「取材にご協力頂きありがとうございました」
デモを終えた労働者達に対して頭を下げるソウ以下報道スタッフ。思ったような事態ではなかったが、これはこれでスクープだ。カンパニーと労働組合との交渉。これまでなかなか実現しなかったそれが行われる運びとなった今回のデモは、ドルトの歴史に刻まれるかも知れない。大げさに聞こえるがそれくらいの大事だと、ソウは感じている。
しかしまあこの現状も大きなネタだが、その他にも気になる事があった。
(クーデリア・藍那・バーンスタインに鉄華団、ね……)
労働者達が所々で口にしていた名前。聞けば火星で独立や労働者の環境改善を謳っていた女性と、彼女を護衛している民兵組織らしい。今回のデモを支援し成功へと導いた立役者、いや恩人のようなものだとデモ隊の主要なメンバーは口を揃えて感謝の意を示していた。
火星の現状は噂でしか聞いたことがないが、ドルト2より酷い環境にあって、人々は苦しい生活を強いられているという。そこから立ち上がろうとする意志を持つものたち。ジャーナリストとしての好奇心がむくむくと鎌首をもたげ始めているのを自覚する。
だが、今現在の自分の立場では、彼らを追う事は出来なかった。精々がコロニー群と地球方面につぶしがきく程度で、圏外圏や火星方面にはとんと縁がない。仕方がないとはいえ、惜しいことだとは思う。
その代わりと言ってはなんだが。
(こういうのが好きそうなヤツがいたな。焚き付けてみるか)
マスコミ関係者らしく、存外に強かであった。
突然の強襲。それを受けた第7艦隊はパニックに陥っていた。
その中心となっていたのはフェアラート。
「撃て! 撃て! 撃てええええ!!」
戦術も何もあったものではない指示……というか喚き声を上げる艦長。それを受けるオペレーターも半数は狼狽えまくっている。
無数の対空砲火。それをものともせず濃紺のシュヴァルベ・グレイズは大きく螺旋を描きながら加速を緩めず突っこんでくる。直撃はなくとも全てを完全にかわせるわけではない。時折機体を掠める弾丸が火花を散らしていた。だがそれに怯む様子など欠片もない。
「な、なんなんだ、なんなんだあいつは!?」
過去を知らないグレイズパイロットの一人が、怖気を感じつつ言葉を放つ。ハーフビーク級6隻。それだけでも多大な火力がある上に、搭載しているMSは合わせて最大72機。2個大隊である。そんな戦力に対して単体で突っこんでくる存在など、正気の沙汰とは思えない。だが『それをやってのける』。理解しがたいどころか狂人を眼前にした心境であった。かてて加えて当たらない。銃撃がまともに相手を捉えられない。FCSはちゃんとロックオンしているにも関わらずだ。
単純に『加速に緩急を付けているので照準がずれる』だけなのだが、半ばパニックに陥ったアリアンロッドの兵達は、それに気付くことはない。それでも艦長の誰かが指示を出し、誘導ミサイルが山と放出される。
ランディは慌ても騒ぎもしない。機体の速度を緩めることなく、左手に持つ得物を構えさせた。ドラムマガジンを備えた大口径ショットガン。迫るミサイルの群れに向けて、無造作に引き金を引く。
散弾による『面』の攻撃は、大体の狙いがあっていれば目標を巻き込む。その分散弾一発一発の威力は弱い。MSであれば大したダメージを与えることは出来ないだろう。が、ミサイル程度であれば問題はない。先頭から次々と宇宙(そら)に花を咲かせる。
爆煙が視界を遮った。と思う間もなく、煙をぶち抜いて現れる影。
「爆発を突っ切った……うわぁ!?」
近場のグレイズの懐に飛び込み一蹴り。一瞬のことに皆ランディの機体を一瞬見失う。感覚的にはほぼ直角に軌道が曲がったようなものだ。分かっていても思考が付いていかない。その間にも濃紺の機体は次の獲物に襲いかかる。
