イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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44・こいつはまったく驚いた

 

 

 

 

 

 目の前に降り立ったヴィダール。まだバエルに乗っていないマクギリスを討つ絶好の機会……だというのに、人工湖に着水しアイドリング状態となる。

 そのコクピットハッチが開くのを見て、マクギリスは瞬時苦笑した。

 

(そう言うところだよ。相変わらず甘い)

 

 姿を現したのは、勿論仮面の男ヴィダール。マクギリスは余裕の態度を崩さないまま、語りかけた。

 

「戦場から回収されたとしてボードウィン家に返還されたキマリスは、フレームを真似ただけの偽物。ということだな」

 

 それには応えず、ヴィダールは己の仮面へと手をかける。

 かしゅ、と機械的なロックが外れる音。その仮面の下から現れたのは、深い傷跡が残る男の貌。

 幾分鋭さを増していたが、それはたしかにガエリオ・ボードウィンその人であった。

 そのことにマクギリスは驚く素振りもない。

 

「やはりな。お前の運が良かったのか、それとも俺が甘かったのか……」

 

 強い眼差しを向けるガエリオは、務めて冷静さを保ちながら言う。

 

「……マクギリス。バエルに乗れ」

「それがどういう意味を持つのか、分かって言っているのか?」

「当然だ。お前がそれに乗らなければ何も始まら……む?」

 

 会話を交わしている中、再び天蓋から響く音と、降り注ぐ構造材。

 新たに降り来たるのは、白きMS。

 

「ごめん。抜かれた」

 

 勢いよく着水しながら淡々と言う三日月。その視線は油断なくヴィダールに向けられている。

 バルバトスの襲撃を察知して瞬時にコクピットに飛び込み機体を後退させたガエリオ。即座にサーベルを引き抜き構えた。

 水面を割って駆けるバルバトス。その一撃をかろうじて回避したヴィダールが反撃しようとするが、大重量のソードメイスが想像以上の早さで斬り返され、後退を余儀なくされる。その反応を見て、三日月は悟った。

 

「当たらない……あっちも阿頼耶識付きか」

 

 尋常ではない反応速度。そして特徴的な動き。自分達と同じ物を備えていると、見て取った。

 しかしそれは機構的に五分になったと言うだけのこと。鍛錬、そして実戦をくぐり抜けた経験値。その差ははっきりと出る。ガエリオは回避に手一杯で反撃することは叶わない。技量の違いは明らかであった。

 

「やはり俺では届かない、か」

 

 一気に距離を取る。間合いを詰めようとする三日月であったが。

 

「……謝罪しよう、お前たちを侮り見下していたことを」

「何?」

 

 オープン回線で告げられた言葉の意味が分からず眉を顰める三日月。構わずガエリオは言葉を紡ぐ。

 

「お前たちに相対するため、俺は外道と成り下がろう。……悪いが付き合って貰うぞ『アイン』。俺の体、存分に使え!」

 

 ガエリオのうなじあたりから伸びる配線が鳴動し、シートと一体化した機構が唸りを上げ始めた。ヴィダールのカメラアイが不気味に輝く。

 途端にヴィダールの動きが変化した。打ち込まれたソードメイスに対して蹴りを放ち、その反動で跳ぶ。さらに施設内の壁を蹴って連続跳躍。バルバトスの背後から襲いかからんとする。

 

「速い、けど!」

 

 三日月が対処できない速度ではない。ヴィダールの爪先と踵からブレードが展開され、それを打ち込むように放たれる踵落としを、ソードメイスで防ぐ。その動きに既視感を覚えた。先程までの機動とは明らかに違うのに。

 

「今の動き、どこかで」

 

 どこでかは覚えていない。だが確かに『一度戦った相手の動き』だと、三日月は確信する。

 それをなしたのは、ヴィダールに搭載されている機構。アーヴラウにて戦死したアイン・ダルトンの脳を利用した改良阿頼耶識システム【阿頼耶識TypeE】。フレーミングした敵に対してシステムが機体をパイロットの肉体ごと強制的に操作することで、『従来の阿頼耶識の欠点である脳神経への負荷を克服しながら、機体性能を限界まで引き出すことを可能としている』。そしてこれは同時に『二人分の思考演算を同調して行うことで、反応速度と戦術の幅を拡大していた』。その能力はバルバトスの阿頼耶識システムと互角に渡り合えるほどのものだ。

