 曰く、勉強はしているし手順の理解もしているが確率の女神様が邪魔をしているようにしか考えられない、もはや苦手という域を超えているとのこと。

 彼のステータスに並と言う文字は無い。全てが極端。

 

「そういうわけだから頼む。じゃ、買い出しに行ってくる」

「いってらっしゃーい」

 

 雑貨屋からは生活用品に近い物で行商人は主に素材を扱っている。

 細かなラインナップを聞いた後、白夜が求めている道具・素材は行商人が売っている可能性があるという。日によって仕入れている物は違うと言っていたので無かったら諦めるが吉。

 

 集会場を出ると広場の片隅でも目立つほどの大きなリュックサックが目に入る。

 敷いてあるシートには不死虫やケルビの角など希少価値が高い素材が並べられていた。

 今日は当たり日だ。

 

「いらっしゃい! 浮かれた俺っちも2つ3つ余分に山越えていつも以上に珍しいモン山ほど仕入れてきたぜ!! 兄ちゃんは初めて見る顔だな、初回サービスってことで少しばかり安くしとくぜ」

「生憎持ち合わせがないんだ。まずは売らせてくれ」

「了解だ。値段は兄ちゃんの品によるな。見せてくれないか?」

 

 行商人に手渡したのはキノコ類が詰まったカゴ。白夜が渓流にいた時に採取していたキノコがまさかの形で役に立った。

 受け取った行商人は目を細めてまじまじとキノコを観察している。

 

「こりゃ凄いな。こんな質の高いキノコはそう見られるもんじゃないぞ。売値の1.5倍で買い取らせてほしいが、手を打ってくれるか?」

「随分と破格の値段をつけるな。そっちがそれでいいなら俺が拒否する理由はない」

「そうまでして買い取りたくなるもんだ。アオキノコ8個・マヒダケ6個・マンドラゴラ3個で占めて3,438zだぜ、確認してくれ」

「ありがたい。買いたい物だが――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、いい飲みっぷりだね」

「サーシャちゃん、仕事はいいの?」

 

 白夜が買い物に出かけてから特にやることがなく、彼女の好物であるミラクルマキアートを飲んでいる最中に受付の制服を着た少女が話しかけてくる。

 メティスの言う通り、勤務時間中に抜け出してきたようだが悪びれている様子は全くない。

 

「まあまあそんなこと言わずに。で、ぶっちゃけどうなのよ」

「唐突にどうなのって言われても何のことだかサッパリなんだけど」

「とぼけちゃって~。あのナルガ装備の人のことだよ。えっと、白夜さんだっけ? さっき回ってきた書類には『狩人申請書』ってあったんだけど、話では上位クラスのリオレウスを撃退したんでしょ? 強いのにハンターじゃないって不思議だと思わないの?」

「確かに不思議だけど……ハンターになる、ならないは個人の自由だから何か考えがあってのことじゃない。私たちが口を挟む権利はないよ」

「つまんないな~。アタシとしては、『貧しい民を救うため規約違反とは判っていても武器を手に取る。脅威を退けることはできたが代わりに本部からギルドカードを剥奪された!』とか『ギルド本部に巣食う巨大な悪。狩人としての誇りを取り戻すため立ち向かい、勝利したものの地位を奪われる!』とかそういった涙無くしては語れない裏物語が」

 

「残念ながらないな」

 

 言葉を引き継いだ上で全てを否定、見事に一刀両断するのはいつの間にか帰ってきた白夜その人。

 手にはカゴ一杯に調合用の素材が詰まっている。カゴを床に置いて空いている席に着いた。

 

「俺はそんな褒められた人間じゃない。ハンターになってないのも、住んでいる場所が山奥で近くにギルドの支部が無いからだ。無駄に強いのも周りが危険ばっかりじゃ自然とこうなると思うぞ」

「はーそうなんですか。てっきり武勇伝が隠されているのかと。カッコイイし考えるだけでこうグッと来るものがあるじゃないですか!」

「いつもの発作なので気にしないでくださいー。それで、お買い物の方は平気でしたか?」

「結果は上々だ。予想以上にいいものが手に入ったぞ。メティスには閃光玉と煙玉、ついでに回復薬を作ってもらいたい。まあ、時間はあるだろうからのんびりやってくれ」

「本当に苦手なんですね……判りました。明日くらいにはできているのでここに取りに来てください」

 

 明日の予定を決めた後、目の前のサボり魔ではない受付嬢に呼ばれて『04』と書かれた木札の鍵を手渡される。

 ニスを塗られて深い茶色と艶を出している木札は宿舎の鍵で、この村にいる間は4号室を使ってほしいとのこと。部屋を使う際の注意点を受けた。

 最後に頑張ってくださいと意味深な言葉を投げられてそそくさと奥に消える。

 ついでにサボり魔を引き摺って。サボっていたのが先輩格の人にバレたので首根っこを掴まれて連行されていった。

 メティスの方も、母親を安心させたいそうなので「また明日!」と元気な声だけを残して暖簾の外に出ていく。

 騒がしい集会場には白夜一人が放置させられた。木札を器用に掌の上でクルクルと回して4号室へ。

 

 階段を下りてすぐ右手、蒼い暖簾が掛けられている建物に入る。

 少数ではあるがハンターたちが歩いているので、ここは通路のようなものだろう。

 4号室と書かれた扉の前に立って木札を差し込む。カチリ、と小さい音が響いて鍵が開いた。

 中は開放的な作りになっていて風通しが良い。ベッド、暖炉、アイテムボックス、本棚と家具は揃いが良かった。

 

「ひと眠りするか」

 

 防具を脱いで仮面を外し綺麗に整えられたベッドにダイブする。

 思いがけないことの連続で流石に疲れたのだろう、瞬く間に睡魔が瞼を閉じ眠りに落ちた。

 

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