イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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29・当然のことだと思うんだが

 

 

 

 テイワズが所有する木星圏コロニーの一角。そこにジャスレイの本拠はある。

 彼はそこに取り巻きを集めて会合を開くのが常であった。いつもであれば酒も回り上機嫌である面子だが、この日はどうにも渋い顔で雁首を揃えていた。

 

「叔父貴、連中このまま調子に乗せてていいんですかい?」

「ガキには過ぎた褒美でしょう。親父は何を考えてるのか」

 

 気にくわないと言う感情を隠そうともせず、口々に不満を零す取り巻きたち。ジャスレイもまた渋面で不機嫌そうに葉巻をふかしていた。

 

「いいわけがねえ。親父め、耄碌したか……」

 

 確かにマクマードの決定は筋が通っている。しかしそれが納得できようはずもなかった。新参のガキども、しかも前々から気にくわなかった名瀬の手下だ。そんな連中が手柄を立ててのし上がり、大きな顔をするのは実に面白くない。

 その上で内心、自分でも気付かぬところで己の立場を危うくするのではないかという怯えもある。ジャスレイはそんな人間を蹴落とすことで立場を上げてきた部分もあった。度量があるように装っているのは、そう言った部分の裏返しであろう。

 ともかく決定されたことに表立って異を唱える訳にもいかない。ジャスレイは組織のナンバー2と自他共に認める存在であるが、まだ確実に組織の跡目を継ぐと決まったわけではないし、他の幹部が全員それを認めているわけでもない。ジャスレイに反目していて、あるいは名瀬や鉄華団を買っていて後押ししている人間もいるのだ。下手な動きを見せれば足を引っ張られる恐れもあった。

 

「付け入る隙があったらどうとでもねじ込めるが。……あいつらがポカミスの一つでもやらかしてくれりゃあな」

 

 面白くもなさげな態度で、ジャスレイは葉巻をロックグラスの中に突っこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアンロッド旗艦スキップジャック。その内部のトレーニングルームの一つで、ジュリエッタは汗を流していた。

 まるで自分を追い込むような鬼気迫る様子に、近づくものは誰もいない……と思いきや。

 

「なかなか頑張ってるじゃないか。手も足も出なかったことが悔しかったかい?」

 

 無遠慮に踏み込んでくる者が居る。マリィ・フォルク。ジュリエッタと同じようなトレーニングウェア姿だが、汗の一つもかいていない。

 

「……何かご用ですか」

 

 トレーニングを中断し、ぶっきらぼうに言葉を放つジュリエッタ。マリィもまた彼女が気にくわないと感じる人物だ。軍紀などを無視したかのように飄々と好き勝手な態度を取る。GHに、アリアンロッドに、ラスタルに忠誠を誓い模範となるべく配慮しているジュリエッタにとって目障りな存在であった。

 

「なに、無駄な努力をしてるなあって思ってさ」

「己を鍛え上げることに、無駄などありません!」

 

 小馬鹿にしたような言葉に、いきり立って食って掛かるジュリエッタ。彼女に戦いを教えてくれた人物の薫陶。それを否定されたような言葉が勘に障った。

 目の前の女は意に返さない。鼻を鳴らして応える。

 

「ふうん? ただ闇雲に鍛え上げれば、勝てる相手だと思ってるんだ?」

 

 その言葉に、ジュリエッタは身を強張らせる。最早戦いですらなかった敗北の記憶。そして彼我の力の差が分からぬジュリエッタではなかった。

 『どう足掻いても、勝つイメージに繋がらない』。どこをどうすれば攻略できるのかが全く読めない存在と出会ったのは始めてであった。師である男にすら、勝ち筋を見出すことが出来たというのに。

 それほどの才があったからこそ拾われたのだと言うことは自覚している。だからこそ己を磨き抜いた。恩ある人たちに報いるために。その全てを持ってしても届かない、などという事態は彼らの期待に対する『裏切り』と言っても良い。ジュリエッタはそのように思い込んでいた。