 だが。

 

「機体の性能差はいかんともしがたいか!」

 

 速度で追いつけても機体の地力が差を生み出す。膂力、強度、追従性。全てにおいてバルバトスはノーマルのガンダムフレームを上回る。万全の整備を受けていても『偽装』でしかないヴィダールは一歩劣ってしまう。

 不利を察したガエリオは撤退を選択。繰り出されるソードメイスの突きをかわし、そのまま上空へと飛び去った。

 

「逃げるか。けど」

 

 それを追ってバルバトスもまた飛翔する。その背後で――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マクギリスはシートに座し、上着を脱ぎ捨て上半身の裸体をさらけ出す。コクピットの様相は現存する他のガンダムフレームとは違う。厄祭戦当時のものがそっくりそのまま残されているのだ。

 当然『備えているシステム』も。

 

「原初にして最強。俺がその力を得るにふさわしいかどうか、試してみるがいい。バエルよ」

 

 そう嘯くマクギリスの背中にある物。それは『阿頼耶識システムのコネクター』。自動でシートから伸びたコードが、それに接続される。

 

「うっ、く……」

 

 微かに呻く。マクギリス個人用に調整され、原初に近い物を再現した阿頼耶識ナノマシンが機体とアジャスト。1分足らずの時間をもって、彼はバエルを把握する。

 

「同調率87%。鍛錬したかいはあったか。……では、往こう」

 

 背部のウィングスラスターを広げ、伝説は再び空を舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天空に飛び出るヴィダール。そしてそれを追ってバルバトスも空中へと躍り出た。

 

「ミカが追い出してくれたか! 各員は援護に集中。巻き込まれたら吹っ飛ばされるじゃ済まねえぞ、注意しろ」

 

 オルガの指示を受け、獅電部隊が対空砲火を放つ。それをかいくぐりヴィダールは海上へと逃れた。

 

「フォルク三尉! 離脱するぞ!」

「ちっ、早いねえ! もうちょっと楽しみたいって……新手?」

 

 モルガンのレーダーに反応。それはヴィーンゴールヴの中央、ヴィダールが飛び出してきたあたりから現れる。

 翼を広げた純白の機体。ゆっくりと上昇してくるその姿は天使のようにも見えた。

 その機体――バエルから、オープン回線にてGHの全て……いや、全世界に向けて言葉が発せられる。

 

「私はマクギリス・ファリドである。見ての通りGHの象徴たるガンダム・バエルは我が手中に落ちた。この意味が理解できる者は抵抗を止め、我が軍門に降る事を勧める。翌朝、私が正式な声明を発表するまで待とう。……賢明なる判断を願う」

 

 それは降伏勧告であった。しかし聞き入れられるとマクギリスは思っていない。

 これは『狼煙』だ。これから始まる戦いの。終わりを告げ、そして変わっていく世界の。

 むしろこれは『宣戦布告』であると、ガエリオは感じる。逸る気持ちを押さえ、彼は撤退を選択した。

 

「決着を付けるのはこの場ではない。宇宙(そら)へ向かう」

「応よ! 悪いねえ、続きは上でって事さね!」

 

 チャフとフレアをばらまきながら、離脱を計るヴィダールとモルガン。追撃するべきかと三日月は一瞬迷うが。

 

「追わなくても良い。こちらの目的は果たした。あとは真っ向から決着を付けるさ」

 

 マクギリスがそれを押し止める。まあそんなことだろうと思っていたランディは、肩をすくめつつ個人回線で口を挟む。

 

「良いのかよ。ここで仕留めておけば後が楽になるかも知れんぜ?」

「流石に衆人環視の中では、ね。それに『大衆に分かりやすい決着』を付ける方が、後のためになる」

「まーた何か企んでやがんなお前」

「全ては織り込み済み、と言っておきましょうか。……では、次なる仕込みの準備といきましょう」

 

 意味ありげに笑い、ゆっくりとバエルを降下させるマクギリス。ヴィーンゴールヴ上に降り立ったとき、石動から通信が入った。

 

「代表、大気圏を離脱するシャトルから、全域で通信が放たれております」

「奴か。……こっちにも映像を回してくれ」

 

 モニターの端に現在放たれている映像が映し出される。ヴィダールのコクピットに座したままのガエリオが、全世界に向けて言葉を放っていた。

 

