「なーとーちゃん、この飾ってある絵、なに?」
父親の仕事場にて、幼い少年が問いを放つ。
壁に掛かっているのは古ぼけた額縁。風景画などではなく何かのマークのようなそれは、妙に少年の心に引っかかった。
「ああ、そいつはウチの大昔のご先祖様が飛行機乗りで、機体に付けてたっていうエンブレムさ。なんでももの凄い腕利きだったらしくてな、御利益があるかもってんで飾ってあるのよ」
「ふーん……」
まあ眉唾だがなという父の言葉を聞き流し、少年はそれに見入る。
彼は、そのエンブレムを忘れなかった。
クーデリアの護衛任務を改めて受け直したオルガたち鉄華団。彼らは地球に赴くための準備に追われていた。
「持ってく物資はこれで全部か? デクスターさんに確認してくれ」
「そっちのコンテナは消耗品だから、後の方に回して」
「三番の便、だすぞー」
まだ満足に戦闘訓練を受けていない年少組や数少ない非戦闘員など最低限の人員を残して彼らは宇宙へ向かう。それも一応の目処が付き、オルガは一息ついていた。
「お疲れさん。何とかなりそうだね」
コーヒーが入ったマグカップを差し出しながら、鉄華団の参謀役【ビスケット・グリフォン】が言う。カップを受け取りながら、オルガは口元を緩めた。
「ああ、流石に初めてのことばかりなんで手間取ったが、ここまでくりゃあ後は上に上がるだけだ」
「……まあちょっと、懸念材料はあるけどね」
ちらりと意味ありげに視線を横に向けるビスケット。その先では調子の良いことを言いながらユージンに絡む一人の男がいた。【トド・ミルコネン】。鉄華団に残留した数少ない大人の一人だが、日和見主義者でどうにもうさんくさい。彼の手引きで地球への先導を請け負う業者と渡りが付いたのだが、いまいち信用されてはいなかった。
オルガは分かっているさと頷く。
「……まああの男以上の懸念材料ってのはないんだが」
「あー、うん。なんかこう、信用とかそう言うのとは別の意味で不安になるよね」
どよ~んと微妙な空気を背負う二人。彼らはランディールと契約を結んだときのことを思い返していた。
「これで契約成立だが……本当にこの内容で良いのか? その、ランディールさん?」
「ランディでかまわんよ。雇い主はおまえさんだ」
契約が成ったというのに、なぜか困惑顔のオルガとビスケット。その原因はランディール――ランディとの契約内容によるものだ。
その内容を簡単に説明すると。
・ランディは鉄華団に属するのではなく、あくまで雇われた傭兵として従事する。
・三食支給。消耗品、機体の整備修理などは鉄華団が持ち、基本給は鉄華団団員に準ずる。
・敵機撃墜等戦果に対するボーナスはなし。ただしランディが撃破し回収した機体、奪取した物資の所有権は彼に属し、その処遇は彼の自由裁量に任される。
というものだ。はっきり言って、雇う方からしてみれば破格と言ってもいい。ゆえにオルガたちは不安すら覚えた。なぜここまでサービスするのかと。
ランディはこう答える。
「言ったろ、おまえさんらが気に入ったと。こういう状況で普通に考えたら残ってる物資うっぱらっておさらばってのが常道だ。自分らで仕事して経営していこうなんてのはなまなかじゃねえ。将来性を見込んだ投資ってやつさ」
それになと、彼はぎぬらと歯をむき出す。
「おまえさんらと連んでりゃ、ギャラホとぶつかるのは必至だろ? 俺の命(タマ)取ろうとした下手人は始末したが……意趣返しは、しとかんとなあ?」
げっげっげっげと、不気味な笑い声を上げるランディ。
正直どん引きするしかなかった。
不安である。実に不安である。が、同時に異様なまでに頼もしい。不安だけど。
「うんまあ、ちゃんと仕事はしてくれそうだしな。そのあたりは期待してもいいんじゃねえかな」
自分に言い聞かせるようにオルガは言う。気持ちは良く分かるというか多分同じのビスケットはうんうんと頷いた。
「それはそれとして……昭弘たちとも上手くやってるみたいだし、人間関係で問題はなさそうだね」
「ああ、【ヒューマンデブリ】や【阿頼耶識】に関しても気にした様子はないしな」
「地球出身っていうからどうかなって思ってたんだけど……」
言葉を交わす二人。さて、その話題に上ってる当の本人はどうしているかというと。
「慌てて降りてきたからなあ、まずは機体のチェックか」
クリュセ市郊外の宇宙港。彼は鉄華団の少年達と共にそこに赴いていた。
火星の軌道上にある宇宙港、通称【箱船】に預けてある自身の機体を引き取るためである。そしてそのまま鉄華団の船、強襲装甲艦ウイル・オー・ザ・ウィプス改め【イサリビ】に積み込む予定であった。
そんな彼の背中を、共に付いてきた【昭弘・アルトランド】は少々複雑そうな思いで見つめていた。