再びの蹴りつけ機動。それが繰り返されれば隊列が完全に崩れ、混乱に拍車をかける。体勢を立て直す間もなく、ランディのシュヴァルベ・グレイズは艦へと迫る。
「墜とせェ! なんとしても墜とせええええ!!」
無駄に響く艦長の悲鳴。対空砲火を悠々とくぐり抜け、濃紺の機体は右の得物を構える。
150㎜アンチマテリアルライフル。右腰のオプションラッチから伸びたフレームによって支えられたそれは、片手での運用が可能なよう手が入れられている。ただし命中率は死ぬほど悪い。
「まあ普通に狙って当たらないんなら――」
にい、と獣の笑みが浮かぶ。
次の瞬間、フェアラートのブリッジを地震のような衝撃が揺るがした。
「うわああああ!!」
「ひィ!?」
「た、助け……」
次々と悲鳴が上がり、警告灯の赤色がブリッジを染める。アラート音が響く中、なんとか冷静さを保とうと努力しているオペレーターの一人が、なけなしのプロ根性で状況を知らしめる。
「ブリッジ近隣に直撃弾! その直後に敵機に『蹴りつけられ』ました! そ、損傷は軽微! しかしながら伝達系の一部に異常発生!」
大したダメージは無かったようだが、ブリッジ近辺に攻撃を与えられた、物理的心理的双方から来る衝撃はクルーの心を揺さぶる。直に感じる命の危険。アリアンロッドという強者の地位にあってそれを感じた経験のあるものはほとんどいない。故に彼らには恐怖に対する耐性が低かった。
「撃て! 追尾して撃ちまくれ!」
「し、しかし!」
「命令が聞けんというのか!」
「は、はっ!」
艦長の剣幕にほとんど条件反射で砲撃システムを操作するクルー。主砲がランディの機体を自動追尾し砲撃を放つ。しかしその先は。
「うおお!?」
「フェアラートからの砲撃が!?」
小馬鹿にするかのように舞い踊るシュヴァルベ・グレイズの背後には、アリアンロッド僚艦の姿。完全に頭に血が上っているフェアラート艦長の目には、その姿は入ってこないようだ。味方だというのに容赦なく弾幕が降り注ぐ。
「何をしている! こちらを攻撃してなんとするか!」
「うるさい! ヤツを、ヤツを殺さねばならんのだ! 邪魔をするな!」
ついには味方同士で仲違いすら始めた。その隙を縫ってランディの機体は他の僚艦に襲いかかる。
艦橋付近に至近弾。そして蹴りつけの衝撃。どの艦にとってもそれは絶大なプレッシャーとなり、パニックを呼ぶ。圧倒的な戦力差にあってそれを易々と成し遂げている――ように見えるランディは笑いが止まらない。
「ゼロ距離ならあほでも当てられるってなあ! おらおら、ビビってんじゃねーぞアリアンロッド!」
足場として蹴りつけるついでに極至近距離で大口径ライフルをぶっ放す。ランディのやっているのはそれだけだ。いくら高速域とは言え、これだけでかい目標を、しかも至近距離なら外しようがない。その上で彼は艦橋に直撃させることに拘っていなかった。
『ここで沈める気は全くなかった』からだ。
火星や圏外圏と違いドルトはGHのお膝元。しかも最大戦力を誇るアリアンロッドの管轄である。下手に戦艦を沈め大きな損害を与えてしまっては、全力で対処されてしまうだろう。ランディ一人でしかも『準備が整っている』のであればそれもやぶさかではないが、鉄華団と共にある今は派手な喧嘩は出来ない。だから『いざというとき言い訳が聞く程度』に押さえているのだ。
それともう一つ。彼らには『重要な役』を担って貰わなければならない。そのためには『多量に生き残って貰ったほうが都合が良い』。パニックに陥っている彼ら相手なら、殺さない程度の手加減は十二分に可能であった。
これが第7艦隊以外であったらばこうも上手くはいかなかっただろう。だが演習の時に刻んでやった敗北の記憶が、そしてフェアラートに至っては殺したはずなのに生きていたという恐怖が、それぞれ判断を鈍らせる。数では圧倒的に上回っているのだ。いくら化け物じみた相手でも冷静ささえ保てれば対処できるはずだった。それが出来ない、出来なく『させられている』。運と実力、その双方が噛み合ってランディの翻弄は最大限の効果を発揮していた。