 だからといってやむに鍛え上げても届かないという事実は彼女にだって分かっている。こうやって修練を積んでいるのは半分現実逃避に近い。その事実を指摘されたと感じたジュリエッタは、歯噛みしながら押し黙るしかない。

 その様子を見たマリィの口元に笑みが浮かぶ。そうしてから彼女は俯くジュリエッタの耳元に口を寄せた。

 

「演習データ№836d‐113」

「……え?」

 

 はっとジュリエッタが顔を上げたときには、マリィは背を向けて立ち去ろうとしていた。

 

「ま、待って下さい! 今のは……」

「ヒントはくれてやったよ。後は自分でなんとかするんだね」

 

 唖然とするジュリエッタを置いて、マリィはトレーニングルームを後にする。部屋を出てから、彼女は口を開いた。

 

「盗み聞きとは趣味が良いねえ」

「割って入れる雰囲気ではなかったのでね。気に障ったのであれば謝罪する」

 

 ドア横の壁に背を預け、腕組みをした仮面の男。ヴィダールはその姿勢のまま、マリィに問う。

 

「君は誰かの手助けをするようなタイプではないと思っていたが?」

「『弾除け』は一人でも多い方が良い。……とか言っておいたらいいかい?」

 

にい、と獣のような笑みを浮かべるマリィだが、その本心は窺い知れない。

 

「ま、腕の立つ人間が一人でも欲しいのは本当さ。マクギリス・ファリドも鉄華団もナメてかかれる相手じゃない。……なにより、『あの人』がいる」

 

 一瞬マリィの瞳に何かの感情が乗ったが、僅かの間のことでヴィダールは気付かなかった。

 

「今はまだアリアンロッドの数で押し切ることが出来るけどね。その内手が付けられなくなる。うちの閣下もそのあたりは分かってるから裏を動かしているし、あたしやあんたみたいな『反則技』を用意してる。それでもあの人が向こうに付いている以上、どんな手を繰り出してくるか分かったモンじゃない。……ま、あんたは『本懐』を成し遂げられればそれでいいんだろうけどね?」

「……君はどうなんだ。外道の手段を選択し、何を成す」

 

 ヴィダールの言葉に、マリィは肩をすくめて応えた。

 

「似たようなモンさ。『あたしはあたしの目的を果たす』。後は野となれ山となれ、ってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーヴラウ防衛組織発足式典当日。式典に参加する鉄華団幹部のために用意された控え室に、タカキとアストンが訪れた。

 

「失礼します。タカキ・ウノとアストン・アルトランド、報告に来ました」

「いいよ、入って」

 

 部屋の中にはスーツ姿のビスケットと。

 

「へえ、チャドさんも似合いますね」

「はは、お世辞でも嬉しいよ」

 

 同じくスーツを纏ったチャドである。まだ着慣れない様子ではあったが、なかなかどうして様になっていた。

 

「ネクタイってのはどうにも落ち着かないな。団長の気持ちがちょっと分かった」

「順調にいったらこれから先そう言う格好をすることも多くなる。いまのうちに慣れておいてよ」

 

 にこやかに会話が交わされている……ように見えて、その実『手早く筆記しながらメモ帳を示し合わせるやりとりが交わされていた』。

 

『ラディーチェさんの様子は?』

『外回りの様子見を口実に席を外しています』

『分かった。みんなは現状の任務に集中して』

『いいんですか?』

『動きがあるとすれば今日ここだ。彼は別な人間に任せる』

 

 盗聴に配慮した方法である。勿論事前に周囲を調べてはいるがそれも完全ではない。『こちらが気付いている』ということを極力悟らせないために、彼らはこのような小細工を行っていた。

 

「……じゃあ後は手筈通りに……」

 

 情報のやりとりを終えて表向きの指示を出そうとしたところで、再びノックの音が響く。弾かれたように扉の左右についたタカキとアストンがさりげなく懐に手を伸ばすのを確認して、ビスケットは「はい、どなた?」と平常通りの返事を返した。

 

「失礼、ラスカー・アレジ副代表が挨拶に窺いたいとのことでお連れしました」

「これはわざわざご丁寧に。お入り下さい」

 