「私はボードウィン家のガエリオ・ボードウィン。先ほど放たれたマクギリス・ファリドの勧告を、我々は承諾しない。マクギリス・ファリドは私とカルタ・イシュー、そしてイオク・クジャンの謀殺を図り、養父であるイズナリオ・ファリドをその席から追い落とした。その上でファリド家、ボードウィン家、イシュー家の権限を簒奪し、GHを手中に収めんと画策している。そのようなやり方を私は認めるわけにはいかない。ゆえに私とアリアンロッド艦隊はマクギリス・ファリドを逆賊と認定し、その討伐を行うことをここに宣言する!」

 

 堂々と宣う。その言葉を聞いたマクギリスは、眦を鋭くする。

 

「そう来ると思っていたよ。……いいだろう、受けて立つ」

 

 雌雄を決するときが来た。マクギリスには一片の迷いもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 占拠されたヴィーンゴールヴ。しかし中枢以外は穏やかであり、隊員たちの行動も限定的ではあるが自由を許されていた。

 

「セブンスターズ3家の後継を害しようなど……」

「だがバエルは起動した。ファリド准将が認められたと言うことは……」

 

 各所で隊員たちが意見を交わしている。彼らの戸惑いも無理はない。GH内で『事実』として流布されている伝承によれば、バエルにはアグニカ・カイエルの魂が宿っており、正当にGHを継承する者にしか動かせないとある。事実これまで幾度かセブンスターズの者が起動させようとしたが、全く反応しなかったという記録があった。

 そのような事情で静かに混乱が生じているのだ。それとは別に中枢部――セブンスターズ会議室でも事態は動いている。

 

「我々はアリアンロッドに与しない。だが君にも協力は出来ない」

 

 兵に挟まれ銃口を突きつけながらも、ネモはそう告げた。隣に座するエレクも同調して頷く。

 

「それぞれに言い分があり、そしてお互い正当な理由と根拠があるのだろう。だがどちらに付くにしても戦火が拡大することには間違いない。そのような選択を取るわけにはいかぬのだ」

 

 その言葉をマクギリスは平然と受け止めた。

 

「でしょうね。あなた方ならそう言うと思っていましたよ」

 

 実の所マクギリスは彼らには何の期待もしていなかった。事なかれの日和見を決め込むだろうと予想していたからだ。

 口ではもっともなことを言っているが、どちらが勝っても己の被害を最小限に収めたい、そのような保身しか考えていないと理解している。敵に回らなかっただけ御の字だと、彼は二人を早々に『切り捨てた』。

 もちろんそれで済まされない人物もいる。

 

「どういうことだマクギリス! ガエリオを! お前は! 我等を裏切り謀っていたというのか!」

 

 兵に押さえつけられながらも吠えるガルス。彼はマクギリスが部屋に現れた瞬間掴みかかろうとしたが、それは叶わなかった。それでもなお激昂し続ける。

 

「答えろ! ガエリオを、お前は亡き者にしようとしたのか!」

 

 怨殺せんばかりのガルスに向かい、マクギリスは平然と返す。

 

「今になってそれを言いますか。2年ばかり遅い」

「なんだと!?」

「この2年、あなたは何をしていたのです? ガエリオの死に疑問を抱くこともなく、返却されたキマリスが偽物であったことに気付くこともなく、ただ与えられる情報を鵜呑みにしていた。私のような者を妄信して」

「何を……」

 

 言い返そうとしたガルスの目を、マクギリスは真っ向から見返す。その視線に、ガルスは気圧された。

 その瞳に乗っていたのは、侮蔑と嫌悪。汚らしい何かを見る視線。これまでの人生で始めて向けられたその視線に、我知らす怯えのような物すら覚える。

 

「あなたには何も期待していない。ただそこで、事の行く末を見届けると良い」

 

 吐き捨てるように言い放つマクギリスに対し、何も言い返すことの出来ないガルス。

 と、そこで。

 

「……では、私に対してはどのように評価するのかしら? あなたは」

 

 こつ、こつ、と廊下を突く固い音が響き、入り口を警備していた兵が道を空ける。

 現れたのは上級仕官服を纏い、部下に支えられ杖を突いた女性。飾り気無く、しかし凛として真っ直ぐな視線を向けるその女性に対し、マクギリスは軽く笑みすら浮かべて言う。

 

「待っていたよ。カルタ・イシュー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰還したヴィダールとモルガンが、整備用のハンガーに運び込まれる。

 