昭弘と、共に付いてきた【チャド・チャダーン】、【ダンテ・モグロ】はヒューマンデブリと呼ばれる一種の奴隷であった。オルガはそんな彼らを区別することなく仲間として鉄華団に迎え入れたが、彼ら自身は未だに引け目のようなものを感じている。
が、ランディは全く気にした風もない。そのことに関して恐る恐る気にならないのかと尋ねてみれば、彼は苦笑と共にこう答えた。
「俺は元々品の悪い所でジャンク屋やってた家の出でな。孤児やストリートギャングにゃ慣れたもんさ。それに金が無くて再生手術を受けられず、サイバネどころかお粗末な義肢で凌いでる奴らも大勢いた。お上品な連中みたいな忌避感ってやつはねえよ」
驚く話だった。地球ではみんな良い暮らしをしていると、そう思っていたのに。
「どんな人間でもゴミは出す。ゴミが出りゃゴミ溜めが出来るのは当然だろ。火星でも宇宙でも、地球だって変わりゃしねえ」
そう言ってランディは笑う。そんな言葉で全てが割り切れるはずもないが、ものの見方が少しだけ変わったのは確かだ。
まあどちらにしても。
(変な男だ)
そう言った感想を抱くのは仕方のないことではあったが。
シャトルで宇宙に上がった鉄華団であったが、そこではクーデリアの命を狙うGH(ギャラルホルン)火星支部支部長【コーラル・コンラッド】率いるMS部隊と、トドの密告を受けて裏切った案内役、【オルクス商会】の艦が待ち受けていた。
しかしそれを予測していたオルガは、いつでも戦闘が行えるようシャトルで用意していたバルバトスで迎撃するよう三日月に指示を出した。さらに昭弘達に前もってイサリビを出させて即座に合流できるよう手を回し、修理した鹵獲機のグレイズをも投入して敵を迎え撃つ。
その戦場にて、三日月はグレイズの上級機、【シュヴァルべ・グレイズ】と交戦していた。
「貴様! あのときのガキか!」
「あ、もしかしてチョコの隣の人?」
「ちょ!? 妙な呼び名を! 俺はガエリオ、【ガエリオ・ボードウィン】だ!」
「えっと……ガリガリ?」
「ガエリオだ!」
どことなく間抜けな会話を繰り広げながらも、二体のMSは激しく斬り結ぶ。機体の出力とメイスによる打撃力はバルバトスが上回っているが、機動力に置いてシュヴァルべ・グレイズが上回り、三日月を翻弄していく。
三日月もさるもので、最小限の動きを持って致命打をかわす。しかしその機体の足首にガエリオの機体から射出されたワイヤーアンカーが絡みつく。
「火星人は火星に帰れ!」
咆吼しバルバトスに一撃入れようとしたその時。
「相変わらず上から目線だな紫の坊や」
響いたその声に、ガエリオはぞっと総毛立つ。
閃光が駆け抜ける。それはイサリビに向かって攻撃を仕掛けようとしていたコーラル率いるMS小隊に襲いかかった。
「なに、がっ!?」
一瞬にして4機のMSが吹っ飛ばされた。と判断するより先にガエリオの元に飛び込んでくる影。
咄嗟に回避行動。しかし。
「うおっ!」
衝撃。直撃こそ免れたが、左腕のワイヤーアンカー射出機が根本から吹っ飛ばされた。だがそれと引き替えに、ガエリオは影の正体を見出す。
宇宙の闇に溶け込むような、濃紺を基本としたカラーリングのシュヴァルべ・グレイズ。いくらか改装してあるようだったが、その機体とその動きに覚えがある。いや、『忘れられるはずがない』。
短時間で最高速に持っていく神がかったというか明らかにおかしいスロットルワーク。敵機を蹴りつけることによって攻撃と軌道変更と加速を同時にやってのける絶技というか最早狂ってるとしか言いようのないテクニック。何より機体の左肩に記された、8の字を横倒しにしたようなリボンを思わせる『メビウスの輪を模したエンブレム』。
該当する人間は、一人しかいない。
「ランディール・マーカス! ランディ先輩!?」
GH士官学校時代に『色々な意味で』関わってしまった人物に対し、ガエリオは悲鳴のような声を上げる。
「なぜ貴方がここに!? というか生きてたんですか!?」
「おう、化けて出てきてやったぜ坊や!」
言いながら稲妻のように機体を駆り、昭弘駆る鹵獲グレイズ――【グレイズ改】に攻撃を加えていた2機のグレイズを瞬く間に蹴り飛ばしてさらに加速するランディ。
「その様子じゃ監察局かァ! こういう連中のさばらしておくとか、仕事しろや!」
「ぐ……貴方こそ! こんな無法者の集団に手を貸して!」
一瞬言葉に詰まるガエリオであったが、なんとか言い返してみる。しかしランディに対しては馬耳東風もいいところで。
「俺の性格は知ってるよなァ。……殺(や)られかけたからにゃあ、死ぬまで殴り返すのみよ」