「さあて、もう少し遊んでもらおうか!」
八艘飛びを繰り返し、彼は全力で艦隊をおちょくり弄ぶ。
スレイプニルより発艦した数機のMS。先頭のキマリスに次いでグレイズの小隊。そして最後にアインの駆るシュヴァルベ・グレイズが続く。
「俺とアインでやつらのMSを押さえる。お前達は艦を制圧しろ!」
「ですがよろしいのですか、アリアンロッドの方は……」
「情けは捨てろ! あれに巻き込まれればただではすまん、アリアンロッドだから保っているようなものだ。それより一刻も早く目的を果たした方が、結果的には彼らの援護になる!」
「りょ、了解!」
具申してきた部下を諭して、ガエリオはスロットルを開ける。すぐさま目標を視認。ドルト2を出航したばかりの赤い強襲装甲艦――イサリビ。まだ十分な速度の出ていない今のうちなら、取り付くことは容易い。相手がMSを出す前にと迫るガエリオ達であったが。
「っ!? 散開!」
突如レーダーに感。ガエリオは条件反射的に部下に命を下すが、突然のことに彼らは一瞬反応が遅れる。
そこに銃撃。弾雨がグレイズの小隊に降り注ぐ。
「ぐわっ!?」
「上から!?」
泡を食って回避する小隊。その間を、二つの影が高速で突き抜けた。
「伏兵!? どこから来た!?」
イサリビからはまだMSは発艦していない。であればどこに潜ませていたのか。いや今はそれを考えている場合ではなかった。
「一方は……ガンダムフレームだと!?」
リアクターを2基備えている独特の反応。であればバルバトスかと構えるガエリオであったが。
「いや、別の機体か。どこで手に入れた?」
形状の一部は確かにバルバトスと似通っていたが、茶色に塗り上げられた機体は明らかに別物だし、何よりエイハブウェーブの波長が合っていない。
そしてもう一方は。
「特務三佐! あの機体は自分が!」
『それ』に気付いたアインが、言うが速いか止める間もなく後を追う。見ればその機体は色が派手なピンクに塗り上げられ機体の細部も変更されているが、確かにグレイズであった。どうやら鹵獲した機体をさらに改修したものらしい。
「アイン! ちっ、お前達は構わず艦に向かえ! もう一機は俺が押さえる!」
「し、しかし!」
「二度は言わん! 急げよ!」
「りょ、了解! ご武運を!」
部下達がイサリビに向かうのを確認してから、ガエリオは機体を向き直らせる。キマリスの両足が展開し、複数のスラスターノズルが現れ、咆吼するように火が入る。
「来た! 向こうもガンダムフレームか……相手にとって不足はねえ!」
茶色の機体――バルバトスの予備パーツなどを使って大幅に改造したグシオン、【グシオンリベイク】を駆るのは昭弘。解体したマン・ロディから移植した阿頼耶識システムを搭載したこの機体は、本来のものに近い性能を引き出せる。乗り換えたばかりの自分がそれを引き出せるのかどうかは未知数であるが、昭弘は怯えや気後れとはほど遠い心境にある。
「これまでの成果、存分に試させてもらう!」
今まで積み重ねてきたものが無駄ではないと、そう信じる彼は臆することなくスロットルを開けた。
さて、一方。
「クランク二尉の機体をそのような下品な色で汚して……許さん!」
怒りにまかせて改装グレイズに襲いかかるアイン。彼の中では尊敬する上司は神聖化されており、それを奪った鉄華団は不倶戴天の怨敵であった。前後の状況や相手の事情など全く考えていない、独りよがりな義憤と言っても良い。上司が以前口にした「罪無き子供を手にかけてはいけない」という台詞を曲解し、「罪があるのだから子供でも殺して良い」などと言うくらいだ。一見優男で常識人に見えるが、この男もなにかがどこかおかしい。