「ヴィダールは偽装を解いて決戦仕様に! モルガンは増加パーツを取り付けて最終調整に入る! 急ぐよ!」

 

 ヤマジンが指示を飛ばし、整備兵や工作機械が一斉に機体へと取り付く。ヴィダールのコクピットからキャットウォークへ降り立ったガエリオは、ふう、と息を吐いた。

 そこでジュリエッタが声をかけてくる。

 

「セブンスターズの御曹司とは思いませんでした。それなりの身分であろうと推測はしたのですが」

「黙っていて悪かった。ぎりぎりまで正体は伏せていたかったのでね」

「いえ、事情があってのことでしょうから。気にしてはいません」

 

 言いながらジュリエッタはガエリオの顔を見る。

 

「……俺の貌に何か?」

「その、案外普通だなと思いまして」

「隠されていた物が実は大したことがない、なんていうのはよくあることだ。期待に添えられなくて申し訳ないが」

 

 微かに笑って返すガエリオ。その表情が引き締まる。

 

「ともかくこれで双方後戻りは出来なくなった。あとはマクギリスが何を表明するかだが……」

「恐れる物など何もないでしょう。兵力はこちらが上回り、そして我々には大儀があります。確かに強敵ではありますが、全力で当たれば倒せない相手ではない」

 

 楽観的とも言えるジュリエッタの言葉。もちろん『強がり』と言った部分はある。彼女は鉄華団の強さを肌で実感し、一筋縄ではいかない相手だと理解していた。

 だがそれ以上に、ラスタルに対する忠誠と信頼がある。この程度の苦難を乗り越えられる才覚があるという思いが。そして自分達は大儀を背負っている――『正義』をなすものだという自負がある。正義を成す者は苦難を乗り越え最後には勝つのだという、子供じみた信念が。

 対してガエリオの表情は晴れない。

 

「……だと良いのだがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が傾き茜色に色付き始めたバルコニー。そこでマクギリスとカルタは二人きりで相対していた。

 

「悪いわね。長時間立っているのはまだつらいのよ」

 

 言うカルタは車椅子に座していた。最新の再生治療をもってしても、完全に治せないものはある。例えば脳幹系。例えば脊髄の損傷。例えば……『生殖能力』。

 たった2年で、杖頼りとはいえ自力で歩行できるまでどれほどの苦難があったか。カルタは語らず、そしてマクギリスも問うことはない。

 

「私が生きているのは、あなたの計算外だったのかしら?」

「否だ。だが死んでも構わないと思っていた」

 

 いきなり斬り込んだカルタの言葉に、マクギリスは率直に返す。敢えて感情を押し殺すように、マクギリスは言葉を続けた。

 

「最低でも君たちの失脚は、『俺』が事を成すための必須条件だった。3家を牛耳り賛同するものたちを募って勢力を纏め上げる。そのためには、君たちの存在は障害だったんだ。GHの次世代を背負うに足る、君たちは」

 

 セブンスターズの後継であるガエリオとカルタはその存在だけで一つの派閥を形成できる。加えてカルタはその才覚が順調に成長すればGHの頂点にも立てたかも知れないほどの傑物だ。マクギリスはその才能を恐れていた。

 

「あなたにとって、私たちは邪魔者で……『憎悪の対象』だったのね」

 

 マクギリスの『出自』に関して、カルタは独自に情報を入手していた。そして彼がなぜこのような行動に出たか、大まかに推測している。しかしそれを口にするつもりはない。

 

「そうだな、憎かった。……憎くて、羨ましくて、眩しかった。日の当たる世界で幸せに暮らしていた、君たちが」

 

 確かに最初は憎悪と嫌悪があり、それを押し隠すのに苦労したものだ。だが暖かな空気にいつの間にか心を許していたように思う。己の野望を忘れそうになるくらいには。

 だからこそ余計に二人を切り捨てなければならなかった。冷酷に徹さねばならないと心を鬼にして。

 その上で、『通さねばならない筋を通す』。

 

「……地球外縁軌道統制統合艦隊の指揮権は君に返そう。あとは君の判断で好きにすると良い」

 

 敵に回る可能性は高かったが、あえてマクギリスはそれを選択した。最後の義理であり、果たすべき事だと。

 それを受けたカルタは少しだけ驚いたような表情になり、それから表情を柔らかく緩めた。

 判断は迷い無く、即決で。

 