 開かれたドアから現れたのは、SPを引き連れたラスカー本人。それを確認したタカキとアストンが密やかに安堵の息を吐いて下がる。それに気付いているのか居ないのか、ラスカーはにこやかに言葉を放つ。

 

「お忙しいところを申し訳ない。式典の前に挨拶をと思いましてな」

「わざわざ痛み入ります。こちらから出向きましたものを」

 

 頭を下げるビスケット。蒔苗の懐刀と言えるこの人物は鉄華団にかなり気を使ってくれていた。国を救ってくれた恩人と言うこともあるだろうが、それにしても過分な扱いだとビスケットたちは恐縮するかぎりであった。

 

「お気になさいますな。あなた達には世話になってばかりで、その上面倒ばかりを押しつけて申し訳なく思っているところです。……そうそう、それでこのついでに紹介したい者がおりまして。これ、ご挨拶なさい」

 

 ラスカーに促され、部屋に足を踏み入れる人物。真紅のドレスを纏い、先端にウェーブのかかったロングの黒髪を靡かせて、勝ち気な顔に花も綻ぶような笑みを浮かべたその女性が言葉を放つ。

 

「お初に。【イアンナ・アレジ】と申します。よろしくお願い致しますわ」

 

 淑女の礼を行うその娘の横で、どこかしら自慢げにラスカーが言う。

 

「末の娘でしてな。留学から帰ってきたばかりなのですが、是非ともあなた方に目通りしたいと我が儘を申しまして。……親馬鹿と笑って下され」

 

 一瞬凍る鉄華団一同。確かに予想外であったが問題はそこではない。

 

((((娘ぇ!?))))

 

 外観に共通点が全くないってかこの人結婚して子供居たのか。いやおかしくはないのだけれどなんか納得いかない。世の中とはかくも面妖なものなのか。微妙な理不尽さを感じる少年たちであった。

 まあそれはそれとして、とビスケットは小さく咳払い。そして気持ちを切り替えた。

 

「ご丁寧に。民兵組織鉄華団地球支部支部長、ビスケット・グリフォンです。こちらは副支部長のチャド・チャダーン、それと団員のタカキ・ウノとアストン・アルトランドです。どうかお見知りおきを」

『よろしくお願いします』

 

 ビスケットに促され会釈する少年たち。イアンナは笑みを湛えて彼らの元に寄り、ビスケットの手を取った。

 

「救国の英雄とお会いできるなんて感激です! 留学先で事の顛末は見聞きしましたが、胸のすくような思いでしたわ! まるで夢のよう!」

 

 大仰なことを言いながらぶんぶかビスケットの手を上下に振る。ビスケットは戸惑って「ええ、あの、どうも?」と微妙な反応だった。そこに呆れた様子のラスカーが割ってはいる。

 

「これこれ、グリフォン支部長が困っているではないか。はしたないことはひかえなさい」

 

 そう言われてからはたと気付いたかのように表情を変えたイアンナが、ぱっとビスケットの手を離し下がる。

 

「ご、ごめんなさい。つい興奮してしまって……」

 

 ぺこぺこと頭を下げるイアンナに対し、「いえ、気にしていませんから……」と告げるビスケット。そうしながら彼は妙な『違和感』を覚えていた。

 

(なんだろう、『演技をしているような』感覚があるんだけど……?)

 

 イアンナの態度にほんのわずかな『わざとらしさ』があるような気がする。公の場であるから猫を被っているのか。どうにもよく読めない人だ。

 そんなことを考えていたとき、部屋のドアが再びノックされた。今度は随分と慌ただしい。

 

「グリフォン支部長はこちらでしょうか! 警備部より緊急の用件があります!」

「……どうしました?」

 

 一瞬で気を引き締める鉄華団の少年たち。ドアを開け放って姿を現した伝令の兵は、敬礼もそこそこに告げた。

 

「コード008の状況が確認されました! シフトを『対テロ』に変更、式典の開催を中断し関係者を会場より退避させます! 支部長は対策本部へお急ぎください!」

 