ともかく改装グレイズに銃撃を浴びせるがしかし、ピンクの機体は弾雨をするりと回避し反撃してくる。その動き、そして正確な射撃を見てアインは眉を顰めた。
「あの動き、阿頼耶識を積んでいるのか! どこまでもクランク二尉のグレイズを汚す!」
相手の反撃をかわしながら左腕のアンカークローを射出。これは予想外だったのか回避しきれなかったようで、アンカーはグレイズの左足に絡みつく。
「二尉のグレイズ! 返して貰おうか!」
組み付こうとするシュヴァルベ・グレイズを引き抜いたマチェットで弾き飛ばす。そうしながら改装グレイズのパイロット――シノは、不敵に笑みを浮かべて吠えた。
「こいつはもう、グレイズなんてダサい名前じゃねえよ!」
「何!?」
「こいつの名は【流星号】! 二代目流星号だ!」
「名をも汚すか! 咎人が!」
アインもまたマチェットを引き抜き、2機は激しく斬り結ぶ。
そして。
「艦隊はランディさんが引きつけてる。俺らは近寄ってくる奴らだけ相手にすりゃあいい。行けるな、ミカ?」
「ん、分かった」
カタパルトに乗せられたバルバトスのコクピットで、指示を出すオルガに対し三日月は気楽に返事を返した。彼にとってはいつものこと。例えアリアンロッドの全艦隊を前にしても彼は同じ調子だろう。そら恐ろしいが同時に頼もしい。
「グレイズ小隊4機、接近中。迎撃をお願いします。……ご武運を」
すっかりイサリビのオペレーターが板に付いたフミタンに「了解」と軽く答え、操縦桿に手をかける。
「三日月・オーガス、バルバトス出る」
カタパルトで打ち出され、白き機体は宇宙へと躍り出た。
即座に敵機を視認。散開して接近してくる最中バルバトスを確認したらしく、銃撃を加えながら接近してくる。
「こういうのって、なんて言うんだったかな?」
少し奥歯に物が挟まったかのような感覚を覚えながら、三日月は機体を駆る。余計な挙動無く、水流に流されるような自然体のまま宙を駆けるバルバトスは、しかし全ての銃撃を軽やかにかわして見せた。
「なんだ!? あの動きは!?」
相対しているパイロットの一人は驚愕の声を上げる。彼らはボードウィン家付きの兵であり、それなりの訓練は受けているものの大した戦闘経験はない。阿頼耶識を搭載したMSとの戦闘はこれが初めてだ。ゆえに面食らう。
その戸惑いは、三日月にとって十分な隙を生む。
「獲った」
虚空にて踏み込み。阿頼耶識を媒介にして機体が応えスラスターが吠える。それは正しく疾走したようで、一瞬にして先頭のグレイズとの間合いを詰めた。
「な!?」
回避も反撃も間に合わない。慌ててマチェットを引き抜こうとした姿勢で、その機体は振り抜かれたメイスを叩き込まれる。
「まず一つ」
一撃でコクピットを潰された僚機。それを見た小隊は動揺してか動きが完全に乱れる。それを見て三日月は唐突に思い出した。
「……ああ確か、『かもねぎ』だった」
自ら料理してくれと飛び込んでくるような阿呆をそう称すると、ランディが言っていた。なるほどこういう事なのかと納得。確かに斬った張ったの最中にあんな乱れ方をしていては『喰ってくれ』と入っているようなものだ。
「じゃ、遠慮無く」
三日月は淡々と、次なる獲物へと襲いかかる。
「ひいいいいい!?」
「当たれ! 当たれ! 当たれえええええ!!」
第7艦隊のMS部隊は、恐慌のまっただ中にあった。
たった1機。たった1機のMSが捉えられない。攻撃が当たらないどころか予測も付かないところから飛び込まれて蹴りつけられる。それがただ単に『足場』として使われているからだという理解すら及ばない。『死人が一人も出ていない』と言う状況がさらに恐怖を煽っていた。死んだ人間は恐怖しない。錯乱しない。『死んでいる以上の被害をもたらさない』。恐怖が、混乱が、生きている人間の間に次々と伝播し『感染』する。