「私はあなたにもガエリオにも与しない。『後始末』をする人間は必要でしょうから。……けれど『部下には自分の判断で選択して貰う』。どのよう道を選ぼうが咎めも止めもしないわ」

 

 誰が勝者になろうとも、その後の事を考えなければならない。カルタはそのために準備している。だが部下までそれに付き合わせるつもりはなかった。マクギリス派と同じく現状に不満を持っている者もいるだろう、逆にマクギリスの行動を許せぬと考える者もいるだろう。ただ闇雲に己の考えに従わせるだけでは齟齬が生じると見たのだ。この判断は事実上地球外縁軌道統制統合艦隊の解散を表明したと言っても過言ではない。

 その判断に対してマクギリスは「……そうか」と言うに留めた。

 共に歩むことはもはや叶わない。戦場で相見えることも。己が『敗者』であると自覚しているカルタは、マクギリスを見送ることしかできなかった。

 

「……最後に聞かせて。マクギリス、あなたは……」

 

 彼女がどのような問いを放ったのか、そしてマクギリスがどう答えたのか。それは二人にしか分からない。

 マクギリスが去った後、カルタは一人バルコニーから夕日を見つめている。

 その頬を、一筋の涙が流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうか! 我々に先陣をお任せ下さい!」

「イオク様の無念、この手で晴らさなければ死んでも死にきれません! なにとぞ、なにとぞ!」

 

 ラスタルへ必死に御訴えているのは、第2艦隊の士官たち。イオクの末路を(不完全ながらも)知った彼らは、仇を討たせてくれと直談判を行っていた。

 一通り彼らの訴えを聞き、ラスタルは鷹揚に頷く。

 

「諸君らの志は分かった。要望には可能な限り応えると約束しよう」

『感謝致します!』

 

 最敬礼にて答える士官たち。彼らが去った後、ラスタルは苦笑を浮かべた。

 

「死してなおあの忠義か。……そういった面では、惜しいことをしたかも知れんな」

 

 その言葉にガエリオは。

 

(『忠誠心に縋るしかなかった』とも言えるが)

 

 そのような感想を抱く。イオク亡き今、配下であった彼らの行く末は不透明。穿った見方をすれば、ここで手柄を立ててラスタルに売り込もう、などと考えている輩がいないとも限らない。

 俺も随分捻くれたものだと内心自嘲してから、ガエリオは口を開く。

 

「彼らを前面に押し出すつもりか?」

「いや、先鋒は『新設部隊』にやらせる。餌に釣られて十分な働きをしてくれよう。……それはそれとして、君は良いのかガエリオ。マクギリスの真意を確かめなくて」

 

 ラスタルの言葉に、ガエリオは軽く頭を振って答えた。

 

「ここに至って対決は避けられないさ。どのみち明日には嫌でも奴の真意は知れる」

 

 答えてから、さらに心の中で続ける。

 

(俺の予想が合っているのであれば、恐らく奴は――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れ夜の闇に包まれたヴィーンゴールヴ。そのセブンスターズの邸宅が存在する一角。マクギリスは石動のみを伴い己に与えられた屋敷へ赴いていた。

 屋敷に足を踏み入れた途端、老齢の執事が声をかけてくる。

 

「お帰りなさいませマクギリス様。……じつは早急にお耳に入れたいことが」

 

 そう前置きされてから告げられた話に、マクギリスは眉を顰める。

 

「……分かった。すぐに向かう」

 

 足早に歩を進める。屋敷の一室、その前で侍女がおろおろと途方に暮れているようだった。主の姿に気付いた侍女が何か訴えようとするのを手で制し、マクギリスは部屋に足を踏み入れた。

 部屋の主は、覿面に反応する。

 

「来ないで! マッキー!」

 

 声を張り上げたのはアルミリア。彼女は震える両手でナイフを握り、その切っ先をマクギリスへと向けていた。

 

「アルミリア……」

「なぜ……なぜお兄様を殺そうとしたの! 信じていたのに! お兄様も、お父様も! 私だって!」

 

 涙を流しながら訴えるアルミリア。ガエリオの事を知ったのだろう。想定していた反応ではある。マクギリスは敢えて淡々と応えた。

 

「言い訳はしないよ。ガエリオを陥れたのは事実だ。私の野望のためにね」

「そんなことのためにお兄様を! 今まで私に嘘を付いていたの!?」

「……そうだ。私はずっと嘘を付いていた。己の目的のために君たちを騙し、権力を手に入れたんだ」

 