そうだった。この男は普通に接している限り気っ風の良い先輩であったが、敵対行動を取れば鬼畜外道へと瞬時に変わる。しかもかなり執念深く、士官学校時代だけでも被害者は数知れない。
閑職に回され、出自から忌み嫌うものたちに罠にはめられ相打ちとなりMIA(行方不明)と聞いていたが、生きていれば確かに何年かかってでもGHに牙を剥きに来るだろう。そして立ちふさがるものには容赦しない。
現に。
「俺の前に立ったってことは、お前敵だよなあ」
ぬたりとした感じでそう宣う。確かに友好的とは言い難い関係であったが、仮にも知り合いに対して容赦の欠片もなさそうだ。
「だが、それでも……」
「よそ見してる余裕、あんの?」
絶望的な戦いに挑もうとしたガエリオの不意をついて、バルバトスが打ちかかってくる。何とかそれはガードしたが、強い衝撃を受け機体は吹き飛ばされた。
「ぐっ! ひきょ……」
卑怯な、そう言いかけたガエリオの脳裏をある言葉が駆け抜ける。
――馬鹿か貴様ら。敵がこっちの都合とか考えて動くと思ってんの?――
かつて先輩であった男の言葉。それを思い出し、ぎ、と歯を噛んで堪えた。
「正道非道と勝ち負けは関係ない、そうだったな先輩! いやランディール・マーカス!」
あの男は敵だ。それもとびっきりの強敵だ。認識を改めろ、死力を尽くせ。でなければ、死ぬ。甘い考えを斬り捨て、ガエリオは死にものぐるいでスロットルを開けた。
「動きが変わった?」
邪魔者から片づけようと言うのか、ガエリオの機体はバルバトスに打ちかかる。途端に荒々しくなった動きに三日月は眉を顰めるが。
「どっちみち、いい加減邪魔」
突き出されたランスをメイスで受け止め――そのまま手放す。
「なっ!?」
バランスを崩したガエリオの機体は前のめりになり、そのコクピットに向かってバルバトスが拳を叩き込もうとして。
突然浴びせられた銃撃に、三日月は機体を後退させる。
「無事か、ガエリオ」
「マクギリス! すまん、助かった!」
ガエリオを救ったのは、青いシュヴァルべ・グレイズからの射撃。それを駆るのはガエリオの同僚であり長年の友人【マクギリス・ファリド】。その彼に対してガエリオは鋭く警告を放つ。
「気を付けろマクギリス! ランディール・マーカスが、リボン付きの悪魔がいるぞ!」
「ああ、今機体のエイハブ・ウェーブを確認した」
マクギリスの視線は、戦場を縦横無尽に駆ける濃紺の機体に注がれる。こちらの様子を気にすることなく、悪魔が駆る機体は獰猛に得物に襲いかかっていた。
「ひっ!?」
敵を目で捉えることも叶わず一方的に攻撃を受け続けていたコーラルは、突如眼前に現れたシュバルべ・グレイズの姿に短い悲鳴を上げる。
モニターアイが不気味に輝く。
「ひと~つ」
ぬたりとした声で宣言すると同時に、目にも止まらぬ速度で左腕が動いた。幅広の、鉈のごとき厚みを持つ両刃剣。それは容赦なく装甲の隙間からコクピットに突き込まれる。
一撃でコーラルは絶命。主を失い力の抜けた機体をイサリビの方へと蹴り出して、さらにランディはこっそりと後ろから襲いかかろうとしていた機体に回し蹴りを喰らわせた。
為す術もなく吹っ飛ばされるグレイズ。その先には。
「なるほど、吹っ飛んできたのを殴ればいいんだ」
回収したメイスを構え、待ちかまえるバルバトスの姿が。
真正面から殴り飛ばされるグレイズ。破片をまき散らしながら吹っ飛ぶその姿を遠目に確認して、ガエリオは呻くような声を上げた。
「無茶苦茶だ」
「だが、彼らしい」
マクギリスは微かな笑みを浮かべた。まるで待ちこがれていたものが現れたかのように。
「しかしどうしたものかな。真正面から相手に出来るものでもない」
顎に手を当て考え込むマクギリス。そうしている間にも、状況は大きく変わる。
小惑星を利用し速度を落とさぬまま急激な方向転換を行ったイサリビが、戦場に割り込みそのままMSを回収して飛び去る。ついでとばかりにオルクス商会の船に至近距離から砲弾を浴びせ痛打を与え、まんまと逃走を果たした。
「これでは追跡は無理だな。……しかし鉄華団といったか、彼らもやるものだ」
小さく呟くマクギリスの声は、宇宙に解けるように消えた。
この後、イサリビから放り出されたトドを、マクギリスたちは回収することとなる。袋だたきにされ気を失った彼の服には「お前らの仲間だから返す」というメッセージに加え、もう一つ汚い字で一文追加されていた。
曰く、「仕事しろ金髪小僧」と。
それを見て、マクギリスが大笑いしたのは言うまでもない。
つづかぬい。
※今回のえぬじい
「どんな人間でもうんこするだろ。うんこすりゃうんこだまりが……」
「うんこうんこ連呼すな! 流石に引くわ!」
ノッブか。
終われなさい。