 空気が一気に緊迫したものへと変わった。

 この時から、【アーヴラウの最も長い1ヶ月】と呼ばれる騒動が始まることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少々遡って、エドモントン某所、市街地の一角にある酒場。真っ昼間だというのにまばらに客が入ってそこそこ繁盛している中、ラディーチェと髭面の男――ガランは言葉を交わしていた。

 

「君は心が痛まないかね? 仮にも寝食を共にした子供たちが戦渦に巻き込まれることに」

 

 からかうように言うガラン。どの口がそれを言うかという事実はさておいて、ラディーチェは淡々と返した。

 

「いいえ全く。彼らは野放しにされた獣のようなものです。言うことを聞かない獣に対して共感も同情も覚えませんね」

「獣は嫌いかね」

「私は動物にアレルギーがありましてね。特に宇宙ネズミとか」

 

 ラディーチェには野心があった。元々圏外圏とはいえエリートの出である。テイワズという組織で頭角を現し、いずれはそれなりの立場となって采配を振るおうと、それだけのことが出来ると自負があった。

 しかし突然海とも山とも知れない小僧どもの世話役を押しつけられ、地球くんだりまで足を運ぶ羽目になった。かてて加えてその小僧どもは小生意気で言うことを聞かず、好き勝手に振る舞っていた。こちらとしては早いところ功績を挙げて上部から評価されたいというのに、のらりくらりと予定を先延ばしにしてのうのうと過ごしている。鬱屈は貯まっていく一方であった。

 もっともテイワズの思惑としては、『それなりに期待しているからこの役目を申しつけた』のだが。何しろアーヴラウに、いや地球圏の様々な勢力に対して売り込みを計る大仕事である。その上でラディーチェに申しつけられたのはあくまで『お目付役』だ。事務を牛耳り腰を据えて構えていれば、そして順調に事が運べば自然と功績は転がり込んでくるはずであった。なにも功を焦る必要はなかったというのに。

 結果的にラディーチェ・リロトという人間の採用は、完全に見込み違いであったと言える。さらに彼は自身の能力に対し過信があった。『テイワズの目の届かないところであれば、背信行為などごまかせると考えるくらいには』。

 己の能力、鉄華団の実力、テイワズの組織力。それらの見積もりが甘すぎる。その上間抜けなことに彼は『ランディが行ってきたことを知ろうともしなかった』。というか基本的に鉄華団と防衛組織の教練に欠片も興味を示さず、様子を伺うことすらしなかったのだ。自分のテリトリー――事務的な采配と数値以外には関わろうとせず、宇宙ネズミの子供相手と言うことで上から目線の態度を貫き、まともな人間関係を構築しようと言う意志を持たなかった。嘗めてかかっているにもほどがある。

 そんな実情ははっきり分からないにしても、組織の中で浮いていてこちらの話に乗りそうだからと声をかけたガランのセンスは間違っていたとは言い難い。彼らにとって悲劇だったのは、鉄華団が、いや『ランディの薫陶を受けた人間たちが斜め上に最悪だった』というところだろう。

 待ちかまえているものを知らぬガランは、くく、と格好付けた笑みを浮かべて言う。

 

「なるほど、面白い男だな君は」

 

 確かにある意味面白い。

 

「面白い男は好きだよ、俺は。まあ残念なことに『予定の荷物』を間に合わせることが出来なかったのはマイナス点だが」

 

 ラディーチェに獅電の輸送を急ぐように依頼したのは彼である。GH以外で開発された初のMSフレーム。アーヴラウを中心にさまざまな勢力へと売り込まれるであろうそれは、戦力的にもセールス的にもグレイズ、フレックグレイズの対抗馬となるだろう。そのデータを、出来れば機体そのものをくすねて入手し、GH技術部に持ち込んで解析、対策を立てさせるというのが目論見であった。

 しかし物が手に入らないのであれば仕方がない。元々あわよくばと思っていたことだ。あまり欲をかいてメインの目的をし損じるなどとなっては困る。程々なところにしておくさと、思考を切り替えるガラン。

 