 マクギリスの言葉に、アルミリアは絶望の表情を浮かべる。そして。

 

「だったら……私は、あなたを!」

 

 ナイフを腰で構え、踏みだそうとするが――

 思い出が脳裏をよぎる。出会ってから慕い、婚約から二人で過ごした日々のことが。

 それは確かに暖かい日々だった。その全てが嘘だとは思いたくなかった。

 踏み出そうとした足が止まる。胸が詰まる。怒りと思慕の狭間で、アルミリアは苦しみ悩む。

 このような状況を作り出したマクギリスは憎い。しかしそれ以上に想いを寄せていた。こんなに辛いのであれば。こんなに苦しいのであれば。

 

「この想いが、邪魔だてするのであれば! 私は!」

 

 衝動的に切っ先を己の喉元に向ける。

 鮮血が散った。

 

「……あ……」

 

 呆然とするアルミリア。瞬時に間合いを詰めたマクギリスが、己の右手を貫かせる形でアルミリアのナイフを留めたのだ。

 

「……君を苦しませたのは申し訳なく思う。謝罪して済むものではないが」

 

 優しくナイフを取り上げる。その声、その表情は、いつもの優しきマクギリスのものだ。

 戸惑うアルミリアに、マクギリスは語りかける。

 

「私のような人間には、君を幸せにすることは出来ない。その資格もない。……何より、『ここに君の幸せはない』」

「何を、言って……」

「……私に出来るのは、君に『幸せの道標』を残すことだけだ」

「幸せの、道標……?」

「いまはまだ分からなくても良い。この戦いが終われば、それは自ずと見えてくるだろう」

 

 そっとアルミリアをソファーに座らせ、マクギリスは立つ。そして侍女を招き入れ、「済まないが任せる」と告げ、別れの言葉もなく部屋を出た。

 待機していた石動が、声をかけてくる。

 

「……代表、お怪我を」

「安い代償さ。これくらいで済んで御の字だよ」

 

 腹の一つも刺される覚悟だったと冗談めかして言う。そうしてから真剣な表情で執事に向き直った。

 

「後のことを……アルミリアを、頼む」

「承知致しました。……ご武運を」

 

 深々と頭を下げる執事。それに「ああ」と短く応え、マクギリスは歩み出す。

 これまで得た全てを置き去りにして、彼は進む。

 迷いは、ない。そう自分に言い聞かせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明け朝日が照らす中、ヴィーンゴールヴ内に設置された会見場には記者や報道関係者が集っていた。

 その中にはアヤの姿もある。

 

(GHの報道陣だけでなく、『経済圏やコロニー、圏外圏の報道陣』も招き入れている。正しく全世界に向けての言葉を放つわけですか)

 

 GHの手が入ったフィルター越しではなく、生の言葉を叩き付ける。そのような意図があるのだと見た。果たしてマクギリスはどのようなことを話すのか。記者としてだけでなくこの時代を生きる一人の人間として興味をそそられる。

 ややあって、マクギリスがその姿を現した。威風堂々と壇上に立つ彼に向かって、フラッシュが無数に焚かれる。それに気後れした様子もなく、マクギリスは口を開いた。

 

「私はマクギリス・ファリドであります。この会見を聞いている皆様、暫く私にお時間を頂きたい」

 

 全世界が注目する中、彼の言葉は続く。

 

「私は昨日、GHが象徴たるMS、バエルの起動に成功致しました。伝承に寄れば、この機体は厄祭戦の英雄アグニカ・カイエルの魂を宿し、その魂に認められた者のみが起動させることが出来るとあります。そしてその者こそが、GHの正当なる継承者である、と」

 

 そこまで告げてから――

 

「……しかしそれは、虚偽であります」

 

 爆弾を投下した。

 

「その証拠は、私自身。……なぜならば、私はイズナリオ・ファリドが己の欲望を満たすために人身売買組織から購入した、セブンスターズとは縁もゆかりもない孤児なのだから!」

 

 その言葉と同時に、全世界に向けてあるデータが公表される。それはマクギリス自身の遺伝データ。それは確かに、イズナリオはおろかセブンスターズのどの一族とも全く関係がないことを示すものだった。

 