死ぬことよりも、『死にそうな目に遭わされる方が恐ろしい』。そしてそのような目にあって恐怖する人間が多い方が感染は広まる。ランディの一方的な優位は心理的な計算の元成り立っていた。
彼とて無敵ではない。もし第7艦隊が相手でも今の倍……いや、1.5倍の戦力があったら苦戦は免れなかったであろう。相手が心理的な圧迫も何もない万全であれば、キルレシオはMS換算で1対100が精々。優位に慣れすぎて相手を嘗めてかかっているGHだからこそ、これほどまでに翻弄できているのだ。
だから『さほど時間はかけられない』。ランディはGHと言う存在を馬鹿にしていても舐めてはいない。時間的な猶予があればいくら恐慌の中にあっても、立ち直るものが出てくるという確信すらある。そうなる前に『徹底的に心をへし折る』。幸いにして、でかい『生贄』は存在した。
「か、艦橋を収納しろ! 直撃を避けるのだ!」
フェアラートの艦長がヒステリックに命じる。厄祭戦時代から、宇宙戦艦は艦体の上部に突き出た艦橋を備え、緊急時にはそれを収納する機能が当たり前のものとして備えられている。最初からメインブリッジを艦内に備えていればこのような機能は無用のものなのだが、エイハブウェーブによる電波障害が横行する現在の戦場では、有視界認識も重要な索敵要因となるゆえ、いまだ旧時代的艦橋は備えられる傾向にあった。
その上GHでは艦橋を収納せずに戦うことこそ誇り、収納するものは臆病者であるというような見解が広まっていた。だからこそ未だこのような無駄に見える機能が残されているのだが。
恐怖に駆られたフェアラート艦長はそのようなことなどすっかり意識の外で、思いついたが吉日とばかりに迷い無く命令を下した。クルーの中にはそれに反感を覚えるものもいたが、それが具申できるような組織であればこうはなっていない。盲目的に下された命令に従事するだけであった。
がこん、と艦橋が沈み込み始める。幸いにしてランディは他にかまけているようで襲いかかっては来ない。しかし油断ならぬと緊張しながら、クルーたちは固唾を呑んで収納が終わるのを待つ。
やがて艦橋が完全に収納され、装甲ハッチが閉じようとした。これでもはや奴は自分たちには手が出せぬと艦長はほくそ笑み。反感を覚えるものすらいたクルーたちも密かに安堵の息を吐いていた。
そここそが、『ランディの狙っていた最高のタイミング』であることに気付くことなく。
突然がん、という音と衝撃。同時に再びアラートが鳴り響く。「ひい」と悲鳴を上げた艦長は、椅子から転げ落ちそうになるのを何とか堪えながら、虚勢を張りつつ怒鳴り散らした。
「何だ! 何が起こった!?」
「そ、装甲ハッチに何か障害物が挟まったようです! 閉鎖が妨げられています!」
悲鳴のようなオペレーターの返事。安心できると思った途端にこれだ。動揺せずにはおられない。
果たしてハッチに挟まった物の正体とは、ランディの機体が装備していたショットガン。閉鎖しようとするタイミングに合わせて投げ込まれたのだ。
ぎぎ、と軋み歪むショットガン。MSの武器だけあってかなり頑強に造られているものだが、装甲ハッチが閉じようとする力に耐えられるほどのものではない。安全装置が働きハッチの閉鎖が中断しようとする前に、弾倉が押しつぶされた。
爆発。小規模ではあるがそれでも、ハッチの内部に衝撃を与え破片が飛び散るには十分であった。
「うわああああああ!?」
「ひいいいいいい!?」
そしてそれは、ブリッジ内に恐慌を呼ぶには十分に過ぎた。衝撃。霰のように叩かれる装甲とウィンドウ。アラートの音が鳴り響き警告灯の赤色すらも恐怖を煽る。実質的なダメージはほとんどないにもかかわらず、パニックは最早止められない領域にまで達する。
「こっ、後退だ! 全速力で後退し戦闘空域を離脱しろおおおおお!!」