「だからといって約束を反故にすることはしない。報酬はちゃんと用意する。手筈通りにたのむぞ?」

「分かりました。よろしくお願いします」

「では、ここの払いは持っておこう。……そろそろ『花火』が上がる。楽しみにしておきたまえ」

 

 そう言って席を立ち、背中を向けひらひらと手を振りながら立ち去るガラン。レジで支払いを済ませ、店を出たところで――

 

「……おかしいな」

 

 眉を顰める。予定ではラディーチェと別れるところで式典会場の『仕掛け』が動くはずだった。このあたりは式典会場にほど近く、騒ぎが起きれば耳に届くはずだ。だが未だに何の反応もない。

 

(しくじったか。……であればプランを変更するしかないな)

 

 傭兵を装った非合法工作員(ウェットワーカー)、それが彼の正体である。アーヴラウにて騒動を起こし、可能であれば蒔苗を排除した上で紛争の勃発によるアーヴラウ軍事力の削り取りを計り、介入を計るであろうマクギリスの謀殺を狙うという策略を企てていたが、どうにも初手で躓いてしまったようだ。

 だが、仕掛けは二重にも三重にも用意してある。合わせてプランもいくつかのルートがあった。故に彼は全く慌てる様子を見せない。

 

「……俺だ。プランをB‐3に変更。ドゥは式典会場の様子を探れ。折を見て『網』を潰す。MSはポイント3と5に運び込め」

 

 携帯にて部下に指示を飛ばす。予定が変更されたことにより少々急がねばならないようだ。彼は足早に目的地へと急ぐ。

 闇に蠢くものたち。彼らにとっても長くなる1ヶ月が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒔苗のために用意された控え室。その部屋に爆弾が仕掛けられていたようだ。前もって待機させていた爆発物処理チームによってそれは対処された。

 仕掛けられていた花瓶ごと液体窒素で凍らされて機能停止した爆弾は、専用設備で爆破処理される手筈だ。てきぱきと対処する処理班を見送って、ビスケットと防衛組織の幹部たちは対策を立てる。

 

「マーカス教官の指摘したとおりとなったな。彼は予知能力者かなにかかね」

「GHのやり口を知っているからでしょうね。その上で底意地が悪い。『相手が嫌がるやり方』というのを熟知してるんですよあの人」

 

 防衛組織の指導に置いて、まずランディが重視させたのは『テロ対策』である。戦力の増強、兵の錬度が先ではないかと問うてきた防衛組織の人間に対し、彼はこう宣った。

 

「本来『いきなり武力衝突が生じることは、まずあり得ない』」

 

 国単位の組織同士の諍いで、いきなり宣戦布告から戦争勃発なんてものが起こるものではない。『それが起こる前段階』というものがあると彼は言う。

 

「2年前に鉄華団がこなしたミッションの概略は見て貰ったと思うが、これはたまたま状況がかち合いすぎてこうなったという異例だ。初手からして火星という中央の目が届きにくい環境と、火星支部長の馬鹿さ加減からああいう事態になったんだが、『地球上ではどうだった』? 蒔苗代表を失脚させる策略、『そういったものを挟まなければ武力を捻出することはできなかった』んだよ」

 

 GHのみならず、国家レベルの勢力が武力を動かそうとすれば『相応の理由が必要となる』。逆に言えば『そう言う理由を作らせないこと、作らないこと』がまず要点になるとランディは主張した。

 

「テロリズムというものは、その理由を作り出すための手段となりうる。治安の悪化、要人の暗殺。それにつけ込んで疑心暗鬼を植え付けることが出来れば、付け入る隙が生じるんだ。ドルトコロニーが分かりやすい例だろう。空間も環境も限られた状況下なら、情報のコントロールも扇動もやりやすい。……このアーヴラウであれば、蒔苗代表を何らかの手段で黙らせることが出来ればどれほどの混乱が起きるか。覚えがあるだろう?」

 

 ゆえにこのアーヴラウを目障りだと思うものがあれば、まず蒔苗の周囲から突き崩しにかかる。その上混乱したところで様々な理由を付けて武力介入を行う。事実2年前はそうであった。同じ事はしないだろうが別方向からのアプローチは十分考えられる。