「そんな私がなぜバエルを起動することが出来たのか。それは元々バエル――ガンダムフレームという兵器が阿頼耶識システムを備えており、専用ナノマシンをインプラントした上で蓄積した戦闘データが適応すれば、誰にでも動かせるからに他ならない!」

 

 次いでガンダムの阿頼耶識システム関連データが公表される。300年もの間秘匿され続けていたデータの開示は、注視していた全ての者を動揺させずにはいられない。

 集った報道陣も動揺を隠せずざわめく中、マクギリスはそっと目を伏せた。

 

「それらが秘匿され禁忌とされたのは、恐らく厄祭戦後の混乱時に余計な技術が流布するのを防ぐための、創設者たちの『優しい嘘』であったのでしょう」

 

 悲しげな言葉の後に、マクギリスは力強く目を開く。

 

「だが! 現在のGHはその優しさに甘え堕落した! 信念を持って務めている多くの兵の思いを余所に、一部では弱者を食い物とし、己の地位と立場を維持するためだけに奸計を巡らせて、事実上の圧政を強いてきたのです!」

 

 さらに開示されるのは、これまでGHが行ってきた不正と奸計の情報。警務局や監察局が掴み、しかし握りつぶされてきた事実。その中にはドルトやアーヴラウでやらかしたことや、アヤが取材し目の当たりにしたものも含まれている。

 一呼吸おいて、マクギリスは続けた。

 

「私は孤児であった時代、地獄を見ました。そしてイズナリオに買われてからのし上がることだけに腐心してきた。そのために、友と信じたものたちを裏切り謀殺すら図った。……しかしそれなりの地位を得てから見た光景は、私が成してきたこと以上の、あまりにも酷い現実でした」

 

 鋭い眼差しを、世界に向ける。

 

「私が見た地獄を! そして未だに弱き人々が見ている地獄を! 産み出した一端がGHにあることが許せない! 許せるはずがない!」

 

 ゆえに、とマクギリスは吠える。

 

「私は今この場を限りにファリドの名を捨てましょう! そしてGHに、この世界のあり方に反旗を翻す! 私はただのマクギリス、『反逆者マクギリス』として、GHの罪を弾劾し、世界のあり方を変えると! ここに宣言致します!」

 

 後の世に言われる反逆者マクギリスの乱。その幕は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くか……」

 

 その宣言をコクピットで聞いていたランディは、獣のような笑みを浮かべる。

 

「くかかかか、面白れぇ、おーもしれぇ。あのやろう、『GHの権威を今この場で全部ぶっ壊しやがった』」

 

 『バエルが権威として何の意味も持たない事を示し』、その上で『GHの大儀の裏に隠された暗部をぶちまけた』。これでGHの積み上げてきた全てのものがご破算となる。この時点で『マクギリスの勝利は決まってしまった』のだ。肉を切らせて骨を断つどころではない。事が終わったとて『マクギリス本人も無事ではすまないであろう』諸刃の剣。しかしこれは『マクギリスにしかできない手段』であった。孤児から拾い上げられ、その上でのし上がり、GHの現状を表裏双方から見続けた彼にしか。

 

「認めてやるよ、確かに『権威を蹴っ飛ばす』って意味で俺を上回ってくれた。……さてどうすんよラスタル閣下」

 

 くかかかと、楽しげで邪悪な笑い声が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

 

 その仮面の下から現れたのは――

 

「17代目シ●ケンレッド!」

「誰だよ」

「メ●ブルーでも可!」

「いやホント誰だよ」

 

 中の人だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒャッハーかき入れ時だぜェー!
でも僕の給料は上がらない捻れ骨子です。

さ、そんなわけで更新です。GHを手中に収めた上で、ついに明かされたマクギリスの思惑。GHの権威を全て叩き潰す、そのために自分から全部ばらしていくスタイル。やー、やっとやりたかったシーンが書けました。おいさんこんなマクギリスが見たかったの。
そして満を持して登場、カルタ様。なんだかしおらしくなってしまいましたが、作中にある通り彼女は自分が敗者であるとの自覚を持ち、その上でマクギリスがぶっちゃけてしまった後の世界を考え動こうとしているようです。そんな彼女の配下はどのような選択をするのか。

さあ次回からいよいよ決戦……の前にマクギリスが語る話が入ります。彼がなぜ今回のような手段を取ったのか、その謎が明かされるはずですが……大体ヤツの仕業のような気がするぞー俺。

そんなこんなで今回はここまで。次回をお楽しみに。
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