ついに艦長が形振り構わず逃亡を命じる。プライドも軍紀もなにもあったものではない。クルーたちも半泣きに成りつつそれに従った。なぶり殺しにされる。その実感が完全に心を塗りつぶし、恐怖が逃亡を求める。フェアラートは勝手に戦列を離れ、後退を始めた。
「フェアラート! 何をしている! 戦列を乱すな!」
「通信受け付けません! リンクを切断しているようです!」
「何を……うわあ!?」
敵前逃亡を咎めようとした旗艦に衝撃。フェアラートを止めるタイミングを失う。
これにより艦隊の陣形すら崩れ始め、戦場はさらなる恐慌の渦へと叩き込まれていく。戦闘開始より10分足らず。第7艦隊は完全に恐怖に飲まれた烏合の衆となり果てていた。
「速えェな。機動力じゃ勝負にならねえか」
グレイズのものを改造した長大なライフルを撃ちながら、昭弘は呟く。
大幅に装甲を削ぎ落としたグシオンリベイクは、継続戦闘能力と共に機動性も向上している。が、キマリスはそれを遙かに上回っていた。グシオンの射撃はほぼ全て回避され、一撃離脱でランスを叩き込んでくる。
しかしキマリス――ガエリオの方も、思った通りに事が運んでいるわけでもなく。
「良く避ける! これだから宇宙ネズミはっ!」
一方的に攻撃を叩き込んでいるようには見える。だが相手はここぞと言うところでひらりと身をかわし、直撃を避けていた。阿頼耶識の効果であると、ガエリオはそう判断している。
しかしそれだけではない。ブルワーズとの戦いからこっち、積み重ねた鍛錬は確かに昭弘の力になっていた。追いつけなくともキマリスの動きを見切り、その攻撃を弾き飛ばせるくらいには。
互角である。が、ゆえに双方決め手がない。このまま時間切れで痛み分けかと思われたが。
「お待たせ」
「三日月、そっちは終わったのか?」
援軍に現れたバルバトスを確認し、昭弘が問いかける。コクピットの中で三日月は頷いた。
「うん、かもねぎだったから」
「? なんだそりゃ?」
「ん~……楽勝ってこと」
軽口をたたき合う二人は、機体に迎撃体制を取らせる。自然と格闘武器しか装備していないバルバトスが前衛を、グシオンが後衛という形になる。その様子を見て、ガエリオは舌を打った。
「まさかもうグレイズを全機片づけたというのか!? あの小僧……っ!」
ぎり、と奥歯を噛みしめる。バルバトスのパイロット、彼とは少々の因縁があった。調査のため降り立った火星。そこで車にて移動中、二人の子供が目の前に飛び出してきた。慌てて車を降りて無事を確かめていた最中、いきなり現れて自分の首を締め上げてきた少年。それがかの小僧だった。
暴力的で礼儀を知らぬ餓鬼。同行していたマクギリスの取りなしで一応和解はしたが、その有り様と阿頼耶識を体に埋め込んでいるという事実が嫌悪感を覚えさせずにはいられない。
「どこまでも邪魔をしてくれる!」
苛立ちを隠そうとしないまま、ガエリオはスロットルを開けた。一対二となり状況は不利だが、ここで引くつもりなど毛頭無いのだから。
そしてアインの方も苦戦を強いられていた。
「は、やんじゃねえか。けど甘ェ!」
ふざけたマーキングを施されているグレイズ。だがそれに見合わず乗り手は強敵であった。アインも訓練を重ねその技量は向上しているが、それと互角に渡り合っている。
その事実を、アインはおぞましいとすら思った。
「無法者風情が!」
このようなふざけた連中が勤勉に努力していた、等と言うことは認められないどころか想像すらしていない。ただひたすらに許せない。罪を償わないことが、抵抗することが。自身の視野がどんどん狭まってきている事に気付かず、アインは荒れ狂う。
「自分が、俺が! 貴様らを裁くっ!」
咆吼と共にマチェットを振るう。火花を散らしてそれを弾き飛ばしながら、シノは苦笑を浮かべた。