 

「アーヴラウは力を持ち始めた。それを目障りだと思うところは多いが、いきなり殴りつければ非難を受け全てを敵に回すのは自分だ。だから先に『殴りつけるための理由を作る』。それこそ『バレなければ手段を選ばない』って考えておいた方が良い。殴り合うより先に、そういった可能性を潰していくことを考えた方が、結果的に無駄な被害を広げなくて済むと思うぜ?」

 

 2年前という前例は、その台詞に説得力を与えていた。やはり恐ろしい人だとビスケットは改めて思う。

 ランディール・マーカスという男は、戦術、戦略眼を含めた『戦いに関するセンス』というものが図抜けている。ただ戦い勝つと言うことだけではない、『どうすれば勝てる状況に持っていけるか』、それを見出す感覚に長けているのだ。さらにそれを敵側に充てて思考し自身の勢力の欠点、補わなければならない部分を指摘することも出来る。正直この人物を手放したのは恐らくGH最大の失策では無かろうかとすら感じてしまうほどだ。

 事実彼が指摘した危惧は現状にぴたりと当て嵌まる。それを自分たちはどう乗りこなさねばならないのか。不安しかないがやらねばならない。ランディはおろかオルガも三日月も居ない現状でどこまでやれるか試されるのだと、ビスケットは気を引き締めた。

 

「ともかく蒔苗代表の暗殺は防げましたが、2手3手と用意されているでしょうね。次はどう出てくるか」

「ほぼ黒である人間をまだ泳がせていなければならないのが歯がゆいな」

 

 シナプスは苦虫を噛み潰したような表情で唸る。ラディーチェがガランに情報をリークしていることは間違いあるまい。しかしその2人を拘束して事態が収拾するものではなかった。

 ガラン個人でアーヴラウを揺るがすほどの騒動が起こせるわけではない。必ず組織的な集団がある。それがどのくらいの規模でどれくらいの行動を起こせるのか、その概要だけでも掴まなければ迂闊な動きは出来なかった。かてて加えてラディーチェはともかく、ガランはプロであった。下手な尾行は感付かれそうになるし、その経歴を調べても不明なところが多く背後関係を調べるのも困難だ。今はまだ手を出せるときではないと、ビスケットたちは判断している。

 

「代表と要人の警護は強化していますから迂闊に手を出せるものではないと思いますが、油断は禁物ですね」

「そちらの方面に手を出せないと向こうが判断すれば……SAUとの国境付近で挑発行為を行い、武力衝突を誘発するなど考えられるか」

 

 彼らの中では、ガランはGHの工作員であるということが決定づけられている。アーヴラウはGHを公然と非難し圧力をかけてくる目の上のたんこぶであり、その力を削ぎたいと考えるのは当然のことだ。政治的に対立関係に近いSAUなども怪しいと思われるが、非合法工作をしてまで関係を悪化したいと考えるほどではないだろう。まずGHの手のものだと考えて間違いないと睨んでいた。

 だが、『GHの全てが敵というわけでもない』。

 

「『伝手』に情報の提供を請うてみます。それと国境線付近での哨戒行動をそれとなく増やした方がよさそうですね」

「非公式のルートでSAUには警戒を促すよう動いているが……どこまで効果があるやら」

「打てる手は全て打ちましょう。好きにやらせるわけには行きません」

 

 力強く言うビスケットの言葉に、シナプスを始めとした防衛組織の面々は頷く。ここまで積み上げてきたものを横合いから突き崩そうという行為は許し難いし、この程度の苦難を乗り越えられなければ防衛組織としての意味がない。様々な思惑と事情で集った面々であるが、今この場でその意志は一つであった。

 と、そこに伝令が駆け込んでくる。

 

「失礼します! 式典会場の再チェックが終了しました。代表の控え室以外で爆発物などの存在は確認されていません。同時に監視カメラ記録映像の解析班から、疑わしい人物の映像が2、3確認されたとの報告が。現在警備状況と照らし合わせての割り出しを行っている最中です」

「ご苦労。そろそろ報道関係に一部情報を公開する。会見の用意は?」

「は、代表を含めた関係者の準備は整っております。状況が許せばいつでも」

「よし、1時間後に会見を行うと伝えてくれ。私もすぐに行く」

「はっ! 了解致しました!」

 

 敬礼し去る伝令を見送って、シナプスは帽子に手をかけ位置を整えた。

 

「さて……どう転ぶにしても、やらねばなるまいな」

 

 1時間後、アーヴラウは防衛組織発足式典にて爆発物を用いた妨害活動が行われたと全世界に公表した。蒔苗はこれをテロ行為と断定し強く非難、事態の解決と背後関係の追求を訴え、アーヴラウ全土に非常事態を宣言。これにより国を挙げての警戒態勢へと移行した。

 しかしその数時間後、事態は急変する。アーヴラウのアリアドネ通信網、それが突如沈黙したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く連絡が取れないってのか!?」

「勿論旧世代の有線通信網が生きている部分もある。だがそれも断片的な情報しか入ってこないし、タイムラグも生じる。直に確認しようにも、現段階では直接GHがアーヴラウに乗り込む事は出来ないからな。そして拙いことにSAUが戦力を準備しての警戒態勢に入った。今のところこちらで押さえてはいるが、予断を許さぬ状況だ」

 

 アーヴラウとの連絡が途絶え数時間。各勢力はその対応に追われ、なんとかアーヴラウとコンタクトが取れないかと四苦八苦しているが、一向に状況が好転する兆しはない。オルガはマクギリスに連絡を取り現状を確認していた。

 アリアドネの超光速通信網にほぼ頼り切った現在、それが断絶するなど誰が思うものか。それほどの信頼性があったというのに。

 

「こんな事が出来る存在はただ一つしかない。そもアリアドネの基幹技術はGH以外には秘匿されたもの。であれば今回の件は最初からGH……アリアンロッドの手によるものだろうな」

「アーヴラウを陥れるために、そこまでやるってのか」

 

 GHを非難し、独自の戦力を整えつつあるアーヴラウを警戒していたのは分かるが、情報インフラを断絶して孤立化までさせるとは。手段を選ばないにしても無茶苦茶すぎる。

 

「我々も、そこまでしないだろうという油断があった。後手に回らされたわけだが、このまま指をくわえているわけにも行かない。私はSAUに降りて、そこからアプローチを計ろうと思う」

「テロリストが暗躍している中で、SAUとの武力衝突なんかさせるわけにはいかねえしな。……うちからも人を出す。そちらとは別口でコンタクトを取れないかやってみよう」

「いいのかい? 手間も時間もかかることだ。流石にそちらが着くまでに事態を解決してみせるとは言わないが、無駄足になる可能性もあるぞ?」

「こいつは鉄華団(おれたち)だけの問題じゃねえ。アーヴラウとでかい商売しようっていうテイワズの問題でもある。むしろ手を出さなきゃ俺達が親父に大目玉くらうさ」

「……感謝する。では鉄華団に依頼だ。現在アーヴラウで起こっている事態の解決に協力を要請する。君たちが通常使っている航路ではなく、正規航路を問題なく使用できるよう手配しよう。今の時期なら3週間ほどで地球にたどり着けるはずだ」

「了解した。テイワズの許可を取った後、急いでホタルビをそちらに向かわせる。……あんたも無茶をするなよ?」

「心得ているさ。まだ死ぬわけにはいかないからな」

 

 そのように言葉を交わして通信を終えたマクギリスは席を立ちながら石動に告げる。

 

「そういうことで私は地球に降りる。同時に地球外縁軌道統制統合艦隊にも協力を要請しよう」

「は。……しかしよろしいのですか? アリアンロッドが裏で手を引いていると言うことは……」

「ああ、鉄華団を仲介にして間接的に私と協力関係にあるアーヴラウの力を削ぎ、あわよくば私を排除しようと言うのだろう。だが今回は、虎穴に入らなければならない状況だ」

 