「やっぱ実戦ってのは感覚が違うってかぁ? なかなかしぶてェ!」
自分の技量が上がっている実感はある。相手と互角以上に渡り合えている手応えも。しかしなんというか、相手の『執念』。その食い下がりが予想を超えて戦いを長引かせていた。
ブルワーズとの戦いでシノはヒューマンデブリの少年達と相対したが、彼らも死に物狂いではあった。しかしそれともまた何か違う気迫がこの敵にはある。ただ経験を積んだだけであれば押し切られていたかも知れないが。
「悪りィが、あんたの事情には付き合っていられないんでね!」
目の前にいる敵より『恐ろしい存在』を知ってしまった今では、ただやたらとしぶとい敵にしか過ぎない。敵に都合があるのは『いつものこと』だ。一々それを鑑みていればそもそも戦えない。故に付き合わず、ただ押し通る。覚悟や信念と言うほどのものではないが、なにか芯のようなものがシノの中には出来つつあった。
こちらの戦いは良い勝負と言ってもよかったが、状況はそれを続けさせてはくれなかった。
突然の停戦要請。それはドルトコロニー群の所有者であるアフリカユニオンから発せられたものだ。それを確認した途端、第7艦隊は渡りに船とばかりに全力で撤退を始める。
それを告げられたガエリオは苦々しげに表情を歪めるしかない。
「ええい! 彼一人を押さえる役をも満足に出来ないか! アイン、撤退するぞ!」
「特務三佐!? しかしこいつらを!」
「法の守護者たる我等が立場を忘れるな! ここで停戦要請を無視すればそれこそこいつらのように無法者だ! 生きていれば次の機会もある!」
「……了解しました」
引き潮のごとく撤退する敵勢力を確認して、オルガは溜息を吐きながらシートに身を沈めた。
「なんとか上手くいったか。……問題は残ってるが、取り敢えずは乗り切ったな」
「ハンマーヘッドより入電です。予定通りグレイズとグシオンを回収の後、時間をずらして合流空域へ向かうと」
「了解した。ミカに暫く警戒するように伝えてくれ」
オルガの指示を受けた三日月は、イサリビの上部甲板にバルバトスを待機させ、去っていく第7艦隊に油断なく視線を向けていた。
楽な戦いであった。だがそれが自分の力でないことは重々承知している。もしもランディがいなければ……オルガに命ぜられれば臆することなく艦隊に突っこんでいったであろうが、あれほど混乱をもたらし押さえ込めただろうか。いや絶対に出来ないだろうというという確信すらある。さらに『殺さずに』というのはどういう手品なのか。心理的な戦術など欠片も分からない少年には想像も付かない。
脱帽。そういった言葉すら知らない少年はただただ感じ入るだけだ。
「……すごいな、あいつ」
いつの間にか戦場を離脱した男の業績を鑑みながら、三日月は呟いた。
ドルトコロニーの顛末を聞いた直後に入れられた通信。端末を前にしてマクマードは微かに笑んだ。
「それで、何用かなクーデリア嬢」
通信の向こうで応える少女の声には、余裕すら感じさせる。
「ええ、一つご相談したいことがありまして」
捻れは、さらに歪んでいく。
※今回のえぬじい
「……旦那、次回こそ出番あるんでしょうね?」
「ああ、間違いなくな」←実はめっさ不安なモンターク仮面。
終わりまする。
期待させてもらおうか新作スマホGジェネ!
前作みたいなのは勘弁捻れ骨子です。
はいということでドルトバトル~……ですがクーさん演説無し! アリアンロッド艦隊を恐怖のずんどこに落とし込んだだけで終わってしまいました。この事実が後の歴史にどう影響するのか……!?
いや多分ランディさんが酷いことをする展開だと思うよ。(悟り)
とにもかくにも、次はあの方が出てくるかと思います。もしかしたら、大幅なキャラ改変があるやも!? いや改変というかがしゃんがしゃんって壊れてるっていうか。
そんなこんなで次回もよろしくお願いします。