 いまアーヴラウの力を削がれるのは、マクギリスとしても都合が悪いのだ。出来れば早期に解決を図らねばならないが、そのためには『自分が的になる』のが手っ取り早い。こちらに意識が向けば、その分アーヴラウに対する工作が疎かになるのだから。

 この程度は乗り切ってみせる。覚悟と自信を秘めた男は涼やかに笑ってみせた。

 

「艦隊は任せる。……それと、『彼ら』の反応はどうだった?」

「面白そうなら首を突っこむ気満々でしたよ。その分我々は派手な舞台を整えなければなりませんが」

「ではせいぜい、彼らの期待を裏切らないようにしようか」

 

 男は往く。修羅道を立ち止まることなく。

 正式に設立された新規の特殊機動遊撃艦隊【ヘイムダル】の介入。これによりSAUの行動は抑えられることとなる。

 そして、沈黙せざるを得ないアーヴラウ内部でも新たな動きがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(予定とは大分違っているが……悪くない展開だ。こいつらと防衛組織は対応に追われそろそろ判断力が鈍ってくる頃だろう。折を見てあの男の指示通り国境線の近場へ向かわせれば……)

 

 連日止まることのない国内向けの臨時放送が流れ続ける事務所の一角で、何食わぬ顔で事務処理を行っているように見えるラディーチェは、内心ほくそ笑んでいた。

 当初の計画では、爆破テロにより蒔苗と鉄華団幹部を処理して、その混乱に乗じガランたちを協力者として軍務に引き入れて内部から切り崩しを計る予定であったが、それは初動で対処されてしまった。しかし流石プロということだろう、ガランは即座に方針を切り替え国境付近でMSによるSAUを装った神出鬼没の挑発行動を繰り返し、同時に国外に向けた情報インフラを麻痺させてアーヴラウに混乱を招いた。

 現在鉄華団と防衛組織は寝る間も惜しんでその対処に追われ、疲労が嵩んできている。自分がやっていることが露見する可能性はないだろう。

 ……などと思っているが実際は泳がされているだけだと言うことには全く気付いていない。己の立場が砂上の楼閣よりも危ういとも知らず、彼はコーヒーの入ったマグカップを口元に運んだ。

 同時刻。密かに設けたアジトの一つで、ガランは臨時放送を聞き流しつつマグカップを傾けていた。

 

「今のところは順調。なかなか隙がないが、いつまで保つかな?」

 

 事は優位に運んでいると、彼はそう判断していた。初手を防いだところは見事だがやはり付け焼き刃。こうやって引っかき回せば混乱し身動きが取れなくなる。あとはマクギリスを引きずり出せば。着々と事が進んでいるとほくそ笑みながら、彼はコーヒーに口を付けた。

 そして――

 

 

 

 

 

「今入った情報によりますと、アーヴラウ政府は傭兵を自称する人物、ガラン・モッサを今回の事件の重要参考人と断定。全国に指名手配すると発表しました」

 

 

 

 

 

 ぶふーーーっ! ×2

 全く別の場所で全く同時に、2人の男がコーヒーを思いっきり吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「泣かす……今回のこと企んだヤツ絶対泣かす……」

 

 ↑とばっちりで事務処理が増えて修羅場中のランディさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 はーやいぞすーごいそ車検だぞー、おーかねがとぶとぶかーねがとぶー。
 豆知識、オーバーリッターバイクは下手な車より車検に金がかかる捻れ骨子です。

 はいアーヴラウ騒動編はじまりはじまりーの巻。原作見てて思ったんですが、いくら混乱してるからってなんで外交チャンネル閉じんねん。閉じんねん。ということでこの話ではひげおじと肉おじが計略でやらかしたということに。いやまあ通信インフラ潰されても国外とコンタクト取る手段はいくらでもあるやん? とかいう疑問はさておいて孤立してしまったアーヴラウと鉄華団地球支部の打つ手は。そしてヒゲモッサとアホーチェの運命やいかに。後いきなり登場したオリキャラはどうするのか。

 色々と盛り上がって参ったところで、次回に続きます。

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